コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.47 )
日時: 2017/11/09 15:58
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: MT1OWC7F)

 第342次元 メッセージ

 空模様に不穏の色が挿した。鉛色の空がエルフヴィアの大地を圧迫している。それが、互いを見合うレトヴェールにもロクアンズにも手に取るようにわかった。

 「……」
 「……」

 先に口を開いたのは、ロクだった。

 「――――あたしね、すごく、楽しかった。レトと出会ってから、キールアっていう友だちができて師匠に巡り会えて、蛇梅隊に入隊して。そして上司ができた。仲間がどんどん増えていった。大切な人が増えていった。みんなの悩みを、辛さを、悲しさも寂しさも、分かり合いたい。分け合いたい。――笑顔にしたい。その人が、一番幸せになる方法を一緒に探したい。そう、思えることができたんだ」
 「……それなら、一緒に探せばいい。みんなが一番幸せになる方法だろ? だったら――――その幸せの中に、お前がいなくちゃだれも笑顔になれないんだって、わかるだろ!」

 人より少し他人の心を温かくすることができる。
 その力のせいか否か。冷たく凍った心をじんわりと溶かしてしまう彼女の声音を、いったいどれだけの人間が聴いては、涙しただろう。
 人であろうが神であろうが、ロクアンズという一人の少女に救われた心の持ち主たちが、彼女のいない世界を喜ぶはずがない。レトもその心の持ち主で、例外ではなかった。

 「……ありがとう、レト。それが聞けただけでもう十分だよ」
 「矛盾してるぞロク! お前がいなくなって、いったいどれくらいの人が悲しむと思ってるんだよ!!」
 「それでもう、あたしには十分なんだよ。神族として人間を守る。あたしはそのために今日、ここにきたんだ」
 「――お前はそれでいいのか!? 神族だから、人間の宿敵だからはいさようならで、本当にいいと思ってるのかよ!!」

 いつの間にかその手には砂粒が握られていた。震える拳の内側で絞めつけられているそれらは、指の隙間から少しずつ、零れ落ちる。

 「そうだよ」

 ――ぶらりと。腕の重さだけで拳が提がる。その拍子に、握られていた砂がさらさらと地面に還る。しかしそれは、この地の一部でしかない。果てしなく広がる大地にはまるで響きもしない。

 「――レト! ロク!!」

 暫しの沈黙を打ち破ったのは、キールアの一声だった。彼女は、半ば身体を引き摺りながら一心に駆け寄ってくる。二人の姿を認めると、さらに速度を増した。

 「キールア……っ、お前どうして」
 「――ロク!! ねえどうして!? なんでロクが……っいなくならなきゃいけないの!?」

 キールアはやってくるなり、凭れるようにロクの両腕に掴みかかった。

 「……き、キールア……なんで知って」
 「レト、通信機つけっぱなしにしてるよ! みんなのにも流れちゃうんだから、全部……っ、全部、聞こえてたよ」
 「……そうか」
 「ねえロク、私はいやだよ。ロクと離れたくない! ほかに方法があるはずだよ! 絶対! 一緒に探すから……いくらでも手を貸すって、私」

 見ると、ロクは首を垂れていた。伏し目がちだったのを、微笑を浮かべながら顔も上げる。

 「キールア」
 「……なに?」
 「キールアは、優しいね」

 落とすまいと籠めていた力が、目尻から、緩み落ちた。

 「優しすぎて、考えすぎて。キールアは想いを秘めすぎるから、それがどんな想いでも、重く心にためこんじゃう。それが長所でもあって、短所でもある」
 「……」
 「優しすぎるから、キールアは初めから、見ず知らずのあたしのことを疎ましく思ったり、遠ざけたりしなかったよね。それにすごく救われたのを……知ってた?」
 「……。う、うん。ちがうよ。一人ぼっちで、自分からなにかをすることができなかったから、ロクが、私を引っ張ってくれた。友だちになってくれた。……初めて、友だちになってくれた」
 「それはあたしも一緒だよ。初めてできた友だちが、キールアでよかった。――――本当にそう思う」


 喉をいくら締めようと、口を強く抑えても、そこは踊り止まない。隙間から僅かに嗚咽が漏れる。焼き切れるのではと錯覚するほど鋭い熱が、咽喉を刺激する。キールアは言葉を失った。


 「――――コールド副班、フィラ副班。入隊当時からずっと面倒を見てくれてた。子どもだからってバカにしないで、いつも真剣に向き合ってくれたのをすごくよく覚えてる。ずっと見守ってくれてたことも」


 通信機越しに、名前を呼ばれた二人の副班長は心が詰まる感覚を覚えた。出会った当初は11歳だった。袖の余る隊服に身を包み、いつも笑顔を絶やさなかった少女の姿が脳裏に浮かんでくる。
 実の子どもでも血縁者でも、人間でもないのに。二人にとってロクとは、いつの間にか娘同然にかわいい存在となっていたのだった。


 「ルイルとガネストは、自分たちの国を置いてメルギースに来てくれたんだよね。王女と執事だなんてとても思えないくらい……視線の高さを同じにしてくれてた。あたしたちの味方であり続けてくれた。いまの二人が、一番二人らしくて好き」


 閉じこもってしまった王女の心を救ってくれ。仕事の上での関係だった三人は話し合い、ぶつけ合い、そうして互いの本心を垣間見た。もう、主従の鎖は必要ない。取り払ったのはロクだった。


 「つっけんどんなラミアには困ったよ。レトとはちがって本心を出すのを怖がる人だったから。似た者同士だけど、ティリと同じ部隊で大丈夫かなってひやひやしてた。……でももう、そんな心配はいらないみたいだね」


 天涯孤独なラミアの心に唯一灯を差した。似た者同士はロクも違いない。ロクがルイルの心を開くことで、ルイルのことを「姉」と慕うティリもひどい引っ込み思案から脱した。気の合わないラミアとはもう言葉を交わすことがないくらい、必要のないくらい、言葉以上の絆で繋がることができた。


 「……ミル。あなたは親友のために、あたしを騙してでも裏切ってでも、目的を果たそうと必死だったよね。大きなものを得た。親友のためにと裏切ったのに、あたしのために泣いてくれたとき……ああ、なんて優しくて強い子なんだろうって思った」


 貼りつけた虚偽の仮面。当たり障りなく笑っているだけでよかった。しかし、そうもいられなくなったのは、ロクがそれを引き剥がしたその日から。溜めすぎた優しさが、涙とともに溢れ出た、その日からだった。


 「セルナもそう。リルダもそう。あなたたちはほかの人よりほんの少し心が弱いから、だから自信を持てなくて踏み出せずにいた。でも仲間に危険が及んだとき、あなたたちは真っ先に助けてくれるんだよ。とんでもなく優しくて、他人思いな次元師だって知れたんだ……。だからあたし、惹かれたんだよ」


 次元師の研究施設で被験体として生きてきたセルナ。セルガドウラという、神様だったらしい怪物に身を呑まれ幼いながらに怖い思いを経験したリルダ。人を、人ならざるものを、怖がってもおかしくない二人と打ち解けたとき、ロクがどれほど嬉しい思いをしたのかを。二人は初めて耳にした。


 「エン、サボコロ」
 「「!」」
 「あなたたちは他人に牙を剥きやすい。その闘争心でお互いを喰い合ってたこと、ちゃんと後悔してる? ……きっと後悔してたよね。そしてちゃんと次に生かしていく。あなたたちは力もあって、自分の信念はしっかり持ってる。その情熱と冷静さは、どちらにもある。――どうか失くさないで」


 拡声機器を見つめていた。そこから流れる音声を聞き間違うはずがなかった。人生そのものをひっくり返した少女の声に、吸い寄せられるように皆が機器を囲う。


 「……ロク……」
 「……」


 ルイルは、目に涙を浮かべていた。ガネストがそんなルイルの震えた背中に手を添える。
 ラミアはスピーカーから目を背けた。表情が相変わらず伺えない。そうしても意味がないことくらい、賢明な彼はとうに理解している。あまり働かない頬の筋肉に寂しげな色を差していたのは、ティリだった。両の手で顔を覆うセルナが、力なくその場で腰を砕いた。リルダが顔を伏せると、その頭の上をヴェインがぐしゃぐしゃに掻き回す。ミルは考えれば考えるほど、かけるべき言葉を見失いつつあった。謝りたいのか感謝を述べたいのか、なにを言っても言わなくても、後悔する気がしてしまったのだろうか。

 蛇梅隊、戦闘部班班長のセブンをはじめ。直属の部下としてずっと面倒を見ていたコールド、フィラ。普段は飄々としているメッセルや無口一貫なテルガ、関わりの浅かったヴェイン。そして彼女に間接的な恩を抱くミラル。副班長階位の者たちは、この事態を理解をしているのか、これが大人の対応であるべきなのか、戸惑いを隠したまま――言葉を噤んだ。


 「たくさんの人が関わってくれた。ずっと支えてくれた。一人ひとりが、いまのあたしに意味をくれた。……――――あたしはみんなが大好きだから! 大好きなみんなのことを守るの!!」


 【心情】を司る少女は、母から“妖精”の名を与えられた。それはまるでおとぎ話のように――信じる者も信じない者も、ひとたびその姿を目に入れればきっと心が躍るだろう。彼女のすべてを、信じるようになるだろう。
 人の心を感じ取り、支え、温かくする。
 ロクアンズに与えられたその力が、――たとえ紛い物だとしても。


 彼女の心に触れ、暗闇から救われた人間の数はいくらにもなるだろうか。
 彼女の声を聴き、笑顔を取り戻した人間の心がいくらまた折れようとも。


 ――――きっと彼女は、差し伸べた手を、引き戻しはしない。





 しかし。それでも彼女のことをよく知っている彼の意思とは相反していることに変わりない。
 沈黙が訪れる。運命の時は、刻一刻と迫ってきている。
 秒針に脈が宿るのなら、いまの彼はまさしくそれだった。体内で息衝く時計を逸る鼓動が狂わせる。



 「レト」



 ――――そう呼ばれるのは、これで何度目のことになるのだろう。