コメディ・ライト小説(新)
- Re: 最強次元師!! 【最終話更新】※2スレ目 ( No.50 )
- 日時: 2017/11/13 00:00
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Fa1GbuJU)
- 参照: 2017年 11月13日
―Epilogue―
書類や資料の山に囲まれて、彼は今日もペンを走らせている。気分転換にと淹れたはずのコーヒーだったが、とうに冷めてしまい、ちりが浮かんでいた。
金の髪を掻き回す。無造作にペンを抛った。
どうも気分が乗らない。逐一報告書を提出しなければならないという、その段取りがレトヴェール・エポールは苦手なのだ。
「レト、いる?」
「! キールアか。どうした?」
「副隊長が呼んでこいって……ってなにこの書類の山。もしかして、また報告書溜めこんでるの?」
「仕方ないだろ、苦手なんだから。……班長が」
「もー! 実のお父さんでしょ? いくら頭がいいからって、ただ研究に尽力してるだけじゃだめだよ?」
「わかってるよ」
レトは縒れたままの白衣を翻し、紙と本とに溢れ返る研究室を後にした。
キールア・シーホリーと並んで廊下を歩くと、二人とも白衣を羽織っているせいか背景の白い壁と同化する。しかしキールアの白衣はいつも清潔に保たれているため、レトとは異なる部班に所属しているのだと一目でわかる。もっと言ってしまえば、その白衣の清潔さが、彼女を医療部班の一員であることを示している。
「あ、エン! サボコロ!」
「よーお二人さん! 昼間っからデートか!?」
「おなじ用事だってわかってて言ってるでしょ、もう!」
「なに、お前らも呼ばれたのか?」
「ああ。至急との報せで仕事も中断してきた」
「なにしてたの?」
「フィーチャーの先にある森で、害虫の駆除をな」
「応援要請でセルナと交代した!」
「なるほどな」
「にしても便利だなーあの通信機! ボタン押せばこう、ガラスのなんかあれが出てきてさ! 通信先のヤツがどこいるかわかっちまうんだもんな!」
「うちの部班でかなり助けになっている。レトが開発したと聞いたが」
「まあな。前に親父が開発した『同位重次元システム』があっただろ。あれの資料があったから読んでたら、思いついた」
「……ふーん」
「……なんだよ」
「やっぱり、ちゃんと好きなんじゃない」
キールアの黄金色の髪が靡く。結わう位置を変えたのはいつ頃のことだっただろう。昔は高い位置で結んでいたのに、両耳のすぐ下で紫色のリボンを施すようになった彼女を目の前にすると、時間の経過を著しく感じてしまう。
「やあ、みんな。仕事で忙しいところ悪いね」
「いいえ。セブン副隊長。気にしないでください」
「それで副隊長、どういった件で?」
『副隊長室』と書かれたプレートの下をくぐると、部屋の中にはレトのもといた研究室と相違ないほど紙類が散らばっていた。
セブン・コールという男が一部班の班長だったころからその性は変わっていないらしい。きっと彼の幼馴染であるフィラ・クリストン補佐がもうじき片付けにやってくるのだろうと推測できる。
「実は調査に行ってほしいところがあってね」
「調査? 調査依頼なら援助部班のエンとサボコロに任せるのがいいかと思うけど」
「そこは古い研究施設でね。どこの組織の所有物かもわかっていないし、ちょうど村と町との境界線にあってどちらも所有権が曖昧なんだ。そこで、援助部班の二人はもちろん、科学部班のレトヴェール君と医療部班副班長のキールア君にもそれぞれの観点で調査を進めてほしいんだ」
「どうしていまになってそれを?」
「どうやら最近……その施設から妙な機械音が響いているらしくてね。最近問い合わせが止まないんだ」
セブンは眉間に皺を寄せると、そこを指で摘まんだ。睡眠不足だろうか、目元もやや黒ずんでいる。もともと自由奔放な性格をしている彼にとって、いま現在の“副隊長”という地位はまだ足元が不安定な状態なのかもしれない。
レトはセブンの腰かけているデスクから紙束を取り上げた。
「問い合わせ、ね」
「君たちなら、こういう危険度の高い場所での経験値も人一倍だしね」
「あのなあ……」
「レトにとっては人の百倍くらい経験してそう」
「異議なし」
「……。べつに異論はないけど、いままで通りとはいかないだろ」
掴んだ紙束が、くしゃりと折り曲がる。依頼内容の欄に『調査依頼』と書かれた文字以外のものを、――――ここ2年の間は、まったく見なくなった。
「俺たちはもう、次元師じゃないんだから」
紙束を握りしめたまま、レトは部屋の扉を開けて出て行った。彼に続いてほか3人も副隊長室をあとにする。
それぞれが、――――異なる部班の衣装を翻して。
――――――第二次神人世界大戦の終戦から、2年。
あの日を境に、悲劇の千年間がまるで嘘だったかのような平和な日々が訪れた。元魔のような怪物の目撃情報も途絶え、そしてこの世界から「次元の力」がなくなったことによって犯罪の件数も減りつつある。
未だに王制を敷いた国では貧困化が激しくなっていたり、内争の絶えない国もあるなど、人間による社会問題は消滅しそうにない。
それでも、世に蔓延る非科学的な現象は一切の痕を絶った。
それに伴い、蛇梅隊の総本部では「戦闘部班」という組織が解散の一途を辿った。もとの設立理由が神族並びに元魔の盗伐を目的としていたため、それが根絶したとなると戦闘部班という組織の存在理由がまるで失われてしまう。継続するとなるとかえって、討伐対象が明確となっていない段階での武装集団の組織化として、政府に目をつけられることとなってしまうのだ。
戦闘部班の元班長であり、蛇梅隊現副隊長のセブンは迅速に解散を促した。
そして、現在は。
メルギースの英雄レトヴェール・エポールが科学部班へ。おなじくキールア・シーホリーが医療部班へ。そしてエン・ターケルドとサボコロ・ミクシーの二名は援助部班へと、異動を希望した。
そのほか戦闘部班に所属していた次元師たちも各々、ほかの部班や支部に異動になったり、止むを得ず蛇梅隊から脱退し、自国に帰った者もいる。
嘗て戦場を共にし、背を預け合った仲間たち全員が一同に会する機会は、もうない。
本部の門をくぐると、サボコロが先陣を切って駆けだす。未だに仲の悪さが改善されていないのか、エンは背負っていた弓を携え矢を引くと、サボコロの脳天に狙いを定め、放った。
鋭い痛みにサボコロが跳ねると、隊服の袖を捲り上げながらエンにガンを飛ばす。
門をくぐるより先に、そんな二人のやり取りを眺めていたキールアは足を止めた。
「レト、ひとつ聞いてもいい?」
「ん」
「今年の誕生日会で言ったこと覚えてる?」
「? なんだっけ」
「『――――千年延命できる薬がほしい』って」
「……」
「なんで……あんなこと言ったの」
雲ひとつない晴れ空に、鳥が二羽、じゃれ合っていた。追いかけ追い越し仲睦まじく、空の彼方へと消えていく。
「……ロクが、言ってたんだ」
「……え」
「今度は」
またね、と消えた。
大切な人と引き換えに得た、平和な空の彼方へと。
「――――千年後の未来で、ってな」
*
風が吹く。眼下には、悪意のない喧騒が広がっていた。この街の人たちは幸せに暮らしているのだろう。耳を澄ませばすぐにわかる。
短い髪がそよ風に揺らされる。草木に混じり、悠と空を泳ぐ。
季節は冬であるのに。
なんて穏やかな日和だろうと、瞳を細めた。
――――――――若草色の髪が、遥か彼方へ運ばれていく。
―第一幕 完―