コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.46 )
日時: 2018/01/15 12:27
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: yIE1Hsuy)

  
 第341次元 心音

 ――エルフヴィアは、千年前当時の街並みも、戦地としての平静な景観もその面影を失った。街だったものに建っていたのであろう建造物の柱は瓦礫の山と化し、広い大地は割れ、隆起した断層が不規則に浮き沈みしていた。
 散り散りになった雲が、薄暗い夜空に浮かんでいる。うっすらと白を交えつつあることから、もうすぐ夜明けであると容易に推測できた。

 静寂に還る。いつの間にか、次元の扉はすべて閉じられていた。

 「……」
 「……」
 「……気配、感じるか?」
 「……どうだろう」

 緊張は解けない。ロクアンズは、生返事をしつつゴッドの元居た場所を凝視していた。しかし目の前には地面の一部が大きく盛り上がっており、しかと確認ができずにいる。
 レトヴェールの耳元に、ノイズが走った。

 『レト! こちらセブンだ。いまどうなってる? すごい地震が起こっていたぞ。ゴッドは?』
 「一度に質問すんなよ……。まだちょっと確定できない。ロクといっしょに様子を」
















 ――――そのとき。



 「はッははハっハぁははハアハハははアッハハハハハハハハハハッ――――!!!!」



 これが――――大地に轟くこのわらい声が、いったいなにに対して沸き起こったものなのか。なにをわらっているのか、ないているのか、おこっているのか、なげいているのか。――意味して、いるのか。
 人間に理解できないのなら、理解されないのならと。おそらく彼はいま、哭いているのだ。

 『――レト! いまなにか声が聞こえなかったか? 神族か? あ、あと今しがたキャンプに、こう……――脚、のようなものが降ってきた! 細めだ。君らのじゃあないよな!?』
 「班長、人工元力って予備あるか」
 『じ、人工元力……? いや、すまない。もう底を尽いているんだ』
 「そうか。……――それじゃあ連絡のつく次元師全員の安否の確認と、できるだけ多くの次元師を一箇所に集めてくれ! ――至急だ!!」
 『レト……?』
 「早く!!」

 ――――地底から、いやなものが込みあげてくるような、感覚がした。

 「ハはは……空が青い。そうか。不便なものだなあ」

 声はまだ薄暗い空へ向けて放たれる。空にしか飛んでいかないのは、彼の半分になった胴体が仰向けに倒れているからだろう。
 もっとも、立ち上がる脚も、支える腕も、彼にはなかった。
 弾け飛んだ腕と脚が、大地に散らばり、その一つは休憩所のテントの上に、ぼとりと降ってきたらしい。その斬り口はものの見事に綺麗な平面となっている。

 「ああ、ご覧よフェリー。空が広い。美しいこの景色を見てほしいがために眼は残してくれたのか。なるほどよい見世物だ。優しいね。君は優しい。ほかとはちがう」
 「……ッ――やっぱりまだ、生きてやがったか」
 「君たちは称賛するに値する。礼と思って受け取ってくれ」

 礼とされる、震動が始まった。かと思えば――大地の隆起や陥没といった、創造の様子がなかった。ただ揺れている大地に、レトは遂に腰から崩れ落ちた。もう一度立つことは叶わないと、脚の震えと頻繁な脈動がそう告げている。
 ロクはふいに夜空を見上げる。夜明けを告げる白い朝が、星々を隠していく。
 その、星々が。明け空に隠れても、大気圏のずっと向こう側にあるその物体たちから。


 瞳を、離せなかった。


 「――――隕石だ」


 妖精は詠う。冗談の類には、とても聴こえなかった。
 捻じ曲げた唇から、嗤い声が溢れ返る。

 「さあ――――さあ、さあさあさアッ!! 最後の晩餐としよう! 狂宴も解散の時間だ!! ……世界の、終焉だ! あの星が、たちが惑星が、ぶつかり、合って落ちればっこのほし、憎いものみんな母も人間も人間も人間もッぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶッ終焉おわりなんだァ!!!! ハハハハハ!!!!」 

 讃美歌は絶えず、この青い惑星を憂う。熱に浮かれた号哭を耳に入れながら、かえってロクは冷静に表情を保っていた。心音が穏やかではないレトは、立ち尽くす彼女を目で仰ぐ。

 「……破壊の神が、自ら壊れてやんの」
 「……」
 「本当に隕石を降らすとしても、やつのことだ。時間はあまりないぞ」
 「そうだね。彼の場合物体に元力をかけることでその物体における【創造】を繰り返し、元力を運ぶ。それで大気圏を超えてそこからはわからないけど、空気中に含まれる元素一つでもあれば元力の伝導は成立する」
 「その元力で、惑星を【破壊】――」
 「そういうことになるね」

 いくら背を伸ばし空を仰ごうとも、実感は湧いてこなかった。隕石の落ちる速度も考慮すればレトの発言には遺憾が生じるが、ゴッドは空気抵抗の破壊も可能とする。起こりうるすべての化学的反応を考えるというのは、時間の浪費以外の何物でもなかった。レトは息を吐いた。

 「――ロク、どうする。正直俺はもう元力を消費できない。お前に元力が残っていれば、核を壊しにいってくれ。ないなら、ここで完全に落とすより……一度あいつから遠ざかって、元力が回復するのを待つしかない。もちろん、あいつを動けなくするのが大前提なんだが」
 「……」
 「――なにか、策があるのか? ロク」

 レトの問いかけに、ロクは応えなかった。

 「まだ時間あるよね」
 「……あ、ああ。つまりはあいつの元力の道筋が、宇宙にある惑星にまで届かないといけないんだろ。空気から空気へ伝導させるとして、もろもろ考えて最速でも……」
 「――、十分ちょっと。かな」
 「……バカみたいな数値だな。だが、十分後にどうにかできるレベルの問題じゃねえ。ここは、いま胴体と頭部しか残ってないやつの核を破壊しに行った方が賢明だな。元力残ってるか?」
 「……」
 「ロク?」

 レトの問いかけに、ロクは、応えなかった。

 ――飄としていた。レトの胸の内側に、なんとなくそれが湧き上がってくる。
 ロクの心拍が、あまりにも穏やかすぎるのではないかと。

 「……ロ、ク……?」
 「レト」

 名を呼ばれたレトは、それが初めてのことであるみたいに肩を震わせた。初めてレトを、レトヴェールという名を「レト」と称したのも彼女だった。
 あのときのように無邪気な笑顔のまま、ロクアンズが振り返る。

 「えーいっ!」
 「!?」

 ――つん、と額に触れた指先から冷気が伝う。と、反転。ころんと上体を傾かせたレトは、痛めた脚をなされるがまま地面にぶつけると、変な声をあげた。

 「い゛ッ!」
 「あはは! 変な声!」
 「ロ、クおっまえ……っ――ふざけんな!! いまこういうことしてる場合じゃ」 
 「笑わせてよ」

 声色は沈むことなく、レトの鼓膜に凛と届いた。よく通る声だ。茶目な性格をしているのに、やけに説得力のある、ロクの声だ。
 歌声でもなんでもない。それは、聞き慣れたロクアンズの笑い声だった。



 「最後なんだからさ」



 沈むことのない太陽があるのなら、きっと彼女のことを、そう称するのだろう。
 夜の間は皆眠りについてて、沈む陽を心配することはない。皆が起き上がる頃には、目を開けているそのうちは、太陽はずっと遥か頭上で輝いている。

 「……は……?」
 「初めて家に入ったときのこと覚えてる? 出会い頭にバタン! って家の扉閉められてさー。そして中に入れてもらえたと思ったら、まっっったく口利いてくれないの! あ、思い出し腹立ってきた」
 「……お、いロク。なに言って」
 「いまみたいな感じだったよね。『ふざけんな』って。『おまえなんか妹じゃない』って。そりゃそうだ! たった六歳の子どもにも、五歳の子どもにも、そんなことわかるわけないよね。兄だ妹だってさ」
 「ロク」
 「でもあたし、レトのことお兄ちゃんだってずっと思ってたよ! お兄ちゃんってものがわからなかったせいかもだけど……でも、わからないなりにがんばってたでしょ? いっぱいしゃべりたい! って思ってた。本当はすごく寂しがり屋で、すごく優しい、お義兄ちゃんとね」
 「――、っ」
 「レトが頭いいのを妬んで、……まああれは、すかしてたレトも悪いけど。暴力で解決しようとした子どもたちにレト、一歩も引かなかったよね。『みんなちがうんだから、あたり前を押しつけるな!』ってさ……。すごく、かっこよかった。そしたらあたしも飛び出してた。本音が言えた。あたしはレトと仲良くなりたかったんだって。……ううん。レトのこと、もっと理解したいんだって。――――たぶん、あのときに」
 「……」
 「あたしたち、兄妹になったんだよ」

 レイチェル村での出会い。義兄妹として出会った二人が辿ってきた道を、選んできた道を、――並んで歩んできた道を振り返る。
 母を亡くし、故郷を飛び出してからも、二人は片時も離れることがなかった。二人で選んできた一本道が、二つに分かつまでは。
 ロクは顎を引く。見下ろした、褪せた灰色の隊服のなんでもない箇所を摘まんだ。

 「こんなボロボロになるまで隊服着こんでさ……新調しなかったね、そういえば。ずっとこのまま。ずっとこのままだと思っていたら――、道が分かれて……初めて、離れ離れになった」
 「……。悪い、ロク。時間がないんだ。思い出話は」
 「ねえ」
 「……」
 「神族を倒す方法、覚えてるよね」

 風に、冷気が混じる。それがレトとロクの間に吹き抜けた。
 思い出話に花が咲き乱れる。と、その花びらが冷たい空気に晒されひらりと地面に、落ちるように。
 温かだった声音は、鋭く尖ったものになると、――――心の臓に突き立てられる。



 「神族全員の核を、破壊すること」



 ――――神族六体の命は繋がっている。
 一つでもこの世で息衝いていれば、ほか全員が、命を吹き返すことを可能とする。
 マザーの意志とは関係のないところで。



 レトヴェールは、自身の思考力の高さを初めて恨むこととなった。
 こんなにも迅速に理解できてしまう自分が、人間としてではなく。
 ――――兄として、許せなかった。