コメディ・ライト小説(新)
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.35 )
- 日時: 2018/01/20 23:17
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
第五話『愛と勇気と君の声援』
5月31日、土曜日。透き通るくらいの青空と、突き刺さるような太陽の光。梅雨入り寸前にもかかわらず、今日の降水確率は0%。日光を遮る雲も無く、太陽の熱は僕達に直撃する。
今日は、恨めしいくらいの運動会日和だった。僕達1年3組は青組である。正直、あまりスポーツが得意ではないから、少しだけ雨が降ってくれることを期待していたのだけれど。
「はっはっはー! よぉ宗谷! 今日は運動会にピッタリな天気だな! 昨日てるてる坊主を殴っといてよかったぜ!」
「……おはよう、加賀坂さん」
「ああん? 元気がないなー宗谷は! せっかくの運動会にそんな辛気臭い顔してたら勝てないぜ」
僕のかすかな雨乞いも、加賀坂さんには敵わなかったみたいだ。
というか青組の待機場所に堂々と入ってくるなあ。何しに来たのだろうか。宣戦布告でもされるのか? それは半本さんとやってほしい。
彼女はいつにも増して元気そうで、満ち溢れる自信や気合いが僕にまで伝わってきた。僕は待機場所で椅子に座っているが、加賀坂さんは立ってこちらを見ているため、元々高い身長が更に高く見える。巨人のようだ。長い髪を1つにまとめ、蒼、という名前に相反した赤色の鉢巻きを付けている。そして、着ているのは学校指定の体操服。
襟や裾のところに橙色のラインが入ったシャツに、これまたオレンジ色を基調として、左右に1本ずつ白い線がある半ズボン。胸元の校章が光り輝いているようだった。
「……ていうか、てるてる坊主を殴るってどういうこと?」
「ん? ああほら、てるてる坊主って吊るすと晴れるっていうだろ? 吊るせば晴れるってことは殴ればもっと晴れるってことだろ!」
「その理屈はどうなんだろう、僕は間違ってるような気がするけど」
「いーや! 間違ってなんかないね。実際こうやって晴れたわけだしな!」
頑なに否定する加賀坂さん。まあ確かに、普通にしているだけでも怖い彼女が鬼気迫るような表情で殴れば、太陽だろうが月だろうが思いのままという気がしなくもない。 やっぱり加賀坂さんって、人間じゃないのでは?
などと話していると、背後から怒ったような声が聞こえてきた。
「ちょっと、音桐くん。戦場で敵と会話するなんていい度胸ね」
「戦場って……」
振り返れば、そこには壕持さんが腕を組んで立っていた。茶色の短い髪をうなじのところでちょこんと結っている。今日のピンは青色だった。自分の組と同じ色をつけているのを見るに、意外と運動会を楽しみにしていたのかもしれない。
元々キリッとしていた目を更に細め、加賀坂さんを睨みつけている。怒りの矛先は僕ではなく、加賀坂さんだったようだ。
「なんだ、四美も運動会楽しみにしてたのか? 私も楽しみにしてたんだぜ」
「口を開くことは許可していないわ。さっきも言ったでしょう? あんたにとってここは敵陣。そんなところで悠長に話しているなんて、随分と余裕なことね?」
言葉巧みに加賀坂さんに怒りをぶつける。まるでアメリカの映画のように、大げさな身振り手振りを交えながら煽っている。……壕持さんは、敵陣に入ってきたことに怒っているというか、どちらかというと普段、半本さんを取られていることに苛立っているような気がするけれど。
そんな怒り混じりの煽りを、加賀坂さんはひょいと躱して話し続ける。
「はっはっは、ご機嫌ななめか四美? いくらとどろきを私に取られちゃうからってそうやって怒るのはよせよ。かわいい奴め」
「ちょっと加賀坂さん、本当のこと言わないであげてよ」
「本当のことって何よ! 敵陣で話すなって言ってるじゃない! それ以下でもそれ以上でもないから、とっとと出ていくことね!」
図星を突かれた壕持さんは、顔を真っ赤にしながらそう言うと、早足でどこかへ行ってしまった。捨て台詞が驚く程に小物感で溢れていて、負け惜しみにも程があった。あとで慰めてあげよう。
その様子を見ていた加賀坂さんは、また豪快に笑う。
「はっはっは。急に来て急に帰るだなんて、まるで台風みたいだな!」
「台風っていうんだったら、それは壕持さんじゃなくて、加賀坂さんだと思うけど……」
「私が台風? 違うね、私は穏やかな海なのさ。性格もおおらかだろう?」
「それを自分で言うところからして、穏やかじゃないよ」
穏やかな海ではなく、風が吹き荒れる海だと思う。たしかに全てを受け入れるようなおおらかさだけれど、懐が広いのではなく、波で全てのものを飲み込むように荒々しいのだと思った。
こんなことを本人に言ったら、殴られるどころではないので黙っておこう。
「おっと、楽しい話をしていたらもうこんな時間か。開会式が始まっちまうじゃねえか。じゃ、そろそろ私は行くぜ。お互い頑張ろうな! とどろきにもよろしく伝えといてくれよー!」
「うん、頑張ろうね。できるだけ負けないようにするよ」
そう言って、彼女はひらひらと手を振りながら自分の待機場所へ帰っていく。その後ろ姿が凛々しくて、本当に中学1年生なのかと疑いたくなる。
加賀坂さんを見送ると、『おーい』と僕を呼ぶ声が聞こえてきた。その方向を見ると、半本さんが2つに結った髪の毛を振りながらこちらに駆け寄ってくるのが見える。
「宗谷くん、開会式始まっちゃうよ?」
「あ、ごめん。加賀坂さんと話しててちょっと遅くなっちゃった」
「蒼ちゃんと? いーなあ、私も話したかった、リレーのアンカー同士!」
そう、半本さんと加賀坂さんは、学級対抗リレーのアンカーなのだ。加賀坂さんはともかくとして、半本さんは勉強だけでなく運動もできるだなんてずるいと思う。
兎にも角にも、もう少しで開会式が始まる。僕らの、中学校生活初めての運動会が幕を開けていくのは、不安でもあったけれど、少し楽しみだった。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.36 )
- 日時: 2018/04/07 09:13
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: xrRohsX3)
さすがに開会式では大きな問題は起こらず、無事に運動会を開くことができた。僕らはラジオ体操を終え、青組の待機席に戻る。1番目の競技は3年生の徒競走である。
「位置について、よーい」
各色の第1走者が、石灰の線に手を乗せ、グッと腰を上げてクラウチングスタートの姿勢を取った。全員がゴールを睨んで首位に立とうと闘志の炎を燃やしている。
そして、火薬銃のパン、という乾いた音が、焦げ付いた匂いとともにこちらへ流れてくた。その瞬間に会場は湧き、自分の色に勝ってもらうために大声を出したり太鼓を叩いたりしたりして応援する。
しかし、僕にとってみると、知らない先輩が走っているだけなので、皆がそんなに全力で応援しているのも意味がわからないのだけれど。
先輩たちとともに、ほどほどに応援しつつ、ぼんやりと3年生が走っているのを見る。
「まったく、どうしてこんなに元気に応援ができるのかわからないわ」
「そうだね……。この空気に乗れない人が僕以外にもいたみたいで、安心したよ」
壕持さんが僕の隣の席に座る。先程まではこの席に別の人が座っていたのだけれど、彼女は委員会の仕事かなにかでどこかへ行ってしまっていた。
壕持さんは、足を投げ出してつまらなさそうに先輩たちの徒競走を眺めている。加賀坂さんが今の壕持さんを見たら、『どうしてお前こんな心躍る状況でつまんなさそうなんだよ!』と激怒することだろう。
確かにあまり見ていて面白くないとは僕も思うけれど、彼女はその思いがここまでわかりやすく態度に表れるのか、と少し苦笑する。
「そういえば、壕持さんも徒競走の選手だよね。前も言ってたけど、やっぱり足速いんだ」
「そうよ。小学生の時に1人鬼ごっこをして鍛えた結果の脚力、嘗めるんじゃないわよ」
1人鬼ごっこという字面からして悲しくなる単語が聞こえてきた。多分これは沢山の人と鬼ごっこをしていたけれど、その中に友達はいなかったから実質1人鬼ごっこだ、などという比喩表現ではないのだろう。
……いや、最初から疑ってかかるのは良くない。もしかしたら、今考えたような比喩表現なのかもしれない。一応聞いてみよう。
「その1人鬼ごっこっていうのは……」
「もちろん、1人で鬼ごっこをしたのよ。鬼ごっこ参加者総勢1名。非常に有意義な時間を過ごすことができたわ」
「やっぱり……」
「やっぱりとはなによ。溜息ついてんじゃないわよ」
清々しすぎて逆にせいせいする。僕も友達がいないことをここまであけっぴろげに言えるようになりたいものだ。
「1人でって、鬼ごっこにならなくない?」
「気の向くまま走って、なんか今鬼っぽい気分だなあって思ったら鬼だし、逃げてるっぽい気分だったら逃げてるのよ」
「それやってて楽しい?」
「楽しいに決まってるじゃない。なに、音桐くんやってないの? そんなんだから障害走の選手なのよ」
それは障害走の選手に失礼だと思う。
渦杜中学校の運動会は、全員が徒競走か障害走のどちらかに出場しなければいけない。基本的に、足が速い人は徒競走だし、あまり速くない僕のような人は一発逆転が狙える障害走に出るのだ。あとは学年種目の二人三脚リレー、クラス対抗全員リレー、色ごとで学年を超えてチームを組んで行う大縄跳びや玉入れなど、結構種目は多い。
僕が出場するのは、障害走、大縄跳び、二人三脚リレーである。それ以外の種目はぽけーっと見ているだけでいい。
「……そういえば、壕持さん足速いって言う割に、クラス対抗リレーには出ないんだね」
「あんな目立つ種目、死んでもお断りよ。せっかく手抜きしたのに」
「手抜きしたの? 唯一の取り柄である足の速さを褒めてもらえるチャンスなのに」
「誰の取り柄が足の速さしかないって?」
少しだけ本音が出てしまった。でも唯一ではないにしろ、足の速さは少ない長所ではないだろうか。あとはどんな長所があるのか。性格……は捻くれすぎて間違っても良いとは言えない。ああ、1度好きになった人には本当に一途だというのは良いところなのではないだろうか。少し怖いところもあるけれど。
「ほらほら、もう最終走者だって。壕持さんも応援しようよ!」
「話の変え方下手すぎでしょう。興味もないくせに」
「がんばれー!」
ぶつくさ言っている壕持さんを無視するように僕は大声で応援する。名前も顔も知らない男子生徒に、全力で声援を送る。応援に心がこもっていなさすぎるな、と自分で笑ってしまう。
結局、最終走者の知らない先輩は最下位になってしまったようだ。壕持さんがつまんないの、と呟きながら立ち上がる。そうか、1年生の徒競走の準備があるのか。
すたすたと準備場所へ向かう彼女の後ろ姿を見る。気のせいだろうか、どこか走るのを楽しみにしているように見える。……いや、違う。彼女は半本さんと同じ徒競走に出ることが楽しみなのだ。半本さんにタックルのように抱きつきながら、準備場所へ歩いていった。
一応友達だし、応援はしてあげよう。空を仰いでみると、少しばかり雲が浮かんでいた。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.37 )
- 日時: 2018/04/21 14:36
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: WVWOtXoZ)
3年生と同じように2年生の徒競走も終わった。比文先輩は出ていなかった。やはり、美術部である先輩は、あまり運動が得意ではないのだろうか。ただの偏見だけれど。
そして、1年生の徒競走が始まる。山脈道理君がクラウチングスタートをしているのが見えた。彼は足が速いのか。火薬銃が鳴り響き、それぞれの色のはちまきを付けた4人が走り出す。山脈道理君は小柄ながらも足がとても速く、あっという間に他の3人を抜かしていった。そしてゴールテープを切ると、両手を上げて喜んでいる。
ああやって速く走れたら面白いだろうなあ。努力する気はないけれど。
「よお、音桐。今日も目が死んでるな」
僕の肩がずっしりと重くなる。肩を肘置きにされているようだ。僕にここまで馴れ馴れしいのは加賀坂さんか笛子君のどちらかだが、加賀坂さんは徒競走の選手なので、おそらく笛子君だろう。
そう思って重い方の肩を見ると、赤茶色の髪の毛に、真っ赤なはちまきを付けた、すらりとした男子がいた。ニヤリ、と性格の悪そうな笑みを浮かべている。はちまきも、体操着も、着こなしているのが腹が立つ。予想通り、笛子君である。
「うわ、笛子君。何しに来たの?」
「うわとは酷い言い草だなあ。俺は優しいからさ、友達がいなくて今頃音桐くんが泣いてるかもしれない、と思ってだな」
「はいはい」
「つれないねえ」
壕持さんの次は笛子君か。まだ壕持さんは同族という感じで話しやすさがあるけれど、笛子君は住む場所が違うような気がして、話しづらいんだよな。
未だに僕の隣の子はいないようで、そこに笛子君が座った。
「……ていうか、笛子君、足遅いの? 足速そうだし、徒競走出るかと思ってた」
「ん、足ぃ? 速いよ、俺は」
さらりと言うなこの人は。自慢をする人は鼻につきやすいけれど、ここまで自然にされると逆に尊敬する。
「足速いのに、徒競走出ないんだ。もったいない」
「はは、そうだな。でも、ただ走るだけとかつまんないじゃん。俺は障害走の方が面白くて好きだ」
「ふうん……」
よくわからないや。というか、どうして加賀坂さんにしても、笛子君にしても、自分の色の待機場所でじっとできないのだろうか。ちゃんと応援しろよ。僕が言えた立場ではないけれど。
同じクラスの選手が一生懸命100mを走っているのにもかかわらず、彼はにやにやとしているだけで、応援する素振りすら見せない。せめて形だけでも声援を送ればいいのに。
「笛子君、応援しないの?」
「それはお互い様だろ。別に徒競走なんて人間が走ってるだけだしねー。見ていて面白いとは思うけど、応援しようとは思わない。ハッ、こんなこと蒼に聞かれたらどやされるんだろうな」
ハッ、と一気に空気を吐き出すように笑って笛子君は言う。その笑いには、彼の厭世的な性格が出ているような気がした。
興味無さそうに見ていた彼が、急にある方向に指をさした。そして僕に言う。
「お、ほら。次半本が走るぞ」
「ほんと? 流石に見なきゃな」
彼が指さす方向へ目を向ければ、半本さんがキリッと引き締まった表情でゴールテープを見つめているのが見えた。彼女は足が速いので、1位を取るのも夢ではないだろう。
笛子君は、あの中だったら半本が1番速いな、と言って、またつまらなさそうに椅子の背もたれにぐだっともたれた。多分彼は、ぶっちぎりで勝つような勝負よりも、拮抗する闘いの方が好きなのだろう。
「どーせ半本が勝つんだよ。音桐が応援しなくたって」
「そんなこと言わないでよ……。一応友達だしさ」
「そうかい」
位置について、という拡声器で機械のようになった声が響く。前に走った人と同じように、彼女達はクラウチングスタートの姿勢を取る。
こうして見ると、確かに笛子君の言った通り、徒競走ってただただ走っているだけだよな。つまらないという彼の意見も、わからなくもない。
そしてやはり同じように、強烈な破裂音が耳に伝わってくる。しかし、いくら聞いても、この火薬銃の音は慣れない。毎回耳をつんざいてくるこの音のことを好きになることは、恐らく未来永劫ないだろう。
音に驚いて無意識に目を瞑ってしまっていたらしい。目を開けてみれば、半本さん達はもう既に走り出していた。
半本さんは他の3人よりも格段に速いようで、みるみるうちに差が開いていく。がんばれぇ、と呟きながらも、僕はそこまで熱心には彼女を見ていなかった。
しかし、
「あ!?」
という笛子君の驚いた声が隣から響いてきたのと同時に、半本さんの体が、不自然な程に傾いた。そのことを認識したときには、彼女は転倒していて、腕が、顔が、体操着が、砂で汚れていた。
「半本さん!!」
そんな叫びが聞こえた。壕持さんだ。今にでも半本さんのところに駆け出していきそうな勢いだが、周りの女子が止めている。
他の3人はとっくにゴールテープを切っていた。半本さんはむくりと立ち上がると、足を引きずりながら、ゆっくりとゴールをした。その表情は歪んでいた。多分、痛みで。足を捻ったか、もしくは擦り傷ができてしまったのだろう。
ゴールしてから、同級生に心配されながら、砂だらけの彼女は照れ笑いを浮かべていた。
「まっさか半本が転ぶとはなあ……。まったくもって意外だったぜ」
「びっくりしすぎて誰が1位かわからなかったよ」
「赤組の……なんて名前だったかな。谷山だったか谷底だったか」
「名前くらい、覚えてあげなよ。――それにしても、大丈夫かな」
大丈夫だろ、と能天気に言う笛子君には、心配という感情が無いのだと思う。人として大事なものが欠落している。
とりあえず、半本さんが帰ってきたら大丈夫か聞かなければ。次の走者は壕持さんらしい。気持ちを切り替えて、彼女のことも見よう。
そうしてまた、『位置について、ようい』という声を聴くのだった。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.38 )
- 日時: 2018/08/15 23:21
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
「そういえば、そのとどろきちゃん? の怪我は大丈夫なのかい?」
「多分大丈夫なんじゃないかな」
「多分って、あんた友達なんでしょう? 聞いてないの?」
「もううるさいなあ、友達だけど聞いてないよ。あんまり午前中話す機会もなかったし」
音桐 葉子。ピンクのビニールシートの上で僕と昼ご飯を食べている、耳にかかるくらいまでの短くて黒い髪の女性。まあ、端的に言えば僕の母親である。
今は昼休み。赤も青も黄も白も関係なく、学校の中庭や体育館でご飯を食べる時間だ。僕も例に漏れず、中庭の松の木の下で、母と休憩していた。
母は、弁当を作ってほしいというとやけに気合いを入れる。今日も、3段の重箱にぎっしりと卵焼きだのサンドイッチだのが入っている。うわあ、グラタンが別の皿に盛られて出てきた。こんな食べられないよ。
「まさかあんたに友達ができるなんてねえ」
「今お母さん、母としてありえない台詞を吐いたね」
「ごめんって、うそうそ。あたしゃあんたにはもう500万人くらい友達ができると思ってたよ」
「嘘のスケールがでかい」
かっかっかっ、と笑う母。言い方はともかくとしても、僕に友達ができているのを喜んでいるのは伝わった。小学生の時も僕は今と同じように、人見知りで自己主張があまりできない人間だったので、友達はそんなに多くはなかった。その少ない友達すら中学校は別々になってしまったため、母はきっと不安だったのだろう。
まあそんな不安を取り除けたようで一安心だ、と僕はウインナーを箸でつまみつつ考えていた。……なんだこのウインナー。タコ型にしたかったのかもしれないけれど、明らかに切れ込みが深すぎて、タコには見えそうにもない。
「……おいしい。形の割に」
「あっはは、それお父さんが作ったんだ。ヘッタクソだろ? でもあの人真面目だから味はちゃんとしてんだよ」
「なるほど」
この豪華な弁当は母と父の合作だったのか。道理で1人で作ったにしては量が多すぎると思った。それに母だけが作ったにしては形が崩れすぎているおかずやおにぎりがあると思った。
僕の父は眼鏡をかけて、髪をしっかりと7対3で分けているような、まさに真面目といった人だ。
そんな人が僕のために少し下手な弁当を作ってくれたというのは、ありがたいけれど少し面白い。きっとおろおろしながら母の指示を聞いていたんだろうなあ。
「あ、宗谷くん」
と、グラウンドの方から僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。声がした方向を見れば、砂で汚れた体操着を着て、膝や腕に絆創膏やガーゼを付けた半本さんがいた。
いや、それだけではない。半本さんのすぐ後ろには、ずっと着いてきていたのであろう壕持さんの姿も見えた。
半本さん、と僕が手を挙げながら声をかけようとする前に、母がすっくと立ち上がり、彼女に詰め寄っていた。
「あなたがとどろきちゃんね!? まあまあ話には聞いていたわまあまあ! あらあら怪我もしてるじゃない! 立ってたら大変よ、ここに座りなさい。遠慮することはないわ!」
「え、あの、え……あ、ありがとうございます?」
母はまくし立てるようにして半本さんにビニールシートに座るのを提案はしたものの、それは提案ではなく半ば強制である。
勢いに圧倒された半本さんは、おずおずとピンク色の敷物に腰を下ろす。あれ、先程まで半本さんの後ろについていた壕持さんがいない。
「音桐くん」
「うわあっ!? なんだ、壕持さんか」
背後から声がしたと思ったら壕持さんだった。少し大声を出してしまったが、母は半本さんにまたもすごい勢いで話しかけているし、半本さんはそれに苦笑いしながら対応しているし、こちらには気づいていないようだ。
壕持さんは僕に耳打ちをする。
「私はこういう、人の親と会話するのが人生で6番目くらいに苦手だから失礼するわ。私がいなくなったあと半本さんに何かあったら承知しないわよ」
「それだったら壕持さんがここにいればいいのでは……?」
「半本さんはたしかに心配だけど、まあ音桐くんと音桐くんのお母さんがいればこれ以上転ぶとかないでしょ。それじゃ」
僕が返事をする前に壕持さんは走り去っていってしまった。相変わらず足速いなあ。
というか、人の親と会話するのが人生で6番目で苦手って、5番までは何なんだろうか。嫌なことベストファイブ、聞いてみたいものだ。いや、やっぱりそんなネガティブなランキング聞きたくはない。
……行ってしまった。
「いやほんとに宗谷と仲良くしてくれてねえ、私は嬉しいよ! こいつは昔っから人と仲良くするのが苦手でさあ!」
「いえいえ、宗谷くんはとても良い人ですよ!」
振り返ってお母さんと半本さんを見てみると、何故か僕の話で盛り上がっていた。やめてほしい。どうして初対面なのにこんなに打ち解けてるんだよ。さっきまで半本さん引いてたじゃん。もっと引けよ。
「宗谷ァ!」
「何?」
「こんないい子なんであんたの友達なのよぉ!」
「それが母親の言うことか!」
この母親、もしかして酔ってるな? ……いや、中学校までは車で来ているはずだから、酒を呑んではいないはずだ。素面でこんな頭のおかしいテンションで生きていけるのか。息子に友達ができるとこうなるんだなあ。
羽目を外す母と半本さんを横目で見ながら、僕はお茶を啜った。ああ本当に今日はいい天気だなあ。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.39 )
- 日時: 2018/05/20 08:02
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
「じゃあそろそろお昼休みも終わるので、私達行きますね」
「ああとどろきちゃん! 行ってしまうのね! 宗谷、とどろきちゃんに何か失礼なことしたらあたしが許さないわよ」
「わかった、わかったから。じゃあ行ってくるね」
うだうだと、何もしていないはずの僕に絡んでくる母を引き剥がしながら、僕達は中庭を出る。うーん、この半本さんへの異常なほどの愛情、どこかで見たことがあるような気がするんだよなあ。
ああ、思い出した。
「おっと半本さん。やっと終わったのね。足の調子は大丈夫かしら」
壕持さんだ。と思った瞬間に本人が登場。噂をすれば影、とは言うけれど、噂すらしないのに影が伸びてくるのはなんなんだ。というかどこから出てきたんだ。さっきまで伸びてきた影どころか姿かたちもなかったのに。
壕持さんは逃げたということに対しての罪悪感などどこにもない、というような清々しい顔でこちらへ歩いてきた。
そして、半本さんはその壕持さんの声の方を向いて、2つに結った髪を揺らしながら手を振る。
「あっ、もっちーちゃん! どこ行ってたの? 急にいなくなってたからびっくりしたよ」
「ごめんなさいね、本当に外せない用事があったのよ。本当に。外せない。用事が」
「人の親と話すのが苦手だから逃げたんじゃ」
「音桐君は黙ってて」
本当のことを言ったら怒られてしまった。1つ1つ区切りながら、白々しい台詞を吐く壕持さんを逆に尊敬してしまう。友達が僕と同じくらいいないのに、本当に外せない用事があるわけないだろう。
しかし、半本さんはそれを信じたようで、困った顔をしながら、
「そっか、用事があったなら仕方ないね……」
と、言う。信じるのかよ。半本さん、いつか詐欺師に引っかかるのではないだろうか。オレオレ詐欺とかすごい勢いで信じ込みそうな気がする。
「ああ半本さん、そんな困った顔をしないで。ほら、これから午後の部も始まるわ。私はもうあなたの側にいるのよ……」
慈愛に満ちた表情で言う壕持さん。半本さんの肩を抱きながら涙すら流しそうである。『いやいや、仕方ないんだよ』と微笑む半本さん。いやあ、感動的だなあ。実際に外せない用事があったならとても感動的だったんだろうなあ。半本さん、この茶髪の人の台詞、全部嘘ですよ。
まあ、この美しい友情――なのだろうか――に水を差すのも悪いし、そんなことは言わないけれど。
呆れつつ2人を見ていたら、壕持さんに『何呆れてるのよ、もっと感動しなさいよ』という目をされた。ついでに睨まれた。何故だ。
などという茶番をしながらグラウンドへ戻る。すると、僕らと同じように青いはちまきをした女子のクラスメイトが、こちらに向かって何かを喋っているのが見えた。ちょっと遠くて言っている内容まではわからない。
少し近づけば、その声は半本さんを呼んでいるということがわかる。
「とどろきちゃん! 足、大丈夫なの!?」
「あ、今利ちゃん。大丈夫だよ、こんなの! ……いたた」
焦げ茶色の髪の毛を、肩までのポニーテールにしている女子が半本さんに近付き声をかけてきた。なるほど、こんな女子うちにいたのか。未だに誰が誰だかわかっていない。周りには、彼女だけでなく他のクラスメイトもいる。
そして、『何半本さんに近付いてんのよ』と呟きながら壕持さんがこの女子を睨んだのが見えた。
今利、と呼ばれた子の心配に、半本さんは強がるが、やはりかなりの勢いで転んだために怪我も大きいみたいだ。
「やっぱり駄目じゃん! 次、クラス対抗リレーのアンカー、とどろきちゃんは走んない方がいいよ」
「いやいや、大丈夫だって! 私アンカーできるよ!」
「じゃあ、ここで走ってみてよ」
女子生徒の要求に、半本さんはもちろんと言うが、足が震えている。表情も、明らかにこれから走ることができる人の顔ではない。真顔で固まったまま自分の足を見つめている。
しかし、止まっていたのは僅かな時間で、すぐに足を踏み出そうとするが、上げた右足をすぐに戻した。
「いたっ! ……いや、今の痛いというのは足が痛いという意味じゃなくて、踏まれた地面の気持ちを代弁したというか」
「流石に無理があると思うよ、半本さん」
「音桐君もそう思うよね!? とどろきちゃん、やっぱり無理しない方がいいよ!」
僕が半本さんに苦言を呈したら女子生徒に話しかけられた。僕の名前、認識されていたのか。急に話を振られたので驚いて、僕はこくこくと頷くことしかできない。
しかし、半本さんは意外と頑固で、自分が出ると言って聞かない。
「いやいや、私大丈夫だから。足めちゃめちゃ動くから。365度自由自在だから」
「怪我人が言うことじゃないよ! いいから、とどろきちゃんは休んでてってば!」
いやでも、だけどの応酬は終わりが見えない。半本さん、本当に頑固だな。こんなに言ってくれているなら、折れてもいい……というか、僕ならすでに折れているだろう。きっと彼女の責任感の強さが、変な方向に発揮されてしまっているのだろう。自分で引き受けたなら、やらなければ、と。
しかし、そんなことを言っていても、こんな足の状態で走らせるわけにもいかないし。どうしようかと皆が頭を抱えそうになった時。今まで黙っていた壕持さんが口を開いた。
「私が走るわ」
「え?」
きっと驚いたのは僕だけじゃない。えっ、と声を出したのは、半本さんや女子生徒、それに周りのクラスメイトもだ。
壕持さんは毅然とした態度で、半本さんを見据えて言う。
「怪我をしながら走ったとして、そこになんのメリットがあるの? 半本さん、あなたの怪我も増えるし、相手のアンカーにはあの加賀坂蒼もいるのよ。そんな状態で勝てる相手ではないわ」
「もっちーちゃん……」
少し傷ついた表情で半本さんは壕持さんの名前を呼ぶ。いつもは半本さんを全肯定するような壕持さんがここまで言うのは初めてだ。周りのクラスメイトも驚いて何も言えない。
そして、壕持さんは半本さんに近付き、彼女の肩を両手で掴む。
「あなたが心配なの。まあこの辺の人々も心配だと思うけど、私が全人類の中で1番あなたを心配している。無理をして走るのは私が許さない。勝ちたいんでしょう? なら私に任せてほしい。安心して。性格も悪い、態度も悪い、友達も少ない私だけど、それでも走ることだけは得意よ」
ゆっくりと噛みしめるように、半本さんの目を見て話す。こんなに長々と、しかも人を思いやった言葉を放つのは本当に初めてだ。その目をみていた半本さんも、やっと折れたようで、
「わかった。任せたよ、もっちーちゃん!」
と、とびきりの笑顔で言う。壕持さんはその表情に撃ち抜かれたようで、少し硬直した後、落ち着いた声で言った。
「任されたわ。あなたの期待を裏切るようなことはしないって、誓う」
周りの生徒も、最初は雰囲気に飲み込まれていたのか黙っていたが、やがて口々に頑張れ、と壕持さんに声をかける。
だが壕持さんは真顔で『煩い煩い、私のいい台詞が台無しじゃない』などと言う。けれどきっと、これは照れ隠しだろう。その証拠に、壕持さんの頬が少し赤く染まっている。なんだ、意外と人間らしいところもあるじゃあないか。僕は少し吹き出してしまう。
「何よ音桐君。人の顔見て笑うとは失礼ね」
「いや、なんでもないよ。……頑張ってね」
「言われなくても頑張るわよ。見ていなさい、ゴールテープを華麗に切る私の姿」
「うん、わかったよ」
いつもは胡散臭い壕持さんの言葉がやけに格好良く見えた。彼女ははちまきをしっかりと結び直す。
午後の部の開始はもうすぐだ。