コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.30 )
日時: 2017/08/19 01:19
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 7TIkZQxU)
参照: ※修正しました(17.8.19)

 
 第325次元 宴の片隅で

 アルミ製の平たい水筒を模していた。開いた口からは水滴が、規則的に垂れ落ちている。
 口元をぐいと拭うキールアの仕草とそれとを見比べて、デスニーは尚早に理解した。

 (そうか、あれは――“人工元力”)

 人工元力――蛇梅隊に所属する科学部班を中心に研究が進められている、近代に大きな発展を齎した発明品の一つ。起源は戦中の次元師が元力不足で困らぬようにと開発された所以に至るが、近年ではそれを悪質な目的で利用している研究者も多い。ミル・アシュラン含む15歳未満の子どもが300人以上犠牲になった『十一次元解放プロジェクト』での事件が一つの例である。
 人工元力の開発に尽力してきたフィードラス・エポールがレトヴェールやロクアンズの父親であることから、縁の深いキールアはこの神人世界大戦を迎える前に彼から人工元力を手渡されていた。

 “悪魔”にならぬようにするには、元力量が“魔血嚇”の粒子量を下回らなければいい。
 元力を体外的に補給することでその事態を避けたいと懇願したのは、キールア本人だった。

 「……こえは、想定外だ」
 「――!」

 キールアがデスニーの口内へと突き刺した百槍を、彼自らが引き抜く。石突との衝突を避けたい彼女は咄嗟に身体を反らし、後方へ足が躍った。
 
 「――第七次元発動」
 「!」
 「真突――!」

 矢継ぎ早に繰り出される。その切っ先とそれに宿る異質な力。捉えたとの自惚れを、運命がひとひら躱した。
 ――神の一族といえど、彼らが抱える元力量にも限界というものがある。“キールア”として消費した元力量はさほど多くないが、彼が【鏡謳】の発動中であることを忘れてはいけない。
 肉体の生成。自分以外の泥人形キールアを動かすのも容易ではなかったが、自分の身を厚く塗り固めて造りあげたこの身体キールアこそ、彼のポーカーフェイスがやっとの思いで突き動かしている命だ。
 しかし、舌を打つ暇もなく――運命に迫る脅威。

 「く――っ!」
 「――はああ!!」

 (何が、そこまで彼女を……っ――本当に命を落とすぞ!)

 刹那。
 大きく円を描いた柄が――デスニーの右腕を払い飛ばした。
 と同時に銀槍が空を仰ぐ。

 (しまった――ッ!)

 キールアはもう地上にいない。空高く、高く跳躍する彼女は、百槍に酷似している抜け殻を、左の手に収めた。
 心のどこにも隙はない。真に迫る顔色が――より強く引き締まる。

 「二度も――――取り上げられてんじゃないわよ!」

 ――放り投げる。左腕を絞める筋肉の悲鳴など、聞こえない。
 もっとも鋭利な部分が、デスニーの足と大地を縫いつける。大きく傾く身体は銀槍に絡まって、地を這う。
 時のどこにも隙はない。――彼女の振り上げる、譲れない誓いが光り輝く。

 「――――第九次元発動!!」
 「――ッ!!」

 闇を赦さない、深い金色。嗤う満月を背景に彼女が謳う。
 ――否定しろ。悪魔を。呪いを。どこからともなく聞こえてくるそれらは、祈りにも似ていた。


 「滅紫――――烈衝!!!!」


 血管がぶつんと切れていく――錯覚が襲う。古の大地を割って沸く、鮮やかな紫色の光が天へ伸びる。
 運命の左胸を突き破った。元魔を彷彿とさせる雄叫びに、ああ彼は誠に――神様だったのだと思い知らされる。
 光の柱が輝きを失っていく。だんだん常闇へ呑まれていく。
 百槍を引き抜くより先にキールアの指先は緩んで、槍を杖に彼に跨る。

 「……」
 「……――は、ははっ……バケモノ」
 「あ、なた……ほど……じゃ、ないわ」

 伸縮を繰り返してきた筋肉は緩み、震えだす。指一本まともに動かすことを禁じられた。
 デスニーの、暗黒じみた液体とキールアの血液とが交じり合う。彼女がいくら説こうとも、その赤は人間のものではないことを示していた。


 「――――はずれだ」


 ドスの利いた低音。彼を男児と称するには可愛らしさが拭いきれない、中性的な外観からは想像できない声が漏れた。
 キールアは、背筋をはじめとして迅速に――全身が冷気で覆われていくのを実感した。

 「――ッ!」
 「ボクの心臓はここじゃない」
 「……ぁ……な……っ」
 「――残念だよ、キールア・シーホリー」

 剥がれ落ちた肌が伸びる。崩れかけた指先が大地に触れた。
 凍った身体は融けず、呆然と見送る。運命の流れを。
 彼の口内からこぼれる、深い闇が告げる。



 「鑑宴カガミウタ



 謳え、踊れ。生まれろ、産まれろ、――――数多の産声が、四方から耳に届く。
 血の通った泥たちは這い上がる。形成されていく。誰とも知らぬ少女のかたちに。
 数えれきれないほどの少女たちが、瞳に闇を孕んで、穂先を向ける。

 ――それは神より下す、断罪を意味していた。

 「最期にキミの運命を語ろうか」

 息衝く心臓の奥、奥深くから英雄が叫んでいる。
 逃げろ。逃げてくれ――と。声帯もないのに枯れていた。
 キールアは、自分を舐める視線たちが、眼差しがすべて、自分であることに口を噤んだ。

 「キミはどうやら、死ぬらしい」

 ――せーので持ち上がる。槍、槍、銀の槍、鋼の穂先。
 次の瞬間。


 「ゲームオーバーだ、キールア・シーホリー」


 主である少女の身体に、投じられた粛清が罪を問う。


 (キールア――――ッ!!)

 右肩を抉る。左肩を新たに刺した。脇腹の傷口が開き抜かれる。女性にしては細い太腿を、二つの槍が貫いた。
 足首と大地を縫う。腕と大地とが繋がる。
 どうぞと差し出された全身から、まだ血液が流れていくのかと、目で追った。

 (キール、ア……! お願い! 返事をして、キールア!!)

 「……」

 (あ、なた……っこれじゃ、これじゃあ……!! ――あんまりよ……キールア……っ!)

 人形と化した主の首が、ぐったりと垂れ下がる。起き上がらんともしないそれに腕を伸ばすことも禁じられた声だけの英雄が咽び泣くのを、聞いて、聴こえたら。
 美しく深い、湖が脳裏に蘇った。

 「ゲームオーバーは、あなたよ運命」

 黄金色は鈍く煌いて、笑う。

 「第二覚醒」

 感覚を失った指先が、百槍を握っていると過信した。
 ――石突が、大地をとんと鳴らす。


 「――――百樂槍」


 途端、それが合図となって泥人形たちは融け失せ――戦線から離脱した。
 姿を新たにした英雄は二手となって、彼女の両の手の上で大人しく、息衝く。

 「第七次元の扉、発動」

 月光を浴びるその瞳は、どちらともつかない色彩を、揺らしては紛れて。
 身体の不自由を悟った運命は、自嘲を禁じ得なかった。

 それは、呪いだったのだ。


 「――――、一華閃!!!!」


 解放した力を切っ先に捧げ――胸部を裂くと、天地が震えた。それが遠く、遠くで同じ大地を踏みしめる仲間たちの足元にまで轟く。
 破れ、崩れていくデスニーの殻の中には、亀裂を生んだ心臓が顔を出した。
 指先から砂と化していくのを、さて何百ぶりに眺めたことだろうと考えると、笑みがこぼれた。

 「よくわかったね」
 「……」
 「ボクの心臓が、ここだって」
 「……ねえ、聞いてもいい?」

 キールアの身体から自由を奪っていた虚像の槍たちが、砂のように溶けていく。闇とともに流れていった。
 母なる神により生み出された、千年も昔に失くしたはずの情を挿した眼から目が、離せなかった。
 

 「どうして、殺さなかったの」


 最期に問うたそれを、運命も、運命を背負う少女も忘れることはないだろう。
 この世のものとはとても思えない。闇色の片瞳は美しかった。それは運命が被っていた彼女ではなく、紛うことなきキールア・シーホリーだった。