コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.21 )
- 日時: 2017/02/04 11:18
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: FvJ38Rf9)
第318次元 呼吸を合わせて
縮まっていく距離。心臓と自分とを繋ぐ糸を手繰り寄せるのと比例して、心音が大きくなっていくのを感じた。
(たえ、なきゃ……! ルイル、は、ガネストの……ために! ガネストの、みんなの、役に立つの……っ!)
細い腕の二つでできるのは、元魔の片手の動きを暫し封じる程度のもの。
片手といっても、手首から上の部位だけでもその重量は計り知れない。術は今すぐにでも破られてしまうだろうと、ルイル自身にも推測は容易だった。
浮かぶ血管。震わせた腕に汗が這う。
巨大な拳の痙攣が大きく、大きく振れていく。次第に我を取り戻していく左手に絶望を覚えながら、幼い少女は杖の柄を離せずにいた。
迫る、脅威。
(……っ、う、も……もうっ――だめ……っ!)
――と、次の瞬間。
細い背中に、添える大きな手のひら。
「酷いよなあ。こんな小さな子まで、戦場に連れていけ――なんて」
知らない温度だったけれど、温かいのは確かだった。
気が緩んだ矢先、術に抑えつけられた反動もあってか素早い鉄槌が下された。
逞しい腕でルイルを抱きかかえると、青年は至って落ち着いた顔つきで跳び躱す。
焦りの見えない表情に、呆気に尽きるルイル。
しなやかな着地にも目を見張るものがあり、驚いたままのルイルを地面へ降ろすと。
青年は爽やかに笑みを返して、ルイルの背中をぽんぽん叩く。
「よく頑張ったな、お嬢ちゃん。とても一国の王女様とは思えない。すごく立派だ」
「え……っあ、の……あなたは……っ――?」
「あとは任せてくれ。大丈夫。俺は――――レトヴェールの、友人だ」
ガネストは首を回していた。衝撃音が轟くのを耳にした。
ルイルを信じて飛び出したが、途端に、心拍数が跳ね上がる心地。
踵を回す。つま先が返る。後ろ髪を引かれると、すぐに。
白い天井がひらけて、月光が強く差した。
「――――え」
胴体が、ひっくり返っていた。続いて地震が引き起った。
遠くの方では、傾いた肩と――――ぽっくり隙間を空けた白い柱が、大地を叩く。
巨なる元魔の肩から。ボトボト落つる黒い、泥。
人間で例えるところの、血によく似ていた。
「な、何が……――――」
「よう、執事君」
「!!」
「――“助っ人”、しに来た。とりあえず腕を斬り落としてきたけど――他には、何をすればいい?」
(こ、この人は……!)
長剣を振り上げて、肩で担ぐ。高身長。精悍な顔つきで爽やかに微笑む彼の声色は、優しくて力強い――騎士と形容するのが相応しい身なりだった。
「シェル・デルトールさん……っ!」
「あはは。名前、知っててくれていたのか。光栄だな」
「何故、あなたが……」
「そりゃあ、次元師だからな。同じ戦場にいるさ。シャラルも、リリエンもリリアンも……もちろん、他の次元師も、ここにはみんないる」
「……」
「蛇梅隊だけじゃないさ。どうか俺たちのことも――頼ってくれよな」
人族代表決定戦。決勝戦でレトヴェールのチームと剣を交えたのが、このシェル率いるデルトールチームだった。
憧れるのはレトたち英雄大四天だけに留まらない。彼らと死闘を繰り広げたシェルだからこそ、新元魔の腕一つ斬り落とすのは造作もないのだろう。
――ああ、それと。シェルはそう続ける。
「レトから指示を受けたんだ。『後援A部班のもとへ向かってくれないか』ってな。どこにいるのか、レトの方から追跡してくれて……」
「え、ま、待って下さい! 指示とは、どうやって……!」
「ああ、ちょっとな……さっき蛇梅隊と思われる次元師に会ったんだ。通信機ってのを貸してもらって、レトに連絡を飛ばしてみたら、あいつすぐに指示をくれたよ。『ちょうどよかった。後援A部班が今大変だろうから、頼む』……ってな」
「……レト君……」
「というわけで、よろしく頼むぜ……えっと」
「……ガネストです。ガネスト・ピックと申します」
「よし。ガネスト君だな――俺はシェル・デルトール。よろしくな」
軽く握手を交わすと、僅か足元に揺れが生じた。横倒れになった元魔の胴体が動き始めるのだろう。
ガネストとシェルはその場から距離を広げていく。
「どうしようか、ガネスト君? 正直俺のは飛び道具じゃないから、心臓の破壊は君に任せたいけど……」
「……そう、ですね。ルイルの元力も尽きそうなので、彼女に無理はさせられませんし。……あ、このチームのリーダーを担って下さったメッセル・トーン副班長の“毒皇”で、元魔の体は今毒に侵されている状態です」
「! そうか、いい仕事するんだな、副班長格っていうのは……――それじゃあ」
「はい」
「ガネスト君、ひとまず君はルイルちゃんを安全なところへ。その間に俺が――奴の右脚をぶった斬っておくよ」
「っ!」
「そうしたら全身のバランスが崩れて、立てなくなるはず。でもまだ奴の咆哮が怖いから、喉も潰したい。その衝撃で暴れだすと、奴の態勢が変わってしまうから……」
「――喉を斬った直後に、僕が元魔の核を破壊する……ですね。あ、でもすぐに内部爆発が、」
「大丈夫。喉をやるのは遠距離系の斬り技だから。倒れた奴の首元を狙うくらいは造作もないよ」
「……お願い、できますか?」
「ああ。俺たちは、そのための戦士だろ」
元魔から離れていく。どんどん、脚は縺れても止めてはいけない。しゃがみこむルイルを抱き上げて、ガネストは走り続けた。
今度こそメッセルを頼むと告げると、ルイルは曇りない瞳で大きく頷いた。メッセルは目を覚ます気配こそさせないが、息は整ってきている。空気が正しく循環している証拠だ。
息つく間もなくまた、ガネストは駆け出す。前のめり。全身が辛いと叫んでも、今はまだ、それを口にするべきではない。
「――――っす……す、ごい」
感嘆の息を漏らさずにはいられない。ガネストが戦場に戻り来ると、既に元魔の右脚は健在でなかった。脚の根元からバッサリ斬り落とされているのを目の当たりにすると、唾を飲み干してしまう。
胴体から斬り離された脚が、役目を終えたようにさらさら粒子化していく。闇夜に消えていくのを、悠長に眺めている――暇などないのに。
立ち尽くしていたガネストは、シェルのもとへ駆け寄る。
「遅くなりました! 元魔は」
「見ての通りだ。ほら、倒れた下腹部がこっちを向いてる。――準備は、いいか?」
「……はい。頼みます」
「おう。ガネスト君もな!」
毒にもがいているのか、はたまた手足を失って駄々をこねているのか。
装填すると、心の中は空っぽになった。――そのとき。
「ギャアアアアアア――――!!!!」
「「――!!?」」
――鼓膜を突き破られそうな、雄叫び。思ったよりも、元魔は瀕死に近づいているのかもしれないと、そう思わせる絶叫に。足が止まる。
ガネストの脳裏に、喉元へ向かったシェルの姿が浮かぶ。
(ぐっ……! こんな化け物と、みんな戦ってるってか……っ! 正気の沙汰じゃねえなあ!)
適当な石を耳に詰める。シェルの次元技――“光剣”は、鞘もないのにどこからか引き抜かれたみたく、強く光を放つ。
「第八次元発動――――烈衝波!!」
振り上げた剣の切っ先は弧を描いて、大地に突き刺さる。生まれた衝撃波は真っ直ぐ、元魔の喉元へ走る。
間髪を入れず、シェルの腹奥は振動した。
「――――ガネストォッ!!」
名を呼ばれた彼の世界にはもう、音はない。
時は僅かに戻る。
手元が震えていた、指を引っかけるとすぐに。
元魔の核はもうすぐそこにある。視界の中央で静かに息をしている。
当たるだろうか。
(……いや、当てるんじゃない)
――執事だった頃の自分はもっと、従順に、シンプルに。
下された仕事は何一つ滞りなく、遂行していたのに。
「第八次元発動」
答えは――明白だった。
「――――真弾!!!!」
(――――壊すんだ!!)
白い喉が裂け飛んだ。黒い液体がいくらか飛び散ると、瞬間、上を向いたままの元魔の顔が――動きを止めた。
刹那、何かが破裂した。
連れて高い音、赤いガラスが宙を舞うと、次第に元魔の白い肌が膨張していく。
ぶくぶく太っていくそれは、あっという間に大きく膨れ上がり――。
「「――!!」」
――――轟音を齎し、大爆発を引き起こした。
比較的元魔から離れていた二人は爆発に巻き込まれることもなく、安堵の息を漏らす。元魔は元来通り、核を破壊されたらその身が粉と化すように作られているため、不意に視線を持っていけば、もうそこに元魔は跡形もなくなった。
その一連の流れを見つめていたガネストが、自身の両腕に視線を落とすと、声が届く。
「一丁上がり、ってところかな。お疲れ様、ガネスト君」
「シェルさん……ありがとうございます。あなたがいなかったら、今頃……」
「よしてくれよ。そういうのは、戦場ではなしだ」
「……はい」
「メッセル副班長さん? だっけ。彼の容態も気になるし、とりあえず戻りがてら、ガネスト君はレトヴェールに一報入れたほうがいいかもね」
「はい。そうします」
先に歩みだしたシェルの、広い背中を眼が追う。
(……かっこいいな)
そこに剣を提げているでもなく、ただしゃんと立つだけの背についていく。
――――道のりは果てしなく遠い。追わねばならぬ背中は、たった一つではないのだから。