コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.27 )
- 日時: 2017/07/20 18:43
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: jBO/Sofe)
第322次元 鏡たち
――用意した二つの鏡は、前方に一つと、背後に一つ。しかしそれは欠陥品、とでもいうべきであろう。
なぜなら、そこに映し出された虚像たちは、まったく忠実には“主”の姿をしていなかったからである。
せめぎ合い、推し量る――銀槍を挟んで両者は、ある箇所を除けばいたく似つかわしい。
金色の月に暗夜を挿すのは少女の片瞳。対峙する主は、金に輝く両の瞳で憎々しげにそれを睨んだ。
「キールア・シーホリー。光栄だよ、あの二人に続いてキミまでボクの遊び相手になってくれるなんて」
「……なん、ですって?」
「あの二人は最高だよ! 最高の運命を背負っている。ボクは運命の神様だから、なんでも視えるんだ」
「……」
「――――『神が勝利の杯を仰ぐのだ』……ってね」
「!」
二つに結い上げた金の髪が、大きく揺れた。キールアは銀槍――“百槍”こと己の次元の力を振るう。キールアの形をした運命の神【DESNY】の白い頬が切れる。
一筋赤い雫が垂れると、キールアの顔立ちで、舌で、頬の液体を舐めとった。
「はは。思ったより短気なんだ」
そのとき、デスニーの切れた頬に、泡のような光が射した。泡が傷のあたりを包み込むと、瞬く間に傷口がふさがってしまった。
“彼”が次元技を唱えたようには見えなかった。上位の次元師ともなると、“次元唱”と呼ばれる『第〇次元の扉、発動』――との前置きの詠唱を省いても次元技を発動させる力を持つが、次元技そのものの詠唱を省くことには前例がない。
キールアは、偽物の頬の傷が瞬時に治ったその現象を、『慰楽』の次元技『傷消止血』によるものだと確信していた。
そして次元技の詠唱もせずにそれを可能としてしまったのが、――“キールア”のせいであることも。
「……っ」
「ごくろーサマ♪ ちっちゃくって可愛い――もう一人の“キールアちゃん”」
キールアの背後にはもう一人、彼女がいる。それは今の自分より少しばかり背丈も低く、手足も棒のように細い――齢12、3歳の女の子。
その姿は、次元の力『慰楽』を発動させたばかりの頃の自分に間違いない。白衣に着せられているところも懐かしいが、なによりその姿が実に弱弱しく頼りないものに思えて視線を逸らした。
「おや? そっちのキールアちゃんは、昔とはいってもほんの3、4年ほど前のキミにまちがいないよね?」
「……」
「カヨワい自分の姿は見たくない、かあ」
「第七次元発動――戯旋風!!」
両手で掴んだ百槍をすばやく旋回させると、生まれた旋風がデスニーを捉えた。激しい風力にデスニーは地面の上を転がっていく。
彼が起き上がろうとしたときには、既に『傷消止血』の力によって擦り傷がすっかり消えていた。
「いてて……キミってば、意外と乱暴なんだねえ」
「ここは戦場でしょう? 早く立ちなさい、デスニー」
「あは。初めて呼んでくれたね、名前」
「……」
「もっとも、今のボクは――“キールア・シーホリー”そのものなんだけどね?」
「黙りなさい!」
槍を握る指に、手足に、電流が走る。土を蹴り上げる速さは上昇していく。キールアは槍の穂先を後方へぐっと下げた。
「第八次元発動――、一閃!!」
ガキン!! ――金属と金属とが、激しく衝突する。
いまだ腰を下ろしたまま、デスニーは自身の銀槍を地面と垂直に突き刺した。それを真横から突くキールアの百槍とが、ふたたび力の拮抗を繰り広げる。
「あなた、は……っ私じゃない!」
「どうして? こんなに似てるのに」
「――っ!」
「それとも、認めたくないとか? ――“この姿”が、本当の自分じゃないって」
「だ、まりなさいって……言ってるでしょう!!」
穂先に血が流れる。キールアは元力の端々までも百槍に注ぎ込んで、一層強く、デスニーを睨みつけた。
心の中で、銀槍は凛と囁く。
(キールア! 逆上してはだめよ。向こうの思うつぼだわ!)
「……ッ!」
(――気持ちは……わかるわキールア……でも落ち着いて。目の前にいる“あなた”は、あなたじゃない。だってあなたはまだ、どちらの瞳も、決して染まっていないもの)
「ミリア……」
(なんのためにここまできたの? 血の滲むような努力を呑んで、ここまで戦ってきたのはなんのため? ――あなたが今ここで、運命に負けるなんてらしくないわ!)
「……っ――」
穂先はまだ銀槍をまっすぐ突き刺している。目の前にいるキールアは、涼しい顔で力のバランスを保っているようにも伺えた。
――そうね。キールアは、そう呟いた。
そのとき。デスニーの掴んでいた銀槍が、空に舞い上がった。
「……!」
「ミリアの言う通りだわ。私、まだ何一つ果たせていない。今はまず――この神様に制裁を下す時間だものね」
弾き飛ばした銀槍が、デスニーの手元に戻ってくるまでの猶予など与えない。
キールアは闇夜に百槍を振り翳した。
「第八次元発動――衝砕!!」
大地――と同時に、キールアが砕いてみせたのは、デスニーの腹部だった。
ぽっかりと大きく穴を開けたそれを見ると、瞬間キールア自身の体が貫かれたかのような錯覚を覚えて吐き気を催した。
彼女はキールアとよく似たデスニーの、含み笑いを見下ろす。
「……!」
「ざんねーんハズレ。ボクの心臓は、ここじゃあないよ?」
「あら。本当に残念ね? ――こんなんでやられるくらいなら、あなたに苦戦したあの二人が浮かばれないわ」
「……おっと、言うねえ」
「お互いさまでしょう」
キールアがデスニーから距離を取ると、空の上にあった銀槍が、デスニーの手元に帰ってきた。
常闇に融ける髪飾りが、同時に揺れた。
「「第七次元発動――!」」
キールアは、両の手で柄をとった。横に倒すと、息を吸う。
「戯旋風――!!」
旋風が大地の上を駆けた。速度を増して地上を滑るそれを目前に、デスニーが嗤う。
「――衝砕」
ひとひら躱して、デスニーが飛び上がる。『衝砕』の力を利用してのことだが、目的はそこではなかった。
跳ねた彼は、キールアの頭上から、銀槍の穂先を鋭く輝かせた。
「――真突」
キールアの左肩に、突き刺す銀色。血飛沫は勢いよく上がった。
「――あああッ!」
「ああ、やっと苦しんだ顔を見せてくれたね。だいぶ余裕ぶった顔をするから不安だったよ……キミもちゃあんと、人間なんだ」
「なん、です……って……!」
「“悪魔”みたいに怖い顔するから……てっきり、そうなのかと思ってた」
「――ッ!」
刹那、キールアは細い脚でデスニーを蹴り上げた。おっと声を上げるデスニーは難なく地面に着地する。彼女は左手で百槍を掴み、右手で左肩を抑えて、立ち上がった。
止めどなく溢れる血液が、彼女の腕を伝って大地に吸いこまれていく。
「あちゃ、ごめんね? 禁句だったみたい」
「どいつもこいつも性格悪いのね、神様って」
「それは裏切り者のキミの友人も含めて?」
「いいえ、ロクはちがうわ」
「……」
「ロクとあなたたちを一緒にしないで――――あの子は、私の親友よ」
「へえ……ステキな友情だこと」
キールアは不慣れな手で百槍を大地に突き刺した。同時に、キールアの中に残っていた『慰楽』の『傷消止血』が発動し、肩の傷が塞がっていく。
鋭い視線を交わし合う両者の瞳の色には若干の異なりが生じている。
どちらが本当の姿を映し出しているのかと問われれば――それは、彼女にとって命題であることは明らかであり。
突きつけられた現実への、自問自答の形をしているのだった。