コメディ・ライト小説(新)

第1話 ( No.1 )
日時: 2016/08/27 15:05
名前: 亜咲 りん ◆1zvsspphqY (ID: X5qqmbM.)


「私っ、桐島くんのことが好きです! 付き合ってください!」

 雲一つ無い空の下、女の子の震える声が響いた。みーんみーん、と耳障りなセミの音が沈黙を包み込む。
 俺の目の前には、長い黒髪を後ろで1つに綺麗にまとめた可愛らしい女の子がいた。俯いて前髪に隠れた顔が、見なくても真っ赤になっていることがわかる。
 突然校庭に呼び出された時点でこうなることはわかっていた。けれど、行かないのも勇気を出してくれた女の子に悪い。というわけでこの炎天下の中校庭にやってきたわけなのだが……

「……ごめん。俺は誰とも付き合う気は無いんだ」

 だからといって、OKの返事をするわけでもない。

「……やっぱり、そうなんだね」
「うん」
「わかった。……迷惑かけちゃってごめんね」

 そう言って、女の子が顔を上げて微笑んだ。本人は隠しているつもりだろうが、目が潤んでいるのがわかる。そのまま立ち去っていく女の子を見ながら、心が痛んだ。

「……なにやってんだよ俺」

 ぽつり、と呟く。吐息と共に、想いがはじける。ずっとこの調子だ。俺は、告白を受けても断り続けている。

「もう、あっちも覚えているはずないのにな」

 独り言が、空に吸い込まれて消える。そのとき授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り響いた。





「よう、 かなめ。授業に遅れてくるなんて不良じゃんか」

 授業が終わるなり、明るい髪色の男子が話しかけてくる。 海叶かいとだ。耳元のピアスが彼の笑顔をさらに輝かせていて、あ、コイツやっぱりモテるんだろうな、と毎度のことながら思った。

「まあ、いろいろあってさ」
「なんだよいろいろって。教えろよー」
「それより明日、英語テストだぞ?」
「げげげっ。まじかよ」

 テキトーに躱しながら、『数学1』と書かれた教科書を机に仕舞う。いわゆる置き勉ってやつだ。今日の授業はこれで終わりなので、俺は机にかけてあるリュックサックを背負い、スマホを取り出す。置き勉しているため、リュックサックはとても軽かった。
 電源を入れLINEを開くと、さっきの女の子から『やっぱり諦めきれなくて……』『1回付き合ってみたら、なにかわかるかもしれないし……』などと、しつこく通知が来ていた。

「ほうほう、こりゃモテ男は大変ですなぁ」

 いつの間にか、後ろから海叶が俺のスマホを覗き込んでいた。

「お前もだろ」
「いやいや、俺はそこまでじゃないなー。ほら、俺って軽いから」

 ひらひらと海叶は手を振ってみせる。確かに、海叶は顔は良いが、雰囲気や話し方はどこかチャラい。もしかしたら、渡り歩いているとか……などと考えるも、本人に失礼なので、その思考を振り払う。

「あ、桐島くん帰るの?」

 まだ教室に残っていた女子が話し掛けてくる。肩辺りで揃えられた髪が特徴的な子だった。

「ああ。俺、部活入ってないからさ」
「そっかぁ。……私は今日部活あるんだけどさ、体調悪いから帰ろうかなーって思って」
「大丈夫?」
「うん。だから……一緒に帰らない?」

 マスカラで縁取られた目がどこか必死に俺を見つめる。震える手をぎゅっと握りしめて笑っている。俺はそれをわかっていながら、彼女に微笑んだ。

「体調が悪いなら保健室で少し休んでから帰った方がいいよ。今帰ったら暑すぎて熱中症になるだろうから」

 お大事に、と言って、俺は教室を出る。おい、俺にはなんもないのかよ!? という声が聞こえるも、わははは、と笑ってやり過ごす。
 わかっている。あの子の気持ちは。
 俺は酷い人間だろうか。あの日出会った少女のことを忘れられないなんて。

「……やっぱり優しいなぁ」

 俺が教室を立ち去った後、彼女がぼそりとそう呟いたことは、もちろん知らない。





「ただいま」

 誰もいない家に、俺の声が響く。いつも通りのことなので、戸惑わず玄関で靴を脱ぎ、階段を上って自分の部屋へ向かう。
 両親は仕事が忙しく、ほとんど家に帰ってこない。きっと、今日も遅くまで帰ってこないだろう。いつものことだ。

 部屋に入り、リュックサックをベッドの上に置いた。俺自身はそのままベッドに倒れ込まず、部屋の奥の勉強机の前に座り込んだ。
 受験勉強の名残でたくさんの参考書が溢れかえる中、ぽつりと男子高生の持ち物としては異質なものが置いてあった。オパールのようなそれを手に取り、静かに見つめる。

 6年前。俺は、訪れた海で出逢った少女から、この貝殻をもらった。オパールのような綺麗な淡い水色の貝殻。それはまるで、彼女自体を表しているかのようだった。俺はあの日からずっと、彼女を想い続けている。

「……また、会いたいな」

 今日も1人でぽつり、と呟く。この願いが届かないとわかっていながら。