コメディ・ライト小説(新)

『惑う乙女』 ( No.2 )
日時: 2016/08/17 23:23
名前: 鈴燕 ◆yLI4tJCjaQ (ID: hBEV.0Z4)

 見覚えが無いと思っていたけど、やはり彼は転校生だった。入学式後、先生によって軽く紹介され、彼の名が判明した。

 星川ほしかわ つばさ
 彼は名前の通り、まるで夜空に浮かぶ星のような、そして天使のような少年だった。
 ふわふわとした栗色の髪は見ていて翼のようで、色素の薄い肌、頬に浮かぶそばかす、そして綺麗な顔に浮かぶ邪気の無い笑み。
 あの後に教室に登校した女子たちはその笑顔にやられてしまったようだが、あの場にいた者は、みんな彼をびくびくしながら見つめている。
 変人に関わるべからず。
 みんな、平和に過ごしたいのだ。

「えー、それでは、今日はこれで終わりです。皆さん、気をつけてお帰りくださいね」

 眼鏡をかけた、温厚そうな女性の担任が、穏やかにそう促した。
 後ろの方にいた親達がわらわらと子供に駆け寄り、にこにこと笑って教室を出ていく。
 私もしばらく待ってみるも、なぜか親が来ない。
 どうやら入学式が終わると同時に帰ってしまったらしい(まじかよ)。

 仕方無く1人で教室を出て、とぼとぼと階段を下りていく。
 途中、私に突っかかっていた男子共とすれ違うと、彼らは「ああ、う」「え、わ」と、慌ててその場を去っていった。彼の発言にやられたのだろうか。まあ確かに、あれを真顔で言えるのはすごいと思う。恥ずかしいし、決してやろうとは思わないけど。
 そんな事を考えながら下駄箱までたどり着いたところで、ふと、私は爽やかな花の匂いを嗅ぎとった。
 その匂いを辿っていくと、私は広い中庭に出た。(中学に中庭があるなんて贅沢だね爆)

 チューリップやスミレをはじめとする、メジャーな花がたくさん植えられている。
 もちろん桜も満開で。
 私はなぜか、天国みたいだな、と感じた。
 その中でも一際美しい花を見つけて、私はしゃがんで、手を伸ばそうとした。しかし____

「ベルセフォネーは、美しい花を摘もうとしたばかりに、冥界の王に連れ去られてしまうんだよ」

 聞き覚えのある朗らかな声に引き止められて、私は手を引っ込めた。

「……なに、それ」

 あ、やばい。むすっ、と、私が初対面の人と話すとき特有の、ぶっきらぼうな声が出る。口下手で人見知りの、私の悪い癖。
 反省しつつ、立ち上がり、後ろを振り返ると、私の顎あたりに彼の頭が見えた。……意外と身長低いのか。

「乙女座の哀しい神話さ。母親は彼女を必死に探すけど、哀しみと怒りで、地上の神殿に閉じこもってしまうんだ。そのあいだ、草木は育たず、人々は困り果てた。だから、君は両親を困らせてはいけないよ。さあ。はやくお帰り」

 そう言って、彼は微笑んだ。

「……あなたって、変な人」
「それは褒め言葉かな?」

 くすくすと、おかしそうに彼は笑う。

「いや……朝はありがとう」

 突然朝の出来事が降って湧いてきて、私は思わずお礼を言ってしまった。

「どういたしまして。君、名前は?」

 透き通るような瞳で、彼はまっすぐに私を見つめる。なんだろう。彼の瞳の奥に、星の海が見えた。

 私もまた彼を見つめながら、唇を震わせる。

朝倉あさくら 明星あきら 。あきらは、明星、と書くの」
「明星、かぁ」

 彼は自分に刻みこむように深く頷くと、ふいに手を伸ばした。

「1年間よろしくね、朝倉さん」

 今朝から浮かべていた天使の笑みではなく、歯をにぃとさせながら、彼は呟いた。

「よ、よろしく……」

 私も手を伸ばしてそのまま握手するも、結局名前で呼ばないのかよ、と心の中でツッコミを入れた。