コメディ・ライト小説(新)
- Re: 初恋デッドライン ( No.14 )
- 日時: 2019/08/13 23:40
- 名前: わらび餅 (ID: XMprN1MB)
デート、とは。
日時や場所を定めて男女が会うことを意味する。またの名を逢引、逢瀬。
そう、デートとは、そういうものである。辞書まで引っ張り出して調べたのだから間違いない。わかってる。頭の中では理解しているが体と感情とその他諸々が追いついてこないのだ。何を着ていこう、なんて浮かれる前にそもそも、で、でででデート当日までに心臓が止まらないかどうかの心配をしていたので、私はきっとスタートラインにすら立てていないのだろう。
デート当日までの間、スマホのロック画面は仏、ホーム画面は般若心経の画像を設定し心をひたすら落ち着かせようと頑張ったが無理だった。前日には、明日地球に隕石が落ちるのではないかと思ったが雲ひとつない快晴だった。
つまりは今日、デート当日である。
デートに気合を入れすぎた服装で赴くと引かれる、との情報を得て、無難に、けれどシンプルすぎず、パッと見いいんじゃね? と思われるようなスタイルを心がけた。首元に控えめなフリルのついた白いブラウスにデニムのジャケット、そして甘めのフレアスカート。テーマは清楚である。見た目、大事。とても。
どんなに着飾っても美の権化である田中くんの隣では霞んでしまうので、せめて不快にならないような格好がベストだ。
そして持ち物。バッグの底に穴が開くのではないかと思うほど睨み倒して忘れ物がないかを念入りに確認した。大丈夫、必要な物は全部持った。
いざ、戦場へ!
「──で?」
待ち合わせの駅前で、にこやかに仁王立ちする魔王……もとい田中くんは、それはそれは美しく恐ろしかった。
「なんでここに鈴木と町田さんがいるのかな?」
「渡辺に泣きつかれた」
「わーちゃんに誘われましたの」
「申し訳ございません!!!!!!」
もう少し、もう少しなにか取り繕ってくれてもいいんじゃないだろうか二人とも! 私が心配だったとか私に嫉妬したとか! 後者は鈴木くんへの願望だけれども!
「け、決して田中くんと二人きりが嫌だったとかは決して! ないのですが! その、やっぱりいきなり一日中二人きりはそのあのハードルが高いと言いますか!」
「わーちゃん、簡潔に」
「はい! 心臓が破裂しそうでした!」
「うん、まあ、そう、そうだね。確かにいきなりだったけど。……デートでハードルが高いなら何がいいんだ……? 文通……?」
「ガキかよ」
心底呆れた様子の鈴木くん。
誘っておいてなんだけれど、本当に来てくれるとは思わなかった……やっぱり嫉妬かな……?
「本当にお前はなんで来たわけ? 暇なの? 俺と遊びたかったの? 言ってくれればよかったのに」
「……お前実はちょっと怒ってるな? だから渡辺に泣きつかれたっつっただろ。とんでもねぇ長文を長々と送りつけられた挙句泣きながら電話されたら無視するわけにもいかねぇし」
「電話? 電話したの? お前と渡辺さんが? へえ…………」
「そこかよ! てかやっぱ怒ってるな!?」
……嫉妬かな!?
脳内でとんでもない妄想の嵐が吹き荒れかけたが、なんとな現実へと意識を戻す。危ない、死ぬところだった。
「まあまあ、来てしまったものは仕方ないですから。お詫びと言ってはなんですけれど、これを」
まーちゃんがお財布から取り出したのは、四枚のチケットだった。
そ、それは……まさか……!
「遊園地のチケットですの」
「なんと……! まーちゃんそれは一体どこで……!」
「偶然にもこの遊園地、うちのグループが経営している所でしたので。遊びに行くと言ったら譲ってくださいました」
「そうなんですか!? でもそんなの、申し訳なくてもらえな……」
「いやですわ、わーちゃん」
私の言葉をぶったぎったまーちゃん。その優しい微笑みからはなぜだかおぞましい圧力を感じる。なぜだろう。
「私、使えるものは使いますしもらえるものはもらっておくのが信条ですの。こういうのは『ラッキー! 得したな!』くらいの気持ちでもらっておくのがベストですわ。遠慮しすぎるのは逆に失礼というものです」
「な、なるほど……」
「ええ。受け取ってくださいますね?」
「……ありがたく頂戴致します!」
「よろしい」
仰々しく受け皿の形にした両手を掲げると、まーちゃんはにっこりと笑ってチケットを乗せてくれた。そして残り二枚となったチケットをピラピラと揺らしながら、田中くんと鈴木くんの方に視線を向けた。
「おふたりも、受け取ってくださいますね? はやくしないと電車に乗り遅れてしまいますわ」
田中くんは苦笑いを浮かべながら、鈴木くんは大人しくお礼を言いながらチケットを受け取った。そのまま、鈴木くんはなにやら考え込んでいる様子でまーちゃんをじっと見つめていた。どうしたのだろう。
「さ、そろそろ電車が来ますよ。皆さん行きましょう」
「わ! 待ってまーちゃん!」
まーちゃんはそれに気づいていないのか、私の手を取って改札へとスタスタ歩き出した。慌てて私もまーちゃんの後を追う。
結局鈴木くんの真意は分からないまま、私たち四人は電車に揺られながら遊園地へ向かったのだった。
「──じゃあ、あとはおふたりでごゆっくり」
そして待ち構えていたのは、親友の裏切りでした。
「ま、まーちゃん!?」
私の悲痛な叫びはまーちゃんに届かず、虚しく空へと消えていく。
遊園地のゲートをくぐるなり鈴木の腕を引っ張って彼方へと消えていってしまった親友。ふたりの後ろ姿を呆然と見送りながら、予想外の自体に頭が真っ白になっていくのだけはわかった。
心臓が太鼓のように鳴り響く。まずい。だってこれ、つまりは、
「えーっと……お言葉に甘えて、ゆっくり遊ぼうか?」
……結局、二人っきりだ!?
- Re: 初恋デッドライン ( No.15 )
- 日時: 2021/03/22 03:03
- 名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)
「──よかったのか?」
遊園地に足を踏み入れてすぐ、町田は鈴木を近くのベンチに引っ張って、腰掛けた。間に一人ぶんのスペースをしっかり確保して。
しばらく続いた沈黙を破ったのは、鈴木の方だった。
「……なにがです?」
「田中と渡辺を二人にしたのも、俺と二人なのも」
そう鈴木が尋ねると、彼女は心底嫌そうに顔を歪めた。普段の彼女からは想像できないその顔に、鈴木はぎょっとする。
「……よくない。よくないに決まってます。なにが楽しくてわーちゃんを男と二人きりにしなきゃならないんですか? 私だって、私だってわーちゃんと一緒に遊園地で遊びたいのに……!」
「いやそこかよ」
「一番大事なところですが!? もちろんあなたと二人なのも気に食わないのですが……私はなによりもわーちゃんが大事で大切なんです。いまは私のことなんて二の次ですわ」
はっきりとそう言い放つ彼女に、鈴木は少し逡巡しながら口を開いた。
「あー……お前ってさ。渡辺が好きなのか? その、恋愛的な意味で」
言いづらそうに投げかけられた言葉に、町田はぱちくりと目を瞬かせた。なんだその顔、と鈴木が言いたくなるほどには間の抜けた顔だった。
「……なんだよその顔」
耐えきれずに零すと、町田は先程の般若のような顔からは一変して、可笑しそうに笑みを浮かべた。
「ふふ、いえ、変なところを気にする人だなと思いまして。もしそうだと言ったら、あなたはどうするのかしら。もしかして、慰めてくれたり?」
「……だってお前、もしそうだったら辛いだけだろ」
「ずいぶんお優しいんですね。私、あなたに酷い事を言ったのに」
「あんなの、酷い内に入んねぇよ」
そう言うと、町田は膝の上に重ねていた自分の両手を、きゅっと握った。俯いてしまったから、その顔を見ることは出来ない。
「もちろん、わーちゃんのことは大好きです。でもそれは、恋じゃありません。まあ、もし私が男だったら真っ先にプロポーズしていますけれど。私は、あの子が幸せなら自分の位置なんてどうだっていいんです。親友じゃなくたっていい。──あの子は私の、神様だから」
「……神様?」
「神様に恋はしないでしょう? 無意味ですもの。だから私は、あの子の幸せを一番に願ってる。本当は、不良とつるんでいる田中くんなんて相応しくないと、そう思っています。今でも。けれど、彼があの子と向き合うと、そう言っていたと聞いて……少しだけ、認めてあげてもいいかなと思っただけです」
「聞いたのか、あの話」
「もちろん。あの子の『田中くん報告』はしっかりと聞いていますから。……でもなにより、田中くんといる時のあの子が、あんまり嬉しそうに笑うから」
仕方ない、とでも言うように町田は笑った。
「──さて、せっかくですし、私たちもせめてお友達程度にはならなきゃいけないと思いませんか? もしあの子たちの関係がこれからも続くとなったら、私たちも短くないお付き合いにはなるでしょうし」
「……俺は別に構わねえが」
「なら、決まりですね」
町田は立ち上がって、ワンピースを翻した。
「エスコート、してくださいね?」
***
青空の下、楽しそうな人々の笑い声と軽快な音楽をBGMに心が踊る。そりゃもう踊りまくって体の中から突き破って飛び出してくるんじゃないかと思うほど、私の心はバックバクに跳ねていた。
喜びとか興奮とかそういうものではなく、極度の緊張で。
「えっと……どこから回ろうか?」
「はっ、はい! 田中くんのお好きなところで! 私は半歩下がって着いてまいりますので……!」
「はは、なにそれ。それも面白いけど、隣にいてくれたほうが嬉しいかな」
「ヒェ……」
私の顔を覗き込みながらそんなことを仰るものだから、うっかり心臓が止まってしまった。確実に私は一度死んだ。序盤から飛ばし過ぎではないでしょうか田中くん。こんなんで私は果たして人の形を保っていられるのだろうか。最後は塵とか粉とかになっている気がする。いい人生だった。
「俺、遊園地って来たことなくてさ。おすすめとかある?」
「えっ、そうなんですか!? もしや今日が初遊園地だったり……」
「多分。子供の頃連れてきてもらった記憶もないし。でも、デートって言ったらここでしょ?」
「デッ……そう、ですね、はい!」
なんということでしょう。田中くんの大事な大事な初遊園地記念に隣に立っているのが私……!? 恐れ多すぎていますぐ鈴木くんとかわりたい。いやかわってくれないかな本当に。閉園時間間際の観覧車、きらきらと輝く地上を眺めながら「……お前とこれてよかった」と微笑む田中くん──まで想像して頭を抱えた。いかん、萌えすぎた。
「渡辺さん? どうしたの?」
「ハッ、い、いえ、なんでも! なんでもありません! そうですね、おすすめ、おすすめか……私はとりあえず最初ジェットコースターに乗ったりしますけど……」
「じゃあそうしようか」
「い、いいんですか? 田中くん苦手なものとかは……」
「ジェットコースターって、高いところから落ちるあれでしょ? 平気だと思う……って言っても乗ってみなきゃわかんないけど」
そう言って、田中くんは私の手を取って歩き出した。
……手!?
「たっ、たたたたた田中くん、てっ、手が」
慌てて言葉をかけると、田中くんはそれはそれは美しく微笑んだ。
「いやだった?」
「とんでもない滅相もございません!」
私に拒否権など存在しない。全ては田中くんの御心のままに。
けれど、田中くんの大きくて美しい手が私の手を握っている。その事実がどうしようもなく私の心を浮き立たせる。本当に、そろそろ口から心臓が出そうなので勘弁して欲しい。あと一度手汗を拭かせて欲しい後生だから……!
私の心の叫びも虚しく、田中くんは握った手をそのままにジェットコースターの列に向かった。さらば私の手。一生洗わないと誓おう。
「結構並んでるんだね、すごいなあ」
美しい目を更にきらきらと輝かせながら、並んでいる人々を眺める田中くん。それがとても楽しそうで、いつもはかっこよく美しい彼がなんだか可愛く見えた。属性盛りすぎではないだろうか。そろそろときめきで死んでしまう。
しばらく、遊園地のパンフレットを一緒に見たり他愛のない話をしたりして、ついに回ってきた私たちの順番。スピードも落ちる高さも相当で、私はかなりの悲鳴をあげてしまったが、隣に座っていた田中くんは楽しそうに笑っていた。と思う。自分の悲鳴でその天使の笑い声を少ししか聞けなかったことに歯軋りしながらジェットコースターを終え、私たちはアトラクションを回り始めた。
