コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.45 )
- 日時: 2017/11/08 22:28
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: ezxnwr3m)
第340次元 右に誓いを、左に想いを
荒廃した地に、鮮やかな深紅の宝石が咲いた。若い芽を思わせる髪と瞳に、透いた白い肌が真っ赤に塗り潰されていた。呼吸の有無も、定かでない。
それが妖精の生血と水とを要素に形成された檻だと、驚愕するより先に賢明な脳が理解してしまう。義兄――レトヴェールは、血相を変えた。
「……ッろ、――ロク! ロクッ!!」
「! レト、貴様その傷では……っ!」
「うるせえ、離せ!! 義妹が大変なときに、悠長にしてられる義兄がどこにいんだよ!!」
「……!」
「くそッ!」
潰れた両脚が膝を伸ばす。と、キールアはその痙攣を見過ごさなかった。彼女の胸中はとても穏やかでなく、慌ててレトの服の袖を掴むが、無意識にものけられる。
切れそうな神経に、僅かに繋がった手綱に、脚を踏み出すたび負荷がかかる。
「レト!」
ゴッドは、向かってくるレトの足取りに鼻を鳴らした。
「恥晒しの義兄妹め」
「……」
「このままここで朽ちるのもいいが……そうだな。人間を滅ぼしたあとで檻を破壊し、絶望を視せるのもまた一興だ」
「……」
「美しい兄妹愛だな」
≪あなたにもいたのにね≫
凛と、絶世の歌声は神の鼓膜を突いた。ゴッドの表情が落ちる。目の前の妖精は、宝石は、死んだも同然の作品だったのに。
赤い墓石とするはずのものだったそれに、亀裂が走った。
≪ポプラという名の弟が――――家族が、いたのに≫
「ッ……な、……ん――!?」
≪いなかったんじゃない≫
雛鳥が殻を破るように。使命をその胸に、産まれ落ちるために。
妖精は、羽はないけれど――、喉を鳴らした。
「――――見ていなかったんだ!!」
澄んだ若緑の瞳が、景色を手に入れる。自身の血で創られた檻を彼女は自ら破壊した。
砕け散る赤い欠片を浴びながらロクは、ゴッドの縮んだ瞳孔に焦点を置いていた。
「……っ――ちがう。いなかったんだ! 神に家族など」
「あなたは目を背きすぎる。父も母も弟もいたのに」
「家族と認められなかったんだ!」
「認めてほしいのならそう言えばよかった!」
「――ッ黙れ!! 黙れ黙れだまれ君になにが、なにがわかる!!」
「!」
「愛された君に――――僕のなにがわかる!!!!」
氷結した水分が、剣となって空を薙いだ。至近距離にいたロクを正面から斬りつける。
熱くなった患部に冷気が挿すと、ロクは後方に跳んだ。咄嗟に躱し、距離をとった彼女の手元に大剣が帰ってくるのと、鉄の刃が襲い掛かってくるのはほぼ同時刻の出来事だった。
「ぐ……ッ!」
「そうだ! 君と僕は同じさ! 人間の子宮からこの世に産まれ落ちた。生を受けた。母親も父親も兄弟もいた。だが!!」
「――ッぐぁ!」
氷の剣を斬り上げ、ロクはよろめいた。残党兵が名を挙げる。鉄の剣を携えて、大地から生まれた兵士たちはその切っ先を彼女に向けた。
「産まれた直後のことだった! ――国を混乱に陥れた、メルギースとドルギースという双子の王女たちと同じ印が僕の身体にあることを知り! 棄てたんだ!」
「……ッう!」
「産まれ落ちて一度も、愛されたことのない僕と――君とは同じじゃない!!」
剣を振り上げる残党たちを、風で薙ぎ倒していく。致命傷には至らず、兵士たちは這うように起き上がってくる。元王は姿を変え、轟雷となって啼き乱れる。
「君は母に愛されただろう! ――十年の命を賭して君を産んだ!!」
「――!」
「この僕が知らないとでも思ったか? 父親は君の記憶を消し、神である自覚をなくさせた! 兄は君を神族だと知って尚、その事実を8年もの間周囲に伏せてきた! 人間として出会った者たち皆を愛し、愛されるように家族に守られてきた君と僕は、――ッちがうんだよ!!」
ロクは腹部に鈍い衝撃を覚えた。内臓に食い込んだそれがゴッドの脚だと気づくのに数秒を要した。勢いよく転げていく。絞り切って排出された血の塊に、心臓が煩く脈を奏でる。
鋭い金属音が、砂地に突き刺さる。ロクの視界は黒い刀身によって分割された。
「人間を愛すように、愛されるように、用意された道を歩んできた君とはちがう」
「……ちがう」
「破壊を司る神が、人間に愛されると思うか?」
「心情を司るからって、初めから愛されてたわけじゃない」
「そうなるように歩まされてきただろう!」
「ちがう!! レトは、義兄は最初あたしを妹だと認めなかった! がんばって近づこうとした! 仲良くなりたいって思ったあの心は、【心情】じゃない!!」
「黙れ!!」
「あなたもあたしも、この身も心も人間と同じなんだよ! あたしたちの心は創造じゃない! あなたに足りなかったのは、愛されてこなかったのは――」
「ッ――黙れ!!」
引き抜いた矛先を、伏せるロクの首元へ再び振り下ろす――と、そのとき。
鉄の剣は、なにか硬い物に衝突しゴッドの手元を離れた。
「……は……?」
「それ以上、他人の義妹を傷つけるな」
遠くの方で石が転がった。聞き慣れた声にはっとする。視界は反転しているが、そこにレトと思しき人物が、金の髪を揺らして立っているように見えた。
「この死に損ないが……ッ」
「たしかにロクは心優しくて、だれもがその温かさに影響された。救われた。でもそれが、フェリーの能力だったなんてすこしも思えないんだよ」
「なぜそうだと言い切れる」
「ロクが、すごく人間らしかったからだ」
レトは小さく呟くように、そう説いた。「妹だとは認めない」と、鋭く叱咤したその声色は風に撫ぜられ、十年前のあの日を思い返す。
「俺を愛そうと、親友を愛そうと、仲間を愛そうと、歩み寄ったあの心は泣きもしたし、怒りもしたし笑いもした。人と会話をして、悩んで、考えて打ち出してきた答えは必ずしも正解じゃなかったけど、――ロクはだれよりも人のために生きてきたんだ」
「……」
「お前に足りなかったのは、愛されてこなかったのは」
「――――あなたが人を、愛さなかったから」
産みの母は、神である印を認めると息子を恐れ、棄てた。遠ざけた。自我があった破壊神は母を説こうとするのではなく、母に、人間に恨みを抱くという選択肢を選んだ。
「あなたは一度でも、人と話したことがあった? 人がなにを思いなにに悩んで、どうしたら喜んでどうしたら悲しむのかを――――あなた自身考えたことが、一度でもある?」
人を愛さない者が、人に愛されるはずがないのだと。――人と神とで運命を分かつ義兄妹は、そう告げる。
「ちがう」
「……」
「ちがう。人を愛す、だと? 人に、愛される? 人を管理し人の上に立ちそれが人に対する使命であり、生存理由であり、生きてきた。生まれてきた。あいとはなんだ。言葉を介す? ひつようないな。そうでなければ人と、肩を、並べる、などそれはもう、神ではない」
「ゴッド」
「黙れ」
ひどく冷めた一声が命となる。崩れた兵士たちの残骸が、命を取り戻していく。
心は要らない。従っていればいいのだという彼の思考に沿った、人形たちが起動する。
人形たちは各々黒い剣を掲げ、黒い弓を構え、黒い槍を携え、そして。
一点を目指し、集い――――身を寄せ合う。ぶつけ合う。徐々に質量が増すとそれは、怪物を、築いていく。
「君たちを見てると、心が荒んでいく」
「――! レト、離れてて!」
「――――そんなもの、壊してしまえばいい」
大地の使者だった物たちが――創造の化身となって再臨する。背丈は従来の元魔に沿っていて建物一つとはいえないまでも、体の節々から刃物を突き出している。腕のようななにかを、大地へ振り落とした。
空を仰げば雹が牙を剥いている。創造主の目元は嗤っていなかった。彼は、忌み嫌う金の髪を目指し歩み寄る。
(――――間に合え!!)
ロクの身に纏いつく黄金の液体。宙で浮いていたそれが謀らずも、“双剣”を模すと。
視界はゴッドへ噛みついたまま――レトは、ロクへと手を伸ばした。
「片方寄こせ、ロク」
「!? えっちょっ!」
「いいから寄こせ! ――それはもともと、俺のもんだ!!」
一秒でも惜しい。無駄にした時間の数だけ、きっと無事ではいられない。
――ロクは思考することを諦め、苦笑した。
「本当――――無鉄砲になったね!」
「――――お前に似たって言っただろ!」
黄金の光源は、まるで季節の移り変わりであるかのように、ゆっくりと変色する。よく似た二つの形は、相棒のようにも師弟のようにも恋人のようにも、――兄妹のようにも象られている。
レトは右手に、ロクは左手に。それぞれ剣を携えて。
――――空いた手の片方ずつから、心地のよい響きが生まれた。
「やっぱりレトと肩を並べるのが、一番好き!」
「……あほか」
眼前に聳える神の使者を従えるのは、脅威の象徴。人間の宿敵。次元師の生まれた、原因。
無我夢中で追い続けていた。運命の分かれ道で立ち止まった。互いに違う道を歩んだ。
人だとしても神だとしても。
――義兄妹は再逢う。辿り着いた先が、ここが、彼らと神との終着点。
「――――俺もだ!!」
矛先に光が集う。刀身は紅く、火がついたように紅く燃える。
天を凌ぐ怪物へ。地を這う使者へ。息衝くすべての化身たちへ。
人間の、脅威たる神へ――――捧げた矛先は、決して揺るがない。
「――――……ありがとう、信じてくれて」
ささやかな歌声が、掻き消えてしまうくらいに。
千年の時を経て――――嘗て国だった太古の地に、凄絶な震天動地が巻き起こる。
「「第十次元発動――――――双天・百八式!!!!」」
猛然たる白い光が、漆黒の夜空を呑み尽くした。星々の輝きを凌ぎ、月光を掻き消し、大地を照らす。日の出を疑うほど、それはとても眩しく、重厚な雲に覆われた鈍色の空に光を差した。
広い大地に、立ち尽くす。十年という長い時間に思いを馳せるより先に、並べた肩は一時も緊張をほぐせないでいる。夢か現か。地に立つ足が砂を踏んでいるのか浮いているのかも判断がつかない。朧気な意識を物語っていた。
焦がれるほど望んだ距離にいるのに、手を取り合うことも、身を抱き合うこともしないかと思えば、互いの目線は同じものへ向けられていた。
たとえ遥か遠くに離れていても。
使命を違え言葉を交わせずとも。
仰ぎ尽くした深い曇天をいつか晴らしてみせるのだと抗いながら。――――十年という、長い時間の上を、ときに駆けときに転びときに別れても、まっすぐ、歩んできたのだ。
――――――二人で。