コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.42 )
日時: 2017/11/03 18:05
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: ezxnwr3m)

 
 第337次元 その名は

 「え……っ!?」
 「これは……ロク、の声か?」

 テントの周辺では、一斉に活動が静止した。手負いの次元師もその一瞬は痛みを置き去りに、苦しみに閉じていた目を瞠る。
 蛇梅隊戦闘部班の班長のセブンと、副班長のフィラは互いに顔を見合わせる。テントの外で見張りをしていたほかの蛇梅隊隊員も、すこし離れたところでほかの次元師の守備にあたっていたシェルやシャラルも、戦地で点々と待機していた者たちを含める――すべての次元師が、自身の胸に耳を傾ける。

 心の内側を満たす、妖精の詠声に。

 「お、おいロク! こりゃいったいどうなって……!?」
 「静かにしていろ。やかましい」
 「な……ッ!?」

 ≪あたしは、――……【FERRY】。神族【FERRY】。“心情”を司る神様≫

 ロクアンズ・エポールの正体が、“心情”の神【FERRY】ということをよく理解している者たちが息を呑む傍ら、彼女と面識のない一般の次元師たちは口々にその名を繰り返し、どよめき返った。

 「【FERRY】……!? フェリーだって!?」
 「フェリーって、たしか……」
 「ああ。千年前は、唯一人間の味方だったって。古代記で読んだ」
 「たしか、2年前くらいに記事が回っていたよな。『蛇梅隊の筆頭次元師 ロクアンズ・エポールの正体は神族』……とかなんとかって、見出しで」
 「まさか、ロクアンズが? ここに来てるの?」
 「さっきまで派手にやり合ってただろう。それじゃないか?」
 「この声、本当に? 本物のフェリー?」

 ≪不安にさせてごめんなさい。惑わせたいわけじゃないんです≫

 「!」
 「しゃべった! 聞こえてるの!?」
 「心を……読んでるのか……?」

 神族【FERRY】が持つ『心情』の能力をすべて把握しているわけではなかったが、心を司る彼女には、秘めた思考は筒抜けだ。対してロクは、落ち着いた面持ちで続ける。

 ≪突然ですが、あなた方全員の力を、貸してくれませんか≫

 「私たちの、力……?」
 「ロク、聞こえるかい? 蛇梅隊戦闘部班班長のセブンだ。どういうことか説明してくれ」

 ≪ここにいる全員の次元の力を借りたいんです≫

 「じっ、次元の力を……?」
 「そんな……そんなもの、どうするっていうんだ。借りるだなんて」
 「さ、さあ……」

 ≪ここにある、“百”の次元の力……それらを――すべて、同時に開くんです≫

 「! それは、つまり……っ――」

 セブンは、飛び出しかけた音を飲みこんだ。口にするにはまだ、無責任な発案だと思ってしまったからだ。
 彼の表情を伺っていたフィラにとどまらず、すべての次元師が混乱に陥った、そのとき。

 ロクは躊躇いなく言い放った。



 ≪――――“全次元の扉”を、開放します≫



 まさに、前人未到。両次元の扉を発動するのもままならない次元師たちが、二人でも開けぬ扉を――百をも繋げ、同時に開こうと言う、妖精は。
 人間たちの戸惑う心を置き去りに、淡々と告げる。

 ≪不可能じゃありません。みんなで力を合わせれば、ゴッドを倒せます≫

 「! ゴッドを?」
 「神を……倒せるのか……!?」

 ≪時間がありません。うまくいけば、すぐにでも……――≫

 「信じられない」

 温度のない口調が、風に浚われる。聞き慣れない男性の声がロクの心の中で冷酷に反響した。
 想定はしていた。覚悟もしていた。それでも、放たれた肉声に喉が痞えた。

 「そんな出来すぎた話、信じられるかよ。成功する確率は? 何%?」
 「ちょっとあんた」
 「だってそうだろ。考えてもみろよ。いましゃべってんの、神族なんだぜ?」
 「それは……」
 「まあ……そうだけどさ」
 「信じてくださいってさあ、じゃあはい信じますってなれるかよ。本当に俺たちのことを守ってくれるっていう保証がどこにあんだよ」
 「……」
 「ロクアンズとかいうやつだろ。どうせまた裏切るに決まってる。俺たちから次元の力を奪って、俺たち全員、皆殺しにするつもりなんだ!」
 『――いいかげんにしろ!!』

 砂地に溢れ返ったのは、獣のような哮りだった。若い青年の叱咤がどこからともなく頭蓋を叩く。
 流暢に持論を語っていた男性はその声に慄き、ぴたりと動きを止めた。

 『黙って聞いてりゃ文句ばっかり吐きやがって。いまがどういう状況がわかって言ってんのか!』
 「な、なんだ……っ、いい、いったいどこから……!」

 小型の通信機を別のアダプタと繋ぎ合わせ、接続先のスピーカーからその通信相手の声が拡散した。
 少し前に、耳越しに指示を受けていたセブンはテントの出入りを繰り返し、いそいそとそれを設置していたのだ。急になにか準備し始めた彼にフィラは気がつき、その動揺を宥めるかのように彼はにやりと笑みを返した。
 
 『時間がないって言ってるんだ。ゴッドの姿は見当たらねえが、すぐにまた襲い掛かってくる。やつは余裕かまして待ってんだよ、そんなことも理解できねえのか!』
 「う、うるせえな! ガキが偉そうに!」
 『うるさくて何が悪い』
 「は……?」
 『俺はこの大戦の指揮を任された――人族代表のレトヴェールだ!』
 「……ッな……!」
 『どこのどいつか知らねえが、元魔を前に怖気づいて、なにもできずただ守られてただけのやつがほざいてんじゃねえ!』
 「な、んで……そんなことがてめえにわかるんだよ!」
 『んなことはどうでもいい!!』
 「っ!!」
 『選べ! このまま指咥えて死ぬのを待つか――生きる可能性にすべてを懸けるか。二つに一つだ!』
 「……くッ……!」
 『てめえだって運命に選ばれた戦士だろ! 生きたいなら、救いたいなら、その手を差し出せ!!』

 男性は腕を震わし、舌打ちまぎれに俯いた。どれほど思考を巡らせても、たった十五、六歳の少年に返す言葉が見つけられなかった。
 そのすぐ傍で、一人の女性が所在なさげに手を挙げた。

 「!」
 「私……信じるわ。フェリーさんのこと、信じます。……昔ね、彼女に助けてもらったことがあるの」
 「俺も、俺も力を貸すよ。街が元魔に襲われたとき、彼女と、あとレトヴェール……。エポール義兄妹が倒してくれたんだ」
 「うちの店でもそうだ。荷物運びを手伝ってくれた。なぜだかロクアンズちゃんは不服そうだったけど」
 「記事を見て彼女たちを知った」
 「信じたい」
 「開戦してからいままでも、ずっと守ってもらってた。ゴッドを倒せるなら、こんな自分でも手助けができるのなら、持ってる力すべて使って!」
 「ゴッドをたおして!」
 「君を信じるよ!」
 「――……っ」

 男性は忙しなく周囲を見渡した。男も女も、子どもも老人もみな一様に腰を持ち上げ、手を伸ばす者、空へ願いを捧げる者たちは希望に満ちた瞳をしていた。
 一人、罪に問われ取り囲まれたかのような不審な挙動で、手に汗を握る男を除いて。

 『――……たしかに、保証はできない。100%なんてものはない。でも、0%じゃない』
 「……」
 『どうか信じてくれ。俺の、――――自慢の義妹いもうとなんだ』
 「……!」

 スピーカーを通して、ブツッという通信の途切れる音がした。周りの人間の表情は、喜々としている。
 なんとか保っていた上体をそっと下ろし、いててと呟きながら一息をつくレトを――ロクはずっと見つめていた。

 「……レト……」
 「あそこまで言わせたんだ。……頼むぞ、ロク」
 「……うん」

 ロクはふたたび、固く目を瞑った。

 ≪ありがとう≫

 「……」

 ≪――そしてあなたも≫

 項垂れていた男性は一人はっとして、顔を上げた。

 ≪聞けてよかった。ありがとう。――――……安心した≫
 
 「え?」

 耳元で囁かれたような、淡い声色だった。
 男性が呆気に取られていると、すでに妖精が息を吸った後だった。

 ≪それじゃあ、いくよ≫

 鼓動が早鐘を打つ。遥か天上で流れる月と星々を頼りに、かろうじて見ゆる足元と深い闇とを分かつ地平線。果ての見えない土地を踏みしめ、希望という名の一縷の光を手繰り寄せる人間たちは。
 神に祈りは捧げられないが、少女に願いを託すことを選んだ。

 ――ゆっくりと、脚まで伸びた長い黒髪が、夜に紛れて揺られている。

 ロクは瞼を落とした。幼い子どもが眠るように、無邪気だった瞳を閉じた。
 鼓動が聴こえてくる。一つではなかった。
 二つ、三つ、四つ、――……十にも五十にも、重なっていく。繋がっていく。
 よく知っている音も、知らずとも守りたい音たちが、ロクの心拍とともに胎動する。


 胸に手を添え謳えば、妖精は。
 その胸に百の心を刻み、――――世界を開く。


 「全次元の扉――――発動!!!!」


 次元の世界。母なる神が人間に与えた、百の鍵。
 一人ひとりでは小さな世界だ。しかし狭い空を見上げれば、広大な空の下で同じ雲を追いかける者がいる。どこかの街角ですれちがい、立ち入った森で足跡を踏んで、旅の途中で出会いもするだろう。
 この広い現世の片隅で奇跡のように集った、神を穿つ力たちへ――――少女は、手を差し伸べて。
 

 運命を、切り拓く。



 「――――――“元王げんおう”!!!!」



 少女の手元から眩い光が漏れだして、彼女の全貌を包み込む。炎熱を孕んだ鋭い衝撃に瞼を閉じずにいられた者がいただろうか。
 エルフヴィアの地に、闇夜に、その光が広がると――彼らは目の当たりにする。


 少女がその手にしかと握りしめていたのは――――、黄金の大剣だった。


 「あ、あれが……」
 「……すっげ……っ――光ってやがる……!」
 「両次元どころではない……すべての次元の力の同時開放――やはりただものではないな、ロクは」

 (“元王”――――すべての次元の力を開放することで生まれる、新しい次元の世界。……いや、もともとは一つの次元の世界を、俺たち人間に分けていたんだ。元王は、まさしく神族マザーが最初に創った兵器だ)

 その全長は、ロクの体躯を大きく上回っていた。持ち上げることに支障はないのか、彼女はその重量をものともせず軽く掲げる。刃も、柄も、金色に光り輝いている。剣の扱いに不慣れとはいえ、彼女は臆することもなく柄を強く、握りしめた。
 そのとき。

 「――! みんな伏せてッ!!」

 疾風の如く地上を駆け抜け、それが大剣の刃と衝突した直後、呆気なく弾け飛んだ。全貌をはっきりと認識できたわけではないが、ロクがそれを鉄塊だと確信するまでに時間はかからなかった。
 しかし、次の瞬間。
 心休まる間もなく、大剣とそれとが対峙する。

 「……ッ! ゴッド」
 「ははは! すべての次元の力を同時に開くだと? 面白い。いいぞ、フェリー!」

 鉄塊は形を成した。純度の高い漆黒の剣が、神の力によって非現実的に科学的な成功を収めた傑作となって、ロクの視界を満たす。
 似たような漆色の長い髪。美しいそれとは裏腹に、細い肢体の上をなぞる傷口は割れたまま放置され、胸部にぽっかりと空いた穴が風を通していた。
 剣と剣とが刃を零し合う。

 「やはり君は面白い。愉しませてもらおうか」
 「……」
 「どうした。たったそれだけの力も操れぬほど、衰弱したか?」
 「あなたは、あたしの兄を、仲間を傷つけすぎた」

 大剣の柄に籠める力が増した。筋力に留まらず、練り上げた元力がそこで息衝く。

 「君が先に僕を傷つけたんじゃないか」
 「傷つけた? ああ、そんなに嫌だったんだ。人間から生まれた、ってことが」
 「……」
 「教えてあげるよ。人間の愛の深さも心の強さも。あなたにね、ゴッド」
 「はっ。くだらな――」
 「いや」

 刃の接触部分が、均衡を保っていられなくなる。押さえつけるように、圧迫するように、ロクは自身の手足に命令を下す。血管がはち切れてしまうくらい、血も肉も奮わせて。
 その矛先が、少年のような神様に傾いた、そのとき。――――少女のような神様は、口ずさんだ。



 「シエラ・エポール」