コメディ・ライト小説(新)

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.28 )
日時: 2017/05/04 15:45
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: vyWtoaEp)

第四話『変人の集い、始動』

「気をつけ。これから、学年委員会の活動をはじめます」
「はじめまーす」

 気の抜けた声が、僕達が椅子を引く音と共に教室の中に響いた。入学式の時には咲いてすらいなかった桜の木には、もう青々とした葉が目立ち始めている。入学式が昨日のことのように思えるけれど、もう5月だ。
 学校生活は意外と順調で、山脈道理くんなど、クラスの人とも少しずつ話すことができている。そう、僕だって成長したのだ。いつまでも、昔のような自分ではないのだ。半本さんみたいにとは行かないまでも、クラスの中での立ち位置は悪くないところに落ち着いてきている。
 そして今、僕達1年3組だけでなく、学校全体が盛り上がっている。運動会が控えているからだ。運動会。スポーツデー。正直、僕みたいな陰気な民には縁がないものだと思っていたのだけれど、それはどうやら違ったみたいだ。
 渦杜中学校は『生徒の自主性を重んじる教育』をモットーにしているらしく、運動会内の障害物競争の内容を、各学年委員会が決めている。今日は、その障害物競走の細かなところを詰めるために、こうして委員会が行われているのだった。
 加賀坂さんや笛子くん、半本さんなど、見覚えのある人から、この子は誰だろうという人まで。しかし、どの人にも言えるのは、個性が強いということだ。学年委員会での常識人なんて、僕くらいしかいないと思う。それくらい、みんな頭が少しおかしい。
 学年委員会の委員長にまでなった半本さんを筆頭に、みんな。
 そんな十人十色どころか、1人で虹色に輝いているような人々が集まって、会議なんてできるのだろうか……? なんていう不安が漂いつつも、委員会活動が開始した。

「なあ、質問いいか」
「ん、どうしたの、蒼ちゃん?」

 手を挙げて発言する加賀坂さん。まだ何も始まってすらいないのに、何を聞きたいのだろうか?

「えっちゃん先生いなくね?」
「えっちゃん先生……? ああ、藍央先生ね。あ、ほんとだ!」

 知り合って1ヶ月の先生をもうあだ名で呼んでいる加賀坂さんのメンタルの強さは置いておくとして、なぜ藍央先生がいないのか。
 大方今日委員会があることなんてすっかり忘れて寝てたとかなんだろうけれど。そもそも、なんであんなちゃらんぽらんな先生を学年委員会というかなり大事なポジションの顧問に据えたのか。人事が謎である。
 そして、藍央先生がどこにいったのか話し合っているその時、教室のドアが開いた。
 そこには、少し目の赤くなっている藍央先生その人がいた。

「おー、ごめん寝てたわ。委員会やってるんだろ? 続けて続けて」
「続けて続けて、じゃないでしょう、藍央センセー。不真面目な先生は不真面目な生徒を生み出すんすよ?」
「まあまあ、そんな堅いこと言うなよ笛子クンよ。俺みてーな奴を反面教師にしてくれやー」

 なんて、飄々とした態度の先生。笛子くんですら煙に巻くとは。受け流された笛子くんは、特にそれを気にすることなく、にやにやとしたまま、

「じゃあ委員長、はじめよーぜ。障害物競走だろ?」
「あ、うん。そうだね。何か案ある人、いる?」

 そう半本さんが言うと、2、3手が挙がる。加賀坂さんと、あと2人は話したことのない人だ。
 1人は、黒いくせっ毛が肩の上くらいまである女子。名札を見てみると、『1年4組 笹木崎ささきざき 真姫まき』と書かれている。彼女が4組を代表する学級委員長へんじんらしい。
 そして、もう1人は彼女の後ろに座っている、困り眉と前髪が短く、横の髪をピンで止めているのが特徴的な男子だった。名札には、笹木崎さんと同じ1年4組という表記と、宮根みやね すばるという文字が書かれていた。あまり変な人には見えないけれど、やはり学年委員会ということで確実に変人だ。
 そして、半本さんが、加賀坂さんに発表を促した。そして、立ち上がって彼女は話し始めた。

「まず、最初は瓦を20枚割ってだな――」
「ストップ」

 と、加賀坂さんを遮ったのは、先程手を挙げていた笹木崎さんだ。半分呆れたような顔をしながら、やれやれという風に発言する。

「あのねえ、蒼。この障害物競走は人間が行う競技なのよ。わかる? ゴリラの競走じゃないわけ」
「ゴリラァ? こんなん簡単じゃないか。誰だってできる」
「まあ、ゴリラならできるでしょうね」

 と、至って普通の指摘をする彼女。もしかしたら、ただただ変人が集まっただけのグループだと思っていた学年委員会にも、僕のようにまともな人材がいたのか! なんて思っていたのも束の間。『私がゴリラではない提案をしてあげましょう』という言葉の次に笹木崎さんが言ったのは、お世辞にも普通とは言えなかった。

「こういうのは人間がやるのを前提に考えるのよ。人間はスリルを好むわ。だから、スタートと同時に足元から爆竹を出現させて――」
「いやいやいやいや」

 期待させておいてこれかよ。もうこの時点でまともさなんて1%もない。下手すると瓦割りよりも意味不明な提案に、つい僕は口を挟んでしまった。
 すると、笹木崎さんはなぜ僕が彼女の発言を遮ったのかわからないとでも言うかのようにこちらを向いた。

「あら、どうしたのかしら宗谷くん。私のこのパーフェクト提案に何か問題でも?」
「いや、問題しかないでしょう……。そんなことして怪我でもしたらどうするんですか!」
「宗谷くん、こんな言葉を聞いたことはないかしら?」
「なんです?」

 そう言って、笹木崎さんはこちらを指でさし、2秒ほどタメた後、自信満々な表情で言った。

「一発だけなら誤射かもしれない」
「そんなわけないでしょっ!」

 柄にもなく大きな声を上げてしまった。しかし、これはもう僕の手ではどうしようもできないくらい、頭のおかしい人しかいないらしい。
 やはり、こんな変人の集団で、なにかを決めようとするのが間違いなのではないだろうか。本当にこの会議がまともに終わるのか、不安すぎる。こうやって、困惑とともに学年委員会へんじんのつどいは、始動するのだった。

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.29 )
日時: 2017/05/05 11:53
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: 9mZpevdx)

 爆竹だの、瓦割りだの、いちい指摘しているとキリがないことにようやく気づいたので、話を変えることにしよう。頭のおかしい人にまともな話をするのは、馬に念仏を理解しろというくらい無理な話である。
 そういえば、加賀坂さんと笹木崎さんの他に、もう1人手を挙げている人がいなかったっけ。宮根――くん? その人はまだまともそうだ。きっとこの人なら僕を助けてくれるはず、そう信じて僕は、

「笹木崎さんと話してても、もう埒が明かないから、宮根くんの意見を発表してよ」
「宗谷くん、人畜無害そうに見えて私への当たり強くない?」
「気のせいです」

 むう、と言いながら座る笹木崎さん。話をすればちゃんと座ってくれるあたり、頭のおかしい中ではまともである。
 しかし、半本さんはこの変人の意見になにも疑問を持たないのだろうか? と思って彼女の方を見てみると、黒板に向かって蛙かなにかのように跳ねているのが見えた。どうやら、今までに出た意見を書こうとしたが、黒板の一番上まで手が届かないらしい。
 半本さんはうちのクラスだけでなく、学年全体を見ても小さい方だ。彼女が、人を見上げずに会話したのを見たことがない。
 そんな彼女に黒板などという高い壁と闘わせるのは酷だし、手伝ってあげようとすると、

「いや、大丈夫! 私、身長、大きいから! だから、昴、くん! 発表! してて!」
「え、あ、うん」

 やたらと区切りをつけて喋っているのは、ずっと跳ねていて息があがってきたためだろう。
 必死の闘いによって、『瓦割り』と読めなくはない字が黒板に書かれたのを見て、宮根くんは話し始める。お願いだから、まともなことを喋ってくれ。

「うーんと、障害物競走だし、麻袋に足を入れてジャンプして進む、みたいなのがいいと思うな」

 思っていた以上に、彼はまともだったらしい。ありがとう、宮根くん。そしてごめん。君を笹木崎さんや加賀坂さんのような変人と同じくくりに入れてしまって。
 正直、学年委員会にはもう常識人はいないだろう、と思っていたのだ。普通の人の皮を被った変人はいても、皮から身まで常識人なんていない。そう思っていた。そこに彼が現れたのである。砂漠の中に落とした針を見つけたような、そんな喜びがある。
 しかし、彼の発表が終わったときに、口を挟む人がいた。笛子くんだ。彼が何かに口を出すという時点で、僕には嫌な予感しかしない。

「昴、お前そんな普通のこと言ってたら学年委員会でやっていけないぜ?」

 なんていうことを言うんだ笛子くんは。逆に異常なことしかしてこなくて、よくこの人達は生きてこれたなあ。そして、加賀坂さんがそれに続く。

「そうだぜ、すばなんとか。そうやって普通のことばっか言ってるから、お前の名前忘れちまったわ」
「いやいや! おれの名前の3分の2覚えてるのにその先の文字がわからないのはおかしいでしょ!」
「いやー、忘れちゃったわー。須走だっけ?」
「違う! おれは静岡県にあった小山町と合併された村じゃない!」

 そしてカオスになっていく会議。コントが入る会議とか聞いたことがないぞ。
 笹木崎さんも乱入して、さらに渦巻いていく。もう収集がつけられないのではないか、というところで、ようやく黒板に全ての意見を書き終えることができた半本さんが言った。

「みんなさ、考えてみて。この競技に参加するのは、普通の人なんだよ。爆発には耐えられないし、瓦も割れないの」
「そういえばそうだったな! 忘れてた!」

 そんな当たり前のことを再確認しないといけないレベルで、この人達は意味不明らしい。まあでも仕方ないかな、なんて納得しそうになっている自分が怖かった。いや、なに頭のおかしい人を理解しているんだよ、僕。僕は、普通の人なんだ。
 あまりにも変人が多すぎて、少し毒されてしまっただけで、僕は普通の人だ。こういう時はお金の話を考えよう。
 500円玉というのは、硬貨の中で1番お金らしいと思う。なぜなら、金色だからだ。単純だと思ったかもしれないけれど、これはとても重要な事だ。『お金』というのに赤色や青色だったらどう思うだろうか。がっかりすると思う。『忍者』なのに忍んでない忍者を見て何だあれ、と思うのと同じように。
 そう、500円は硬貨の中で、唯一名前負けしていないお金なのだ。素晴らしい。500円玉は神だと、普段から思っているのが、こういうパニックすらも撃退できるとは、500円玉の神様度がさらに上がった。
 そんなお金のことを考えているうちに、議論は終結しようとしていた。宮根くんの提案した、麻袋に足を入れて跳ぶ、というものだ。よかった、まともなものになるみたいで。
 だが、学年委員会は忙しい。この議論が終わっても、僕達にはやることがある。
 それは、運動会のポスター作りだ。変人のセンスは果たしてみんなに受け入れられるのか、とても心配なのだけれど、これも仕事だ。やるしかない。
 さあ、どんなポスターになるのか。今1人1枚渡された、白い画用紙を見つめた。

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.30 )
日時: 2017/05/08 22:10
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)

「ねーねー、宗谷くん描けた?」
「うーん、あんまり何描けばいいのかわからなくて……」

 白い白い紙を見ていると、一度ポスターを描くために教卓ではなく、僕の前の席へ座った半本さんが、振り返って話しかけてきた。中学校に入ってから、はじめての運動会のため、ポスターを描けと言われても、何を描けばいいのかがわからないのだった。
 シャープペンシルを持ってはみるけれど、くるくるとそれを回したあと、すぐに手は動かなくなってしまう。
 僕も他の人が何を描いているのかが気になっていたので、その意味でも、半本さんに話しかけてもらえたことは幸いだった。
 自分は何も描いていないということを伝えてから、彼女のポスターをちらりと見る。半本さんの紙には、鉛筆で描かれたラフのようなものが見えた。そこからでも、僕との圧倒的な画力の差が見えた。アタリ……って言うんだっけ? そういうものを僕は描いたことがないけれど、なんかこう、人を描くにあたっての下描きのようなものと聞いたことがある。今までは漫画かなんかがやっているイメージだったけれど、こうやって直に見てみるとそういうテクニックは本物のものなんだなあと思う。

「半本さん、すごいね。僕とは大違いだよ。何描いてるの?」
「うんとね、まず真ん中に大仏がいてー」
「だ、大仏」

 どうやら、絵は上手いけれど、センスがかなり独特なようだ。何をどうしたら運動会のポスターに大仏様が登場し始めるのだろうか。頭のいい人の思考回路はよくわからないなあ、と思いつつ、右隣の人の絵を見てみる。半本さんは、前を向いてまた描き始めた。
 右隣は、宮根君だった。彼の絵はどのようなものなのだろうか。覗いてみてみると、とてつもなく上手い絵、というわけではないけれど、安定した絵柄――とでもいうのだろうか。とにかく、下手ではない絵だった。どうして、この学年委員には絵の上手い人が多いのだろうか。
 上手いなあ、と呟くと、宮根くんがこちらを向いて、そうでもないよーと言った。
 上手い人ほど謙遜するのだ。絵が上手い人の『こんなの簡単に描けるよ』と、勉強ができる人の『この問題は簡単だからやってみて』は信用しないことにしている。確実にその絵であったり勉強だったりの説明で、僕の知らない単語がぽんぽん出てくるからだ。
 実力がある人は、実力がある人々ワールドで生きてきたから、その中の常識で語るのだ。だから、僕達のような一般の人々はわからない。
 そして、僕と宮根くんの話を聞いたのか、彼の前の笹木崎さんがこちらを見て話しかけてくる。

「宮根くん、こういう芸術系も、勉強も、運動も、全部そこそこできるのよね。私、勉強がそこそこできるくらいだから羨ましいわー」
「えへへ、嬉しいな」
「まあでも、人間欠点がないと面白くないのよ? そこの宗谷くんも、お友達がいないというところがあってこその面白さだもの」
「ちょっと待って、僕の友達がいない話、そこまで広まってるの?」

 まさかクラスを越え、初めて会った人にすらそのことを指摘されるとは思わなかった。もう、僕は友達がいないことを堂々と発表し、面白がられた方がいいのだろうか。と、いうか僕野どこが面白いのだろうか。

「だって、宗谷くんさ。友達がいないって聞いた割には、私の支離滅裂なお話に突っ込むっていう結構勇気いることするじゃない? 」
「支離滅裂だとは思ってるんだ」
「あったりまえじゃない。あんなの冗談よ、冗談。笛子くんとか、蒼とかはもう昔から私の冗談癖を知ってるから何も言わないのよ。宮根くんはまともだからいちいち律儀に突っ込んでくれるけどさ」

 やっぱり、一応彼女はまとも枠に入っているらしい。かなり堂々と冗談を喋っていたから、まさかお遊びでそんなこと言っていたなんて、驚きである。
 そんな気持ちが表情に出ていたのか、僕を見てにやにやと笑う。笛子君とはまた違うタイプの笑みである。人を騙して笑う、例えて言うなら詐欺師のような笑いだ。

「……ねえ、今私の笑い方を見て、すごく失礼なこと考えなかった?」
「ぜ、ぜんぜんぜん?」
「ぜんが1つ多いわよ、この阿呆」

 動揺がわかりやすすぎた僕に、呆れつつ笑う彼女。なんだか、いじりやすそうな奴だなあ、と思われている気もしないでもない。

「話は戻るけど、そうね、蒼が言っていることは全部あれ大真面目に言ってるから。あれは反論しないといけないわ。ほんっとうに、あいつは他の人も自分と同じゴリラ系ヒューマンだと思いこんでる」
「ゴリラ系ヒューマンという言葉がとても気になるんだけど」
「造語よ。格好いいでしょう?」
「笹木崎さんって、ネーミングセンス死んでるんだね」
「結構辛辣ね、あなた。本心からこの言葉はとてもクールで素晴らしいものだと思ったのだけれど」

 やっぱりセンス死んでるよ、と言おうと思ったけれど、ここは流石に口をつぐむ。なんだろうか、やはり変人というのはセンスがおかしいから変人なのだろうか。きっとそうなんだろうなあ。
 笹木崎さんは、そろそろポスター描かないといけないな、と言って前を向く。そして、それと同時に宮根君がこちらに話しかけてきた。

「音桐くん。きっと、真姫さん君のことかなり気に入ったと思うよ。面白い人は、大体好きだから、あの人」
「ええ、僕面白くないと思うけどなあ」

 なんてこそこそと話していると、再度癖っ毛の彼女がこちらを向く。真ん中で分けた黒髪を揺らして、僕と宮根くんに言った。

「私が面白い人を気に入るのは本当だし、宗谷くんと、とどろきちゃんを好きになったのも事実よ。だからとっとと仕事をしなさい、宮根くんもね」

 その言葉は、厳しいながらも優しさが込められていたように聞こえた。なんだか、色々な人に関わってもらって、学園生活が上手くいきそうな気がしてきた。
 少しにやけてしそうになるのを抑えつつ、自分の黒い髪を触る。少し、照れてしまう。きっと、渦杜中学校は楽しい生活になってくれるだろう。窓の外を見ると、雲ひとつ無い青い空が見えた。

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.31 )
日時: 2017/05/10 22:02
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)

 僕の腕とシャープペンシルがさらさらと動き始めた頃、いきなり前方から椅子が何かとぶつかる音が聞こえた。その方向を見てみると、笛子君が何やら驚愕したような表情をしながら、取り乱し、立ち上がっていた。整っている顔は驚きに歪んでいる。
 いつも飄々として、感情を爆発させるような行動をしない彼は、どうしていきなりこんなことをしたのだろうか? 笛子君は、席に座ってから、彼の前の席の加賀坂さんを見て、

「おい、蒼。なんでそんな怪物描いてんだよ……!」

 と言った。明らかにポスターを描いている人に向けての言葉ではない。加賀坂さんは一体何を描いたのだろうか。
 しかし、当の本人はきょとんとした顔をして笛子君を見ている。そして、怪物とまで言われたにも関わらず、自分の絵を誇るようにして言った。

「はあ? 緋色お前、この絵のどこを見て怪物とか言ってんだよ。お前の目は節穴か?」
「お前が言うなよ、お前が」

 目を細め、加賀坂さんを睨む笛子君。その瞳は、恐怖すらも孕んでいるように見える。この世のものとは思えないような物体を見たときのような、幽霊を見たとしてもこんな顔はしないだろう、という程の表情だ。出会ってまもないけれど、こんな笛子君は初めてだ。しかも、長年の友人だと思われる加賀坂さんに恐れを向けるなんて。
 それに対して、相対する加賀坂さんは先程と同じように、なぜそこまで恐れられるのかわかっていないみたいだ。
 僕はあまりにも驚きっぷりが激しい笛子君の様子が気になったので、加賀坂さんのポスターを見せてもらうことにした。

「私の絵が見たい? いいぜいいぜ、見せてやろう」
「ありがと――うっ……わ……」

 それを見た瞬間、僕の思考は凍った。なんというか、これは本当に運動会のポスターなのだろうか? どう見ても人間ではない何かが、地面とは呼べない場所で蠢いている。その様子はさながら黒魔術の儀式のようで、この絵を触媒にして、冒涜的な生物を呼び出しているように見えた。こう言ってもまだ語り尽くせないような、畏怖。黒いマジックだろうか、そのような簡単な画材で描かれたのにもかかわらず、ありえないほど緻密に、そして大胆にこの世の恐怖を描いていた。
 見ているだけでその絵に呑み込まれそうで、心が蝕まれるような気さえする。これは笛子君のリアクションも納得である。線の1本1本が、見る人の心を色々な意味で掴んで離さない。この絵を見てしまったことにより、少し目眩がしてしまった。
 その僕の様子を見た半本さんが心配してこちらに来た。危ない、その絵を見たら――!

「どしたの、宗谷くん……わっ……」

 絶句。そう表現するしかなかった。今、きっと彼女はさっきまでの僕と同じことを考えているのだと思う。畏怖、恐れ、そして少しばかりの魅了。その3つの波に心が流されているのだろう。
 そして、宮根君もこの絵を見たようで、口元に手を当てたまま硬直していた。
 僕達3人の様子を見て、何を思ったのか加賀坂さんは更にこの絵を見せつけるように言った。

「おいおい、どうしたんだよ3人ともー。この絵が素晴らしすぎて言葉を失っちまったのかー? 照れるぜー!」
「あの、加賀坂さん。この絵を見て、言葉が消えたのは合ってるけど、その理由はこの絵が冒涜的だったからだよ」
「冒涜ゥ? ああ、この絵がうますぎて他の人々にとっての冒涜ってことだな。おいおい、そんなこと言わないでくれよ」

 言葉の最後に星マークが付いているかのように、朗らかに話す加賀坂さん。この絵を描いたことで誇らしげにしているのでなければ、とても微笑ましい光景なのだろう。この絵についてでなければ。
 初めて笑っている人に向かって怒りが湧きそうだ。なんだろう、この絵を見たことによるネガティブな感情をすべて彼女にぶつけてしまいそうだ。
 しかし、その気持ちを精一杯抑えて、言う。

「加賀坂さん、その絵は下手とは言いません。ですが」
「……ですが?」
「上手いとかそういう次元を超えて、これは絵ではありません」
「絵ではない!?」

 椅子をがたっと揺らしながら大げさに言う加賀坂さん。いや、そのリアクションをしたいのは僕達なんだけれど。
 その大声を聞いて、藍央先生がこちらに向かって、ぼさぼさの髪を掻きながら歩いてくる。大きな欠伸を1つしてから、僕達に向かって言った。

「ふあーあ……。静かに寝てたのに、どうしたそんなに煩くして……。この絵に問題が……うっわ」
「酷くないかえっちゃん先生! こいつら、私の絵を見て『これは絵ではない』とか言ってくるんだぜ! 先生ならわかってくれるよな、この絵は素晴らしいって!」

 加賀坂さんのポスターを見ている藍央先生に問い詰める加賀坂さん。身長は170㎝を越えているであろう藍央先生と、さほど変わらない加賀坂さんは、かなり威圧感があった。
 そんな彼女にも身じろぎせず、ひらひらと手を振りながら、

「いやあ、その意見には全面賛成だなあ、俺」

 と、言う藍央先生。

「ひっでえ!」
「んー、流石にこれを他の生徒が見るのはいただけないなあ。だから、俺が絵の講師を呼んでやろう」

 そう言って、藍央先生は、パンと手を叩き、加賀坂さんに言う。
 加賀坂さんは、突然のことに少し驚いたのか、きょとん、としている。笛子君や、半本さん、宮根君も、目を見開き、先生の方向を見ていた。

「講師?」
「そう、講師だ。そいつは美術部のエースであり、生徒会の副会長でもあるようなやつだ」
「え、すごいやつじゃねーか! 名前は?」
「そいつの名は――」

 少し溜めて、先生は言う。

比文ひふみ参世まいよだ」

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.32 )
日時: 2017/06/20 20:22
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)

「……で、なんで私がここに連行されたんですか?」

 何分かしたあとに、僕達の前に立っていたのは1人の女子生徒だった。学年カラーは、2年生の証である赤。ネクタイや、制服の袖などについているラインに、その色があしらわれていた。
 160センチくらいだろうか、女子にしては高い身長に、黒い、肩にかからない短い髪。前髪を真ん中で、これまた黒いピンで留めていた。きりっとした表情は、困惑に染まっていて、自分がここにいる理由を探しているようだ。
 比文参世先輩。生徒会の、2年生の副会長。それでいて、美術部のエース的存在であるらしい。
 そんな先輩に、ポスターの描き方を教えてもらおうという魂胆である。どう考えても比文先輩は、『生徒会の仕事、あったんですけど……』と呟いていた。すごく申し訳ない。
 それなのに、藍央先生はあっけらかんとして、

「ああ、それならうちの半本を手伝いに向かわせたから心配しなくていいぞ」

 と言った。ああ、さっきから半本さんの姿が見えないと思ったらそういうことか。いや、2年生の仕事の手伝いに一年生を差し出すのはどうかと思うけれど。

「なんて勝手なことをするんですか、藍央先生……。もう、仕方ないなあ。半本ちゃんでしたっけ? あの子にいつまでも仕事を任せるわけにもいかないし、手短に終わらせますよ」
「さっすが、比文! 話がわかるぜ。じゃあこの加賀坂って奴にポスターの描き方を教えてやってくれ」
「よろしく頼むぜ、先輩」

 人にものを頼むような態度ではない、あっけらかんとした様子で加賀坂さんは言った。それに対して比文先輩は、少しため息をついて呆れたようにしている。

「じゃあまずポスターがどういう理由で設置されるのかから始めるんだけど――」

 と、いう彼女の言葉から先は覚えていなかった。かれこれ15分は話していたのだろうか。僕はいつのまにやら目を閉じて眠りこけていたようだ。先輩が話していたというのに、申し訳ない。
 しかしどうだろうか。描き方を教えて欲しいという人に対して何十年前もの、ポスターの歴史から話し始めるというのは。
 確かに、その道の人が聞けばとても楽しい授業になるのかもしれない。しかし、その言葉は僕達の耳を右から左へ通り抜けた。とても良い声をしているだけに、眠りへ誘う効果が非常に高いのだ。閉じていくまぶたを抑えることなんてできず、僕らは揃いも揃って机に突っ伏していた。ていうか、おい、先輩を呼んできた張本人と絵がひどすぎる張本人まで寝てるってどういうことだよ。いやまあ、僕だって寝てしまったわけだし、彼らを責めることはできない。

「――と、まあポスターの話はこれくらいにして、描き方に移ろうかしら。……ちょっと、そこのポニーテール起きなさい」

 指で加賀坂さんの頭をつつく彼女。惰眠を貪っていた加賀坂さんは、その腰ほどまであるポニーテールを揺らしながら覚醒した。普段は髪を下ろしているが、校則で肩までつく髪は縛らなければいけないので今は1つに縛っているのだ。
 そして、むくりと起きた加賀坂さんは言う。

「……おお、長い前フリは終わったか。よし、先輩! さあ教えてくれ、ポスターの描き方を!」
「長い前フリって……。まあ、正直な子は好きよ、うん」

 苦笑を浮かべる比文先輩。その表情には、なんというか手のかかる子を見ているお姉さんのような優しさが滲み出ていた。

「じゃあ本題に入るけど、ポスターとか、そういう宣伝のための広告は、普通の絵とは違うわ。伝えたいことをわかりやすく描かなければ、見る人はわからない――」

 と、まあこのあと10分ほどの講義があった。もちろん皆寝た。心地よいBGMの中睡眠を取るのはとても気分が良いものだなあ、と思う。さすが人間の三大欲求。満たしたときの喜びが他の欲求とは違う。
 じゃなくてだな。また寝てしまったことに申し訳無さを覚えないのは常識人としてだめだと思う。
 ……どこかから、お前は常識人ではない、という声が聞こえた気がしたけれど、僕はまともだから。
 それはともかくとして、比文さんがこちらを見て言った。

「ほら、説明も終わったことだし、描いてみなさいよ。貴女がどんな絵を描くのか、私はまだ知らないわ」
「おう、睡眠学習の成果見せてやるぜ」
「また寝てたの、蒼? いい加減参世先輩にぶん殴られるわよ」

 りもせずに寝こけていた加賀坂さんにヤジを飛ばす笹木崎さん。責めるようなことを言っているけれど、彼女も机に突っ伏していたのを見たぞ。
 よくもまああそこまで『私は寝てなんかいませんよ』というような態度でいられるものだ。
 そして、そんな言葉を聞き流しながら加賀坂さんはシャーペンを手に取り、得意げに描き始めた。
 僕や、比文先輩、笹木崎さんと笛子君も彼女が絵を描いているのをじっと観察していた。どのような暗黒物質ができあがってしまうのやら。僕らの不安をよそに、加賀坂さんの机からはガリガリという絵を描く音が響いていた。

Re: 巫山戯た学び舎 ( No.33 )
日時: 2017/07/04 06:07
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: GrzIRc85)

「できたぞ!」
「うわっ」
「おい、うわってどういうことだかわいい君」

 いけない、本音が出てしまった。聞こえないように言ったつもりなのに、耳に入ってしまったようだ。さすが加賀坂さん。野生の力で、耳もいいのだろう。
 それはともかく、彼女のポスターが完成したようだ。どんな化け物……いや、錬成物ができてしまったのか楽しみだ。魔王が来るかな、ケルベロスか何かかな、と想像を働かせる僕。おそらく笹木崎さんや笛子君も同じことをしていると思う。
 まだ彼女の災厄級の絵を見たことがない比文先輩は、少し期待している表情で加賀坂さんを見ていた。
 そんな様々な感情が入り交じった空間で、当の彼女は自信満々に言う。

「ほら、見てみろよこの、素晴らしい絵を! 最高だと思わんかね!」
「思わんかねって……」

 と、苦笑する比文先輩。その後、彼女は加賀坂さんの絵を見る。僕もちらりと覗いてみると、そこには地獄があった。
 それは黒かった。と表現するしかなかった。シャープペンシルでここまで暗黒を描けたのか、というようなポスターと呼ばれているそれ。渦のような黒い背景に、中央には逆に真っ白な人間のような、それでいてどこか液体のような体をしているものがうごめいているように見えた。そして、その物体の足のような部分から出ているのは血液だろうか? どろっとしているような、さらさらとしているような、不思議な液体に見えた。
 ここまでの質感を描けるのならば、画力は高いのだろうか。と、まで思わせるようなポスターだった。正直、運動会ポスターいうか、地獄の広告にしか思えない。習ったことが無駄なところで活かされていて、完璧なパースが取れているのがさらに恐怖を加速させる。今にもこの白いそれがこちらへひたひたと近づいてきそうだ。
 そんなゾッとする絵を見て、比文先輩はどうするのだろうか。罵倒か、もしくは呆然とするのか。
 そう思ってちらりと比文先輩を見てみると、

「あら、いいじゃない! とてもユニークで目を引くと思う!」
「おお、そうだろう! 私の力作だ!」

 なんということだろうか。美術部のエースのセンスは野生動物と同じだったらしい。まあやっぱり、結局生徒会に入ってる人も、変人なのだろう。
 加賀坂さんのセンスに共感するなんてよっぽどだ。かわいそうに。
 いや、もう1度絵を見てみればもしかしたらこのポスターの良さがわかるかもしれないと思って、ちらりと見てみるけれど、無理だった。明らかに普通のポスターと黒さが違う。

「比文先輩は、野生動物……もとい、加賀坂さんのセンスがわかるんですね」
「おい、野生動物ってどういうことだかわいい君。かわいいだけじゃなかったのかよ」

 僕の至って普通の質問に、加賀坂さんは反論するけれど、本人の話は聞いていない。野生動物は野生動物だ。

「まあ、確かに加賀坂ちゃんは野生動物だし、センスもだいぶやばいけど」
「おい」
「でも、私はセンスが他人とズレていることを異常とは思わないわ。普通じゃないだけよ。ありふれたものじゃないって、とっても素敵なことだと思う。野生動物だけど、とっても素敵だと思う」
「なんでいい台詞だったのに私が野生動物であることを強調するんだよ。感動返せ」

 こういう考え方は、センスを大事にしている美術部らしいものなのだろうか。確かに、多少奇抜なものに対して僕たちは、『圧倒的センス』なんて呼ぶことが多い。加賀坂さんはそれのさらにぶっ飛んだ版なのだろう。
 その考え方は僕らにはなかったし、多分一生そこに至ることもなかっただろう。なんとなく比文先輩は加賀坂さんに振り回されていた印象だったけれど、本当は芯が通っていて、しっかりとした人間なのだとわかった。僕の初めての先輩が、尊敬できる人でよかった。
 あと加賀坂さんが野生動物だということにも同意してくれてよかった。素晴らしいと思う。

「まあ参世パイセン、ありがとな。私の全てを褒めてくれてよ」
「褒めたのは絵とセンスであって、貴方を全肯定した覚えなんてないんだけど。きちんと現実を見なさい。貴方はゴリラよ」
「はあっ!? いい先輩だと思ってたのにふざけやがって!」
「いいぞ、参世さんもっとやれ」

 と、比文先輩もこの異次元のような学年委員会に馴染んだらしい。笛子君や笹木崎さんと一緒に加賀坂さんへ野次を飛ばしている姿が見えた。
 しかし、初対面でここまで人と仲良くなれる加賀坂さん達も凄いな。しかも先輩。藍央先生のことも『えっちゃん先生』なんて呼んでるのを見る限り、あと1週間もしたら比文先輩のことも謎のあだ名で呼び始めそうだ。
 半本さんも、ここにいたら、きっと比文先輩と仲良くなれただろうに。仕事が出来すぎるというのも大変なんだなあ。生徒会の代わりに、と駆り出されるなんて彼女も思ってなかっただろうに。
 なんて思っていると、委員会終了を知らせるチャイムが鳴った。片付けもろくにしていなかった僕たちは、机の上を整頓することにした。

Re: 死にたがりの自転車 ( No.34 )
日時: 2018/03/19 20:42
名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)

「みんな、仕事終わったー?」

 僕達が片付けをちょうど終わったとき、生徒会の方の手伝いが終わったのか、半本さんが戻ってきた。慣れないことをして疲れているのかな、と思っていたけれど、逆に彼女はにこにこと笑いながら、こちらに帰ってきた。
 そして、みんなのポスターを見ては、すごいね、だとか個性的で素敵だね、とコメントを残していた。加賀坂さんの壮絶なポスターを見ても、彼女は動じずに、

「これ描いたの蒼ちゃん? 凄いね、この1位を取った人が、リレーのバトンを持って仁王立ちしてるポスター! 勢いがあって好きだよ!」

 と、加賀坂さんに向かって言った。僕達のほとんどが『あ、それ仁王立ちしてたんですか』みたいな顔をして固まってしまった。ずっと、大いなる地球を征服した加賀坂さん的な人が、地面に旗を刺している絵だと思っていた。

「おお、ありがとう。よく仁王立ちだってわかったな! とどろきならわかってくれるって思ってた!」
「みんなわかるよ! これ見た人は絶対運動会来るよ!」

 なんというか、本当に凄い人は個性的なものさえも理解してしまうのだな、という瞬間を見た。僕達がどれだけ頭を捻っても地面に旗を刺している絵にしか見えなかったのに、半本さんは一瞬見ただけでそれが何か理解できてしまうなんて。
 そして、ひとしきりみんなのポスターを褒め終わったあと、藍央先生に自分の仕事が終わったことを報告していた。僕は生徒会の業務なんて知らないので、どんなことをしてきたのか気になり、半本さんに聞いてみた。

「ねえ、半本さん。生徒会の仕事、どんな感じだった? やっぱり大変なの?」
「全然大変じゃなかったよ! 先輩方がとってもよくしてくださって、私はもう立ってるだけみたいな感じだったもん」
「そうなんだ。どんな仕事だったの?」
「んー、運動会が近いから、それの準備って感じかなあ。やっぱり生徒会って仕事が多いみたいで、開、閉会式の係だとかを決めてたりだとか、他の委員会との打ち合わせだったりとか」

 生徒会、なんて漫画の中の存在だと思っていた。いや、たしかに入学式でも生徒会長の挨拶はあったし、架空のものではないとは知っているんだけれど。身近に関わっている人がいないと、やはり現実味がないというか。
 だから、比文先輩が生徒会副会長、と言われたときもそれがどんなものかはよくわかっていなかった。でも、今日で少しだけ分かったような気がする。自分よりずっと上の人だと思っていても、実際関わってみれば、怒るし、笑うし、自分とそこまで変わらない人なんだなあと。

「でもびっくりしたのは、空無あきなし会長と3年の副会長の木牧木きまきぎ先輩が突然踊り始めたことかなあ」
「はい?」
「うわ、またやったのあの人たち」

 突然横から声がしたかと思ったら、比文先輩だった。『また』という口ぶりからするに、普段から生徒会では会長と副会長が踊り狂っているということか。どんな生徒会だよ。
 生徒会長といえば、真面目で品行方正なイメージがあるけれど。そうか、最近の生徒会長はダンスをするのか。

「あなたが生徒会の方を手伝ってくれた半本さんね。本当にありがとう。私は2年の副会長の比文参世。空無先輩と木牧木先輩が今日も踊っていたみたいで……。申し訳ないわ、変なとこ見せて」
「いえいえ! ブレイクダンスを生で見れてすごい面白かったです!」
「ブレイクダンスしたの!?」

 なんだろう、驚いている僕がおかしいのだろうか。生徒会長はみんなダンスをするのか? 最近の学校は変な方向に進化しているのだなあ。
 なんて思っていると、比文先輩が僕に言った。

「なんというか……。生徒会の人々はみんな個性的なのよね。まあ、会長と副会長の踊りは友好の証だと思ってくれて構わないわ」
「どこの部族の儀式なんですか……」

 僕が呆れていると、半本さんは比文さんにお礼を言った。

「今日は本当にありがとうございました! みんな比文先輩のことが好きになったみたいですよ!」

 お辞儀をする半本さんを見て、比文先輩の顔はどんどん色を失っていく。あれ、何か先輩の気に障ることをしてしまったのだろうか? いや、半本さんはお礼を言っただけだし……。もしかして、僕が儀式と言ったことによる怒りが時間差で来た? 『先輩の聖なる踊りを馬鹿にするなど言語道断!』的な?
 比文先輩はずっと黙りこくっている。一度目を閉じ、瞑想をしたかと思うと、おもむろに目を開いた。そして、

「いやーもうめっちゃいい子じゃん! 超かわいいし! まじでなんなん? 天使? 天使なの? やば!」

 と語彙力が死んでいる台詞を言って、いきなり半本さんを抱きしめた。抱きしめた!? 唐突すぎではないか。半本さんも突然の抱擁ほうように驚いて、目を白黒させていた。

「え、突然どうしたんだよ、パイセン。ついにとち狂ったか?」
「どうもこうも無いわよ! こんな可愛い生命体Xを見て抱きしめないわけないじゃん! 好き! 可愛い! 天使!」
「お、おう。……本当に大丈夫か?」

 大声を聞いた加賀坂さんが比文さんに問いかけても、何も変化はなかった。あれ、この人本当に比文先輩だよな? 二重人格? そっくりさん? そんな疑いが駆け巡る。

「……なあ、宗谷。参世さんどうしちゃったんだよ」
「僕も知らないよ! 言ってることを聞く限り、半本さんがかわいすぎて頭がおかしくなったのかなあ」
「それにしたってパイセンやばくないか? 頭溶けてないか?」

 笛子くんも交えた三人で、この謎の光景を分析しようとする。先程まで先輩らしい発言もして、尊敬できるところをたくさん見せていたのに……。どうしてこんなことに。
 呆然としていると、開くはずのない、この教室の扉が勢い良く開いた。

「ちょっと! 私の半本さんに何やってんのよ! 生徒会副会長だからってやっていいこととやっちゃだめなことがあるのよ!?」
「え、壕持さん!?」

 なぜここにいる。壕持さんは学年委員会でも生徒会でもないのに。鬼のような形相で比文先輩を引き剥がす壕持さん。半本さんと離れて、やっと先輩は落ち着いたみたいで、少し恥ずかしげにしながら僕達に言った。

「……コホン。少し動揺してしまったみたいね。可愛いものを見るとつい、取り乱してしまうの」
「それにしたってやりすぎよ。私の、私の半本さんになんてことを!」
「私は大丈夫だけど、落ち着いたならよかったです」

 と、微笑む半本さん。すると、また比文先輩は半本さんを抱きしめようとする。しかし、壕持さんがブロックしていた。完璧な動きすぎて恐ろしくなってくる。

「とりあえず、私は生徒会に戻るわ。みんな、運動会でも頑張ってね。1年生の競技、楽しみにしてるわ」
「んー、とりあえずじゃ済まされないような気がするけど、まあいいや。パイセンばいばーい」

 そう言って、先輩は教室を出た。しかし、未だに壕持さんはいる。なんでいるんだよ、ほんとに。
 聞いてみると、彼女はさもそれが当たり前かのように言った。

「半本さんのいるところに私あり……よ」
「いや、そんなドヤ顔されても。ストーカーだよね?」
「ストーカーではなく、張り込みと言ってもらいたいわ」
「ストーカーだよね?」
「違うわ」

 あくまでもストーキングしているわけではないと言い張る壕持さん。どう考えてもおかしいけどなあ。壕持さんの所属している委員会も今終わった、とか? いや、壕持さんのことだ。30分程前に終わっていたけれど、ずっと扉の前だとか見えない場所で見張っていたとかだろう。
 あまり深く考えすぎると、だんだん怖くなってくるからこの辺で思考するのはやめよう。

「じゃあ、起立。これで、学年委員会の活動を終わります。ご苦労様でした」
「ご苦労様でしたー」

 第1回目の変人の集いの活動は、どうにかうまく行ったみたいだ。今日も、壕持さんと半本さんと一緒に帰ろう。

第四話『変人の集い、始動』 完