コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.43 )
- 日時: 2018/01/15 12:17
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: yIE1Hsuy)
第338次元 心情
――――シエラ・エポール。その名の主であるかのように、そうではないと否を唱えるように、彼の冷酷無比な心臓がひとりでに高鳴った。
血脈の躍動を、妖精は聴き逃さなかった。人間のものと等しく赤いことを、彼女は随分と前に悟っていたのだ。
「……ろ、ロク……いまなんて……」
「えっ、エポー、ルって……それじゃあ!」
「――レトと、ゴッドが……血縁関係にあるというのか……!?」
(……シエラ――……エポール)
ゴッドは自ら身を退き、鉄の剣を握り直した。途端、一太刀振り切り、鉄の刃がロクアンズ目がけて飛んでくる。
ロクは大剣を倒し、左手を添えると鉄の刃を弾き飛ばす。――と、次の瞬間、彼女の目の前で黒い太刀筋が伸びた。
「ぐあッ!」
「ロク――!」
「……――ぶな」
肩から脇腹にかけて一直線上に振り下ろされる。赤い飛沫が広がると、ロクは足元を躍らせた。
低音の利いた声音。それが彼のものだと理解するより先に、力なく提げていた鉄の剣が振るわれていた。
「ッ!?」
「それを――口にするな!!」
「くっ――……!」
「マザーだろう。やつだろうな! 君に要らぬ情報を植えつけたのは!」
「――っ、その言い方やめて! マザーは――あたしたちの、お母さんだよ!!」
「母親だと? 笑わせるな! あれは神の製造機だ!」
「ちがう! あたしたち神族に願いを託し、祈りを捧げ、人間とともに在ることでどんな厄災からも人間を守ろうとした!」
「はは! 皮肉だな。守ろうとした人間に僕らは裏切られた! 手を差し出す前に頬を叩かれたのだ! 神の持つ偉大な力を敬するのではなく、恐れ慄き遠ざけた! 厄災を産んだのは醜い人間どもと、創造神マザーだ!!」
ゴッドは空を斬り払う。間一髪でロクが躱すと、彼は空いた左の掌を広げた。パキパキッ、となにもないような空気中で水分が凍っていく。
「――っ……そうだ。結論はそうかもしれない。けど……!」
「人間を愛するのならば、創った神の子など皆殺しにしてしまえばよかった。人間に元力を与えるのではなく、その力で神族を消していれば今頃人間どもが怯え暮らすこともなかっただろうに! ははは! 無様なものだ、創造神とやらも」
「できなかった」
「……!」
「人間の脅威であろうと宿敵であろうと、マザーに――――自分の子を殺すことはできなかった!!」
――私は結局、自分の子がかわいいだけの母親ね。
永劫の命、絶対の力。それらを子に与えるために、マザーは自身の目を、耳を、鼻を、口を、神経のすべてを犠牲にした。もともと人間とは別の異質な存在だったが、余計に人間と同じようには生きられぬようになった。しかしその代わりに、神族たちが人間に寄り添えるようにと祈ることをやめなかった。
肥大化する貧困化。国同士は土地を、金を、支配を望み続けた。運命の悪戯か必然の末路か、結果的にマザーの望んだ未来は手に入らなかった。人間に恐れられた神族たちに対し、母なる神は憂うようにも慈しむようにも笑みを落としたのだ。神族を殺せなかったのではない。我が子の命を奪えなかったのだ。
人間と同じようには生きられぬのに、人間の母にあって彼女になかったものを――――母から子への、愛を。
得てしまった。知ってしまった。
たったそれだけが、今のマザーに唯一残されているものなのだ。
「マザーは罪の意識に苛まれながら、それでもあたしたち子どもの命を繋げ、――いつか、人間と神とが正しい道を辿れればいいと願ってきたんだ、千年間ずっと!! だけどあなたはちがう!!」
「なん……だとッ!」
「マザーの愛も理解できずに、本当の母親の愛も受けようとしなかった。――はじめから人間と向き合う気なんてなかったくせに!」
「あの女が僕を棄てたんだ!! 僕ら神を拒んだのは人間だ!! 神の力を認めようとしない愚かな者どもに、生きる価値などない!!」
「そういうことを言ってるんじゃない!!」
氷の刃が大地を殴打する。ロクの身を焼き、伏せる彼女は大剣を一振り薙ぎ――降り注ぐそれらを一網打尽にした。
「幼子だったあなたにはつらい現実だったかもしれない。けど、あなたには自覚があったはず! 人間としてではなく神族として。人間を守るという大きな使命を、たった一度人間に拒絶されたくらいで諦めた!!」
「自ら棄てたのだ。守る価値もない。望まれぬなら、なんの為に産まれてきた!!」
「望まれないから破壊するの? 敬意や信仰が向くのを待つの? ……これは誇示する為の力じゃない! ――守る力だ!!」
「黙れ! 人間などに生を受け、環境を限定され、思考を調教され行動を制限され身分を管理され要らぬ感情に溺れた結果、人間から石を投げられる始末となった君に――――説教をされる謂れはない!!」
「ッ――!?」
突如、地表は震動し、空を揺らした。深闇色の砂粒たちは意識もなく宙に集う。何十、何百もの――鉄の剣が浮遊し、空を裂いて標的に向かった。
「人間に生を受けたのは、あなたも同じでしょう」
「……ッ!」
「メルギース王国二代目王妃、エルトリア王妃の第一子にして――」
砂を掻き、ぐっと後ろへ刃を退いた。
黄金の刀身が、さらなる煌きを放った――その瞬間。
「――――英雄ポプラ・エポールの、」
史上最美を継ぐ詠声が、そこで途切れた。
「聞き分けのならんゴミ妖精が……ッ」
「……ぅ、が……ッ!」
「永劫歌えぬようにしてやると忠告したはずだ」
妖精の細い喉元を、赤い液体がつうと撫でる。黒い雨は横殴りに降り乱れ、そのうちの一つ。中央からは僅かに反れたが、破れた皮膚は急速に熱を帯びた。
「……ッ! っげほ!」
「僕を前に驕るな。心を介し喋る以外に脳のない、最弱の器め」
地面に突き刺さった無数の刃が起き上がる。と、同時に空中では水分が結晶化し始めた。次いで大地の一部が陥没した。人でも獣でもない、地上に存在するはずのなかった怪物となって地を這う。
「【心情】は、無力じゃない」
「まだ口が動くか。図太い精神だな、やつに似て」
「――あなたは!! 【心情】の本当の“意味”を知らない!!」
その途端――大剣は、どろりと融けだした。見る見るうちに形状を失っていく。崩れていく。剣だったものが水のように形なく宙を泳ぐや否や。
雷光が、彼女の身を強く照らした。
「――――雷撃ィ!!」
切っ先のない雷撃が――矛となって振り下ろされた。巨塊たる雷電が辺り一帯を包み込む。鉄の剣はその熱に魘され、氷は散り、赤子のような元魔が産声をあげながら、絶命する。
「地上にあるものすべて、僕のものだ! ――まだまだ宴は終われないぞ!!」
眼前に迫る暗黒。溶かしきれずに雷の層を切り抜けたその輪郭は鋭く、視界を突く。――若緑の瞳が、オレンジ色に焼けたそのとき。
ロクは、――――業火に身を焦がす。
「炎撃ィ――ッ!!」
――炎熱が、砂を焼き払う。雷とは異なり鮮やかな赤の渦が鉄の矛先を呑みこんだ。
「!? えっ、お、おい! あれって……っ――俺の、『炎皇』の技じゃねーかっ!?」
「……!」
晴れた視界へと駆けだした。ゴッドはなにもない場所から鉄を生成すると、正面から向かってくるロクを嘲笑した。
「本当に、図太いな」
還った途端に大地はふたたび隆起する。大蛇となった土人形がロクの視界を阻む。
低姿勢。速度を上昇させていく。彼女の身に纏いつく炎熱は――突如、緋の色を損なった。
炎だった面影を失い、だんだんと黄金を取り戻していく。すると。
それは――――神々しい弦に矢を添えて、ロクの手元に現れた。
「……っ!?」
「第七次元発動――――、真閃!!」
(あれは俺の……っ――『光節』の次元技、だと……!?)
光り輝く一本の矢が、風を捌く。まるで雲を突くように元魔の身を突き破ると、――その先。
悠と立ち尽くしていた破壊神の腹部に命中した。
「……ぐ、ぁ……ッ!」
「……――人よりも少し他人の心を感じ取れる。人よりも少し他人の心に寄り添える。人よりも少し、他人の心に温かい手で触れられる」
神族【FERRY】の能力――――【心情】には、心を介し、会話する以外にも力がある。
一つ唄えば、瀕死の者の心音を保ち。一つ詠えば、人に元力を分け与える。
どれもが人を救う力であり、支える力だ。それが、心優しい歌姫の役目なのだから。
「……そ、れが……どうし……ッ!」
「【心情】は敵の身を斬り裂く力じゃないけれど――人間の力を支えに、剣を取ることはできる!」
――しかし、少女に託されたのは、人を支える役目ではない。
人に交じり、人を理解し、人の前に立ち、――――導く者となるように。
肢体は跳び上がっていた。光の弦はすでに溶け出している。瞬く間に輪郭を失うと、すぐに、金色の水は細長いなにかへと姿を変えていく。
「――――【心情】は、“心を繋げる力”!!」
それが、金ではなくなり――銀を装うと、その穂先は神を眼下に据えた。
「すべての次元を繋げ神を討つ――――――地上最強の“次元師”だ!!」
一陣――風が靡いて、天を仰ぎ見たときには遅かった。必至の一撃は、狂いなく地上へ向かう。
その撃墜を、衝撃を、目撃するのがこれで初となる金髪の少女は、胸元の震えを押さえつける。自分が握るそれとは、まるで別物のように感じてしまった。