コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.29 )
- 日時: 2017/08/27 02:16
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 7TIkZQxU)
第324次元 霧中
医務室でたった一人、彼女は擦り切れた藁半紙をめくる。
表紙に走る『DEVIL BLOOD』の文字を伏せて、今は亡き両親の言葉を思い返していた。
『キールア。この本はほかの誰にも読ませてはいけないよ』
『中に書いてあることを伝えたりもしないって、約束してくれ』
『シーホリーだけの、紫色の目をしてる家族にだけ。私たちだけが知っていればいい』
『――きみの大切な人を悲しませないために、約束してくれ……キールア』
自分が次元師であることを自覚してから、この本が読めることを知った。
元力と呼ばれるもので封をされていたものを、つい昨年ひも解いてから何度も、何度も読み返している。
『キールア、また読んでいるの?』
『! 百そ――……ミリア。どうかしたの?』
『……キールア。あなたは……本当に戦うの?』
『……』
『あなたが私を振るうたび、私の名を叫ぶたびに、あなたはあなた自身の身体を蝕んでいく。貪っていくの』
『うん』
『あなたが次元師であり続ける限り、――あなたは悪魔に近づいていく。人間から遠ざかっていく。わかっているんでしょう?』
『……うん。わかるよ。わかってる』
『……それでも、いくのね』
英雄の眼差しは、かつての冷然たる光を失っていた。目の前で屈める主の背を力強く叩いて送り出すことが、今の彼女にはとても叶えられない話だった。
『大切な人を悲しませたくない。だからだれにも伝えないよ。死んだっていいとは思ってない。あの二人と……レトとロクと一緒にまた笑い合える、平和な世界が来たらなって……思うもの』
――――でもね。
声色が堕ちる。窓のふちをなでた。触れる指先をじっと見つめて、青いだけの空のずっと向こうを夢見た。
『わたしには、やることがある』
――――会わなきゃいけない人がいる。どうしても、どうしようもなく。
空の上。小鳥が羽を広げて小さくなっていく。二匹並んだそれらは、仲睦まじげにいつまでも、遠くへ遠くへ飛んでいった。
腕を勢いよく引くと同時に、百槍の柄には黒い血液がこびりついて帰ってくる。すぐに振るい払ったものの、気味の悪さが払拭されることはなかった。
足取りを崩した運命が、額の空隙に手を添える。腕で見え隠れする程度だが、その口角はたしかに釣りあがっているように見えた。
「……なる、ほどね。さすが、油断大敵ってカンジ」
「……」
「――まさかキミがキミ自身を殺すとは、思いもしなかったよ」
空いた額のふちに痒みが生じた。治癒を施す算段を――失ったデスニーは、キールアの足元に転がる“幼い彼女”が割れて崩れる最期を看取った。
「あの子の次元技によってボクが回復するのを、事前に殺すことで防いだってことか。意外にも残虐的な面をお持ちなよーで」
「あれはあなたの“鏡”によって創り出された虚像でしょう? 私じゃないし、人間じゃない」
「でもザンネンだったね。ボクの核は額でもないみたいだ」
「……」
「さて、どこでしょう?」
「その身体、粉々に砕いちゃえばわかるかしらね」
(――もう一度“鏡のキールアちゃん”を生成するには少し時間が……)
「――っ!」
百槍と名を与えられた英雄は、その穂先の輝かしさにも似た栄誉を振り翳される。腕に血が通った。独特の金属音が、いやに鼓膜を挿す。
「す、きを……与える、とでも……っ?」
「く……っ!」
歯を噛んでまで、抑えんとする上からの力に抵抗した。足元に伸びたキールアの足を、見えたと同時に跳べば躱すのは容易だった。
着地点には彼女が矛先を満天の空へ捧げていた。脇腹を掠めると、伸びた傷跡から鮮やかな黒い滴を吐く。大きく銀槍を薙ぐ。衝撃で、地面の上を転がっていく彼女はすかさず槍を手にした。
旋回させては、運命の手の内から再び放り出される銀槍。彼女が振り切ると今度は――今まで手を出さなかったデスニーの脚が、空を切る。
しかし、百槍は盾と化す。鋼鉄製の刃と正面から衝突したというのに、彼は脚の勢いを自ら殺すと、脚はまったく損傷を浴びずに引き下がる。
(――次元技を使ってこない……ということは、そろそろ使用可能な元力量が底をつくか)
彼女の元力量が“最少の許容量”を迎えるのも時間の問題だ。次元の力のさらなる開放――“第二覚醒”の使用を避けている現状では、これ以上の元力消費は可能性が低い。
そしてキールア・シーホリーは、悪魔の血を除けば体の構造は普通の人間と同等だ。
――体力の限界、というのもとうに超えているだろう。元力を酷使することでわざと覆い隠していた限界値が、肉弾戦の披露によって露見している。
「キールアちゃん。――キミは、本当にすごい次元師さ」
「! ……な、にを……」
「次元の力『百槍』が発動してから経た月日は浅い。だって半年前だよ? 『慰楽』を使っていたキミは前線ではなく後衛だった。この短期間で、“ミリア”っていう英雄に、相当しごいてもらったんだろうねえ」
「……何が、言いたいのよ」
「ただーし! そんなキミだからこそ大きな欠陥がある。――それは、“身体能力”さ」
――脹脛の内側で、血液は空気を運んでいる。どくどく、運んでいく。その都度、痙攣しているのを態々見逃している。
痺れに抗う指先が、それでもと掴んでいる百槍に幾度と誓ってこの日を迎えた身体が、運命と対峙するにはあまりにも脆いと訴えている。
「今まさにその苦汁を味わっているところだろうねえ。そうだよね? そんな未完成な器であんまりムリしちゃうと、キミら人間の命なんかぽろっと落っこちちゃうのにさ」
「……さ、っき……から」
「ん?」
「無駄口が……っ――多いわね!」
振り上げる。踏み抜けていく地上の泥が、キールアの脚に跳ねる。
――幾度も、幾度も重なっては、空想の装甲が剥がれ落ちるまで距離を詰める。金色の前髪から覗く彩りは違う。
先に槍を退いたのは、デスニーだった。
「次元技を使わない次元師なんて――ただの人間だよ!」
穂先が背中の向こうにいく。露になる石突が、彼女の癒えた傷口を強打した。
殺した息にまじる呻き。口形を濁す。――キールアは、嘲笑った。
「誰が――――次元技を、使わないって言った?」
穂先が発光した。キールアは両の手で柄を握り締め――猶予なく下す。
「第八次元発動――――、一閃!!」
迫る鋭牙にデスニーは――背を反らせた。至近距離での一突きが、容赦を知らず神を襲う。
空いた喉に、別の角度から柄が横断する。デスニーの体内を満たす黒い血液が、キールアの隊服に点々とはねる。
「う、ぐぇ……っあくしゅ、いあね」
「よく回るその舌……こわせば、口が減ると思っ、たけど……!」
(キールア・シーホリー――元力の消費抑制を諦めたのか)
――悪魔にはならないと。鮮やかな眼光が告げた決意はその程度のものだったのか。目を疑った。
次元級も決して低くはない。八次元の扉を開放するのに、使用する元力量はわずかでないはずだ。
しかし彼女の瞳は未だ、黄金を欠いてなどいない。
そのとき。舌と首とを貫かれたデスニーの視界には見慣れないものが転がっていた。
(……! あれは――、もしかして)
それは、やっとの思いでただ一滴、大地に染みこんだ。