コメディ・ライト小説(新)
- 第2話 ( No.2 )
- 日時: 2016/09/04 11:54
- 名前: rira ◆qzYgrSbEbo (ID: ZtEKXS3z)
「 鈴!」
突然後ろから声をかけられ、びくりと固まる。私の名前は、 山口 鈴。誰? 私の名を呼ぶのは……
「お弁当一緒にたーべよっ」
ぽん、と肩に手を置かれる。恐る恐る振り返ってみると、それは 美佳のものだった。長い髪を束ねたポニーテールが揺れる。ほっと息を吐き、彼女を睨みつけた。
「びっくりするから後ろから話しかけないでっていっつも言ってるでしょ!」
「ごめんごめん」
「もうっ」
美佳の短い髪が揺れて、私の手を引く。
「そうと決まれば、中庭に行きまっしょーう」
「……そうだね!」
一転して、私は笑顔になる。この美佳の強引さが、なぜか私は嫌いにはなれないのだった。
小さい頃から、私は人見知りが激しかった。親友と呼べる存在は美佳だけで、それ以外に喋れる人なんて、高校に入ってからはほとんどいない。でも、現状にそんなに不満は無かった。
「今日の数学、あたし完全に寝てた」
「私も」
形の良い唇を綺麗に歪めて、美佳は楽しそうに話す。美佳はすごく良い子だ。そしてすごく可愛い。もそもそとお弁当を食べながら、私は彼女の睫毛の長さに見惚れていた。
「んで、現代文のとき、先生噛んでてウケた」
「わかるわかる。噛み噛みだったから、内容入ってこなかった」
「あの先生滑舌大丈夫かな?」
「言えてる」
そんなこんなで、お喋りと共に箸が進む。そんな折、私は美佳のお弁当の中に苺が入っていることに気がついた。
「ねぇねぇ」
「ん? 嫌だけど」
「まだ何も言ってないよ!」
「どうせ苺が欲しいんでしょ」
「ぐ……」
図星だった。しょぼん、と肩を落とす。苺は私にとって正義だ。甘くて赤くて美味しい果実。私も苺みたいな女の子になりたいなぁ。
そのままがっくりと塞ぎ込む私の様子を見て、
「もう仕方ないなぁ」
と言って、結局美佳は私に苺をくれる。
「いいの!?」
「そうしないと私と口聞いてくれないでしょ」
「美佳ちゃんありがとう、大好き!」
むっとしながらも差し出された苺に私は齧り付いて、その味を噛み締める。ん、甘い。でもちょっと酸っぱいかも。
嬉しくて、思わず彼女をぎゅ、と抱きしめてしまった。
「もう、あんたレズみたいだよ!?」
「違うもーん。可愛い女の子が好きなだけだもん」
「なにそれ嫌味なの?」
嫌な顔をしつつも、美佳もそれを拒絶しない。
私は人見知り。それゆえ、人の温もりを求めるのかもしれない。
*
「じゃあ私、こっちだから。また明日ね」
「うん。気をつけて!」
帰り道、私たちは途中で二手に分かれてしまう。そうすると私は1人になるのだけど、たまにはこんな時間もいいか、と思うのが正直な気持ちだった。
田園風景が広がる。周りを見渡せば、木でできたお家と、田んぼ。私の住んでいるところはこの先で、住宅街だから少しはまじだけど、ここは確かに田舎だった。
空気も良い。食べ物もおいしい。けれども。
「……あの人は、きっと」
都会の綺麗なところに住んでいるんだろうなぁ。そう独りごち、私はふと携帯を取り出した。
時代遅れで機械音痴な私は、まだガラケーを使っている。といっても、メールのやり取りなんて美佳とぐらいしかしないから、不便は無かった。
しゃらん、と鈴の音が響く。携帯のストラップに付けられた鈴の音だ。オパールのような淡い水色の貝殻が揺れ、心地の良い音をたてる。
6年前。たまたま訪れた海で、私は彼と出逢った。夕日の光を受けてきらきらと煌めくそれは、まるで彼自身を表しているように見えた。あの日から、私はずっと彼に恋をしている。
でもそれが苦しくて。私はぎゅっと、目を瞑り、ガラケーを鞄に仕舞い込む。しかし数秒後には、気になって取り出してしまう。
毎日これの繰り返しだった。
「もう、あっちも覚えているはずないのにな」
小さく吐いた言葉が、空に吸い込まれて消えていく。そうわかっていながらも、その貝殻を見ずにはいられなかった。
*
「ただいまー」
「おかえりなさあい!」
私が家のドアを開けるなり、瞬速でなにかが飛びついてきた。いつも通りのことなので、私は平然と受け止める。
私に抱きついてきたのは、兄だった。私を大事そうに抱きしめ、ぽんぽんと背中を叩いている。
「……わかったからそろそろ離れてくれる?」
「おう、ごめんな」
ぱっ、と一瞬で兄は手を離した。その手が優しくて、どこか美佳を思い出す。兄は私と同じ色の瞳で、にこにこと私に笑いかける。こうして溺愛されているのはなんだか不快だけど、私とお兄ちゃんは、やっぱり兄弟なんだな。
そう考えつつ、私は玄関からすぐの階段に向かう。
「え、もう行っちゃうの?」
悲しそうな声で、呟く。お前は犬か!
「私も忙しいの」
「うう、我が妹ながら冷たい……でもそんなところが好きっ」
「はいはい、わかったから」
呆れ声を出しつつ、私は階段をのぼり、自室のドアを開ける。後ろからぎゃーぎゃーと犬の鳴き声がきこえたが、もう気にしないことにして、ドアを閉めた。
「よっと」
鞄を投げ捨て、ベッドにダイブする。ふかふかのベッドが私の疲れも吸い取っていくのような気がした。
あさっての方向に飛んでいったスクールバッグに手を伸ばし、ガラケーを取り出す。淡い輝きを放つ、彼と私を繋ぐ、ただ一つの大切な大切な宝物。
「……また、会いたいな」
今日も、1人でぽつり、と呟く。それが届かない願いだと知っていながらも、私は愛おしさで貝殻にキスをして、眠ってしまった。