コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.34 )
日時: 2017/09/21 21:05
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dscjh0AU)

 第329次元 人と神

 
 雷神の鉄槌が大地を叩くと、猛々しい砂嵐が吹き荒れた。これまでの猛攻を遥かに上回る出力に、ロクアンズが本当に人間ではなくなったのだと理解させられる。
 じわりと、目尻が痛んだのは砂粒のせいではなかった。

 もっとも恐れていた――幼馴染たちの衝突に、目を伏せる。


 ――――と、次の瞬間。





 「「――――あははははははっ!!」」





 それは、まるで――笑い声に、ひどく似ていた。
 旋律はどこか懐かしく、それでいて至極無邪気な響きをしていた。

 随分と長い間、忘れられていた景色。


 「あー! ダメだ! もうダメ! もう限界~!」
 「いやロクお前、これだけ俺を傷つけといてよく言うわ」


 果てしなく広がる大地の一片。二人は肩を並べて腰を下ろした。

 昔レイチェル村で仰ぎ見た、星降るような夜空は、何も変わらずにそこで広がっている。
 

 「それ、人のこと言えないから。レトも大概ですー」
 「うるせえ。お前と本気ガチでやり合うのに、手抜けるかよ」
 「お互いさまですなあ」

 ロクの口元がそう緩むと、けたけたと高笑いが夜空に滲んでは、白い息を吐いた。
 目元はどことなく落ち着きを宿し、眉間を締めていた顔色も、温度を取り戻していた。

 「でもお前最後のあれはないわ」
 「あれ? 雷神柱? びびった?」
 「その後だボケ。俺たちの周りだけ雷を避けたまではいいけど、お前の顔が面白すぎてしんどかった」
 「嘘でしょ!? 『もう怖くないよ~』って意味で天使の微笑みを発動させたんだけど!?」
 「天使っ!? ……極刑は免れないな……」
 「ひどすぎる!」
 「――――レ、ト……ロク……」

 腕をもう片方の手で固く握りしめて、口にできたのがやっとのことだった。
 睨み合っていた義兄妹は同時に振り向いて、幼馴染の姿にはっとする。

 「き、キールア……」
 「! キールアお前、その傷――」
 「――っ……れ、レト……っ、ロク……!」

 幼い頃からそう呼び続けてきた。二人の胸の内を叩く愛称は、痞えながら、紡がれる。
 とめどなく溢れるそれは、頬を伝って、落ちた。

 「夢じゃ……夢じゃな――っ、!」

 キールアの背中に、腕が回った。
 心音が繋がる。重なったところから、温度が流れ込んでくるようだった。
 淡い緑の髪は、相も変わらず長くて、美しくて――温かく、微笑んだ。

 「心配かけてごめんね、キールア」
 「……っ、ロク……ロク、私……っ」
 「――どこにも行かないよ。……って、約束したよね」

 そのときだった。キールアの身体を、温かいなにかが包み込む。温度とは別に、血液中にそれが流れ始めるのをたしかに感じた。
 キールアは――金色の両瞳を、丸くした。

 「ロ、ク……」
 「あたしたちがこんなにも暴れられたのは、キールアがいてくれるからだよ」
 「えっ?」
 「どうせお前のことだから、『あとで慰楽で治してもらえばいっか』とか思ってたんだろ」
 「む。レトだってちょっとはそれを期待してたくせに!」
 「……まあ」
 「うわー! ひどい! 幼馴染なのに!」
 「お互いさまだろ!」
 「……――ふふっ……あはは!」
 「……?」
 「き、キールア?」
 「……なんだか、懐かしいなと思って」

 キールアが柔らかくそう告げると、レトとロクはお互いに顔を見合わせた。

 ロクアンズが問題ある言動を繰り返すたびに、それを口うるさくレトヴェールが指摘する。
 その傍らではいつも、キールアがやれやれと笑みを浮かべるのだ。
 それがいつ、どこであっても。エポール義兄妹とシーホリーの娘が、三人揃えばその場所は、レイチェル村で過ごした日々に還る。

 「いいよ、治すよ。二人とも。さっきまで元力不足だったけど、たった今ロクに分けてもらったから」
 「え? 分けてもらったって……」
 「【FERRY】の能力――『心情』は、技の幅もけっこうあってね。今のは元力を分け与える、“恵繕けいぜんの園”」
 「普通の人間がそれをやると、身体に負荷がかかりすぎるってやつか」
 「そうそう」
 「……ロク、ありがとう」

 キールアは言いながら、レトとロクの肩にそれぞれ手を置いた。彼女が囁くと、二人の体から斬り傷や痣、焼け痕などが見る見るうちに消えていく。

 「それにしても、二人とも名演技だったね。言ってくれれば、あんなに不安にならなかったのに」
 「あーいや、演技っていうか……」
 「べつにあたしたちは、示し合わせてたとかじゃ――」
 「――――“感動の再会”は、もう済んだかい」

 大地が、応えた。
 声色一つとっても、彼という存在が人間からもっとも遠くに位置しているのだと脳が最速で理解する。

 彼は、集う三人を眼下に据えて自身の創り上げた瓦礫の塔に腰かけていた。

 「やあ諸君。なかなかに面白い見世物だったね」
 「――――【GOD】……」

 レトがその名を口にすると、彼は一つに縛り上げた長い黒髪を揺らして、塔から飛び降りた。
 途端に、瓦礫造りの塔は崩れ落ちた。大小様々な瓦礫の破片が、黄砂を絡む。


 神族――【GOD】。神と恐れられた彼の顔立ちは、精悍で整っていた。
 そして恐ろしいほど、自分の顔と似つかわしくて、レトは頬に嫌な汗が滲むのを感じた。


 「ゴッド。あなた一体どこから見てたの? 全然見つけられなかった」
 「君の眼じゃ捉えられないところから視てたよ」
 「……ところでどうだった? この“見世物”は」
 「最高だったよ」
 「それはよかった! ――これは、対立し合う人間と神様が、最後にはお互いに手を取り合って“理解”の道を辿るという、あたしたち義兄妹の最高傑作なんだけど」
 「……ああ、最高だった」

 砂粒が僅かに踊る。大地のずっと奥底で、なにかが震えているのを、嫌でも足裏が感じ取った。
 ――と、そのとき。
 ぼこっと大地が割れると、瞬く間にそれは――――天空へ伸びた。

 「!? レト、ロク――ッ!!」
 「最高に――――下らないお伽話だ!」

 隆起した大地が凹凸のない塔を形成していく。レトとロクを囲う酸素が、突然薄まった。
 かと、思うと。次いで足取りは不確かとなる。泥みたく溶けた足場に、視界は反転。
 風の抵抗を全身に受けながら、二人はただ広い大地を目前にした。

 「次元の扉――――発動!」

 彼女は、地上に手を翳した。

 「――――風皇!!」

 突如、天地の合間を縫う風たちが暴挙に出た。細い指を広げて、暴れ馬を取り押さえんとするロクの意思に、それらは屈した。
 見ると、急降下していたはずのロクとレトの体は緩やかに大地に降り立った。

 「……次元の力を二つ持つ、か。厄介者だなまったく。片方はやつが意図的に与えたものだったな」
 「レト、大丈夫?」
 「あ、ああ……もしかして、今のが」
 「……そう。神族【GOD】の能力――――『創造』……そして、『破壊』」

 レトとロクの父親であるフィードラスが言うことには、『神族ゴッドは千年に一度しか能力の使用が認められていない』とのことだった。
 随分とはっきりとした語尾に、レトは少々違和感を覚えたが、それはたしかに頷ける事実だったのだ。
 でなければ、人間に深い怨讐を抱く彼が、千年という果てしない時間を持て余すはずもないのだ。
 しかしこの世に蔓延る、元魔と称される魔物を生産していたのが彼の持つもう一つの能力『創造』であることから、『創造』の能力には使用制限がなかったと判断がつく。
 そこまで考えて、そこが妙に腑に落ちないらしいレトは、すぐに頭を振った。

 (今はそんなこと考えてる場合じゃない、か)

 地底の震動。大地の隆起。物体の構成、破壊。これらはただの一瞬の出来事だった。義妹のロクはそんな状況下でも冷静に判断を下し、場を切り抜けてみせた。
 体躯も顔立ちも、外観は人間のそれと同様であるのに、彼の秘める力が、神であることを証明している。

 「レト」
 「なんだよ」
 「……まさか、怖気づいてないよね?」

 挑戦的な瞳が、碧々と告げる。ロクの口元はつり上がっていた。

 「まさか」

 レトはそう吐き捨ててから、突然、身を屈めたかと思うと双斬を地面の上に寝かせた。そして現在地からそう遠くないところに置き去りにしていた、やけに大きめのリュックからそれらを引っ張り出して、片方をロクに投げる。
 それは。


 「!」
 「再会記念だ」


 ――――改善前の、蛇梅隊の隊服だった。
 所々擦り切れて、色褪せた灰色。後から縫合を施した痕がいくつもあった。
 ロクは黄土色のコートを脱ぎ捨てる。着こみすぎて縒れた布地を見つめると、彼女はそれで身を覆った。


 背を預け合った日々が、血肉が、そこで息衝いている。
 かつて共にした鼓動と今のとが、重なっては早鐘を打つ。

 「とんだ、サプライズだね」
 「なに言ってんだ。俺たちはそれを身に纏って、世界に名を轟かせてきた――エポール兄妹だぞ」
 「……――義理だけどねっ」

 ――瞬間。隊服に袖を通し終えたレトの左手と、ロクの右手が、心地のよい響きを生んだ。
 これは、合図だ。


 「準備はいいな、ロク」
 「ばっちりだよ、レト」



 ――十年の月日を経た。
 義兄妹は、てきを討てと――――共にあの日、誓いを捧げたのだ。



 「――――これが“俺たち史上”最難度の」

 「――――任務、開始だ!!」