コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!!【2スレ目突入】 ( No.4 )
日時: 2018/01/12 16:02
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: yIE1Hsuy)

 第303次元 天才科学者

 同時刻。
 一人は、その腕で矢を放つたびに這う汗を拭えずにいた。もう一人は、頭に巻いた白いバンダナが緩みかけたことに気がつかない。そして最後の一人は――高く二つに結い上げた金の髪を、激しく揺らしていた。

 置かれている状況はレトヴェールと同じだった。
 エンもサボコロもキールアも――、千年も昔英雄と謳われた次元師たちと、対峙する。
 炎を纏い、大地を割っては矢尻が飛んだ。自身が持つ次元の力とまったく同じものを、自分以外の人間が目の前で振るっている。この信じがたい景色を、違和感と呼ばずなんと呼ぶべきだろうか。



 フィードラス・エポールがこの施設を開設しようと思い至った経緯は、突発的な思いつきでも、まして自発的なものでもなかった。
 珍しいことに、第三者からの申し出だったのだ。
 事の発端は数か月前に遡る。

 『……』

 蛇梅隊第一支部内は、白衣姿の研究員で満ちていた。というのも、この第一支部というところは科学部班のためだけにあるような研究施設で、ほかの班の班員は出入りする用もない場所だ。
 彼らにとって蛇梅隊の本部はあくまで調査報告、実験概要を提出する場に過ぎないのだという。

 科学部班班長のフィードラスは広大な個人用研究室のほかにもう一つ、隊員の一部にしか知られていない狭い個室を持っている。支部内で彼が失踪したと噂になる原因の一つでもある部屋だ。
 室内は、霊の類が好みそうな仄暗さだった。彼はランプの光に当てられてようやく目視しうる資料に目を落としていた。
 次元の力の研究に尽力する彼は、考察力もさながらであるが知識が豊富だ。それは、彼の机を取り囲む資料の束やら本棚からなだれ落ちたであろう本の山のどれにも『次元』と記述されていることから、容易に推測できる。

 その日もフィードラスは、紙上にペンを走らせていた。すると不意に、コンコンと響いた音を頼りに顔を上げる。
 ガラス窓の向こうには、幼児ほどの小さな体が浮いていた。

 『……君は……』
 『こんばんは。そして初めまして、フィードラス・エポールさん』

 元霊、英雄大六師、――紅蓮の魔剣使い。
 呼び名は数多あれど、今その名は――――双斬。

 『やあ、こんばんは。こんな時間に何の用だい、英雄くん?』
 『……僕の事情を知っているということは、僕があなたの息子である……レトヴェールの次元の力だってことも、ご存じで?』
 『ああ。と言っても、つい数年前耳にしたんだ。どうやら世間様を騒がせているみたいだからね、うちの息子どもは』
 『ええ。僕じゃあ、きっともう』
 『……』
 『だからこそ力を借りたい。フィードラス・エポール――、人呼んで』

 千年の時を超え、その体長は30cmほどにまで縮んでしまった、小さな英雄は告げる。
 と、その言葉を耳にしても、彼は眉一つ動かさなかった。

 『――――“史上最高の天才科学者”である、あなたに』

 フィードラスは、かけた眼鏡をくいと指で押し上げる。
 その口調は相も変わらず平淡に放たれた。

 『史上最高、か……――残念ながら、私は一番ではないよ』
 『……? 噂ではたしかに……。あなたのほかにも、優れた科学者が?』
 『さあ、どうだったかな』

 フィードラスは冗談まじりに笑みをこぼした。

 人類を遥かに超越した頭脳と考察力。数多の難解書物の解読を可能とする博学さを有し、それを応用して最先端の科学技術の発展に尽力してきた史上最高の天才科学者。――彼を取り上げた記事や、彼が実際に筆を執って記した研究記録の書物の宣伝の殆どにそのような文句が述べられている。
 また、歴代で著名な科学者の筆頭とも呼ばれる彼に「ご謙遜を?」と尋ねる双斬に対して、フィードラスは何も応えなかった。

 『話がだいぶ逸れてしまったようだ。まさか私を褒め称えるために来たわけではないだろう?』
 『あなたの実力を見込んで、頼みたいことが』
 『ほう。まあ、息子が随分お世話になっているみたいだから、ある程度の依頼は引き受けるよ。これでも蛇梅隊の隊員だしね』
 『僕と……僕と、レトヴェール君を――戦わせてほしいんです』

 彼の眉はぴくりとも動かずにいた。双斬からの注文は、言語として彼の脳に取り込まれる。
 この瞬間から彼は考えていた。次元の力の具現化。多重次元空間の設計図。
 一通りのシュミレーションを、まるで拍子抜けして一瞬言葉を失っていたかのような僅かな時間で終えると、息を吐いた。

 『なるほど、ね。いいだろう。引き受けるよその依頼』
 『! いいんですか? そんなあっさり……』
 『……君は、私を“史上最高の科学者”だと見込んで来たんだろう? おかしな子だ。無理だと思うなら依頼を断ってもいい』
 『い、いえ……』
 『――信じること。また信じられること。この相互関係は、“我々”にとって一番大事なことだろう?』

 双斬には、フィードラスの言葉を肯定する術を持っていなかった。というより、彼の発言が一体なにについて触れているのかがこの時点ではわからなかった、というのが正しいだろう。
 彼は、返答に困っている双斬をよそに続ける。

 『君が信じてくれるなら引き受けるよ。期日は?』
 『えっ、ああ……僕たち、しばらくは帰ってこられないので、その間に』
 『わかった。できるだけ早く、だね』
 『はい。お願いします』
 『それまで、息子を頼んだよ』

 研究室にこもり続けの日々を送れば、おそらく彼のように体調の悪そうな表装ができあがるのだろう。しかし嗄れた天才の声色は、まさしく息子を思う父の色をしていた。



 「はァ――!!」

 幼い少年の細い腕が、激しい風の刃を連れて空間を裂く。レトヴェールはその威力に圧倒されたせいもあって、一瞬隙を見せた。彼の双剣は強く弾かれた。
 双斬はあまり次元技を使わない。己の腕と気迫が、レトを圧すのに十分すぎた。然しレトも、負けているばかりではいられない。
 繰り出される荒々しくも力強い。双斬の剣技を、上手く躱し始めた。

 「く……!」
 「今度はこっちだ!! ――十字斬りィ!!」

 重なった二つの、空気の太刀が切り裂いた。真正面から飛び込んでくる刃に双斬は、片手で。
 左腕に力を入れたと思うと切り捨てるように真空波を薙ぎ払い、駆けた。

 「なっ!」
 「――十字斬りィ!!」

 双斬もまた――“次元唱”を唱えなかった。
 至近距離で放たれる。難なく自分の次元技を躱されてしまった驚きでレトは、痛感した。
 ――違い過ぎる。レトの知っている十字斬りではまるでなかった。

 「うああ――!!」

 細い真空波ではない。レトが普段目の前にしているそれではない。
 間違いなく“刃物”のようであった。研ぎ澄まされた刃先、波が空間を裂く速さ。一撃に込められた重さ。
 全てを取っても、レトが生み出す技では及ばない程。
 凄まじく悍ましくて――ただ、怖い。
 本当に同じものを扱っているのか。同じ武器をその手にしているのか。
 使い手が違うという事実がここで顕れる。千年のブランクを何食わぬ顔で、徐々に埋めていく英雄は。
 器用に、くるくると、双剣を手元で躍らせ――距離を詰めた。

 「「――ッ!」」

 全く同じ金属音が軋む音に、苦しいレトの表情と、覗く双斬が力むそれが重なった時。
 均衡を保っていた力は反発するように。両者共々、後方へ跳んだ。

 「はあ……はっ……!」
 「息、上がるの早いみたいだね。まあ少し前までと比べたら相当良くなったと思うけど」
 「うるせえな……ちょっと疲れただけだっつうの」
 「そうそうその意気だよ。弱音は吐いちゃいけない。君の弱気な一言が、全次元師の重荷となって嵩張っていく事を忘れないでね」
 「分かってるよ、んな事は」
 「……変わったね」
 「は?」
 「何でもないよ! さあ続けようか――君か僕か、“英雄”に相応しいのが一体どちらか!!」

 レトヴェールの息は既に整っていた。少し体を休めただけで、こうも変わる。
 双斬は具現化された千年前の肉体でまた駆け出した。まだ慣れない。もう少し自由に、動きたい。
 縦横無尽に飛び回る、柔らかい肢体にはまだ足りない。

 (レト、僕は……僕が出せる最大のコンディションで、君と――戦いたいんだ!)

 千年のブランクを抱えた英雄は、たった十五、六年生きてきた少年に、願う。