コメディ・ライト小説(新)

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.18 )
日時: 2016/12/09 02:54
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)

 ぶわあ、と砂埃が私やまぐろちゃん達にかかった時には、蒼ちゃんは砂場にクレーターを作っていた。足と同じ形の深さ5センチメートルくらいの穴が、砂場にできていたのだ。……砂場だから当たり前だけれど。

「よし、砂で城作るぞ」
「よっしゃ、やる」

 長袖のジャージの袖を捲りながら言う蒼ちゃんに、まぐろちゃんが乗り気そうに言う。砂場でお城作りって、もっと広い所でやるようなことなのではないだろうか。
 そして私はこの日のために、自分の中で一番可愛いと思っている服――いわゆる一張羅というものを着ているので、砂場には入ることができない。
 こういうことになるんだったら、私もジャージを着てくるんだった! せっかく仲良くなれるチャンスだったのに!

「あ、じゃああたしパスー。可愛いあたしが汚れるなんて嫌だもん」
「はいでたナルシスト発言。お前はそういう所を直せ」
「やだもーん。ね、とどろきちゃん。あそこのベンチでお話しよ?」
「ん、いいよ」

 と、思ったら、正義ちゃんも砂場に入ってはいけないらしく、砂場、近くのベンチでお話することになった。この公園唯一の砂場だ。
 そういえば、この公園には名前はあるのだろうか。

「公園の名前? うーん、気にしたことないなあ。無いんじゃない?」
「無いんじゃないって……」
「わざわざなんとか公園って呼ばないんだよね。私の家に近いからさ、近くの公園で遊ぼ、みたいな」
「ふうん」

 そんなものなのだろうか。私は、名前がついているものやついているであろうものは、必ず正式名称で呼ばないと気が済まないのだけれど。
 公園の近くに家があるのはいいな、と私は赤い屋根の家があることに気がついた。仲良しな一家が住んでいそうな、赤くて大きい家。正義ちゃんが住んでいても違和感なんて全然ないような。
 彼女はあそこに住んでいるのだろうか。
 私はあの家を指しながら言った。

「正義ちゃんってあの家に住んでるの?」
「えー? いや、違うよ。あたしはその隣のアパート」
「へえ、そうなんだ。ああいう可愛い家に住んでるのかと思ってた」
「えへへ、まあ可愛いあたしには可愛い家がふさわしいんだろうね」
「黙れよ」
「うわあっ! びっくりした」

 それまで、クオリティが高すぎるお城を作っていたまぐろちゃんが、いきなりぶっきらぼうに言い放つ。今まで感情豊かに話していただけに、感情が抜け落ちた声を聞くと、落差が大きくて怖い。美術品のような御殿を作る手さばきも機械じみていて、まるでロボットのようだ。
 しかし、いきなりあたりが強くなったなあ。正義ちゃんは可愛いのだから、そこは認めてあげてもいいのでは?

「駄目だよ、甘やかしちゃ。こういうやつは徹底的に潰さないと」
「怖いなあ、まぐろちゃん」

 その台詞も感情が抜け落ちているので、なんだか怖く感じているように聞こえなかった。
 すると、蒼ちゃんが私達を呼んだ。

「おーいお前ら! 城が! キャッスルができたぞ!」
「おー! ……おおお?」
「ん? あれあれ?」
「ねえ、加賀坂ちょっと」

 と、私達が困惑するのも無理はないと思う。なぜなら、おそらく蒼ちゃんが作ったであろう部分のお城の砂が、どう考えても魔物のようななにかなのだから。

「ん? なんだ」
「なんで砂の城作るって言った本人がモンスターを作ってるわけ?」
「いやいや、お前の目は節穴かよ。どう見ても城だろ、キャッスルだろ、パレスだろ」
「節穴はあんただよ。どこが城なの?」

 まぐろちゃんが私達の言いたかったことをすべて言う。蒼ちゃんを、『加賀坂』と呼び捨てにしているのはびっくりだ。基本的に蒼ちゃんは『加賀坂さん』とか、『蒼さん』と、さん付けされているから、そんな風に呼ばれているのが新鮮で面白い。しかも、小学生が。
 そして、蒼ちゃんがその言葉は間違いである、と認めるためなのか、砂の魔物を指でさす。

「ほら、まずはここが窓だろ? んで、これが――」

 だけれど、悲しいかな。私にはその窓と言われたものは魔物の口にしか見えない。ぐにゃり、と曲がりくねった砂の魔物は、零れ落ちている砂の粒によってますます怖さを示していた。

「うーん、蒼ちゃん。私にはそれはお城に見えないかなあ」
「なんだって!? なんでだ、私は小学校の時絵の賞に入ったんだぞ……」
「え? それで?」

 正義ちゃんが口を挟む。言っちゃ駄目! 私もちょっと思ってしまったけれどそういうことは言っちゃ駄目! でも、賞を取ったのは本当なのだろう。胸を張り、目を開き自慢げに言うその姿は、嘘を言っているように見えなかった。

「動物園の象を描いたんだけどさ、『この世の闇を表した良いポスターですね』って褒められたんだぜ?」
「この世の闇を表した良いポスターって象の絵を褒める言葉ではないと思うよ蒼ちゃん……」
「いや、私の絵はきっと他の人の想像をかき立てる素晴らしいものなんだよ!」
「なんてことだ、こいつポジティブすぎるぞ!」

 まぐろちゃんが大きい身振り手振りを加えながら言う。悲壮感漂う声だけれど、無表情でドン引きのポーズを取っているのは、ただのギャグにしか見えない。
 正義ちゃんも呆れて、砂の城らしきものに近づく。

「こんなの城って言えないよ。城っていうのはもっとプリティで、可愛いものじゃないと駄目なの!」
「プリティと可愛いで意味被ってるよ」
「些細な言葉の間違いを指摘するなんて、まぐろちゃん性格悪いよ!」
「お前が言うな」

 口喧嘩が始まるかと思ったら、そのまま仲良しな雰囲気だ。やはり、口ではなんだかんだ言っていても、本当に絆が深いんだろう。今日見ていただけでもわかった。
 あと、蒼ちゃんのセンスもわかった。まあそこが可愛いんだけどね。
 すると、蒼ちゃんが拗ねたように言った。

「そんなに言うならお前が作ってみろ――」

 よ、と言い終わる頃には、『それ』は砂の城に突き刺さり、粉砕していた。人間の手首から先がそのまま飛んできたような『それ』は、見れば見るほどに本物のようで。ありえないことだ。人の腕が飛んでくるなんてことは。
 だけれど、それは紛れもない現実で。私達はその手首を、崩れ去った城を見つめることしかできなかった。
 呆然と立ち尽くす私達を正気に戻したのは、聞き覚えのある声である。

「すいませーん! そっちに腕行きませんでしたかー?」

 私は声がした方向を無意識に見る。
 やはりその声は彼のものだった。そう、つい最近会ったばかりの私の友達。走ってこちらに向かってくるのは、宗谷くんだった。


第二話――の2「あどけなさなんてあり得ない」 完