コメディ・ライト小説(新)
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.19 )
- 日時: 2016/12/14 02:24
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
第三話「手首の行方」
「すいませーん! そっちに腕行きませんでしたかー?」
自分で言って馬鹿みたいだと思った。でも、こうとしか言えないだろう。だってまさか、壕持さんが、杏さんに『ロケットパンチしてみてよ』なんて言うとは思っていなかったのだ。京さんが途中でコンビニに寄ってしまって、笛子君と壕持さんのやりたい放題フィールドになってしまった。その結果がこれである。
あれだけロボットだなんだとびっくりしていたのに、今では慣れに慣れまくって指示までするとは……。
どうやって腕のことを誤魔化そうかな、と思いながら腕が飛んでいった方向に走っていくと、見覚えのある人影が2つ見えた。
「あ、宗谷くん!」
「よっ、かわいい君」
「半本さん……と、加賀坂さん」
「なんだ、私はおまけか?」
「そういうわけではない……です」
テロリスト系友情感こと、半本さんと、最強の女子中学生こと、加賀坂さん。そういえば、彼女達は今日遊ぶ約束を、してたとかしてないとか言っていたような。でも、2人だけでこんな大きくはない公園で、何をしていたのだろうか。特に、加賀坂さんが着ている青いジャージが砂まみれで、砂場には、片方は城、もう一方は謎の生物という、意味の分からない砂の像があった。まさか、加賀坂さんが作ったとか? いやいや、彼女は美術が大得意と豪語していた。こんなむごいものを作るわけがないだろう。きっと、彼女達の前に来ていた子供が作ったのを壊さないように、幅跳びでもしていたんだろう。
……幅跳びをする女子中学生というのも、よく考えたら頭がおかしいが、まあ考えるのはやめておこう。
対して、半本さんのオレンジがかった白のTシャツと、赤い、ひだのついたスカートにはほとんど砂がついていなかった。
しかし、砂場に落ちた腕を拾ったときのものだろう、スカートの裾が少しだけ汚れていた。
「半本さんですって?」
「うわあっ!?」
柄にもないような大きい声を出してしまったけれど、それは仕方ないと思う。だって、先程まで笛子君と一緒にコンビニの駐車場にいたのに、半本さんが話した瞬間に壕持さんが僕の隣にいたからだ。
そして、彼女は、半本さんを見て天使を見るような笑顔を浮かべたあと、加賀坂さんを見てまるで初対面のときのように睨みつけた。
「貴女ねえ、半本さんを私から奪おうとしたって無駄なんだから!」
「何を言っているんだこいつは……」
「もっちーちゃん、蒼ちゃんとも仲良くしよ?」
「いくら半本さんとはいえ、そのお願いは聞くことができないわ」
「もう」
半本さんは困ったように微笑む。その笑顔を見て落ち着いたのか、壕持さんは引き下がる。
「……ていうか、2人だけでこんな狭い所で何やってたの?」
「え? 2人じゃないよ?」
「え?」
と、言われても、周りには半本さんと加賀坂さん、壕持さん、そして僕しかいない。特にこの公園には隠れられそうな場所はないし、もしかして半本さんは幽霊でも見たのだろうか?
怖い話が苦手な僕は、少し表情が固くなる。
「いやいや違うよ! 幽霊とかじゃないって、本当にいたもん。ねえ、蒼ちゃん?」
「んー? いや、いなかったかもしれないなー」
「もう、蒼ちゃん! 面白がってるでしょ!」
にやにやと笑いながら言う加賀坂さん。多分、腕が飛んでくるなどという怪奇現象にびっくりして、逃げたのだろう。どこにいったのかはわからないけれど。
すると、くしゃり、と草を踏み分ける音が聞こえた。その方向を見ると、『I love Teddy Bear』と書かれた、フリルが着いたシャツを着ている、小さい女の子がいた。
「あの子が半本さんと加賀坂と遊んでたって子?」
「え、うん。そうだけど……」
壕持さんが聞くと、半本さんはそう答えた。しかし、不思議そうな顔しながらだ。まるで、私達と遊んだ人はもう1人いるとでも言いたそうな表情である。
女の子が、こちらへ近づいてくる。にこりともせず、大人びている印象を受けた。そのぼうっとした無表情は杏さんを想起させる。
そして、僕達の近くに来て、淡々と喋った。
「ごめん、ちょっと家に忘れ物をしていたんだ」
「えっと、うん……うん?」
「あれ、知らない人だ。こんにちは、私は無元智相。よろしく」
「よ、よろしくおねがいします」
抑揚のない、まるでカンペを読んでいるような棒読み。しかし、無表情だし、その表情のない声も似合っていると思う。
だけれど、半本さんはまだ不思議そうに、無元さん……だったか、の顔を覗き込んでいる。偽物を見ているようだ。
「ちょっと、蒼ちゃん。これって……」
「ああ。あれだろ、腹話術。腕が飛んできてちょっと怖いから、片方を囮にしようみたいな」
「そういうこと。じゃんけんで負けて私が囮なんだ。トランシーバーから声出してるの」
そして、半本さんと、加賀坂さんと女の子は話し始めてしまった。小さな声だからよく聞こえないが、なぜだろう、無元さんが先程よりかなり生き生きと、声色豊かに話しているような気がするのは気のせいなのだろうか。
「じゃんけんで決まる囮……。でも、警戒するような人じゃないよ?」
「だって、あいつが逃げるんだもん……。あいつ、絶対無茶振りなアフレコするよ」
「やりそうだ」
「とにかく、私がアテレコされてること、言わないでね」
「わかった」
話し終わると、加賀坂さんはにやりと笑った後にこちらを向く。
「こいつはさっき言ったとおり、無元智相。さっきから私らと遊んでた奴だ」
「ふうん……。幼女と遊んでいたのね」
「そ、そうなんだー! 全然もう、実は2人で遊んでたとかそういうのじゃ全然ないからー!」
「う、うん」
なんだか半本さんの話し方がいかにも嘘ついてます、という感じだが、でも彼女は嘘を吐くような人ではないだろう。加賀坂さんならまだしも。
そんなことより、腕だ。杏さんの腕を返してもらおう。
「え? 腕? ああ、これね。いいよ、はい――」
「そんなことはさせない」
手首が僕に渡ろうとした時、無元さんがそれを奪った。何をするんだ、いきなり? なんだか盗んだ張本人が1番理解できない、というような顔をしているが、それはこっちの台詞である。なぜ奪った。
「これは私のものだ、返してもらう! ……え? お前のところに行く? これを持って? ちょっと、だから無茶振りすぎでしょ! いやいや、そんなことしたくないんだけど――っておい! 切りやがった」
なにかボソボソと呟きながら彼女は走って公園を去っていく。最後まで困惑した表情をしていた。謎である。まるで、誰かにアテレコされていていきなり無茶ぶりをされているようだ。そんなわけはないけれど。
「え? え? ……え?」
「ははは、面白いことになりやがった」
いきなりすぎることに驚く僕と壕持さん。だけれど、なぜか加賀坂さんは余裕綽々で。
「よし、あいつらを追うぞ!」
と、言ったのだった。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.20 )
- 日時: 2016/12/17 01:05
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
僕は、腕を持って逃げた彼女を追いかけに、加賀坂さんと公園近くの道路を歩いていた。急いで追いかけたほうがいい、と言ったのだが、自信たっぷりに『大丈夫だ! 急がば回れ!』と返されてしまったので、仕方なく歩いている。
しかしなぜ加賀坂さんと……? わざわざ僕と行く意味はあったのだろうか。
「で、なんで僕と加賀坂さんだけであの子を追うの?」
「なんだ、私とは不満か?」
「そんなわけじゃないけど、半本さんとか、壕持さんとかと行けば……?」
「だって、私と真面目ちゃんが行ったら、ユリリンが妬むだろ?」
「ゆ、ユリリン?」
「壕持」
いや、なんとなくレズっ気はあるような感じはしていたが、だからといってユリリンは……。中学生女子に付けるあだ名としては、不適切なのではないだろうか? ユリリンって。それ以外に候補はなかったのだろうか。
そんなことより、僕と行く理由だ。確かに彼女と半本さんが一緒に行ったら壕持さんが嫌がるけれど、じゃあ半本さんと壕持さんで行けば良いのではないだろうか。
「いや、私がこんな面白そうなことに首を突っ込まないわけがないだろ」
「こんな面倒臭いことには首を突っ込まないほうがいいんじゃない……?」
「面倒臭いってのは、面白いってことだ。事あるごとに面倒臭いっていう奴は、人生の楽しさを知らない奴。駄目だね、生きていることはこんなにも楽しみに溢れているってのに」
「はあ……」
よくわからない。面倒臭いことは面倒臭いことだと思う。だって、腕が飛んでくるなんて、普通は事件だ。杏さんがアンドロイドだから良いものの、これが人間だったらどうだ。バラバラ事件のできあがりである。
こうなるともう面白いとかそういうレベルの問題ではなくなる。……そういうえば、彼女に腕の話をするのを忘れていた。僕は、杏さんがアンドロイドであること、飛んでいった腕はロケットパンチをした結果、という事をかいつまんで報告した。
「ふうん……アンドロイド。面白そうじゃあねえか! よっしゃ、やる気出てきた! その安泥って奴と会ってみたいぜ」
「じゃあ、早くあの子を探して帰ろっか」
「だな。じゃあ本気で探すか」
「本気?」
そう言うと、加賀坂さんは僕を抱きかかえ、ひょいっと近くの塀に飛び乗った。俗に言う、お姫様抱っこというものを、女子にやられてしまった。ふつう、こういうのは男がやるのではないだろうか……。でも、加賀坂さんは背も僕より高いし、顔もかっこいいしで違和感がない。僕がやるより、何倍も。
塀に乗った彼女は、僕を姫抱きしたまま、走り出した。
「ちょっと!? こ、ここ、塀なんだけど!?」
「知ってるよ、そんなこと! 大丈夫だ、絶対落ちねえ!」
「ええ……」
そんなことを会話している間にも、スピードはどんどん上がっていく。バイクに乗っているような、そんな体感速度だ。しかも、最低限の揺れ以外はなにもしない。落ちるどころか、地面にいるよりも安定しているのではないだろうか。加賀坂さんの伝説は、『水面を歩いた』だの、『鉄板を自力で歪めた』だの、人間離れしたものばかりだった。それは嘘だろう、と思っていたが、もしかしたら真実だったのかもしれない。
加賀坂さん、本当に女子――というより、人間なのだろうか?
「は? 私は人間だよ。何言ってんだお前は」
「だ、だよね……」
それは、抱きかかえられている、手の体温からわかるけれど、しかし人間離れしている。しかも、まだ12歳かそこらの女子なのに。加賀坂さんが大人になったらどうなるのか、想像してみたら、僕の背筋に冷や汗が垂れた。
「どこに行ったんだあいつは……」
「この速さで見えるの?」
「ははは、このくらいのスピードで獲物を追えなくなってたら駄目だろ」
「えもの……」
その言葉の響きに、好奇心が沸いた。しかし、聞いてしまったら大変なことになってしまうような気がして、何も言わなかった。
すると、突然加賀坂さんが大声を上げた。
「あそこだ!」
「え?」
加賀坂さんが路地裏らしきところを指さすが、僕はスピードが速すぎてすべてのものがぼやけて見えているため、なにもわからない。もしかしたら、目が悪いだけなのかもしれないけれど。
と、思っている内に、僕は空を飛んでいた。つまり、加賀坂さんが僕を抱いたまま、その路地裏までジャンプしたのだ。突き上げるような浮遊感。ジェットコースターに乗っているかのような感覚に、僕は顔面蒼白だった。絶叫系は苦手なのだ。
「よっと! 着地成功! ほら、降りろ!」
「いやあの、今具合が悪いからもうちょっと待って……」
「ん? まあいいけど」
対して加賀坂さんはぴんぴんとしている。また加賀坂さん人外疑惑が大きくなってきた。
彼女が目を向けた方向を見ると、先程まで点と線だったものが、クリアになっていた。ピンクのふわっとしたワンピースを着た、黒いツインテールの女の子と、逃げ出した張本人。未だにその無表情は崩れていない。
あくまで表情を崩さないまま、その女の子は言った。
「お願いだから、腕を奪ったことは謝るので許してください!!」
今までの棒読みの口調ではなく、誠心誠意謝意を込めて。彼女は叫び、土下座した。
そういえば、今までの声はなんだか機会を通したかのようなノイズ音が入っていたような気がしたなあ、と僕は呆然とするしかなかった。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.21 )
- 日時: 2016/12/20 23:28
- 名前: 河童 (ID: HhEPDJMQ)
- 参照: 今回トリップないです
僕が意識をしっかりと持った頃には、加賀坂さんは少女たちと和解していた。和解というか、なんだか普通に仲良くしているみたいだ。
そして、いつの間にか僕は降ろされて、路地の端っこに体育座りをさせられていた。ほぼ意識のない人間に、体育座りをさせるというのはかなり大変なことだと思うのだけれど、しかしなぜだろうか。加賀坂さんがやった、というと途端に不思議でもないような気がする。それくらい、彼女は人間離れしているのだった。
その加賀坂さんが振り向くと、僕の意識が戻ったことに気がついたようで、こちらに近づいてくる。僕を立たせて、女の子達の方を向かせる。
「こいつが私の友達で、音桐宗谷。あだなはかわいいちゃんな」
「確かに可愛い顔してるもんねー。女装似合いそう」
桃色のワンピースを着た、黒髪を上の方で2つに縛ったおとなしそうな子が、悪戯をした子供のような顔をしてそう言う。しかし、顔とは裏腹に、その声は平坦で、単調だった。まるで、先程まで聞いていた、あの無表情の子の声のように。
あと女装似合いそうは聞き逃すことができない。
「もうそれ、今日2回目ですよ……。加賀坂さん、この子達は結局どうしたんですか?」
「ああ、そのことか……。お前ら、説明しろ」
「あ、うん……」
加賀坂さんが言うと、その後ろに隠れていた女の子がひょこっと出てきた。腕を奪った子だ。その手も、しっかりと握っている。その声は、今までと違って、血の通った声だった。反省の色が伝わってくる、悲しそうな声だ。
彼女――無元さんは奪った腕を更に握りしめて言う。
「あの、腕を奪ったのは私です。ごめんなさい。こいつが『腕を強奪してきて!』とか言うから……」
無表情のまま、悲しそうに言う彼女。そして、こいつというのは隣にいるこのツインテールの子だろうか。
「そう! 計画犯はこのあたし、木使正色です! いやー、絶対に被害が及ばないところからこそこそ動くのってとっても楽しくて――うぎゃっ!」
ごすっ、と鈍い音が走った。無元さんの握り拳と、木使さんの頭から。殴られた部分を手で抑えながらしゃがみこむ木使さん。しかし、痛いようというその声には感情というものは一切こもっていなかった。
そして、無表情のまま彼女を見つめる無元さんの声には、呆れが見えた。それと同時に、深い友情のようなものも見え隠れしていて、友達というものを思い出させてくれた。
そう、そうだよ。友達っていうのはテロリストではないんだよ……。喧嘩あり涙ありみたいな、そういうのが友達なんだよ。と、思ったが、別に僕は友達になるために喧嘩をしたいわけではないので、友情の形は色々ある、と落としどころをつけることにした。
「えっと……つまり、無元さんが――」
「呼び捨てでいいよ」
「えっ、じゃあ、無元……さんが」呼び捨てでいいって言ってるのに」
「無理だよう」
そもそも、友達がいなかったやつに呼び捨てなんてできないのだ。半元さんだって未だにさん付けだ。呼び捨てにしていい、とは言われているけれど、無理なものは無理だ。
敬語ではなくなったことを逆に褒めてほしいくらいだ。年下ならまだしも、同い年にタメ口だなんて、難しい。
話を戻す。
「で、無元さんが木使さんの指示を受けて、腕を奪ったってことだけど……。なんであの時は今みたいな棒読みじゃなかったの?」
「ああ、それは」
がさごそとスカートのポケットをまさぐる彼女。そして出したのは黒い機械だった。いわゆるトランシーバーである。
「これを使って、あいつの声を私が言ってるみたいにしたんだ」
「へえ……。それはすごいけど、なんでそんな面倒臭いことを?」
「だってトランシーバーで別人のふりするっていうの、格好良くてやってみたかったんだもん」
「は、はあ……」
小学生が考えることはよくわからないな。小学生じゃなかったとしてもこの理論は意味不明だけれど。
しかし、加賀坂さんは理解できたようで、頷きながらそれを聞いていた。
「とりあえず、大体のことはわかっただろ? じゃあ、帰ろうぜ、公園に」
「あっ、私達これから用事があるから帰る」
「用事って?」
「さっき走ってたときにトランシーバー落として、壊れちゃったから、修理しに行くの」
「修理しに? え、そんなところがあるの?」
「そう! 格好いいおじさんと、かわいい女の子がいる所! 赤い屋根の家!」
「……」
会うのが楽しみ、という声色で言う無元さん。心なしかその声は今までで一番力強い声な気がする。
もしかするとそれは、今日僕達が訪ねてきた場所なのではないだろうか、と思ったが、京さんが格好いいわけがなかったのでその考えは外れているだろう。多分。
「じゃあその腕は私が返しとくよ」
「ありがとう。じゃあね!」
「さようならー」
走り去っていく2人。それはやっぱり僕達が今日行った場所の道筋なようがして。
……京さんはやっぱりロリコンなのではないだろうか? その考えが頭を駆け巡る。
加賀坂さんの方を向くと、にやり、と笑っていた。面白い玩具を発見した子供のようだ。くくっ、と引き笑いをしたあとに、こう言った。
「あのおっさんも罪な男だなあ。ははっ、はははっ! よし、帰ろうぜ!」
「うん、わかったよ」
そう答えたときには、僕は空を飛んでいた。来るときも感じた浮遊感と開放感。そうか、また僕は、意識が飛んでしまうらしい。
はあ、と溜め息をつきたかったけれど、舌を噛みそうでできなかった。だから代わりに、僕はゆっくりと目を閉じた。さあ、気を失う準備は万端だ。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.22 )
- 日時: 2016/12/28 02:17
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
「大丈夫か? もうそろそろ着くけど」
「ん……」
やっと地上に降りて、目が覚めたと思ったら、もう公園らしい。頭がふわふわとしていて、ぼうっとする。流石にジェットコースター以上の飛行を短時間で2回も行ったら、こうなるよなあ。思考が霧がかっていて、まとまらない。
「ここどこ……? ぼくそろそろ帰りたい……」
「……」
あれ。何かまずいことでも言ったのだろうか。加賀坂さんがまたにやりと笑ってこちらを見ている。僕はそろそろ帰りたいといっただけで――。
ん? ぼく?
「あ、あああああああ違うんです加賀坂さん!! これは気が動転したというかですね!? あの、ぼ――俺はですね!」
「はははっ。いやいやいや、見栄を張らなくていいんだぜかわいい君。私はそんな一人称で責めたりなんかァしないぜ?」
「やめてください加賀坂さん!」
「何もしてないのにやめてとは酷いなァ。ほら、ユリリンたちが待ってるぜー」
「ちょ、待っ――」
そう言うと、加賀坂さんは僕が追いつけないほどの速度で公園まで走っていく。アスファルトに足跡が付くレベルだ。いつぞやの半本さんより速くないか!? あの時の彼女ですら追いつけなかったのに、人外レベルな加賀坂さんに手が届くはずがなく、僕は息を切らしながら公園の入り口まで走ることしかできなかった。
車かというほどの勢いで駆け抜けてきた加賀坂さんに驚いたのか、壕持さん達は唖然で僕を見ていた。
『あの蒼ちゃんに競争でも挑んだの?』とでも言いたげな半本さんに、僕は全力で首を振る。だれがあの人に勝負を挑むというのだろうか。競争という競争を、闘いという闘いをした瞬間に負けが確定するような加賀坂さんに。
「ど、どうしたの……? 随分急いでるみたいだけど……」
僕を心配しながら半本さんが言う。フォローしなくてもいいんだよ……逆に悲しくなってくる。誤解を解くことすら面倒臭くなってくるけど、加賀坂さんに勝負を挑んだ馬鹿だとは思われたくないから、弁解する。
「いや、これは違くて……! 俺はただ――」
「僕」
「え?」
唐突に口を挟んでくる加賀坂さん。僕? いや、加賀坂さんは私という一人称だったような――まさか!
「僕、だろ? 一人称を変えたってお前に俺は似合わない。だって可愛いんだから」
「えっ、えっ……」
やっぱりそうだ! やると思ったんだ。僕の一人称詐称がバレるという、最悪な失態を晒してしまった時点で、こうなることは予測できていた。しかも面白いことが大好きな加賀坂さんだから、誰かにバラすだろうとは思っていたけれど! まさか今、半本さんにバラされるとは思っていなかった! 1番バラされたくない相手に、1番バラされたくないことをバラされた! ああ、最悪だ。意識なんて飛ばさなければよかった……。こういう所で素が出るんだよ、もう。
あと、俺は似合わないと言われたのが結構心に来る。僕も笛子君みたいな、俺が似合う格好いい人間になりたかったんだ。
「どういうこと?」
「つまりだな……」
「ふむふむ……」
ボソボソと話し始める2人。時折やっぱり、だの可愛いからねー、だの聞こえるけれど、きっと気のせいだ。半本さんは僕のことを女装が似合うとか、言わないはずだ。
すると、急に半本さんが両手を叩き、こちらへずいと近づいてきた。
「やっぱり宗谷くんの一人称は僕だったんだね!」
「や、やっぱり?」
やっぱりってどういうことだ。今まで僕はそこそこ男子だしくしてきたはずだ。
「だって、宗谷くんの顔とっても可愛いんだもん! 俺は似合わないよ!」
「だから言ったじゃない、女装顔だって」
いつからか彼女の隣にいた壕持さんも言ってくる。そして女装顔と言ってくる……。うう、僕は女装なんて永遠に、一生したくないのに。こうみんなから可愛い可愛い言われていると、自分の顔に自信が無くなってくる。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、半本さんは笑いながら可愛いと連呼してくる。悲しい。
そんな話題を切り替えるように、僕は柄にもない大きな声を出す。
「ぼ、僕の一人称はどうでもいいんだよ! 安泥さん達はどうしたの!?」
「照れてるー! かわいい!」
「うるさい!」
熱い顔を隠しながら大声で言う。ああ、なんで今日はこんなに変なことが起きるんだろうか。僕は友達ができて嬉しかっただけなんだけれどなあ。うーん、友達が多いと、変なことも増えるのかなあ、と、僕はこれからそれ以上に変なことが起きるのも知らずに考える。
そして、加賀坂さんが公園の入り口辺りを指でさしながら言った。
「その安泥っていうのは、あそこの赤毛の子か?」
「ああ、うん。そう……だ、よ……?」
そこにいたのは確かに安泥さんだった。しかし、僕はそれを彼女とは認めたくない。
赤茶色の、ふわふわとした巻き毛、季節に合わない縦縞のセーターとふわふわとしたスカート。口元のほくろまでは良い。しかし、目がおかしかった。
そう、彼女は鼻眼鏡をかけながらこちらを見ていたのだった。
言いたいことは色々ある。けれど、それ以上に僕は、
「なんで、鼻眼鏡……?」
と、無意識に言っていた。
その言葉に反応して、安泥さんは無機質に言う。人間のようなのに、なぜかロボットが混じっている。電子音が入っていないのに、人間らしくない話し方。その喋りが僕を現実に引き戻してくれた。
「音桐――さん。それは、目立つ格好をしておいたほうが良いと笛子――さん。に言われたからです」
現実に引き戻した瞬間にまた異次元へ戻す台詞。毒舌な壕持さんも、『は?』と短い言葉しか話せなかった。