コメディ・ライト小説(新)

Re: 最強次元師!!【最終章】※2スレ目 ( No.48 )
日時: 2017/11/12 11:08
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Fa1GbuJU)
参照: ※今話を最終話にする予定でしたが、文字数の都合により次回が最終回となります。

 
 第343次元 家族


 「なんだよ」


 感情に任せて吐きだした返事が、やけに冷たくて後悔を呑んだ。口にはしないが、かといって顔も背けたままだった。レトヴェールの瞳が、不満の色に満ちる。
 キールアは幼馴染の二人を見合いながら、しかし口を挟めずにいた。

 「レト」
 「だから、なんだよ」
 「……レト」
 「……」
 「ありがとう」

 逸らしたまま目を剥いた。声にひかれて、首の神経がひとりでに反応する。ロクアンズは困ったように笑みを浮かべていた。

 「……ごめん。やっぱ言葉が思いつかないや。考えてたのにな」

 眉が八の字にへこんだ。頬を掻きながら、照れくさそうにまた笑う。

 「――この一年ね。レトと離れてから、ずっとレトのことを考えてたんだ。思った以上に寂しくて、辛くて、――……あたしね、今日を楽しみにしてたんだよ」
 「……なんで」
 「だってレトに会えるから」
 「……」
 「一年ぶりに会えるから。ずっと楽しみにしてた。久しぶりにレトと剣を交えて、また両次元を開くことも、作戦二人で練ったりもして……一緒に戦うことが、叶った。あたしね、すごい不謹慎だけど……――楽しくて楽しくて」
 「――――同じだよ」

 金の瞳は、しかと彼女を視界に捉えていた。

 「そんなの、俺も同じだ……っ! お前の姿が見えたときに心臓が高鳴った! だめだってわかってるけどわくわくした! お前が神族代表で、それで一年ぶりにお前の声を聴いて――――懐かしくて、……っなんかが込み上げてくるのを、強く感じた」
 「……レト」

 レトは胸のあたりを、どんと拳で突いた。それからとんとんまた叩く。前屈みになるレトの背中に、キールアは手を伸ばしかけるが、引っ込めた。
 唾か胃液かわからないものを、無理やり喉の奥に流しこむ。ロクがいなくなったことで、もっとも後悔をしたのは彼だろう。もっとも焦がれたのも彼だろう。ロクの胸に、同じものが込み上げる。

 「いくな」
 「!」
 「――離れるなんて言うな! 勝手に決めんな! なんでなんも相談しないんだよ!! 何のために俺がいると思ってんだ!!」
 「……」
 「俺たちは――――兄妹きょうだいだろ!!!!」

 ――『義理だけどね』と、いつも決まって返してきた言葉を呑みこんだ。
 義理も本物も紛い物もない。そうだと気づいたときには、もう――――兄妹だった。


 「――……やっと思いついた」


 囁きが鼓膜に触れた。見ると彼女はもう、顔色を晴れやかにして立っていた。

 「あたしと義兄妹きょうだいになってくれてありがとう」
 「……え?」
 「ずっと、守ってくれてありがとう」

 雪の降る夜に、小さな手は引かれるがまま、扉を叩いた。
 少女が神であることを知りながら、彼が一人背負った月日は指折ると8年にもなる。


 「笑うのも泣くのも、怒るのも苦しいことも……――戦うことも。レトと一緒だった。なにがあってもどんなときでも、傍にいてくれてありがとう」


 くだらない悪戯に走っては叱られた。笑いの中心にはいつも彼女がいた。
 母を亡くすことで同じ悲しみを共有した。その日を境に、二人はただの義兄妹ではなくなった。



 「あたしと」



 視線が合う。跪くレトの視界がロクでいっぱいになる。
 彼女は片膝をつくと――――レトの頬に、手を伸ばした。




 「――――あたしと生きてくれて、ありがとう」




 額にあたたかいものが伝う。柔らかく、淡く、その瞬間にはなにが起こったのか、レトは理解することができなかった。
 それが、――家族に対する親愛の証だということも。


 ロクアンズは、踵を返した。
 レトヴェールの目には、無情にも遠ざかっていく、背中。


 「……! おい、ロク!! ――――ロクアンズ!!!!」


 身と心は同一ではない。心は前へ前へと叫ぶのに、身体はもう脳からの信号に聞く耳を持たない。
 ――しかし彼は、ないも同然の脚の神経に無理やり電流を押し流す。当然のようにバランスが崩れ、無防備な腕と頭とが落下する。

 と、そのときだった。



 「ロクアンズ」



 肉つきのいい細腕に、抱き支えられていた。温度を感じさせない落ち着いた声の主を明らかにしたのは、ロクだった。


 「……――お義父さん」


 ロクは振り返りざまに彼のことを呼ぶ。肉体労働派ではないのだろうと推測させるやや細めの身体。身長は高く、縁の細い眼鏡の奥で小麦色の瞳がロクだけを見据えていた。


 「……お、親父……」
 「いいんだな」
 「!」
 「……」
 「行け」


 ロクが一つ、瞬きを終えたときには、穏やかな表情が帰ってきていた。


 「――――……うん」


 ロクはまた、歩き出した。


 「――! おい!! おいロク!!!!」
 「やめろ、レトヴェール」
 「! てめえどういうつもりだ!? なんでロクにあんなこと言ったッ!?」
 「こうするしかないだろう」
 「――ッなに言ってんだてめえ!! 方法なんていくらでもあるだろう!! なんで――なんで人間を守ってきたロクが犠牲になるんだよ……!! あいつは、そんな」
 「問題はそこじゃない」

 レトに、服の袖を引き千切れるほど強く引っ張られても、いまのフィードラスには一欠片の関心も感じられなかった。幼い頃の記憶など宛にならないが、しかしフィードラス・エポールという男がどういう性質の持ち主であるかを改めて覚えさせられる。


 「人間では、神を救えない」


 大人しめの口調に口を閉ざした。咎められているわけでもないのに、身の摘まされる思いだった。
 

 「だから……なんだよ」
 「……。レトヴェール」
 「親父! てめえやっぱりロクのことが嫌いなんだろ!! 神族だって知って疎ましく思ってたか!? 大事な娘だって言ってたよなあ!」
 「そうだな」
 「じゃあなんで!! そんな大事な娘の命をみすみす差し出」
 「――レトヴェール!」
 「……っ!」
 「……どうやら俺は、お前のことを過大評価していたらしい。もっと賢い男だと思っていたよ。事実お前は、ロクアンズのことになるとすぐに冷静だった思考に火がつく。理性が飛ぶ。お前の最大の欠点だ」
 「いまそういう話は――!」
 「何度言わせれば理解する!」
 「!」

 そのとき、レトはなにかに喉を締めつけられた。骨張った拳と顎とが接触する。視点が上がり、すぐ目の前では、ガラス越しに小麦色の瞳が憤っていた。

 「お前がロクを引き止めれば間違いなくこの星が滅ぶ。ロクが守りたいという人間を、兄のお前が自ら破壊する気か!」
 「ち、違う!!」
 「違いはしない。お前の言っていることは結論そういう事態に至る」
 「っ、俺は……! ――じゃあ! てめえはロクが、妹が、この世からいなくなるのをこの目で見てろっていうのかよ!!」
 「――――お前の目には! ロクアンズが"死"を選んだように見えるのか!!」
 「!!」
 「ロクが選んだのは……――――死ではない」

 ふと、キールアはロクの駆けていった方角を向いた。視界を分かつ地平線。ロクの後ろ姿は完全に見失ってしまった。
 戦場だったこの地が、静寂に包まれる明け方。日を跨いでから、一番と思えてしまうほど恐怖を感じた。



 踵で砂を蹴る。ロクはふとした瞬間に空を見上げた。
 そこでは着々と夜明けを迎えつつある。のどかな空色に、彼女は忘れそうになる。信じがたい速度で、それが接近してきていることを。

 ――――まさかあと一分も経たないうちに、大量の隕石がこの星に投下されてしまうとは。まだ夢心地の人間たちは知る由もない。



 「……」

 ロクアンズが選んだもの。
 ロクと行動を共にすることで、レトはその選択の瞬間に何度も立ち会ってきた。彼女の選んだ答えによって笑顔と平和を取り戻した人間の数は数え切れない。しかし。
 その上で、親密な関係にある者たちがロクに対してひどい心配を覚えることも多々あった。

 「! ――レト!?」

 ――両脚が、無意識に角度を変えた。技一つ繰り出せない双剣を、異次元から引き摺り出して砂の上に突き刺す。それは剣の役目を全うするのではなく、杖として、支えとして、主の身体を導くように前を歩いていく。導くという意味では、それはたしかに剣なのかもしれない。


 剣の刃先で厚い砂を掻きながら、諦めの悪い彼の両脚が、砂粒を轢いていく。
 辿り着けそうもないことは、本人が最も理解している。
 それでも立ち止まることはできない。



 そうやって、共に生きてきたのだから。
 
 

 
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 *次回、最終話となります。