コメディ・ライト小説(新)

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.27 )
日時: 2017/04/22 13:25
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: A3jnu3NM)

「あの笛子って人、馬鹿なの……?」

 という壕持さんの言葉が、虚しく宙に消えた。その言葉は、ここにいる全ての人の意見を総括していた。僕も、半本さんも、加賀坂さんも、そして言葉を発した壕持さんもすべて、笛子くんのしでかしたことが理解できていなかった。
 確かに、彼は悪戯好きな部分があるのだろう。人がびっくりしているところを見るのが大好きで、きっと今の僕達の顔を見れば、満足そうににやりと笑うのだ。
 壕持さんの発した言葉の後には、一瞬の静寂があった。そして、その静けさのあと、いきなり加賀坂さんが笑いだした。

「はははっ! さすが緋色だ! あいつ、何かあると鼻眼鏡だもんな!」
「はい?」

 何かあると鼻眼鏡、という言葉のおかしさを、彼女はわかっていないのだろうか。何? 笛子くんは鼻眼鏡を常備していて、誰かにそれをかけるのが日常茶飯事なのか?
 そんな意味不明な言葉に対して、正直聞くべきなのだろうかと思いつつ、僕は疑問を呈する。

「笛子くんは、そんなに鼻眼鏡好きなの……?」
「そうだなあ、私と緋色は、鼻眼鏡はソウルメガネだ」
「ソウルメガネ!?」

 どんどん彼と加賀坂さんの頭のおかしい所が露呈する。まず、ソウルメガネという変な単語が出ていることに疑問を持たないのがおかしいし、鼻眼鏡をそこまで好きなのだということもおかしい。
 そんなに好きなんだったら自分でかけろよ。

「安泥さんに鼻眼鏡をかける意味は……?」
「緋色のことだ、どうせ面白がってつけさせたんだろ。あいつ、人が驚いてる顔大好きだからな」
「やっぱり」

 結局彼は人を驚かせるのが好きらしい。ただ、その驚く顔を見ることができないのに、こんな変なことをして楽しいのだろうか? 驚愕した顔を想像して楽しんでいるのだろうか。
 とりあえず、こんな意味の分からない会話を続けても何にもならない。話題を変えよう。

「で、安泥さん」
「はい」
「そろそろ京さんのところ、帰らない? もう時間も時間だし」

 公園内に設置されていた時計を見てみる。それは、5時半を示していた。渦杜中学校の門限は、6時。ここから京さんの家に帰るまでにはそんなに時間はかからないだろうけれど、僕達の家に行くまでには結構な距離があるし、30分程度はかかる。だから、そろそろ帰らないといけないのだ。
 それを理解してくれたのか、安泥さんは鼻眼鏡をつけたまま、

「そうですね。帰りましょうか」

 と言った。加賀坂さんが、『じゃあ私がロボットちゃんを送ってくから、かわいいくん達は帰りな』と、言った。白い歯を輝かせて笑っている彼女は、格好良かった。
 半本さんと僕がお礼を言って、壕持さんも加えた3人で公園から立ち去る。
 そして、2つに結った髪を揺らしながら半本さんは言った。

「あと1ヶ月もすると、運動会だね!」
「そうだね……運動苦手だから、あんまり嬉しくないなあ」
「まあ、そこそこにやりましょ。目立つの嫌だし」

 という壕持さんの言葉に、僕は驚く。もしかして彼女は、運動ができるのか? 友達がいないのに? なんだと、友達がいない人は体を動かすようなことがないから運動できない、と勝手に思っていたのに。なんだか裏切られたような思いになる。
 そんな風に壕持さんを見ていると、こちらをじろりと見て、

「何、音桐君。もしかして、友達がいない奴はみんな運動ができない、なんて思っていたの? 残念だったわね。私はそんな寂しい奴に思われたくないから家でひたすら踏み台昇降をして鍛えていたのよ」
「ふ、踏み台昇降を家でひたすらやっている図もかなり寂しいと思うけど……」
「なんですって! もしかして、あれをやっている時に姉と兄から呆れるような、可哀想なものを見るような目で見られたのはそのせいだったの」

 やっぱり、壕持さんは見た目に反してかなり残念だ。半本さんと肩を並べるレベルで。正直、壕持さんが何故友達を作らなかったのかがよくわからない。面白い性格をしているし、じっとしているだけでも人が寄ってきそうなのに。
 初対面の人と話す時の話題が、『今日もいい天気ですね』しかない僕と違って。

「まあまあ、そんな悲しいお話はやめて、楽しいお話をしようよ」
「さすが半本さん、その声は麗しく、人を心配している時の顔ですらも可愛らしいわ。さあ、楽しい話をしましょう。まあ半本さんがするだけでたとえ欠片ほどの興味もわかない話でも、愉快で心嬉しい話題になるのだけど」
「よくこの一瞬でそれだけの語彙力で話せるね……」

 彼女の半本さんへの心酔は、今に始まったことではないのでもう慣れてきた。半本さんへの好意は薄れるどころか、明らかに増えている。半本さんを褒めている時の壕持さんの目が、少し血走っているような気もしなくもないけれど、きっと気のせいだろう。友達がいない人の友情感というのは、えてして普通からいくらかずれている。
 しかし、半本さんにはどうしてあそこまで短時間で心を開いたんだろう。何か特別なことをしたのだろうか?

「特別なこと? いや、私はもっちーちゃんと一緒に帰ったりしただけだよ」
「いいえ、それは普通のことではないわ! 私と放課後3日以上連続で帰ることができた猛者は半本さんくらいよ! さすが半本さんね、忍耐力すらもある。素晴らしいわ」
「いやいや、もっちーちゃんと帰るのに忍耐力いらないよ。楽しいもん」
「ありがたき幸せ」
「壕持さんは王女に仕える騎士か何かなの……?」

 『そういう風に捉えても、まあ過言ではないわ』という壕持さん。どうやら過言だったみたいだ。
 そうこうしている間に、僕達の家も近くなりつつあった。夕暮れも赤みを増して、オレンジ色で街を彩っている。そう、5月に入ったら運動会シーズンになるのだ。学年委員会に入ってしまったし、きっと運動会での仕事もたくさんあるのだろう。大変そうだけれど、今日様々な人――約一名はロボット――と関わってみて、もしかしたら上手くいくかもしれない、と思いつつあった。
 そんな思いを残して、2人と十字路で別れる。夕焼けに染まる街に、半本さんと壕持さんが溶けていくのを、手を振りながら見つめていた。


第三話「手首の行方」 完