コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.20 )
- 日時: 2017/01/27 17:00
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: TW1Zh9zP)
第317次元 きみを守る
――心音は正直だった。ガネスト・ピックの脈が今、何ゆえ忙しないのか。彼の持つ青い瞳が、自身の体を凍りつかせてしまってから、何秒経っただろうか。
メッセル・コールのことを、副班長と叫ぶガネストの声は届かないはずなのに、ルイル・ショートスは小さくなったガネストの背中を見つめたまま、ぺたりと地面に座り込んでいる。
メッセルは、元魔の重い頭を、いわば頭突きをその身に受けた。
その瞬間、咄嗟に頭を腕で覆ったと思われるのは、メッセルの左腕がいやに曲がってしまっているのが火を見るよりも明らかであるため。
「め、メッ、セル……っ、副、班長……!」
涙が流れる血を溶かして、その塩気が痛みを和らげるわけでもないのに。
溢れてやまないのは、悔しさと悲しみとが、ガネストの脳から信号を奪ってしまったから。
「……っが、……ね……」
「! メッセル副班長! 話せますか!? い、今すぐ遠くに――っ!」
「……」
無事に折り曲げた右腕で、伸ばしたらガネストの髪へ持っていっていた。
青い髪の上を滑る、一筆の赤色が、彼の涙と滲んで落ちた。
「いき、吸、てる、か?」
掠れていても、拭いきれない温かみが、ガネストの体へ温度を捧げていく。
「息、吐け」
メッセルは瞼を持ち上げる。久方ぶりに見る彼の瞳は薄茶色で、泥より遥かに澄んでいるのに。
泥みたいに重くて、涙で重たい自分の身体が、嘘みたいに軽さを取り戻していく。
「……っ、……」
小さく吸った。そして小さく吐いた。
次には大きく吸ってみた。
そしたら深く吐きだせた。
メッセルの体を抱えて、ガネストは走る。遠くへ、遠くへ。ルイルも連れて彼は、千年も昔の、崩れた建物の瓦礫の壁に、メッセルの背を預けた。
静かに息をするメッセルを見下ろして、足先を変えた。
「……いくの?」
「……」
「ガネスト、ルイルと、ふたりじゃ――」
作戦の要であった、年長者で、上級次元師のメッセルは戦闘不能。戦闘部班班員の中でもトップを走るレトヴェール・エポールたちとは肩も並べぬと自覚はある。当然彼らに追いつきたいと思ってもいる。
そして、決して危険に晒してはいけない人を後ろで震えさせている。
ルイルを傷つけることも、彼女に無理をさせることもいけないと、執事でなくとも男として、ガネストはとうの昔に心に決めている。
無茶をしたがるルイルをいなすように、ガネストは振り向いた。
「ルイル。さっき約束をしましたね。僕らはパートナーです。だから一緒に戦う、と」
「う、うん……! ……でも」
「2人では、いけません。ただ新元魔の生態的にどうかは分かりかねますが、僕たちを追ってくるようなことがあれば、時間に余裕がありません」
「……じゃあ、どうするの?」
「ルイル」
「う、うん」
「ここに、残ってもらえますか」
ガネストは膝を折って、ルイルの、分かりやすく驚いた顔を見上げる。
「い、やだ! だってさっき約束したもん! それじゃあ、それじゃあガネストうそつきだよ!」
「一緒に戦うことは、何も近くで戦うことだけではありません。メッセル副班長を、ここで一人にできますか?」
「……っ、で、も」
「僕なら大丈夫です。レト君に連絡を入れてみます。――それに」
「……?」
「やっぱり僕は、あなたを守りたいんですよ、ルイル」
ほほ笑みが思った以上に、やわらかくて。ルイルが我に返ったときには、ガネストの背中はどんどん小さくなっていっていた。
新しい隊服の裾を握る。手先が震えるのに、ルイルは胸の前で静かに指を組んだ。
(ガネスト……)
祈るのは、無力だろうか。
それでも祈らずにはいられない。
ガネストは景色の揺れる様子ばかりを見ている。司令塔のレトヴェールに連絡を入れる気配はない。
どうやら嘘をついたようだった。その証拠に、耳元に装着した通信機に添えるはずの右手が、銃の片方を握っている。
しかしガネストの心中は、至って冷静に脈打っている。
(正直、僕一人で何とかできるかと問われれば……かなり怪しい。むしろできないと思っているくらいだ……でも。元魔の身体は大きく動き自体は鈍い。メッセル副班長が、元魔の体内に毒を入れてくれたおかげで幾分か戦いやすいはず。大丈夫。今度こそ“真弾”は命中する。元力を、圧縮して……攻撃力を)
考えれば考えるほど呑まれていくようで、心気持ちの悪いまま。見え始めた大きな輪郭に、吸いこんだ息を喉奥に流す。
眼前に控える元魔は、口元から、紫の混じる煙を吐き出しながらいた。
「……」
蒼銃を構える。狙いはたった一つ。元魔の下腹部。そこに赤い心臓がある。
――胸の中で、何度も唱えた“大丈夫”が、今更になって揺れだした。
そのとき。
「――!」
元魔の白い腕。太くて長い、都会の街を代表するタワー一つ分はありそうな規模のそれが、迫ってきていた。
「くっ――!!」
跳んで避けるほかない。宙に舞う我が身。伸ばした脚に、わずか数ミリ空けて腕が大地を叩くと、振動と風圧にがガネストの軽い体をいともたやすく吹き飛ばしてしまった。
「うわああ!」
大地を転げ回る。どこまでも止まらず、視界がぐるぐるぐるぐる巡った。ようやく止まったかと思って、仰いだ空に、見えていた星は何かに遮られていた。
(! また!)
跳んでいたら間に合わない。ガネストは銃を構えて、大地に向けて――声と放つ。
「第六次元発動――、衝弾!!」
ひとひら躱すと、今度は遠く、銃弾が大地に刺さる衝撃に身を任せ後方へ跳んだ。後転していくガネストは最中、ぐんと脚を伸ばし立ち上がるもそのつま先が絡まって、よろめいた。
「っは、……はあっ、は……っ」
元魔は今、ガネストを狙った右の掌と大地をべったりくっつけている。胴体がドーム状になり、目と鼻の先に心臓がある今を――好機を、息を乱した程度で逃すほど、甘くはなれない。
息を吸った。そして深く吐いた。
中にあるもの全部を真っ白にしたら、足が自然と浮いていた。
(今だ――!)
翳りで覆われたドームの中へ駆け入る。転がった拍子に切れた肌から、こぼれた血が細く跳んだ。
――ゆっくり持ち上がる、化け物の左腕に、彼は気づけずにいた。
それが思考に飛び込んできたときには、殺気に振り向いて、眼前。
青い瞳に映える、白い塊は――――突然動きを止めた。
「……え――っ?」
「――――ばかばか、ばかっ! ルイル、だって……あたしだって……っ!」
なき声が、鼓膜を突いた。
ぽろぽろ流るる雫と彼女はガネストを睨むように――祈るように、飴状の杖を震わせている。
「ル、イル……――っ」
「ガネストのうそつき! だから、だからルイルも……うそついて、きちゃった。ガネストと、いっしょにいるよ……戦うよ! だって、――ふたりで、ひとつだもん……っ!」
離れるなんて言わないで。
傍にいて。
傍で守って――だからずっと一緒にいてよって。
幼い願いだ。子どもじみた叫びが聞こえる。せっかく突き放しても、きっと彼女は自分が王女であることも、自分の国も蛇梅隊も、師一人でさえ。
おいてけぼりにして、ガネストのもとへ駆けてくるのだろう。
彼は泥と汗とを拭う。
「――――はい、ルイル」
笑っただけでそれ以外に言葉もなく。ガネストはルイルに背を向けて行ってしまった。
拒絶と呼ぶには優しすぎる、ガネストの背をルイルが見つめていられる間は。
――『任せる』と声が聞こえてくるようだった。