コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.31 )
日時: 2017/08/27 14:36
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: kkPVc8iM)

 第326次元 再逢

 天上を貫く、紫苑の光。それは細い柱となっていくつも視界に入ってきた。
 ――次いで、追い打ちをかけるかのように足元を襲う激しい地震に、驚きを隠せなかった。揺れは一度きりだったが、心音はまだ強く脈打っている。

 (レト……今のは)

 「……」

 彼は開戦当初から一つの不安を拭いきれずにいる。幼馴染のキールア・シーホリーを、神族との戦場に送り出してしまったことだ。やむをえない状況での決断ではあったものの、指揮官としてではなく一人の友人としてそれが心に閊えていた。
 そして今しがた視界に飛びこんできた紫色の光が、『百槍』の次元技“滅紫烈衝”によって齎されたものだろうと推測もつく。

 (――キールア……どうか無事でいてくれ)

 暇さえあれば、耳元の通信機に指を添えてしまう。無意識にも待ち焦がれているのだ。勝利の知らせを、歓びの声を。

 そんなときだった。
 耳元が騒がしくなる。通信音が、レトヴェールの鼓膜を刺激した。

 『こちら特攻部班。――ただいま元魔を討伐した。残りは、0体』
 「――!」
 『ただいまの時刻をもって、全元魔の――――討伐に成功した』

 戦火は上がらない。深い闇の奥、古の国エルフヴィアの大地に――神を残して敵は、消え去った。
 時計塔の針は告げる。英雄の足跡を砂が呑む。

 ――カウントダウンは、始まっていた。





 砂と彼とが混ざって、そよぐ風が連れていこうとする。運命の神――【DESNY】の核を破壊することに成功したキールアだったが、彼女が彼に向ける眼差しに憎しみや怒りなどといった色は差さずにいた。
 キールアの問いかけに、デスニーは薄ら笑みを返す。

 「……それをいうならキミだって」
 「……」
 「あれほど、拒んでた第二覚醒を……どうして使ったの?」

 キールアの片目が、彼女の持つ元力量が魔血嚇の数値を下回っていることを物語っていた。
 第二覚醒という力の開放を行えば元力の消費量は飛躍的に上がる。それが故に拒絶していたというのに、彼女は両手それぞれに百槍を掴んでいた。

 「それは……あなたが、私を殺さなかったから」
 「答えになってないよ」
 「あなたは……私と、ここで初めて会ったときから……――最初、から。私を殺す気なんて……なかったんでしょう……?」
 「……どうして?」
 「――最後。さっき……あなたはわざと、私の心臓を……“避けた”」

 泥人形――造り物の“鑑”たちはキールアを模して、キールア本体を目がけて無数の銀槍を投げた。
 その際、キールアの四肢を貫いた痛撃は優しいものではなかったが、そのどれもが、彼女の心の臓を避けて放たれたものだった。

 キールアの命を奪うことを目的としているのであれば、それは極めて信じがたい行為だった。
 それだけに留まらず、デスニーは度重なるチャンスにキールアの胸部への攻撃を避けてきた。悪魔の血を継いでいるとはいえ、体の構造は普通の人間と遜色ない。神族でもない限り、心臓が胸部以外に位置しているなんてこともない。――デスニーは十分に理解しているはずだ。

 しかし最後の一撃を機に、デスニーの行動を疑い始めたキールアは、ある答えに辿り着いた。

 「あな、たの目的は……私を、殺すことじゃ……なくて」
 「……」
 「きっと……――別の」
 「キミと話がしたかった。そのできいてくれ」
 「……」
 「――今日のこと、どうか戒めにしてほしい」

 シーホリーの血を継ぐ者にはすべて、悪魔の血と呼ばれる魔血嚇が体内に潜んでいる。その存在を恐れた人間たちは、悪魔の血を根絶やしにせよと、キールアを含むシーホリーの人間すべてを殲滅対象とした。
 シーホリー以外の人間のみが畏怖しているのではない。その血を抱えて生きているキールア本人こそ、もっとも恐れ、遠ざけ、悪魔に呑まれぬようにと闘っているのに。

 デスニーは、悪魔の血を遠ざけるあまり自分の身をも滅ぼしかねないキールアを目の当たりにした。気持ちはわからないではないが、結局彼女の元力は魔血嚇の値を下回り、現在に至っている。

 「キミはこれからも変わらずに次元師でいるだろう。でも、どうしたって逃れられやしない。悪魔の血を抱えながら、喰われないように、悪夢は見せないでくれ」
 「……どう、して……」
 「――さっき言ったことは、嘘じゃないんだ」

 夜空へ還る、デスニーの半分。つま先から、指の先から、粒子がキールアの頬を撫ぜる。



 「キミは、近いうちに命を落とすよ」



 ――ざあっと砂が舞う。砂上に踊る風たちは楽しげにこちらを見ている。
 誰より愉しげだった軽口が、なくなりながら告げた運命は、続ける。

 「ボクにはね、未来は視えないんだ。でも運命が視える」
 「……」
 「キミの死が、この戦いによるものか、ちがうのか。――何秒後で、何日後で、何年後かは視えないけれど、そんなに先の話じゃない。キミは死ぬ」
 「……そう」

 そのとき、彼女の耳たぶにかけた通信機が振動した。
 受信したのは、特攻部班のエン・ターケルドからの連絡だった。しかし冷静沈着で、機械的な彼の声は、遠ざかっていった。

 『こちら特攻部班。ただいま元魔を討伐した。残りは』
 「……そしてきっと、キミにももう視えてるんだろう」
 「……」
 「後悔は、するなよ」

 ――いよいよ、目玉と歯と、崩れかけた核を残して、死を悟った。

 「……さよならだ、キールア・シーホリー」
 「……――、デスニ―」
 「キミの運命に、幸あらんことを」

 血肉のようだった核は心臓だったのだ。運命の神の胸にはめこまれたそれが、役目を終えると神様はいなくなっていた。まるで、人間のようだった。
 『ただいまの時刻をもって、全元魔の討伐に成功した』――――聞こえなかった。しかし、残酷にも脳は理解していた。
 神様がいたところへ指を伸ばした。砂を掬うと、指の隙間から落ちていった。ちっとも掬えなくて、いなくて、涙すると、泥となった。

 そのとき。



 ――――午前0時を告げる鐘の報せ。古代の時計塔が、啼いた。



 メルギース歴1032年。12月25日。
 第二次神人世界大戦が夜を跨ぐと、代表者たちは足を止めた。





 ――淡い緑の髪が靡く。踵までの長い髪が、高く結い上げられていた。
 右目に奔る傷。片方は碧々と瞬き、細い体躯も若者のそれだった。


 「……」


 ――金の髪は一つに結われている。胸までのそれは大人しくしていた。
 同様に黄金を思わせる瞳。精悍な顔つきで、あくまで冷淡に呼びかける。


 「よう、久しぶりだなロク」


 一年も昔のことなど覚えもないといったように。
 酷い雨に紛れて消えた。夢幻のような逢世を繰り返してきた。
 ――しかし今、彼の目の前で息をする彼女はきっと、もう夢ではなくなった。

 「久しぶりだね、レト」

 よく耳にした、幼くて甘い声。不覚にも胸が躍った。
 そこに温度のないこと以外には、まったく、彼女に間違いなかった。

 「神族に寝返るなんていい度胸じゃねえか」
 「寝返る? あたしは生まれたときから神様だよ」
 「どうだか」
 「……」
 「さてと。おしゃべりはこの辺にしようぜ」
 「そうだね」


 遥か、遠く彼方。背を預けて共に闘いあった日々は、一年前の今日に置いてきた。
 視線を交わし合う両者は、待ち焦がれた今日に生きる。


 「――――さっさとバカな義妹いもうとを更生させないとな」
 「――――愚かな義兄あにには、警告が甘すぎたみたい」


 兄が笑うと、妹も嗤った。
 ――エポール義兄妹を取り巻く空気が片鱗を遂げる。空と大地が、風と砂とが――月と星とが、義兄妹に空間の支配を許していく。
 開戦の狼煙は、とうに焚かれている。



 こうして。
 ――――レトヴェールとロクアンズは、再逢であう。