コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.33 )
- 日時: 2017/08/26 01:44
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 7TIkZQxU)
第328次元 夢物語
「これは……ひどいな」
「……」
布製の簡易な天井を、気にする余裕もないのだろう。戦地から運び込まれてきた戦闘部班の副班長、メッセル・トーンは傷ついた四肢をビニールに横たわらせ、いつも以上に強く目を瞑っている。
危篤状態の部下の姿に、心臓を突かれたような痛みを覚えた戦闘部班班長のセブン・コールは、目を逸らさずにメッセルの傍で動けなくなっていた。
「メッセル副班長……っ」
「……すみません、セブン班長。僕が弱いばかりに……副班長が」
「そ、それをいうならルイルだって! ……ルイル、だって……っ!」
「……いや、君たちはよくやってくれたよ。命を落とさず、軽傷で帰ってきてくれた」
「班長……」
「ともかくだ、セブン君。この状況では早急にキールア・シーホリーに連絡を入れなくてはならん。メッセル副班長だけではない。ほかにも重傷者がいるのだ」
「……――ええ、隊長」
片膝を伸ばし、立ち上がるとセブンは耳元に手を添える。ダイヤルを回したのち、発信音が途切れた。
二、三度繰り返したが応答がない。仕方なく全体連絡を飛ばすと、エンからの応答が帰ってきた。
エンは何度か相槌を打ったのち、淡々と告げた。
「――ええ。今しがた合流しました。神族【DESNY】の討伐は成功した模様です」
『……――! そうだったのか。ご苦労だったと、キールア君に伝えてくれ』
「了解です」
『それともう一つ、疲弊しているところ申しわけないのだが、すぐにキャンプへ戻るように伝えてくれ。戦地から重傷を負って帰ってきた者が多く、君じゃないと対処できないと』
「……」
エンは耳元から通信機を退けると、――砂上で今もなお、衝突し合う次元の力を目で追っているキールアの後ろ姿を見た。
トンと肩を叩くと、キールアは我に返ったように振り返った。
「班長より急ぎの連絡だ。早急にキャンプへ戻るように、だそうだ。重傷者が多く、キールアの手が必要らしい」
「……!」
「それに、その怪我ではここにいても危ない。戻った方が懸命だろう」
「……それは、私の『慰楽』を待ってるってこと……?」
「? それもあるだろうな。……どうかしたのか?」
「わ……私――実は、動くのもやっとで……キャンプまで距離もあるし。……それに元力不足で、『慰楽』も使えない、から……」
不自然に左の前髪をいじるキールアを不審に思いながら、エンは時間を空けずに通信機に耳を傾けた。
「こちらエン・ターケルド。キールア・シーホリーも重傷です。動くのもやっとのようで、戻る体力が回復するまでは待機していただきたいのですが」
『なに? そうだったのか……では遣いの者を送ろう。そっちの方が安全だ。キールアちゃんが回復し次第、次元の力ではなく、彼女自身の――』
『――班長。ただいま到着しました、フィラ・クリストンです。彼らの処置は私に任せてください』
セブンの通信機越しに、戦闘部班の副班長、フィラ・クリストンの声が飛んでくる。
遠くて少々聞き取りづらいが、どうやら怪我人の処置は彼女が請け負うらしい。
彼女の登場に安堵したセブンは一息ついて、当たり障りなく通信を切ると表情を明るくした。
「おお、フィラ! 君もご苦労だったなあ!」
「次元師ですから、当然です。……でも今は、どうか“医療部班元副班長”として、彼らを看させてください、班長」
「うむ。君の心強さはいつどこにいても変わらないな。……しかしキールア君が戻れないとはなあ。彼女の傷の具合も心配だ」
「……彼女は、戦場にいさせてあげましょう」
「え?」
「レトヴェールとロクアンズの傍に、いたいはずです」
ここが戦場であることを忘れているのか、零した笑みは穏やかだった。広げてあった医療器具に手を伸ばすと、フィラは慣れたように手に取った。
触診し、薬を施し、ひどい出血には何重にも包帯を巻いていく。その姿は久しく見ていなかったもので、彼女にとっての戦場は一つではなかったことを、セブンは思い返した。
「戦闘開始から10分……も、経ってねーよな……?」
「……」
「で、でもよ……なんかあいつら――もう“第二覚醒”使ってねーかッ!?」
砂の荒波が――レトとロクを呑みこむ。意図せず口内を侵した砂粒をぺっと吐き出すと、膨大な力の塊に、両腕と双剣で顔を覆った。
「くっ――!」
「――雷神撃ィ!!」
轟音は、響いて止まない。雲行きは不穏の色を纏っていた。彼女が指を振るえば、天候をも操れることに息を呑む次元師一同は、その力が地上に及ばないことを祈りながら呆然と空を仰いでいる。
しかしキールアは、それとは違うところで手に汗を握っていた。
「キールア! ここも危険だぜ、離れねーと!」
「……っ」
「キールア?」
雷光が眼球を刺激する。思わず目を瞑りたくなるのを――キールアは、瞬き一つ落とさなかった。
若草色の髪が激しく舞っている。相も変わらず長くて、美しく、目が眩んだ。
「――! レト!!」
幼馴染の、片方の名を呼んだ。レトが放った真空波を、ロクが跳んで躱したのは衝突寸前でのことだった。
レトの頭上では、掌が翳されている。
「第三次元発動――」
「――!?」
「雷神撃ィ――!」
キールアは口形を丸くした。開いた口が塞がらないのだ。――ロクがたしかに『第三次元発動』と唱えたことには、困惑を禁じ得なかった。
等級の低い次元技は、日常生活で用いられることが多い。剣であればあらゆる物を斬り、炎であればその名の通り火を熾し、松明にしたり獣を追い払ったりと、力が軽度であればあるほど次元の力は普段の生活上でも活躍を見せる。
しかしそれはあくまで日常生活に限った事案であり、わざわざ戦場でまで用いる者はいない。
――そう考えられてきたのだが、キールアは自身の中にある常識が、転覆させられたと悟った。
「――ッかは……!」
それがまるで、日常では取り扱えない質量をしていたのだ。
「そ、んな……」
「第六次元発動――」
「……っ、め――」
微弱な唇音を掻き消す、轟雷。人間らしからぬと覚えるのは、彼女が、その肢体に片時の休息さえ許さないからだ。
砂上で揺らめくレトが、ぐいと袖で汗を拭う。――すると、ロクの指先には電流が走っていた。
「雷神砲――!!」
「――八斬乱舞!!」
「っ……や、やめて……」
空間が震動した。凄烈な摩擦の余波に、サボコロとエンが目を伏せると次に開けたときには、キールアが前方で揺れていた。
「――! おいバカ!! キールア!!」
「馬鹿者! 今すぐ戻れ! ――キールア!」
「もう……っやめてよ……!」
濡れた視界には、剣を振るい拳を振るい、闘志を奮う義兄妹の姿が焼きついている。
乾いた血液を纏いながら、キールアは脚を引きずってでも二人に近づこうと砂を蹴った。
逸らしたくて叶わないまま、咽喉を刺激する。
「もうやめてよ――――二人とも!!」
傷つけ合うための力ではなかったはずだ。守り合うための力だったはずだ。
どうして頬に血の跡が伸び、互いの肢体を追い詰めていかねばならないのか。
これが、義兄妹に課せられた運命なのかと問うと――――胸が張り裂けそうな想いだった。
「レト! ロク! どうしてよ! どうしてあなたたちが闘わなきゃいけないの!?」
「おいキールア!! 危ねーって言ってんだろ!! キールア!!」
「血が繋がってなくたって……ったとえ、人間と神様だって……――あなたたちは!!」
勢いよく砂上を転がっていく。レトもロクと同様だった。休ませることなく腕に、脚に、元力が這う。
「――――兄妹じゃない!!」
――刹那。ロクの脇腹を、矛先は貫いた。
「――!!」
彼女は脇に刺さったままの、峰をしかと掴んだ。にっと笑みを零すと、瞬間。
レトの左手が緩むのを、ロクの眼は見逃さなかった。
(しま――っ!)
彼が左の手で遊ばせていた片方の短剣を、ロクは空高く蹴り上げる。
天上で旋回するのが、いやに、緩やかで――唾を呑んだ。
刀身を這う、電流。
「――――終わりにしよう、レト」
キールアの足元。電気が奔ると、腰が砕けた。
義兄妹を中心に、巨大な円陣を――――描く。
「第七次元発動――――雷神柱!!」
――巨塊の雷が、地上に堕ちた。
微かに期待を抱いていた。きっと彼女は寸前になって手を翻し、「冗談だよ」って笑うのだろう――と。
彼女にはそんな、お茶目で悪戯好きな一面があったのだ。
しかしキールアは目の当たりにした。
――夢物語から、目の覚める思いだった。