コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.19 )
日時: 2017/01/24 22:58
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: fnyLTl/6)

 第316次元 師

 ぼこぼこ沸いているそれは湯ではない。厚く大地を覆い尽し、嫌に白い、太い柱みたいな足元を囲んでいる。
 紫色に爛れる、泥色の毒は確かに――改良された“新元魔”の動きを封じつつあった。

 (メッセル副班長の“毒皇”が効いている……今のうちに、僕とルイルで)

 ――装填音は、広大な大地を誇る、千年前はエルフヴィアと呼ばれていたこの土地に吸い込まれた。
 その全長は従来の元魔の2倍以上。次元師達の想像を遥かに超えてきた神族を穿つには。
 白く、不気味で、長い手足と、視界の端々まで覆われたこの巨なる怪物を――まずは自分達の手で倒さなければならないのだろうと。
 英雄達を想いながら、ガネストは引き金に指を掛ける。

 「ルイル――お願いします!」
 「――わかった!」

 小さな両手で杖を握って、少女は力強く応えてみせた。
 扉を開く瞳から、無邪気さが失せる。

 「第六次元発動――念尽!!」

 杖の先端は“丸く平たい飴”を模している。不思議なマーブル模様で色づけられたそれが光り出すと、元魔の動きに鈍さが増した。

 「いけ――ガネスト!」
 「――はい!」

 長距離用の銃ではない。単なる短銃二つから繰り出される弾丸が、果たしてかの怪物の持つ赤い核を、撃ち抜けるか否や。
 戦場というステージ上では、ふと不安を抱く時間さえ死に間となる。
 
 「第八次元発動――真弾!!」

 ――“武真技”。技の頭に“真”と名の付くものは全て、その命中力・必中力に秀でている。レトヴェールの『真斬』、エンの『真閃』が例である。
 ただしそれと引き換えに集中力と体力、そして体内に貯蓄された元力を大幅に消費するという条件を持つため、そう数を打てるかと問われれば怪しい。

 吐き出された弾丸は、空を奔る。

 「――あ……っ!」

 無情――にも、元魔の心臓をわずか掠めた弾丸は、白い肌に弾かれたかと思うと、落ちた。
 “真弾”は、必中力に長けている、と述べたが、ガネストは己の下唇とつめの甘さを噛みしめた。


 レトヴェールやロクアンズ。
 キールアやエンやサボコロ。そして蛇梅隊の戦闘部班、皆を含めて。

 自分よりも年の幼い子が、プロに交じって体を張っている。
 自分と同じ年の女の子が、神と戦うと首を縦に振ったのも。
 前を向きながらいつも思っていたのは、そんな羨む世界に自分も足を踏み出してみたいという望み。
 そして。
 自分と同じ時を歩んできた、まもるべき人を守りたい。
 そんな気持ち一つだった。


 「……」


 息を吸うんだ。そして深く吐くんだ。ゆっくり。体にある空気の全て、変えてしまうように。
 緊張しいのガネストに出会い初め、戦闘部班第三部隊、副班長のメッセル・トーンが、口元に相変わらずの細い草を揺らしてそう言ったのを思い出した。
 彼は常に飄々としていて、仕事もバリバリこなすタイプでなければ、時間にもルーズ。遅起きで楽天家で実家も森奥の村にある農家だとか。
 でもその口から発せられる緩んだ声色がいつも、ガネストとルイルに齎していたのは。
 何といっても、安心感だった。


 (やっぱり僕の“蒼銃”では、元魔の心臓を撃ち抜くまでに至らない……でも、この3人で倒さなければ、後ろに控えているとはいえ、上層部の御三方に迷惑をかけてしまう。レト君からの指示は、3人もしくは6人で倒すこと……ここは、前線A部班に連絡を入れる? いや、でも今は……)

 前線A部班――そのチーム編成はチェシア・ボキシスを筆頭にミル・アシュラン、セルナ・マリーヌの3名。ただセルナが負傷して回復待ちであると先刻メッセルに連絡が入ったことを思い返すと、とても応援を頼めそうにない。
 レトに連絡を入れるか。きっとどこの部班も手一杯であるのに。
 
 「ガネスト」
 「!」
 「息、吸ってるか?」

 聞き慣れた、優しくて、低い声。メッセルは、とんとんとガネストの背中を叩くと、すぐに駆けだそうとした。
 ガネストは小さく息を吸う。

 「……メッセル副班長!」
 「うぉっ!?」
 「元魔は今、メッセル副班長の毒で動きが鈍っておりますが、またすぐに動き出すと思います。ルイルの元力はそんなにもたないでしょうし……それで、提案なのですが」
 「……おう、言いなさいよ」
 「――メッセル副班長、跳べますか?」
 「はい?」

 6名いる副班長の中で最もがっしりした体つきを持つメッセルはその大柄を屈めて、ガネストの口元に耳を傾ける。
 メッセルと目が合うと、頷いた。彼の太い腕がガネストへ延びると、それは青い髪をくしゃくしゃに掻き回して、今度こそ駆けた。
 ――『安心しろ』と、言われているようだった。

 「準備できたぞ! ガネスト!」
 「はい! じゃあ――お願いします!」
 「おうよ!」

 元魔の足元を見ると、すでに紫色が地面と滲んでしまっていた。大地に吸い込まれていったのだろうか。元魔は巨大な足を、動かさんとしている。
 
 ルイルとメッセルの間に交わされる、合図。
 幼い手のひらが、ぎゅうと柄に力を入れた。

 (ルイルだって――役に立ちたい!)

 「第七次元発動――掌力!!」

 柄の先、巻かれた飴の発光は、メッセルの全身に同じ色を齎した。
 頭のずっと後ろまで振り上げた杖を、ルイルは――額の先へ指すように振り下ろす。

 「いっちゃえ――っ!!」

 メッセルの踵が、浮いて弾けた。
 空へ抛られたのは弾丸でも毒でもなくて。大きな身体と、強く風に靡く、葉の一つ。
 口元から不意に、笑みと葉がこぼれ落ちた。

 白い、簡易なつくりの顔。浮かぶ大きな口が、開かれようとしたそのとき。

 「いくぜおめえら――――毒撃!!」

 血のように赤い、赤い口内の奥深くまで。宙に浮かぶ鮮やかな紫色が放りこまれる。
 それが喉を越したのか、元魔の小さな黒眼が、動いた。

 「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!」
 「――――ッ!!」

 耳を塞ぐも、薄い掌など無意味だと言わんばかりの、轟音。
 地上で待機するルイルの許へ、真っ逆さまに落ちる、それまでが作戦の全て。
 だったのに。

 気の触れた元魔の、白く大きな頭が――メッセルの視界を陰らせた。

 (――――あ、やべ)

 酷い衝撃で我を失った。隕石かと疑うほど、目にも止まらぬ速さを纏った体一つ、地球に落ちてくる。
 土埃で顔を覆う、ガネストとルイル。頭蓋骨を割らんとする元魔の雄叫びに膝を折ると、続いて何メートルか先で衝撃音が生まれた。

 落ちてきたものが、何とも覚えずに。

 「「――――っ!!?」」

 ガネストは腕を振り下ろして、覚束ない足元で地面を蹴り上げた。
 地面に座り込み、じっと何かが落ちた方を見るばかりのルイル。
 ガネストが、駆け寄ると、おかしく腕を曲げた師が、そこにいた。

 「っ、め……め、ッセル副班長!!」

 うまく声が出ないのか、開いた唇から漏れ損なう息。顔の半分を覆う赤い液体が、どんどん地面に流れ込んでいく。

 「大丈夫ですか!? うっ、ふく、副班長……っ腕が!」
 「あ、ぁ……ッ、が……!」
 「……っ」

 思考が終わる音。元魔の叫びはかけらも耳に差さずにいる。
 いつも緩んでいる頬が、苦しそうに痙攣しているのと。いつも口元で揺れる草もなく、うまく吸えぬ息を耳にするのも。
 優しく細められたまま目が、いつもよりずっと、ぎゅっと閉じられているのに、心が冷めきっていくのを感じた。