コメディ・ライト小説(新)
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.42 )
- 日時: 2018/06/07 21:58
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
学級対抗リレー。僕達1年生5クラスの全員が参加するリレーである。まあ、それはつまるところ――。
「僕もリレー出るってことだよね……」
「当たり前のことを何今更言ってるのよ。なんか私だけリレーに出るみたいな言い方してたけど、普通に音桐君も出るから」
青組の待機席で1人、大きい溜息をつきながら頭を抱える男子生徒。僕である。すっかり忘れていた。なんかいい話になる感じだったし、僕関係ないみたいな雰囲気だったから失念していた。
学級対抗リレーに僕が出るだなんて。いいじゃん、さっきの空気のままふわっと僕の出場も無しにしてくれよ。走りたくないんだよ。走るの得意な人々でなんとかしてくれ。
とめどなく溜息をつきつづける僕に釣られたのか、壕持さんもひとつ息を吐く。
「最初から出ることなんて決まってたじゃない。腹くくりなさいよ」
「いやそうなんだけどさ、ううん、走りたくないわけじゃないんだよ? いやこの『わあ! これから頑張ろうね! ハッピー!』みたいな雰囲気を壊すのが怖いというかなんというか」
「そのハッピーな雰囲気を馬鹿にするみたいな声をやめなさい。つまり走りたくないんでしょ?」
「はい!」
「初めて聞くくらい良い返事ね。その元気のまま走りなさい」
椅子に座って、足に頭を埋めながら元気な返事をする姿はさぞかし滑稽だろうが、そんなことはどうでもいい。走りたくない。永遠にこの姿勢のまま命を終えたい。いや、そこまでではない。
何が言いたいかというと走りたくないのだ。できることならこのままバック転をして失敗して怪我をして休みたい。痛いことは嫌だからやらないけれど。
そんなことをしているうちに、皆はリレーの準備を始めたようで、準備場所へ向かう足音がぽつぽつ聞こえてくる。
その足音の中に、ひとつだけ周りの音より大きいものがあった。他のものを吹き飛ばす勢いで走ってくる足音が。それはどんどん僕の方へ近づいてきている。僕の真横でその音は止まったかと思うと、
「おい宗谷! なにやってんだよー! 元気ないのか? あるよな!」
「うわぁ!」
体が浮く感覚。どういうことだ、僕はさっきまで座っていたはずだ。それがいつのまにか加賀坂さんの肩に俵担ぎされている。視点がおかしい。なんで僕の視点に地面しかないんだよ。
「おい暴れるなよ。いや、暴れるってことは元気ってことか! ははは、元気はいいよな! よし準備場所行くぞ!」
「わかった! 行くから降ろして! こんな体制で行きたくないよ僕!」
「そんな声張り上げてるの見たの初めてだ。元気だなあ」
そんな阿呆なことを言って降ろしてくれない加賀坂さん。担がれている状態を打破する方法なんて僕は持っていない。担がれるまま、僕は準備場所に運搬されるのであった。
運び終わったらしく、肩から降ろされる。振り落とされるのかと思ったが、意外にも優しく地面に降ろしてくれた。
横たわる体勢で降ろされたため、僕は体育座りをする。座ってみると、やはり加賀坂さんの身長は高いな、と実感した。彼女は僕を見下ろすようにしたあと、周りを見渡して言う。
「いやー、リレー楽しみだなあ! とどろきはどこだ? あいつ、アンカーだろ? アンカー仲間としてちょっと話がしたいんだけど」
「ああ、半本さんは怪我してリレー出ないよ」
僕がそう言うと、加賀坂さんは目を見開いた。ただでさえ三白眼気味の小さい目がいっそう小さく見える。
「なんだって? じゃあ誰がアンカーを……」
「私よ、私」
唐突に僕の背後から壕持さんの声がする。いや、いつも彼女は唐突だから、むしろこれがデフォルトなのかもしれない。振り返るとやはり体操着の壕持さんが仁王立ちしていた。
それにしても加賀坂さんが来るときはいつも唐突に入ってくるよなあ。
「ほー、四美が! そりゃあ楽しみだ」
「無駄話は結構。はやく自分の待機場所に帰りなさい。リレー、始まるわよ」
「四美はあたり強いなあ。まあ帰ってやるか」
「名前で呼ぶな!」
はいはい、と言いながらあっさり帰っていく加賀坂さん。歩いていく彼女の背中を睨みつけた後、壕持さんは僕に指をさす。
「あのねえ、敵と話すなんて言語道断よ。音桐君何考えてるのよ」
「そんなこと言われても……。そもそも敵がどうこうっていうか、加賀坂さんのことを壕持さんが一方的に嫌ってるだけじゃ――」
「うるさい」
「はい」
なんかこういう流れが1セットみたいになっている気がする。僕は本当のことを言っているだけなのに、壕持さんは煩いの一言で終わらせてしまう。
話を逸らすようにして、壕持さんはまた指をさしてきた。
「ていうか、音桐君1番最初に走るんだから、しっかりしなさい」
「……え、僕がトップバッターだったっけ?」
「は? そんなことも忘れてたの?」
「……」
僕の溜息は、終わらない。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.43 )
- 日時: 2018/08/18 11:40
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: EX3Cp7d1)
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……」
「おつかれ、宗谷くん」
「はん……もと……さん……」
僕はやってやったぞ。走った。超走った。生まれて初めてこんなに全力で走った気がする。肩で息をするってこういうことを言うんだなあ、と自分自身の体で実感した。心臓が痛いくらいに跳ねている。グラウンドの木、引かれている白線、話しかけてきてくれた半本さんの顔、すべてが歪んで見えた。大げさすぎないかって? すぎないよ。頑張ったんだよこっちは。
たかが200メートルで死にそうになっている僕を、心配そうに眉を下げて見ている半本さん。
「宗谷くん、大丈夫? なんだか生まれたての子鹿みたいだけど」
「その……例え方は……ちょっと……」
「大変そうなら喋らなくて大丈夫だよ?」
気遣ってくれてありがとう半本さん。けれどやっぱり僕に走るのは向いていない。そう言うと、半本さんは『無理しないでね……?』と不安げに言って、他の人のところへ行ってしまった。
僕のように走り終わった人や壕持さんのようにこれから走る人は、ぐるっと1周、200メートル分引かれた白線の内側で待機している。
いや、壕持さんは半本さんの分だけでなく、先程元々自分が走る予定だったところも走っていた。なんでそんな走れるんだよ。前世がカモシカかなにかだったのだろうか。
ちらりと推定前世カモシカの壕持さんを見てみると、特に疲れた様子もなく、毅然とした態度である1点を見つめていた。ゴールテープでも見据えているのか? と思ったがそうではないらしい。視線の方向をなぞって僕も首を動かしていくと――。
やっぱ半本さんかよ。せめてゴールテープ見ろよ。
「おー音桐。おつかれぇ」
「あ、山脈道理君。ありがとう」
「意外と足速いんだな。びっくりした」
ひらひらと手を振りながら、僕を迎えたのは山脈道理君だった。あんなに遅かった僕に笑顔で話しかけてくれるなんて、いい人すぎるだろ。聖人君子か。
いや、どの口で僕のことを足速いとか言ってるんだ。絶対山脈道理君の方が速いって。さっき僕の前に走っていた彼は、恐ろしいほど速かった。もしかしたら僕が遅すぎて相対的に速く見えるのかもしれないけれど、それにしても速かった。
「そんなことないよ……。山脈道理君こそ、すごかったね」
「そうかなあ、へへへ。でも俺より速い奴もたくさんいるよ」
謙遜しつつ、頭を掻きながら恥ずかしそうに笑う山脈道理君。純粋な中学1年生って、こんな感じなんだなあ。普段は壕持さんだの笛子君だの濁りきった汚水のような中学1年生と話しているから、こうやって清い人と話すと癒やされるな。やはり人間としてどこか欠けている人々と関わってばかりではいけないな。
などと感慨深い気持ちに耽っていると、山脈道理君がまた僕に話しかけてきた。
「いやー、壕持の奴すごいよな。『私が走る』って! あんなかっこいいこと言えないよ」
「そう……だね。かっこいいね」
「なんだよ、歯切れ悪いな」
確かにあの時の壕持さんは格好よかった。ただ、普段のモンスターペアレントのような壕持さんの姿を見慣れている身からすると、格好いいでまとめてしまいたくないような気がする。
まあ、本人の名誉のためにいつもの姿のことは黙っておこう。それに、あれだけクラスの人と距離を取っていた壕持さんがちゃんと周りに受け入れられているのはいいことだし。半本さん大好きモードのことはもう少し彼女がクラスに馴染んでから暴露した方がいいだろう。
「――っていうか、壕持の走る番そろそろだよ!」
「え、ほんと?」
山脈道理君がどこかを指さしながら言う。その方向を見ると、彼の言う通り、壕持さんがバトンを受け取ろうとしている体勢でグラウンドに立っていた。
その隣のレーンには加賀坂さんも立っている。壕持さんに構いに行っていた時のようなふざけた態度はどこにもなく、ただひたすらに真摯に目の前を見据えている。赤いはちまきが風にはためく。獲物を見つけた猛獣のような目で、ゴールテープだけを目標に彼女は佇んでいた。
半本さんがどこからか僕の隣に来る。どこか緊張した面持ちで、壕持さん達の方を見ていた。
「もっちーちゃん、大丈夫かな」
「きっと大丈夫だと思うけど……」
「いけるよ多分、あいつなら。知らんけど」
山脈道理君が気楽に言うので、なぜだか本当に大丈夫な気がしてきた。半本さんも不安が少し軽くなったようで、硬かった表情を少し緩める。
壕持さんの前の走者が彼女に向かって走り出す。それに続いて、1組の走者も向かってくる。今の所は、接戦だけれど少しばかり3組――こちらの方が優勢だ。
そしてバトンが壕持さんの手に渡る。その瞬間彼女はアクセルを踏んだように走り出す。タッチの差で、加賀坂さんもスタートする。遅れて、2、5、4組とアンカーの順番が回ってくる。
アンカー以外はグラウンドを半周するのだが、最終走者に限っては、グラウンドを1周し、ゴールテープに向かっていく。走る距離が長いということは、それだけ何が起こるかわからないということだ。
「やばい!」
山脈道理君が弾かれたように声をあげる。見れば、壕持さんが加賀坂さんに追い抜かれそうになっていた。元々僅差だった差が、更に縮まっていく。壕持さんも確かに速い。加賀坂さんさえいなければ、確実に1位で逃げ切れただろう。ただ、その加賀坂さんが規格外だった。足の回転の速度がまず違う。何よりも、とても綺麗に、そして苛烈に走っていた。スタートする前が獲物を見つけた猛獣ならば、今の彼女はその獲物を追い詰めるような目だった。
たん、たん、踊るようなリズムで駆け抜け、やはり壕持さんは追い抜かれてしまった。
その瞬間、クラス中が諦めたような表情をした。もう勝てないと。あの化物のような加速に勝つのは無理だと。『頑張れ』と言ってはいるが、顔から諦めがにじみ出ている。それは壕持さんも同じだった。いや、間近であの速さを見ているから、更にその思いは強いだろう。
ただ、僕の隣の半本さんだけは違った。勝てるかも、という思いを捨ててはいなかった。いや、壕持さんなら絶対に勝てるという確信すらも持っているのかもしれない。そして彼女は叫ぶ。力の限りを尽くして。
「もっちーちゃああああん!! 頑張れ!! 絶対に勝てるから! まだ諦めないで!」
僕は言霊というものを信じていない。目に見えないものは信用しない主義だからだ。だから、人の声が誰かを変えるのだ、などという理論はかけらも信じていない。
しかし、今回だけは違った。
この半本さんの声を聞いた瞬間に、壕持さんは変わった。半本さんと同じ、不屈の目になったのだ。足の回転が変わる。速さもかわる。そして、加賀坂さんとの距離も変わっていく。
あれだけ速かった加賀坂さんに追いつこうとしているのだ。半本さんの言葉を聞いただけで。こればっかりは、声が彼女を変えたのだとしか考えられない。
変わったのは壕持さんだけではなかった。クラスのみんなが、半本さんに元気をもらったかのように、諦めが消えた。全力の声援を送り、また壕持さんが速くなる。
追いつきかけて、引き離される。それを何度も繰り返し、ゴールテープまであと10メートルというところで。
「追い抜いた!」
あの加賀坂さんを追い抜き、壕持さんがトップを走る。
そして――白いゴールテープを切った。つまりは、この1学年学級対抗リレーの勝者は、僕達1年3組ということだ。
瞬間、上がる歓声。次いでゴールした加賀坂さんは驚いたような表情をした後、喜びに変わった。何やら壕持さんの傍に行って握手を求めるような動きをしている。邪険に扱う壕持さんだが、段々と面倒くさくなったのか、それとも情が芽生えたのかなんと加賀坂さんと握手をした。
とは言っても1秒もしないうちにその手を離し、こちらに向かってくる。
こちらに、というよりは半本さんに、だろう。走りきったのにどこからその元気が湧いてくるのかというくらい全力疾走で半本さんに駆け寄り、抱きしめる。
「半本さん! 私勝ったよ!」
「もっちーちゃん……おめでとう……」
「なんで半本さんが泣いてんのよ! 喜びなさいよ! 音桐君、あなた泣かせたでしょう!」
ここで僕に回ってくるのかよ。もう少し感動シーンっぽくしろや。
「いや、僕は泣かせてないよ。多分壕持さんが泣かせたんじゃないかな」
「どうして!? 私今回は頑張ったのに!」
「頑張ったから泣いてるんだよ、きっと。よかったね、友達を嬉し泣きさせたんだよ」
『嬉し泣き……』と呟きつつ、壕持さんはさらに半本さんを抱きしめる。
いや、これあれだな? 友情と見せかけて普通に半本さんを抱きしめていたいだけだな? 台無しだよ。
……まあ、今回限りは壕持さんの頑張りに免じてツッコミは控えておこう。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.44 )
- 日時: 2019/03/15 00:16
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
「はあ。やっと終わったわね、運動会」
「おつかれさま、壕持さん」
運動会が終わった。なんだかとてもあっと言う間に過ぎていってしまったなあ。
あの後、他の学年の学級対抗リレーや色ごとの対抗リレーがあり、表彰をして、すべてのプログラムが終了した。壕持さんは、アンカーで走り終えた瞬間にクラスの運動部達に全力で勧誘されていた。特に、陸上部の子が熱心に熱血に誘っていた。本場の土下座というものを初めてみた。いや、土下座に本場があるのかは知らないが。しかし、壕持さんはすげなく断ってしまったらしい。
僕と壕持さん、そして半本さんは運動会が終わったからといって特にやることがあるわけでもないが、中庭でぐだぐだしていた。半本さんは『水飲んでくるね!』と体育館の方の水道へ行ったところである。
なぜかもう運動をするわけではないのに、芝生の上で柔軟体操をしている壕持さん。なんだか、こうして見てみると本当に運動部みたいだなあ。
「そんなに足が速いんだったら、部活入ればよかったのに。あんなに熱烈な勧誘ないよ」
「お断りね。私は半本さんを守り隊に所属していて毎日忙しいの」
「勝手に守って忙しくなってるだけじゃ――」
うるさい、と股関節のストレッチをしながら僕の言葉を遮る壕持さん。あんな綺麗な終わり方をしたのに、最後の最後でぶち壊していくのがこの人なんだよな。
そういえば、運動会は終わりを迎えたが、次は何の行事があるのだろうか。壕持さんに尋ねてみると、
「次? 次は……期末テストかしら。テストが行事かは知らないけど」
「期末テストがどうしたの?」
「半本さん!!」
水飲みから帰ってきた半本さんと、それに飛びつく壕持さん。おそらく時速100km。
次の行事はなんだろう。と、壕持さんに聞いたことと同じことを再び半本さんに尋ねる。
「ああ、そういう話だったんだ。そうだね、期末テストだと思うよ。中間テスト少し悪かったから頑張らないとな」
「僕の記憶だと、半本さん確か中間で学年1位だった気がするんだけど」
しかも、500点中499点。落としたのは英語でピリオドを付け忘れただけ。なんて恐ろしい女子だろう。少し悪かったの『少し』が本当に少しすぎて笑えない。
学年9位で喜んでた自分が恥ずかしくなるくらいに、半本さんは頭が良すぎた。ちなみに壕持さんは5位。僕の周りはおかしいんじゃないだろうか。
「でも期末テストってことは技能教科も入るんだよ? 油断してたらだめ!」
「そういえばあの女ってテストどうなったのかしら、無様に点を赤く染めたのかしら」
「あの女って……ああ、加賀坂さん? あの人は確か総合で130点だったはずだよ」
5教科で130点。つまり、平均で26点。逆に何が合っていたのか気になるレベルの点数である。我が渦杜中学校にはいわゆる『赤点』という制度はないが、それでも30点以下の時は赤点と呼びからかっているのである。
何故僕が加賀坂さんの点数を知っているかというと、笛子君がニヤニヤしながら教えてくれたからである。『あいつ、名前は蒼なのに点数は赤なんだよな!』と嘲笑していた。
「平均26点って……。大丈夫なのそれ、1年生1学期のテストで取る点数じゃないでしょう」
「さっきまであの女とか言ってたのに心配してあげるんだね。やっぱりもっちーちゃん、蒼ちゃんと仲良くなれるんじゃない?」
「それだけはいくら半本さんの言葉でも許されないわ。許すけどね。あのゴリラ女は絶対に許してはいけない存在なのよ」
どれだけ憎んでるんだよ。ゴリラに失礼だと思う。ゴリラはとても優しい動物らしい。胸を叩くドラミングも、戦いを避けるためのメッセージだと聞いた。同じ胸を叩くでも、加賀坂さんは心臓を直接狙ってくるタイプだから、平和主義のゴリラとは正反対の女子である。
「誰がゴリラだって?」
「うわあゴリラ女! いつの間にいたの!? 失せなさい!」
僕もびっくりした。気配もなく、壕持さんの後ろから忍び寄っていた加賀坂さん。壕持さんの肩にポンと手を置きながら、眩しい笑顔を浮かばせていた。八重歯が白く輝いていた。
「とどろき……まあこの際宗谷でも四美でもいいんだが。折り入って頼みがあるんだよ」
「何々? 私ができることならなんでもするよ?」
「じゃあ僕はパスで」
「なんか言ったか?」
「何々? 僕ができることならなんでもするよ?」
「それでいいんだ」
今のは絶対に脅迫だったと思う。笑顔の隣に青筋が立っていたのが見えたよ。なんで笑顔と青筋が共存してるんだよ、怖いよ。いらない夢のコラボだよ。
「まあ私は絶対に却下するけど、頼みってなんなの? オスゴリラと合コンしたいとか? オスゴリラを落とすテクニックが知りたいとか? そういうのはゴリラに聞きなさいよ」
「お前の意識を落とすぞ。話っていうのはなあ」
もう一度白い八重歯を見せながら、彼女は口を開く。
「私に、勉強を教えてくれ!」
第五話「愛と勇気と君の声援」 完
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.45 )
- 日時: 2021/02/25 22:14
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: gztLb/xO)
第六話「夏、きっとそれは青春」
夏。僕の1番嫌いな季節である。まず第1に暑い。冬の寒さは重ね着をすればなんとかなるだろう。暑さはどうにもならない。皮膚を剥げとでもいうのか。第2に太陽の主張が激しい。ちょっと7月になったからってまるで主役は自分だといわんばかりに僕たちを照らす。そういう思い上がった態度が気に食わない。第3に夏はイベントが多い。僕は友達がいないので、何かの催しがある度に虚しい気持ちに襲われる。
でもいいんだ。わざわざ猛暑の中出かけに行くのは馬鹿らしい。むしろ、クーラーの効いた部屋で快適に過ごす僕はなんて賢いんだろうか。そう思っていた。思っていたのに。
「おい宗谷、なにシケた顔してんだよ! せっかくの夏、せっかくの海だぞ!」
そう思っていたはずの僕は、何故か今海の上にいるのだった。
遡ること1か月半前。運動会が終わったあと、加賀坂さんが僕たちに勉強を教えてくれ、と頼み込んできた。そこまではよかった。あの時にとっとと勉強を教えてあげていればよかったのだ。
だが、運動会が終わったあと、皆忙しくて予定が合わず、勉強会をすることもなくひと月が過ぎてしまったのだ。そんな7月2日水曜日の昼休み、加賀坂さんと笛子君が僕のクラスに殴り込みにきた。
「おい! とどろきと宗谷と四美はいるか!」
低いのによく通る声で加賀坂さんが叫んだ。そんなに叫ばなくても狭い教室なのだから聞こえるのに。
友達を呼びに来ただけなのだろうが、傍から見ると加賀坂さんと笛子君はヤクザの組長と若頭にしか見えなくて、山脈道理君が怯えながら「音桐くん、なにかやらかしたの……? 早く謝った方がいいよ……?」と言ってきた。ごめんね山脈道理君、怖がらせて。
そんなことを思っていたのもつかの間、加賀坂さんの気迫をなんとも思ってないかのように半本さんが返事をした。
「どうしたの、蒼ちゃん」
「お、とどろき! 宗谷と四美は?」
「あっちにいるよ!」
気付かれないうちに逃げ出そうと教室の後ろのドアに向かおうとしていたら、半本さんに指をさされてしまった。ちなみに壕持さんも僕と同じことを考えていたようで、僕の前で忍び歩きしていた。
流石に指までさされたら逃げるわけにもいかず、僕と壕持さんは渋々加賀坂さんたちの前に向かった。
「はあ……。私のせっかくの昼半本さんタイムが……」
「昼半本さんタイムって何……?」
「煩いわね音桐くん。……それで、なんの用かしらゴリ……いえ、加賀坂蒼? さん?」
「いつまでたっても口が減らねえなあ四美は。まあいいや、この前勉強教えてくれって頼んだだろ?」
「そうね、その足りない頭をどうにかしてください四美様、と土下座しながら頼んでたわね」
壕持さんの脳味噌はなかなかにネジが外れているらしい。
加賀坂さんは彼女の必死の煽りを無視するようにして言った。
「6月に頼んでたけど結局忙しくてできなかっただろ。それでだな、せっかくだからと思って私はいいことを思いついたんだ」
「いいこと?」
何がせっかくなのかもよくわからず、加賀坂さんの言うことを繰り返すことしか出来ない。
しかし、猛烈に嫌な予感がするのは僕だけだろうか。加賀坂さんが今までにないくらいにいい笑顔をしている。笑った口から覗く八重歯が恐ろしいことこの上ない。
そして彼女は隣の笛子くんのことを親指でさしてこう言った。
「せっかくだから、夏休みにこいつの別荘で勉強会でもしないか?」
回想終了。
そう、今は夏休み1日目。本当なら家で寝ていたはずの日。
それなのに僕は今、人生初のフェリーに乗っているのだった。
「……改めてだけどすごいね、笛子くん」
「そうか? まあちっちゃい島だけどゆっくりしていってくれよな」
ちっちゃい島ってなんだよ。ていうかなんで島持ってるんだよ。
彼は相当良いところの子供らしく、親がいくつか離島に別荘を建てているとのことだ。というより、離島ごと所有しているらしい。漫画かよ。顔が良くて、頭も良くて、運動もできて金持ち。思わず溜息が出そうになるハイスペックさである。
憂鬱そうな僕を見て、笛子君はおかしげに笑った。そんな顔すんなって、と僕の背中を軽く叩く。誰のせいでこんな顔になってると思ってるんだ。
「あと弟が失礼したらごめんな。まあ大丈夫だとは思うけど」
「いいよ全然。むしろこっちが勝手に来て迷惑って感じだしね。……弟くんって小学6年生って言ってたっけ?」
「ああ。クソガキだよ」
「いや、小学生とは思えないくらい礼儀正しかったよ……」
「猫かぶってるだけだよ」
彼の弟。笛子 朱也君というそうだ。兄に似た切れ長の目をした大人っぽい子だった。小学生のはずなのに僕よりも身長が高く、言葉遣いも綺麗で、少し話しただけで敗北感に襲われてしまった。
朱也君は別室で宿題をしているそうだ。真面目なものである。僕たちも一応勉強しに来ているわけだけれど。
そういえば、壕持さんが静かだ。いつもであれば何もしなくても勝手に加賀坂さんに喧嘩を売っているはずなのに。
しかし周りを見回したらすぐになぜ黙っていたのかわかった。彼女は、部屋の端で三角座りで俯いていたのである。明らかに船酔いで具合が悪くなっている様子だ。確かに船に乗る前も「本当にフェリーで行くの……?」と青い顔をしていたような気がする。
心配なので安否を確かめよう。そっと近づいて話しかけてみる。
「壕持さん、大丈夫……?」
「この状態が大丈夫そうに見えるのなら、音桐くんはきっと人ではないわ」
俯いたまま弱々しく話す壕持さん。こんなに弱っていることなんてなかなかないな。
と思っていると、加賀坂さんが壕持さんとは対照的に元気そうにこちらに来た。
「おいおい、船酔いか? 弱いなあ!」
「大声出さないでよ頭に響くわね……。ただでさえ船ってだけで嫌なのに、なんで半本さんまでいないのよ……野蛮人はいるのに……」
「弱ってても悪口は言うのな。仕方ねえだろ、どうしても外せない用事があるって言ってたんだよ」
「なんでそれを当日まで教えないのよ。半本さんが来ると思ってスキップで来た私が馬鹿だった。私も来なければよかった……」
スキップで来たのか。その様子は見たかった。
その瞬間、船が少し揺れた。それはほんの少しの揺れだったが、壕持さんにはかなりきつかったようで、伏せていた頭を上げて激しく怒りはじめた。
「ああああああああ、なんで揺れんのよ! なんなのよ、静まりなさいよただの水の塊の癖に生意気なのよ!」
「まあまあ。そろそろ島に着くから元気出せよ」
「なんなのよ……うっ……」
励ますように声をかける笛子君と、呻く壕持さん。果たして彼女の体力は到着までもつのだろうか。
そして、僕の夏休みは果たして平穏なものになるのだろうか。