コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.41 )
- 日時: 2017/10/31 21:25
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: JZOkdH3f)
第336次元 逆鱗
破壊神は大地に背を預けていた。寝転がりながら、その喉元は、腹部は、矛先に突き破られている。心の臓はとうに撃ち抜かれ、ぽっかりと風穴を開けているにも関わらず。
破壊神ゴッドの表情は苦に歪むこともなく、かえって涼しげにレトヴェールを見上げていた。ゴッドに跨るようにして剣を打つ彼の目には、その死んだような顔色と、嘲笑とが飛びこんでくる。
「殺したつもりだったかい?」
「!」
「はずれだ。僕の心臓はそこにも、そこにもない」
そのとき、ゴッドは口内から溢れんばかりの血を吐き出した。辺りに跳ねた血液は砂に沈んでいく。
レトは、言葉を失った。
「……」
「いいや、はずれてないよ」
「! ロク」
「あなたの心臓はなくなった」
「……? どういうことだ、ロク」
「戯言を。それならば、僕の身体はとうに砂と化している」
「さっきの質問」
「?」
「――答えてくれなかったね。教えてあげよっか」
「ッ――ふざけるな!」
地に張りついていたゴッドの脚に、激情が至った。すると、跨っていたレトの腹部に強烈な痛みが走った。投げ出されたレトの身体は大きく宙を泳いで、地面に身体を打ちつける。破れたままの脇腹の皮膚から、容赦なく赤いものが飛び散った。
「! レト!!」
「ぐ、ッ……!」
「あまり怒らせるな。調子に乗るな。君は次元の力さえ使えなければ、無力な妖精だ」
「……」
「ああ、使えてもこの程度だったな。僕一人殺すことも叶わない。無力だ。無力だよ次元師というのは。しかし、それは当然だ。元力は僕ら神族も持っている。君たちの数百、いや数千倍もの力をね。それなのに君たちはたったの百という数で神に抗おうとしている。それは、無謀で残念な思考だ」
「……言ったでしょう。人間を、次元師をバカにしないでって」
「なにを根拠に詠っている? 結果を見ろ。これが真実だ」
「あなたが人間をバカにするの?」
「……」
「ねえ、ゴッド」
緑の髪が揺れる。ロクアンズは足を踏み出した。
ゴッドは地面に滴り落ちる血液を気にも留めずに、彼女を睨み返す。
「ねえ」
「言うな」
「ねえ、答えてよ」
「口にするな、こっちへ来るな」
「あなたが人間をバカにするの?」
「言ったことを忘れたか。今すぐ、その傲慢な口で二度と歌えぬようにしてやる!」
両腕を乱暴に伸ばすと、砂と水と鉄とが雑多に混じり合っていく。なにを象っているともつかないなにかの塊が、歩を止めないロクに襲い掛かる。
レトの喉にまで差し掛かっていた振動が、次の瞬間、言葉となる前に呑み戻される。
「人間から生まれてきたあなたが」
腕は震えずに持ち上がった。指先から電光が放たれた。
「あたしと同じ、人間の身体を持つあなたが」
雷と衝突したその途端、襲い掛かってきたなにかは容易に崩れ落ちた。
「人間の愛も知ろうとしてこなかった――あなたが!!」
形成を思わせる土の蠢き。独特の氷結音が空に響く。砂から抽出させられた鉄が鋭く牙を剥く。
創造で成り立つ景色にロクは――その小さな両の手に、轟雷を抱いた。
「人間を、この力を――――バカにしないでって言ってるんだよ!!」
泥の巨腕が一直線上に伸びると、続いて氷の刃と鉄塊とが向かってくる。掌から放たれた雷撃が唸りをあげると、瞬く間にそれらと衝突を繰り広げた。
「なけなしの元力でどこほど足掻いてくれるのか。見てみたい欲求もあるが」
「……!?」
「君は、僕の憤怒に触れすぎた」
晴れたロクの視界にゴッドの姿はなかった。代わりに、後方から声が飛んでくる。落ち着きを通り越し、冷めすぎた少年の声。
ロクは咄嗟に振り返った。――しかし。
「――ッ!? レト!!」
「お喋りが過ぎたな、フェリー。だがもう遅い」
ゴッドの指の爪が、レトの喉元を喰い潰した。彼の口からは小さく嗚咽が漏れるばかりで、言葉は紡がれない。端正な顔立ちはひどく歪み、滲む汗が血に紛れて頬から滑り落ちた。
ロクの瞳孔は縮み、余裕の色を失っていた。
「レトを離して」
「はは。いい顔だ。ずっとそうしていればいい。君の苦痛に歪んだ顔は美しいよ、フェリー。千年前からずっと」
「聞こえないの? レトを離して!」
「そうだなあ。――ああ、そうだ。人間の血液には鉄分が含まれていたね」
「……っ――!」
「内側から」
「やめて」
「破壊か創造か。選ばせてあげよう」
「――ッ!!」
地上を駆ける熱線は、遠くの方で崩れかかった建造物と衝突し、粉々に砕け散った。ゴッドの肩から鮮血が噴き出すも、微笑みにも似た口元の歪みはぴくりとも動かなかった。
「――――甘ったるい牽制だな」
次の瞬間――ゴッドは空いた右手をレトの脇腹に突っ込んだ。そこの皮膚を破ったのは彼自身だ。損傷の具合も把握している、上で、彼は患部を弄り回す。
滝のように溢れる血液、血液。血液は止まらずに噴き続け、レトの手足は、痙攣していた。
刹那。
「――このイカレ野郎がァ!!」
「万死に値する……ッ!」
「レトを……っ大事な人を――――傷つけないで!!」
――――二本の銀槍と、炎を纏う矢が神の身を引き剥がした。
「――!」
肩と太腿とを太い槍が貫き、腹部に獄炎の矢が捧げられた。遠方からの力にゴッドは後方へ吹き飛び、なにかに背中を強く打ちつける。
同時に、古の塔と自分の身体とが縫いつけられた。磔にされた身を思い、なおも嗤っていた。
重力に逆らうことができず、レトはそのまま地面に倒れ伏せる。人形のように崩れ落ちる四肢には、起き上がる力が残されていなかった。
「レト!」
「おーいロク!」
「! サボコロ、みんな……!」
「おっと。感動の再会はあと回しだぜ! レトはどうだ!?」
「っ……ひどい出血量……。もし、もう少し遅かったら」
「考えるな。治療を急げ、キールア」
「うん!」
「……」
サボコロは、ゴッドの姿が見えなくなった今でも虚空を睨んでいる。すかさずレトの元に駆け寄りしゃがみこんだキールアを、エンは見守りながら辺りに警戒を配っていた。
元力も体力も消耗し、同じように怪我を負っているはずの三人の戦士が駆け寄ってきてくれたことに、ロクは喉元が熱くなるのを必死に抑え込んだ。
「……ありがとう。キールア、エン、サボコロ。さっきも助けてくれて」
「なに言ってんだよ! 俺たちは仲間だろっ!」
「手を出せずにいてすまなかった。本来ならば、今までも共に戦場に立つべきだった」
「蛇梅隊で持ってきてた人工元力はもう底を尽きちゃったけど、私たちいっしょに戦えるよ、ロク!」
「……」
「ロク……? どうかしたの?」
「……力を、貸してくれるの?」
声が震えた。目を伏せると、意識を失ったのかその場で動かないレトの顔が飛びこんでくる。震える拳を固く握りしめた。
「おうよ! なに心配してんだか知らねーけど、いつでも頼れよな、ロク!」
「貴様が自信をなくしてどうする。士気が上がらんぞ」
「なんでも言ってよ。親友でしょ」
「……――うん。そうだね。そうだった。……実はね、一つ試してないことがあるんだ」
「試してないこと?」
「うん」
ロクは辺り一帯を見渡す。どこを見ても砂と夜空があるばかりの大地。ずっと先の景色を見ることが叶わない、暗夜の下。
蛇梅隊の後方支援部隊が位置する方向へ、キャンプのある方角へ、注がれる視線は立ち止まった。
「成功したら、あたしたちは絶対にゴッドに勝てる」
砂上に放たれた言葉はひどく落ち着いていた。冷静に紡がれた。高揚感ではない、ロクが確信を抱いて零しているのだと、すぐに理解できた。
サボコロとエン、そしてキールアはロクの強い口調に一間呆気にとられたが、すぐにその瞳に力が宿った。
「手伝うよ、ロク。私たちにできることならなんでもやる。だから絶対――ゴッドに勝とう!」
三人は頷いた。その穏やかな表情を認めると、ロクもつられて微笑み返した。
「――ありがとう、みんな。その言葉が聞けてよかった」
ロクは一同から視線を外した。そしてもう一度、景色の遥か向こう、――次元師たちの元力を感じられる方角へ顔を向け直した。
新緑の淡い左目が、そっと閉じられた。
そして。
<<――――聞こえますか?>>
三人は疑った。美しく、透いた声色が脳裏に反響する。声の主であろう彼女を見やったが、その唇は微動だにしていなかった。
人間のものではない。鈴を転がすよりも甘味なそれは。
――――エルフヴィアの地に集う、すべての次元師から思考を奪い去った。