コメディ・ライト小説(新)

Re: 初恋デッドライン ( No.2 )
日時: 2021/03/22 03:06
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

「きいてくださいまーちゃん......田中くんは今日もかっこよかったです......」

 机につっぷしながら、もはや日課と成り果てた田中くん報告をする。となりに座っているまーちゃんは、作業している手を休めることはせず笑顔で聞いてくれていた。

「今日はもう聞きましたよ? わーちゃんは本当に田中くんのことがお好きなんですねぇ」

 おっとりとした喋り方のまーちゃんは、黒くて長い艶のある髪を色っぽい動作で耳にかけた。さすがお嬢様、なにをしても絵になります。

「そりゃあもう! なんてったって初恋ですし! 一目惚れですし!」

 がばっと体を起こし拳を握りしめ、笑顔のままのまーちゃんに田中くんの素晴らしさを力説する。いままで散々伝えたと思っていたけれど、どうやら足りなかったみたいですね!

「お顔も綺麗だしへたしたら女の子かなと見紛うほどの美しさたるや......! しかし田中くんの口からあの歌声がでた瞬間にもとある美しさに力強さと繊細さが加わりそれはそれは素晴らしいハーモニーを奏でるわけですよ! あの細い体のいったいどこから出ているんだと思わずにはいられない声量......! あの歌声を聴いて惚れるなというほうが無理な話! 普段はやる気なさそうに授業を受けていたりするのに歌っているときのあの真面目な顔......! ギャップ萌えも兼ね備えているなんてとんだ小悪魔! 好き!」
「待っていてくださってありがとうわーちゃん。私の仕事は終わりましたわ」
「あっはい」

 初めて会ったばかりのころはまだよそよそしくて、私の田中くん語りにおろおろしながらも必死に相槌をうってくれていたころとは違い、いまではさらりと笑顔で受け流されている。まーちゃん、恐ろしい子......!

 それにしても、とまーちゃんは帰り支度をしながらにっこりと笑った。

「そんなに好きなら、はやくその気持ちをお伝えすればいいんじゃないかしら」

うっ、痛いところを......

「......まーちゃん知ってて言ってますよね? あの噂......」
「ああ、確か......『田中くんと鈴木くんはデキてる』とかいう身も蓋もない噂でしたか」

 そう。私の初恋であり想い人である隣のクラスで合唱部の田中くんは、彼の親友である鈴木くんとデキている__らしい。

 鈴木くんのことはもちろん知っている。高校生にしては少々ガタイがよく、髪は金髪耳にはピアスといういかにもヤンキーですという容姿をした彼は、学校内でも有名人だ。彼の武勇伝......という名の悪い噂は膨らみ続けさらに尾ひれがついて様々なところに伝わっているらしい。
 そんな彼と田中くんは仲のいい友達で、お互いにほかの人を寄せつけずにほぼ毎日二人で行動をともにしている。そんな彼らをみて、『実はあいつらつき合ってるんじゃね?』と言い出したどこかの誰かの言葉が広まり、いまでは『二人はつき合っている』という暗黙の了解にまでいたっていた。

「まあ確かにお二人は仲がいいですけれど......でも男の子同士ですわよ?」
「性別なんて! 愛の前においては関係ないんですよまーちゃん!」

 実は私__わーちゃんこと渡辺は、巷でいう腐女子というもので、実は田中くんと鈴木くんというカップリングが大好きでもある。

「あの二人がつき合っているならそれはとても嬉しいことなんです!神様ありがとう! でも! 田中くんは......田中くんだけは、諦めたくないんです......こんなに誰かを好きになるの初めてで、私どうしたらいいか......」

「でもわーちゃん、田中くんとおしゃべりしたことないんでしょう?」
「言葉を交わすなんてそんな......! だってあの声で名前を呼ばれたりなんかしたら私確実にしぬ!」
「......」

 あっ、まーちゃんの笑顔がひきつった......めんどくせえなこいつと思われてるに違いない......

「......わーちゃん」
「......はい」
「今週中に田中くんとおしゃべりしてきてくださいね」
「えっいやそれは」
「お返事は?」
「............は......い」
「よくできました。素直な子って大好きですよ」

 まーちゃんの笑顔は人を殺せるな......
 そんなことを考えたある日の放課後、私は今日も元気です。
 

Re: 初恋デッドライン ( No.3 )
日時: 2021/03/22 03:09
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

 ***




「......へえ。つまり渡辺さんは俺が好きなんだ?」

 まーちゃんに笑顔という名の脅しをかけられた次の日は丁度、田中くんが歌の練習をしにここの空き教室に来る日だった。
 気分はさながらただのTシャツに短パン、装備は木のぼう片手にレベル一でラスボスに戦いを挑む勇者だ。それでも意を決して押しかけたまではよかったのだが......まさか鈴木くんがいるとは思わず、意図せず修羅場へと化してしまった。私としたことが、田中くんと鈴木くんの行動を読めていなかった......一生の不覚......!
 立ち話もなんだからと持って来てくれた椅子に腰をかけながら、私は目の前に座っている二人の目をみることができなかった。

「ソウイウコトデス......」
「しっかし物好きもいるんだな、こんな男らしさの欠片もねえやつを好きになるなんてよ」
「鈴木うるさい。えーっと......それで、告白してくれたのは嬉しいんだけど......友達でいいの?」
「そうですよねごめんなさいいきなり告白しても困る......って、え?」
「いいよ。つき合おっか」

 いま、田中くんはなんと言っただろう。私の幻聴妄想でなければ、つき合おうと。あの美しい声で。
 恐らく......いや確実に混乱していた私は、ぽろりと口に出してしまった言葉がどれだけ酷かったかを、理解することができなかった。


「いやまっ......! えっでもお二人はつき合ってるんじゃないんですか!?」

 や ら か し た。
 そう気づいたのは、二人が唖然とした顔で私をみつめてから数秒後だった。いや馬鹿なのか!? 私は馬鹿だマヌケだアホだ! オブラートに包むこともせずはっきりとしかもご本人の目の前でなんてことを! こんな時でも私の脳は腐のことしか考えられないのか!? これだから腐女子は!
 心の中で思いつく限りの言葉を使い自分を罵倒していた私は、田中くんの小さな笑い声で我に返った。

「ぶっ......くっ......ちょっと、ごめっ......ふふ......」
「……なぁんで笑ってんだ田中てめぇぶっとばすぞ! つーかなんだそれ! つき合ってる!? ふざけんな誰だそんなくそみてえな噂流したヤツ!」
「いやだって......おかしくってさぁ......安心していいよ渡辺さん、俺たちつき合ってないから。まあ......相思相愛ではあるけど」
「よし歯ぁ食いしばれ田中、二度とそんな口きけなくしてやるから。頼むから一回殴らせろ」

目の前で繰り広げられる、脳内で何度も思い描いたそれは、あまりにも刺激的すぎた。
あの田中くんと鈴木くんが、私の目の前でじゃれている......だと......!?

「あ......ありがとうございま......じゃなかった、それ本当ですか......!?」

 思わず口をついて出た心からの感謝の言葉を誤魔化しつつ、私は食い気味に田中くんにつめよった。椅子の脚が床をがりがりと引きずる音がしたが気にしていられない。

「うん。それにしてもそっか、まだその噂出回ってたんだ」
「......知ってたんならなんで言わねえんだよ! どうりでお前といるとじろじろ見られるわけだ!」
「だって面白いじゃん。いつも一緒にいるのは事実だしさ」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人をしっかりと脳内ビデオでおさえつつ永久保存しながら、鈴木くんの騒ぎようで噂は間違いだったと確信した。嬉しいやら悲しいやらで胸が張り裂けそうだ。

「......でも、あの......お二人ともピアスつけてますよね? お揃いの、片耳ずつ......」

 そう。田中くんの左耳には、キラリと光るシルバーのシンプルなピアスが綺麗におさまっている。そしてなんと、鈴木くんの右耳にも同じピアスが輝いている。
 校則でピアスは禁止されているのだが、違反常習犯の鈴木くんはともかく、至って真面目な田中くんがどれだけ注意されてもこのピアスだけは外さなかった。それを知った時は萌えで心臓が止まるかと思ったが、つきあっていないとわかった今は疑問でもある。

「......ああ、これ?」

 田中くんの細くて白い指が、左耳の飾りに触れた。

「これは......鈴木が一人でピアスあけるの怖いーって泣きついてきたから仕方なく一緒にあけてあげたんだよ」
「嘘つくんじゃねぇよくそ田中」
「あの頃の鈴木は可愛かったのになぁ」

 この二人は三分に一度夫婦漫才をしなければ気がすまないのだろうか。いい加減私の心臓をとめにかかるのをやめてほしい。

「まあ冗談だけど......これはね、渡辺さん」

 頭がそろそろキャパオーバーしそうだ、なんて考えていると、突然田中くんの美しいかんばせが目の前に広がったと思うと、そっと私の耳に口を寄せた。


「これは、俺の『戒め』なんだ。鈴木への罪悪感が形になったもの。だから、俺はこれだけは外せない__あいつには内緒だけどね」


 そう言って顔を離した田中くんは、あまりにも突然のことで目を見開いて金魚よろしく口をパクパクさせている私をみてにっこりと、とても綺麗に笑った。

「じゃあ、これからよろしくね、彼女の渡辺さん」

 私の意識は完全にフェードアウトし、田中くんの美しすぎる声と笑顔がぐるぐると頭の中をめぐっていた。





***







「......なんで受けたんだよ、告白。渡辺のこと知ってたわけでもないだろ」

 嵐のような彼女が放心状態で教室を出て行ったあと、鈴木がぽつりと呟くように言った。

「知らないなぁ。そうだな、強いて言うなら、『楽しそうだったから』かな」
「…...お前ってつくづく最低だよな。なんでお前を好きになったのかまじで理解できねぇわ」




 ____そんな最低に、君は人生を狂わされたのにね。




 湧き上がった言葉は、自嘲とともに風にのって消えていった。
 ああ、空が赤いなぁ。
 
 

Re: 初恋デッドライン ( No.4 )
日時: 2021/03/22 03:11
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

「「「「あ......」」」」

 私と田中くんがなぜかお付き合いすることになってから、数週間後。
 実は別れる前、田中くんと鈴木くんの連絡先をいただいてしまったが全く会話らしい会話をすることができない、そんなある日の昼休み。私とまーちゃんが二人並んで廊下を歩いていると、前方からこれまた二人並んで歩いている、あの方々と邂逅した。

 さて、なにやら修羅場の雰囲気である。......まーちゃんが。

「こ、ここここんにちは田中くん、鈴木くん」
「なんか久しぶりだね渡辺さん。......と、隣は」
「あっ、この子は私の友達で、まー「町田と申します、よろしくお願いしますね田中くん」......です」

 私の紹介を遮り、ずいっと一歩踏み出したまーちゃん。まるで庇われているかのようだが、一体どうしたというんだ。顔は相変わらずにこにこしてるけれど。

「ああ、渡辺さんがまーちゃんって呼んでた......って、え、町田? あの町田さん?」
「なんだ? 知り合いかよ」
「......俺の父さんが働いてる会社が、町田財閥の会社なんだよね」


 町田財閥。ここいらでは有名なお金持ちで、実はまーちゃんはその一人娘だったりする。
 この学校でもまーちゃんは有名......のはずなのだが、どうやら田中くんたちは知らなかったらしい。まあ、他人に興味がないことで知られている二人だから、仕方のないことなのかもしれないけれど。俺たちの世界は二人だけで充分だってことですねわかりま......んん! 危ない、また思考が腐海の底へ沈みそうだった。

「......父がいつもお世話になってます」
「あら、そうでしたか。いえいえ、いいんですよそんなこと。ああ、でも......」

 すうっとまーちゃんの瞳が細められた。この顔には嫌な予感しかしないが、大丈夫だろうか。

「私の大切なお友達であるわーちゃんとお付き合いすることになったそうで......おめでたいことですね、ええ、本当に。でももし、万が一、わーちゃんが悲しむようなことがあったら......ひどいですよ?」

 遠回しの脅しじゃないですかさすがまーちゃん、そこに痺れもしないし憧れもしませんが背筋は震えますね!
 まーちゃんの有無を言わさない言葉に田中くんは苦笑いを浮かべ、肩を竦めてみせた。

「肝に銘じておくよ。それにしても、随分友達想いなんだね」
「お友達の心配をしてはおかしいかしら」
「はは、まさか。ただ俺にはできないから、羨ましいなと思っただけだよ」
「......? 田中くんだって、鈴木くんの心配くらいするでしょう」
「__さあ、どうだろう。その時になってみたいと、わからないかな。......まあそんなことはどうでもいいんだ。ちょっと渡辺さんと話したいから、二人きりにしてくれる?」
「うえ!?」

 突然の振りに、思わず素っ頓狂な声が飛び出し肩も盛大にはねた。
 なんだ、なんだというんだ。私が田中くんと二人きりだなんて。そりゃ付き合ってはいるし、所謂こ、ここここ恋人というものではあるけれど、関係の呼び名が変わっただけで距離はちっとも変わらない。
 私が一方的に好きで、田中くんはそれに気まぐれにつきあってくれている、ただそれだけのこと。だから私は今まで通り、遠くから見ているだけで充分なんだ。たまに勇気をだして話しかけたりするだけで、それだけで幸せなのに。

 それなのに、いきなり二人きり、だなんて。

「......死ぬかもしれない」
「ん? なに?」
「なっなんでもないです! はい!」
「そう? じゃあとりあえず屋上でも行こうか」
「は、ははははい! ......って、あの、でも屋上は立ち入り禁止のはずじゃ」

 困惑する私に、田中くんはくすりと笑ってポケットから鍵をとりだした。小さく揺らされる銀色のそれを私の目が追う。

「俺が授業サボる時によく行くんだ、屋上。よく知ってる先生がいてさ、ちょーっとお願いして鍵預かってるの」

 ......まさか脅してたり、しないですよね?
 そんなこと聞けるはずもなく、にこにこと笑う田中くんにつられて引き攣った笑みを浮かべた私は、彼と共に屋上へと足を運んだのだった。










「......お前さぁ」
「話しかけないでいただけます?」

 突如として二人残された鈴木は、沈黙に耐えきれず話を振ろうとして、それは叶わなかった。町田にばっさりと遮られたからだ。
 呆気にとられていると、彼女の大きな目が細められ、じっと睨まれた。

「私、不良が嫌いなんです」
「......そーかよ」
「......私の、弟が。あなたをみて不良に憧れを抱き始めて。最近ついに髪を金色に染めて......それをみてもう目眩がして。だから鈴木くん、私はあなたが不良のなかで特に嫌いなんです。田中くんもピアスなんてあけてるから、あなたと同族だと思っていたのだけれど......これだけは言っておきますね。私の大事なあの子を泣かせたら、あなたたちを許さない。死ぬよりもひどい目にあわせますので、どうかお気をつけて」

 そう言ってくるりと踵を返し、高いところでひとつに結んだ長い髪をなびかせながら、町田は颯爽と去っていった。

「......不良、ねぇ」

 つぶやきながら、己の金色に染まった髪を指で弄もてあそぶ。
 まだ、この髪が黒かった時。不良なんてとんと縁がないと思っていた、三年前。



 __何してるかって、みてわからない? 暴力ふるってんの。



 血なまぐさい匂いと、あちこちに倒れている人の塊。その上に粛然として立つ、血だらけの黒。


 その光景を呆然と見つめたその時、確かに、自分の運命は変わったのだ。

Re: 初恋デッドライン ( No.5 )
日時: 2021/03/22 03:12
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

 頬を掠める柔らかい風。どこまでも澄み渡った青。ああ、今日は空が高いなぁなんて思いにふけること約十数秒。どうしても視界にはいってしまう、フェンスを背もたれに、こちらに絶えず笑顔を振りまいてくれる田中くん。青空バックだと余計に格好よくみえてしまうのでもうどうしようもない。
 
 田中くんに連れられてのこのこやってきてしまったここ、屋上。なんていうことだ、屋上に二人っきりだなんて。漫画でよくあるシチュエーションじゃないか......!『先輩って、ほぼ毎日ここにいますよね。あっもしかして昼ぼっちってやつっすか?』『うるせえ帰れ』なーんてわんこ系後輩くんとドライ系先輩の青春ラブコメがはじまるわけですねわかります!
 ......っといかんいかん、つい現実逃避を。
 ここについたばかりの時、田中くんになぜそんな距離が遠いのかと聞かれてしまったが、そんなの私が田中くんのご尊顔を間近でみることに耐えられないからに決まっている。片想いを拗らせすぎて、いざ恋人になると適切な距離がわからないのだ。私には柱の影から見つめるモブポジションがお似合いなんだ......!
 
「そういえばさぁ、渡辺さんって委員長だったりする?」
「へっ!? あ、はい! ......えっと、どうしてそれを?」
「俺のクラスの委員長が、渡辺さんのこと話してたなーって思い出して。眼鏡かけたボブカットの女の子......って、最初に会った時眼鏡かけてなかったよね?」
 
 そう言われて思わず、いまかけていた眼鏡のつるにそっと手をそえた。
 うん、なんというか......これを言ったらさすがに田中くんでも引く気が......でもせっかく田中くんから話をふってくれたんだし......ええい、ままよ!
 
 「あー......実は、ですね......ほら私って、腐女子、じゃないですか。男の子二人組をみると脳が勝手に妄想を始めてしまって。もし万が一誰かに私がそんな人だって知られたら、私が委員長のクラスを馬鹿にされるんじゃないかって、思って。だから、この眼鏡かけて、いまは学校、妄想禁止! って言い聞かせはじめたら、なくなったんです。そういうこと。あの時は眼鏡かけるの忘れてて......」
 
 まあそんな防護フィルターを紙のように破ってきたのは紛れもない田中くんと鈴木くんなんですけどね! だめだとわかっていても止められなかった......この世にはこんな萌があったのかと......
 
「ふーん......どうして馬鹿にされると思ったの?」
「えっ!? だ、だって気持ち悪い、でしょう......? 二次元ならまだしも三次元で、しかも自分でそういうこと想像されるの......」
「別に? それほど俺と鈴木が仲良くみえるってことでしょ。ほら、俺たち相思相愛だから。ああ、でもそっか。人によって違うのか」
 
 めんどくさいね、なんてあっけらかんと笑う田中くんに、私は目を見開いた。そんなことを言われたのは初めてで。多くの『普通』の人が否と首を横に振る私の趣味を、彼は笑って是と告げてくれた。
 否と答える人達が悪いわけじゃない。それが普通であると、私が少しハズれているのだと、そんなことはとうの昔にわかっている。自分が好きなものが、その他大勢の人も好きだとは限らないし、理解されないのも仕方がない。差別、とまではいかないけれど、大きな溝があるのは確かだった。
 
 それでも、笑って受け入れてくれるのが、こんなにも嬉しくて。
 
 ああ、田中くん。あなたはどこまで私を惚れさせれば気が済むのでしょうか......!
 でもいくら田中くんが気にしないと言っても、さすがにご本人の目の前で私のお粗末な妄想を垂れ流しにするわけにはいかない。例えどんなに破壊力の大きい萌えだとしても!
 
「わ、私が気にします......! お二人のことももちろんちゃんと心の中に留めるので、安心してください」
「そう? 別にいいんだけどなぁ......じゃあ、今日一緒に帰ろうか」
 
 なにが『じゃあ』なのか全くもって理解できないのですが、いまなんとおっしゃったのでしょう。今日? 一緒に? 帰ろうか? まさかそれは田中くんのお隣を歩けるという......?
 いやそんな私みたいなモブに、ラブコメの主人公のようなシチュエーションなんてあるわけが......
 
「教室に迎えに行くから。2-Bだったよね?」
「は、はい......」
「ん、もう授業始まるね。俺はここでサボるけど、渡辺さんは?」
「う、受けます......」
「そっか。じゃまた放課後」
 
 田中くんに見送られながら、屋上を出る。バタン、と扉が背後で閉まった音を聞きながら、私は呆然と立ち尽くした。
 何が起こったのか全くわからなかったが、これだけは言える。
 
 どうやら、私は放課後死ぬらしい。
 
 その後の授業は上の空だった、ということは言わずもがなだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そしてあっという間にやってきてしまった、放課後。田中くんは迎えに来てくれると言っていたから、とりあえず教室で待機だ。
 醜態を晒さず無事に家に帰ることしか頭にないのだが、こんなんで本当に田中くんの彼女が務まるのだろうか。いや、務まらない。せめて笑顔で会話できるようになりたい。焦らず、まずはスタート地点に立つことから始めよう。
 
 そんなことを自分の席でゲンド〇ポーズをかましながら悶々と考えていると、机の上に置いていたスマホがピロンと軽快な音とともに震えた。誰からだろう?
 そう思いながらSNSのアプリを開くと、短いメッセージが飛び込んできた。
 
 
『ごめん。先帰ってて』
 
 
 差出人は、ついさっきまでそのことしか頭になかったほど考えていた、田中くんで。
 私は、呆然とその文字を眺めることしかできなかった。
 

Re: 初恋デッドライン ( No.6 )
日時: 2021/03/22 03:14
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

 メッセージを打ち終わって、スマホの電源を落とした。なんだか妙に疲れた気がして、ため息をつきながら校門によりかかった。
 渡辺さんには悪いことをしたなぁ。今度なにか奢りということで許してはくれないだろうか。......まあ、多分、怒ってはいないと思うけれど、あの子だから。
 なんとなく、彼女なら許してくれる気がする。根拠なんてないし、最近会ったばかりたけど、彼女は優しい。どうしてかこんな自分を好いてくれて、真っ直ぐに気持ちをぶつけてきてくれる。少し気を遣いすぎるところもあるけど、そこも彼女のいいところだ。
 好奇心で始めた『遊び』のつもりだったが、少しだけ楽しんでいる自分がいる......ような気がする。
 
 だというのに、どうしてこうなったのだろう。
 
 
 渡辺さんと約束をして、そのままなんとなく授業をサボって、屋上の風に吹かれながら睡眠時間をたっぷりとった後の放課後。
 渡辺さんを迎えにいこうとしたその時、スマホが、着信を伝えるバイブのせいでふるりと震えた。嫌な予感にまゆを潜めつつSNSのアプリを開くと、案の定。
 見ず知らずの人間から届いたメッセージ。
 
 『鈴木のことで話がある、校門で待ってろ』、と。
 
「......はぁ」
 
 彼女のクラスへ向かおうとしていた足は回れ右、重いからだを引きずって渋々校門へ向かった。
 
 そして現在に至るわけだが。
 
 遠くから聞こえてきた不快な雑音に目を細める。
 それは確実にこちらに近づいてきている。ああ、嫌だな。せめて顔はやめて欲しいものだ、あとで鈴木が面倒くさい。そんなことを思いながら、ニヤニヤと近づいてくる集団に視線を向けた。どこの制服だろう。顔も知らないやつらばかりだ。まったく、鈴木に用があるのなら本人に直接言ってほしい。
 まあ、そんな勇気があるなら俺のところになんて来てないいのだろうけど。
 
「お前が田中か?」
 
 リーダー格のような、ガタイのいいかなりいかつい顔をした男がずいっと詰め寄ってきた。
 ちょっと近い近い、パーソナルスペースを守ってくれよ。
 
「......そうだけど、君誰? 何の用?」
 
 少しだけ怯えたような声を意識して尋ねる。そうすると、相手は俺を小物だと判断し余裕がうまれる。こんな女のような見た目でも充分役に立つものだ......ただし初対面限定で。
 狙い通り、男は嫌な笑みを浮かべてきた。
  
「まあまあ、とりあえずこっから離れよーや。鈴木の昔話でもしようぜぇ?」
 
 がしっと無遠慮に掴まれた肩に、太い指がくい込む。手加減というものを知らないのかなこの男は。
 下品な笑い声があちこちから聞こえる。しかしまあ、随分ぞろぞろと連れてきたな。ざっと数えて十人ってとこか。最近動いていなかったから、少しきついかもしれない。ああ、色んな人の視線がぐさぐさと......最近は細々と生きていたのに、台無しじゃないか。
 
 
 まあ、とりあえず。
 
 
 ......スマホ変えるか。個人情報漏洩よくない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
***
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 チンピラ共に連れてこられたのは、人気のない路地裏。まさにいかにも、な場所のチョイスに思わず笑ってしまうほどだ。そこまでテンプレ通りになぞらなくてもいいものを。
 
「呼ばれた理由、わかってんだろ? お前、鈴木の友達なんだってなぁ?」
「そう、だけど」
「あいつにさぁ、俺のダチが世話になってよお......こっちもお返ししねえとなぁって思ってなぁ......お前が人質になってくれりゃあ、あいつも大人しくきてくれるだろぉ?」
 
 随分と律儀で友達想いないい青年だ。甘ったるくて反吐がでそうなくらい。
 
「......はは」
「......なに笑ってんだ、頭いっちまってんのか?」
 
 そうだな、随分前におかしくなったかもしれない。
 
「お前みたいに大勢でかからないとびびって来れないやつなんかの相手、鈴木がするわけないだろう?」
 
 そう言ってにっこり笑ってやると、男は怒りで真っ赤になりながら胸ぐらを掴んできた。
 制服が伸びるからやめてほしい。シワになったらどうしてくれるんだ。
 
「調子に乗んなよてめぇ!」
「怒るってことは図星かな? 仇討ちだかなんだか知らないけど、無関係の俺を巻き込まないで欲しいなぁ。わざわざ人質って、まあいい手ではあるけどどんだけ弱いの君たち......っ!」
 
 腹に一発。胃が抉られるように男の膝がめりこんだ。こらえきれずにひきつったような咳がでる。
 蹴られたら痛いし殴られれば血がでる。痛いのも怖いのも嫌なんだ、俺は。
 
「くだらねぇこと喋ってんじゃねぇぞクソが。てめえは黙って鈴木呼べばいいんだよ」
 
 まだ、まだだ。まだ足りない。
 
「......だから、さ。呼んだところであんたらが勝てるわけないって言ってんの、わかんないかなぁ。大人しく地面に這いつくばってればいいじゃ......っ!」
「這いつくばんのはてめえだよっ!」
 
 二発、三発。二発目は顔面、三発は鳩尾みぞおち。たえきれず地面に倒れ込むと、あらゆる方向から何度も何度も体中を蹴られる。痛い、痛い痛い痛い。せりあがってくる胃液。血反吐がでそうなほど蹴られた腹や背中。多分、というか確実に痣になってるだろうな。
 痛みで霞んだ視界に、取り巻きのやつらの手に鉄パイプが握られたのを確かにみた。
 
 もう、いいか。
 
 再び自分の体を蹴ろうと降ってきた足を、片手でがしりと掴んだ。予想外であろう俺の行動に攻撃が止んだすきを狙って、掴んだ手に思いっきり力をこめる。足払いならぬ手払いのように、もう片方の手を地面につきながらぐいんっと横に振り回す。さすがに寝ながらじゃきつい......!
 
「うわっ!?」
 
 見事バランスが崩れて倒れてくれた男に、何事かとほかの奴らの視線が集まる。これ幸いと、ゆっくり立ち上がる。ああ、痛かった。
 
 けど。
 
「やっぱり、あんたらじゃ鈴木には勝てないよ」
 
 
 
 会う前に、俺に負けるんだから。



「だから大人しく、這いつくばってればよかったのに。ね?」

Re: 初恋デッドライン ( No.7 )
日時: 2016/12/28 15:13
名前: はるた ◆OCYCrZW7pg (ID: MuN5clNF)



 ご無沙汰しております。お言葉に甘えて突撃しにまいりました(*´ω`)
 スレが立てられた日から追いかけ続け、一コメをかっさらうというお久しぶりの展開です。どうか私の田中くん愛を語らせてください。

 渡辺さんが本当に可愛い。腐女子という属性が良い味だしております。
 「性別なんて!! 愛の前においては関係ないんですよ」はい、その通りでございます。おおおおお、渡辺さん分かっておる! と喜びの舞を踊りました。例え少し腐女子気味でも、純粋に田中くんのことが好きな渡辺さん。好きな人のすばらしさを力説する彼女の健気さははるた大好きでございます。あといきなりゲンド〇ポーズとか笑かさないで! 一人で大爆笑しました。あ、あとわんこ系後輩くんとドライ系先輩のラブコメは是非是非読みたいです、宜しくお願いします。

 はい、推し。私の大好きな大好きな田中くん。出てくるたびに女子高生に戻ったかのようにきゃーきゃー黄色い声を上げております。好き。
 プロローグの鈴木くんに対する「お前のために歌ってやったのに」が可愛すぎて可愛すぎて私はそこから田中くんへと沼り始めました。
 こう、色々とにおわせてくる田中くんの発言にときめかずにはいられませんで。田中くんと渡辺さんのラブを純粋に楽しもうとしているのに、田中くんと鈴木くんの関係に萌えを感じずにはいられない自分がいて、しんどい(語彙力の欠如)
 田中くんと鈴木くんの過去も気になりますし、田中くんのアクションシーンも最高ですし、「這いつくばって」とかこうなんか静かにSっ気を出している彼がはい、好きです。

 鈴木くんと町田さんもすごく好きです。
 ピアスのくだりとか可愛すぎて。田中くんの冗談が本当だっても良かったのにな、とか妄想を始めます。けど、もっと何か深い闇てきなものがちらりと覗いているのでそれも気になるところですね。
 町田さんの渡辺さんの溺愛っぷりも好きです。田中くんや鈴木くんに牽制する姿とか格好良すぎて。お嬢様って感じの清楚な言葉遣いとかパソコン前でいつも合掌してます。

 キャラ愛だけでも凄くなることが分かりました。
 ストーリーも気になることが多く、今後も楽しみにしていきたいです。田中くん格好良いしか言わなくなったら末期ですので、もう既に末期です、すみません()
 更新がんばってください、楽しみにしております。また、別作品も色々読んでますので(わらび餅ちゃんの作品全制覇してる勢)そちらの方にもコメントいきたいなぁと思ってます。

Re: 初恋デッドライン ( No.8 )
日時: 2017/03/08 01:09
名前: わらび餅 (ID: yGaMVBz.)

はるちゃん


わあああああお返事遅れて申し訳ないです......!!
コメント嬉しすぎてめっちゃ読みました。そりゃもう隅から隅までしっかりと。あんまり嬉しいから涙がちょちょぎれそうです。

腐女子キャラ初めてで上手く動かせるか心配だったので、そう言ってくださるととても励みになります......!腐女子っていうかほぼ私なんですけどね!思考回路とかそっくり!推しのことになると饒舌になるのは仕方ないんですオタクなんです。
わんこ系後輩とドライ系先輩は私も読みたいので、はるちゃんぜひお願いします私に萌えをお恵くださいませ。

田中は面白ければなんでもいい、みたいなところがあるので、鈴木をからかうのが大好きなんです。SかMかでいわれたらドSの部類ですね彼は。なので積極的に鈴木に絡んでいくので、そのたびに渡辺が大歓声を心の中で上げております。田中いるところに鈴木あり。そんな感じなので渡辺も恋心より先に腐女子心が出てきちゃうんですね。かっこいいって思ってくれて嬉しいです!

町田さん、最初はあんな辛辣な子じゃなかったんです。なぜか暴走した結果、渡辺モンペのラスボス的キャラになりました。なんでや。
鈴木と田中の昔話とか、それこそピアスの話も、町田さんの弟くんとかも、色々出したいな、と思ってます。出せたらいいな(遠い目)

うううありがとう......!私もはるちゃんのストーカーなので、作品にコメントしたいです!します!


コメントありがとうございました!

Re: 初恋デッドライン ( No.9 )
日時: 2021/03/22 03:16
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

 さて、どうしようか。
 いきなり反撃してきた俺に一瞬びびったチンピラ共だけど、すぐに威勢を取り戻しアリのように群がってくる。突き出してくる拳やら鉄パイプやらを躱しつつ、これからのことを考える。
 一方的に殴れば手を出したこちらが悪くなるから黙ってやられていたわけだけど、散々殴られ蹴られまくったいまは倍返しにしても正当防衛と言い張れる。はず。痛いのも苦しいのも嫌だから、はやめに終わらせたいところだが。というか顔面殴ったやつはどいつだ、お前だけは潰しておきたい。お前のせいで鈴木にこのことがバレたらどうするんだ。
 とまあ、殴られることは予想していたので最初から正当防衛にかこつけてやる気まんまんだったのだが、どうにも気分が乗らない。人目もないし、悪いのはあっちだし、別にやったってなんの問題もないのだけれど。
 少し、ほんの少しだけ、怪我なんてみられたら、渡辺さんが心配するかもしれない、なんて。いや心配どころか泣いてしまうかもしれないなぁ、あの子のことだから。
 
 渡辺さんは、嘘が下手だ。思ってることが顔にでまくっている。だから、まだ出会って数日だけど、俺のことを本当に想ってくれて、憧れの眼差しを向けてくれているのがいやってほどわかる。わかってしまう。こんな俺にそんな気持ち抱いてくれるなんていっそ哀れに思うし、どうせ長続きしないだろうとも思っている。恋人になったのも面白半分だけれど、純粋に好きだと言ってくれる彼女に、汚れた部分は見せたくない......なんてかっこつけてる自分がいる。
 
 こんな俺をみたら、彼女は嫌うだろうか。
 
 
「お巡りさん! こっちです! こっちで喧嘩が!」
 
 
 思考の海に沈んでいた意識が、突然聞こえた大きな声で引き上げられた。
 お巡りさん? 誰かにみられてたのかっていうかまずいんじゃないかこの状況。待ってください俺はまだなにも......まあ一人ぶん回したけど殴ってはいないし余裕で正当防衛の範囲内だろう。なんなら殴られてできた怪我を見せつけながら同情を誘って__あれ、いまの声、どこかで。
 
「チッ! おいずらかるぞ!」
 
 俺とは違ってどう考えても言い訳できないチンピラヤンキー共は、声が聞こえた道の反対方向へ走り去っていった。逃げ足だけは早い......っておいおい鉄パイプ投げるんじゃないよ危ないだろうが。
 お巡りさんはどこだろう、と声が聞こえた方向に視線を向けると、そこにいたのは。
 
「......渡辺、さん?」
「だ、大丈夫でしたか田中くん! ああこんなに怪我が......! 血、血が!」
 
 俺の目の前には、目に涙をためて、パニックになりながらも怪我の箇所を触れずに確認していく渡辺さんの姿が。制服のままだから、帰らなかったのか。ああ、やっぱり、泣いちゃってる、なんて考えてしまう俺は、頭のネジが外れているのだろうか。

「え......なんでここに......」
 
 そう聞くと、渡辺さんは少し言いづらそうに視線をそらした。
 
「......えーっと......ですね......田中くんから連絡を頂いたあと帰ろうとしたんですけど、田中くんが校門でガタイのいい怖そうな人達に囲まれていたと聞いて、気になってついあとを......す、すみませんストーカー紛いなことをして......!」
「いや、助かった......けど、一人でつけてきたの? 何かあったらどうするの、あいつらだけとは限らないし、もし目つけられたら......というかお巡りさんは」
「あっ、お巡りさんは嘘です......どうしたらいいかわからず、口から出任せを......ですね......そんなことより田中くん、はやく手当てを!」
 
 普通は、あんな喧嘩みたら逃げるだろう。ましてや女の子で、なにされるかわからないのに。嘘までついて、俺を助けようとしてくれて。
 すごいなぁ、渡辺さんは。
 
「このくらい大丈夫だよ。......ありがとう、渡辺さん」
「大丈夫そうにはみえないんですが......でもびっくりしました。田中くんが喧嘩なんて」
「......怖くなった? 俺のこと」
 
 いくら渡辺さんでも、こんなやつとは付き合いたくないだろう。やっぱり別れたく__
 
「え? いえ、強くてかっこいいなぁと......ああでも、万が一田中くんになにかあったら、って思うと怖いので、あんまりしてほしくないなあ、と......」
 
 渡辺さんは、嘘が下手だ。
 嘘をつくときは挙動不審になるし、目も泳ぐ。けれどいまは、眼鏡の奥の瞳はしっかりと俺を映していて、声も震えていない。だからこれは、渡辺さんの本心で。
 その言葉に、酷く安心している自分がいる。
 
 ああ、なんだ。怖がっていたのは渡辺さんじゃなくて、俺じゃないか。
 
「......ありがとう」
「ぅえっ!? こ、こちらこそありがとうございます!」
「ふっ......ははっ......なんで渡辺さんがお礼言うの」
「な、なんででしょう......田中くんの新たな一面を見せていただいたから......?」
 
 やっぱり、渡辺さんはよくわからない。よくわからないけれど、面白くて、いい子だ、とても。
 
「......あ、助けてもらってあれなんだけどさ、このこと鈴木には言わないでほしいんだ。あいつ、自分のせいだって落ち込むと思うから」
「......えっ」
 
 ん?
 
「す、すみません......あの、もう連絡しちゃって......私だけじゃ不安だったから、ここの場所も......」
「......あー......」
 
 それは、ちょっと、まずいなぁ。
 とにかく、鈴木が来る前に逃亡を__
 
「おい! 田中ぁ!」 
 

 ......ああ、今日はいい天気だなぁ。

Re: 初恋デッドライン ( No.10 )
日時: 2021/03/22 03:13
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

「あー、えっと、とりあえず落ちつこうか鈴木」
「あぁ!? ざけんじゃねえよくそ田中! お前やっぱり!」
 
 鬼のような形相で田中くんに詰め寄る鈴木くん。
 こ、これはもしかして、とんでもないことをしてしまったのではないだろうか。いやだって、田中くんがあんなに強かったなんて知らなかったし......! 鈴木くんなら喧嘩強そうだから、何かあった時のためにと呼んだのだけれど......!
 
「......何も無いって、言ってたじゃねえか! 大丈夫だって! ずっと、嘘ついてたのか」
「......大丈夫だったよ、今までも。今日だって別に、大したことじゃ」
「怪我! してんだろうが! 俺のせいだろ!?」
 
 田中くんの両肩を、鈴木くんの大きな手が掴む。鈴木くんはそのまま俯いて、消え入るような声で呟いた。その顔をみることは叶わない。
 
「......なんで、なんで言ってくれなかったんだよ。頼りないからか? まだ足手まといか?俺はまだ、お前の隣に」
「鈴木」
「俺は、そんなつもりじゃ」
「鈴木、違う。違うよ。確かに絡まれたのはお前が原因だけど、結局は俺のせいだから。お前をこんなところまで連れてきた、俺の責任だから。お前が背負うことじゃないし、気にすることでもないんだよ」
「けど!」
「......はは、なんつー顔してんの。らしくないなぁ」 
 
 顔をあげた鈴木くんをみて、困ったように笑う田中くん。そこには、いつもの余裕めいた笑みはどこにもない。 
 田中くんよりひと回り大きなはずの鈴木くんが、いまはなぜだかとても小さくみえた。二人のあんな顔、みたこともない。あんな声、聞いたこともない。
 ああ、私はきっと、ここには立ち入れないんだ。少しでいい、ほんの少しでも、一緒に背負わせてくれたら、なんて。
 贅沢な願いだ。
 
「それにさ」
 
 金の髪を、ぐしゃぐしゃとかき回す。鈴木くんは黙ってされるがままだった。
 
「お前が勝てた相手に、俺が負けるわけないじゃん」
 
 ふふん、と言わんばかりのドヤ顔を浮かべる田中くんに、鈴木くんはようやく笑顔を浮かべた。いまにも泣きそうな、下手くそな笑顔だったけれど。
 
「......うっせー。いまは俺のが強いかもしれねえだろ」
「どーだか。泣き虫なのも変わってないしなぁ」
「黙れくそ田中」
 
 やっと、いつもの二人だ。
 軽口を叩きあって、信頼を寄せあって。私が好きな......ううん、好きになった、二人だ。
 
 というか、あれ? もしかしていま、痴話喧嘩を見せられたのでは? 理由もなにもかもさっぱりだけど、二人の間にはなにかがあって、いまその事で揉めて、でも田中くんの溢れるスパダリと包容力でいつも通りに......
 
「......ああ静まりたまえ私の萌える心......!」
「ん? なんか言った? 渡辺さん」
「いいいいえなんでも! ないです! それより田中くん、手当てしないと!」
 
 私がそう言うと、鈴木くんもはっと田中くんの肩から手を離した。
 
「そうだった。ここからなら俺んちの方が近いな」
「えー、いや、大したことじゃ」
「んなボロボロな格好で言っても説得力ねえよ! おらさっさと行くぞ!」
「わかったわかった......あ、渡辺さんもおいでよ」
「はい! ......え?」
 
 思わず条件反射で答えてしまったが、今なんて?
 
「手当て、してくれるんだよね?」
 
 女神かと見紛う程の綺麗な微笑みに、首を縦に振る以外、私に選択肢は残っていなかった。

Re: 初恋デッドライン ( No.11 )
日時: 2021/03/22 03:18
名前: わらび餅 (ID: DIefjyru)

「お、お邪魔します!」
「どうぞー、散らかってるけど」
「なんでてめぇが答えんだよ! 散らかってねえし!」
 
 歩くこと十数分。ただいまの現在地、鈴木くんのご自宅であるアパート。
 大したことじゃない、と言いつつもやっぱりつらかったようで、ふらふらな田中くんはここまで鈴木くんの肩を借りて歩いていた。なんて素晴らしいツーショット。
 鈴木くんの言う通り、1DKのお部屋は綺麗に片付いており、家具等は黒をベースにシンプルにまとめられていた。こ、これが男の子のお部屋……!
 
「鈴木くんは一人暮らしなんですか?」

 そこに座っておけと言われた座布団に正座し、なにやらタンスをごそごそ漁っている鈴木くんに問いかけた。鈴木くんはというと部屋に入るなりベッドの上に寝転んだ。ごろごろする姿はとても可愛らしいのだが、ベッドに血がつかないか心配だ。
 
「そーだよ。ほんと物なくてつまんないよねぇこいつの部屋」
「だからなんっっでてめぇが答えてんだよ! つか物ないのはお前も同じだろうが! おら、寝るな! さっさと座れ!」
 
 口調は少し乱暴だけれど、田中くんを座らせる手つきは本当に優しくて、鈴木くんが彼を心配しているのがひしひしと伝わってくる。
 田中くんはもう開き直って、「怪我人なんだから優しくしてよ」なんて言っていた。この癒しの空間に私という不純物は必要ないのでは……?
 
「おい渡辺」 
「あ、はい! ……って、これ……」
 
 投げ渡されたのは、消毒液と包帯と絆創膏。
 
「こいつの手当て、すんだろ」
「あっそれ本気だったんですか……!」
 
 狼狽えていると、田中くんが横になりながら布団で口を隠し、眉を下げた。
  
「渡辺さんは俺の手当てするの、いや……?」
「誠心誠意こころをこめて努めさせていただきます!」
 
 私に断るという選択肢は存在せず、二つ返事で田中くんの手当てをすることになったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
「……お前さぁ、包帯巻くの下手くそだな」
 
 鈴木くんに呆れ顔でそう言われて、ぎくりと体が跳ねる。
 そ、そんなこと言われましても、怪我なんてしないから包帯の巻き方なんてわからないんです……! というか!
 
「そんなこと言うなよ鈴木。渡辺さんが一生懸命巻いてくれたってだけで治る気がするだろ? ねー、渡辺さん」
「ひえ、も、もったいないお言葉です……!」
 
 ベッドに腰をかけている田中くんの左隣に座らせてもらい手当てをしている真っ最中、ちょくちょく田中くんが笑顔でさらりと砂糖のような言葉の数々をその美しい声で囁いてくるせいで、手が震えて震えて仕方がない。そして私の隣に座っているのは鈴木くん。つまり、右を向けば田中くん、左を向けば鈴木くんという推しに挟まれているとんでもない状況なわけだ。
 こ、これが手当て……! 難易度高すぎる……!
 
「渡辺で遊んでんじゃねーよくそ田中」
「心外な。俺は思ったことしか言わないよ」
「どの口がほざきやがる……つーか、さっさと本題入れよ」
 
 ん? 本題?
 
「……バレてた?」
「てめーが手当てのためだけにこいつを呼んだんじゃねえってことはな」
「さすが鈴木、心の友!」
 
 少しだけ曇った笑顔を浮かべて、田中くんは首の後ろをさすりながら下を向いた。
 
「えっと、さ。ほんと、大したことじゃないんだ……でも……」
 
 意を決したようにばっと顔を上げて、包帯を持つ私の手を田中くんの少し大きな手が包んだ。
 な、何事です!?
 
「……聞いてほしい、話があるんだ」
 
 いつもとは違う、真剣な眼差しに思わず息を呑む。
 これは、きっと。田中くんのなかでは言いづらいことなんだろう。前髪で隠れて片方しかみえないべっこう色の瞳が、微かに揺れていた。
 こくり、と頷くと、田中くんは笑顔を消した。
 
「俺の……俺たちの、中学の話なんだけど……」
 
 そう言って、田中くんはぽつりぽつりと語り出した。

Re: 初恋デッドライン ( No.12 )
日時: 2018/08/14 11:18
名前: わらび餅 (ID: TimtCppP)

 地味で泣き虫。冴えなくて弱々しくて、同じ男とは思えない。第一印象は、そんなものだった。今思えば結構散々な評価だが、まあ、向こうだって俺の印象は良いものではなかっただろう。
 そんな俺たちの出逢いは、中学二年生の時。
 
 朝で肌にへばりつくシャツ、夕日に照らされてきらきらと輝く川の水、どこからか聞こえる蝉の声。そんな中、河原で男と男の喧嘩なんてどこの漫画に出てくる青春の一ページだと、そう思いたくなるだろう。俺も思いたかった。相手が多人数で、しかも手に鉄パイプとかいう物騒な物を持っていて、彼らの容姿がモヒカンやらスキンヘッドやらの「いかにも」なヤンキーじゃなかったら、きっと青春だった。
 別にしたくてしている喧嘩ではない。河原で寝そべっていたら突然絡まれて、あれよあれよという間に殴り合いが始まった。今回ばかりは俺に非は無かった、はず。うん、ないな。まあとにかく、俺はその日殴り殴られ血塗れに──主に返り血で──なり、夕日に染った河原でなんちゃって青春の一ページを繰り広げていた。
 石ころと熱い接吻をかましながら動かなくなったヤンキーの塊を見下ろし、結局こいつらなんだったんだとため息をついた。人通りの少ない場所だったからいいものを、警察にでも通報されたら面倒この上ない。
 
「……疲れた」
 
 雑魚とはいえ、さすがに多人数はこたえる。途中で拝借した鉄パイプを適当に奴らの上に投げ、頭をボリボリとかいた。これからどうしようかと様々な予定を頭の中で組み立てようとしたその時、じゃり、と石を踏む音が背後から聞こえた。まだ仲間が残っていたかと振り向くと、そこには、
 
「……な、なに、してるの……?」
  
 ボロボロの学ランを着たぼさぼさ頭のちっこい男が、すっかり怯えきったようにカバンを抱えて立っていた。
 
「……何してるかって、みてわからない? 暴力ふるってんの」
 
 仲間ではないと確信し、警戒を解く。これをネタに脅してくるような度胸もなさそうだし、見るからに弱そうだし。
 特に害なしと判断しスルーしてここを立ち去ろうと考えていると、学ランが突然ガバッと頭を下げた。

「え、なに……怖……」
「ぼっ、ぼくを、弟子にしてください!」
 
  
 
「…………はあ?」
 
 
 
 
 
 
 
***
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「──とまあ、こんな感じで出逢って、紆余曲折を経て今の鈴木が出来上がったんだけど」
 
 話を続けようとする田中くんに思わず待ったをかける。中学生、こんなにバイオレンスだったっけ!?
ㅤ額に手を当て、流れ込んできた情報を整理しながら叫んだ。
 
「いやいやいや! えっ、ええ!? 田中くんがヤンキーで学ラン少年が鈴木く、いや、待ってください突っ込みたいことは山ほどありますけどとりあえずどうしてそこで切ったんですか!? その紆余曲折を知りたいのですが!」
「え、そこ気になる?」
「気になりますよ気になって気になって夜も眠れませんよ……!」
 
 大事なのはプロセスである。結果ももちろんだけれど、なによりもどういうイベントがあり障害物を避けながら熱い友情を育み今に至るのか、それがより一層の萌えと推しカプの理解を得るために必要なことなのだ。
 だと言うのに! 驚きの馴れ初めを聞かされたと思えばそこで寸止めなんて! 週刊誌ではなく単行本派の私になんて鬼畜なことを!
 
「いま大事なのは俺達がいかにろくでもない阿呆だったか、ってことだから、それさえ知ってもらえればいいんだけど……まあ、そこらへんはまた今度ね」
「そんな殺生な…………」
「いやほら、鈴木にとっても黒歴史っちゃ黒歴史だし、俺も恥ずかしいし」
 
 ね? と鈴木くんの方に視線を投げかけた田中くん。残念ながら目をそらされてしまったけれど。無言、ということは肯定の意と取っていいのだろうか……
 
「とにかく、昔の馬鹿な行動のせいで一部ではちょっとした有名人なんだよね、俺達。だから、その……今日みたいな喧嘩に、渡辺さんも巻き込んじゃうかもってことを……伝えたくて」
 
 田中くんにしては珍しく言葉に詰まりながら話すので、どうしたんだろうと首を傾げた。
 私がじっと続きを促すようにみつめると、田中くんの美しいかんばせが苦虫を噛み潰したように歪んだ。まあ、どんな表情でも美しいが。
 
「……ああ、うん、ええと」
「はっきり言えよめんどくせぇ」
 
 鈴木くんが呆れたようにため息をひとつ零した。
 な、なんだろう。そんなに言い難いことなのだろうか。
 ごくり、と唾を飲み込む。内心ドキドキしながら言葉を待っていると、田中くんは意を決したように息を吸い込んだ。そしてその美しく、しかし少し強ばったような声が、私の耳に届いた。
 

「……俺に関わらない方が、いい」

Re: 初恋デッドライン ( No.13 )
日時: 2019/01/16 02:56
名前: わらび餅 (ID: Z/MByS4k)


「……え?」
 
 田中くんの美しい声音で発せられたその言葉を聞いて約数十秒。ようやく震えた声帯は、あまりにも間抜けな一言しか出してくれなかった。
 関わらない方がいい。つまり、つまりそれって。
 
「……俺なんかと恋人だといいことないよって、伝えたかったんだ」
 
 私と、恋人をやめたいってことだ。
 驚いた。とても驚いた。田中くんの発言にではない。彼がそう思っていたことでもない。
 遠回しに伝えられたそれに、思ったよりショックを受けなかった自分に。
 そりゃそうだ。恋人になって、少しだけ話す機会が増えた。田中くんから話しかけてくれるようになった。ただ、それだけ。デートだって、手を繋ぐことだってしていない。私からしたら会話をするだけでとんでもない事だけれど、一般的な恋人関係とは違うのだろう。そもそも、最初から付き合う気はなかったのだ。少しでも話せれば、それでよかった。私の好意を知ってもらえればそれだけでよかった。田中くんは優しいから、私の想いを受け取るだけでなく、お付き合いまでしてくれたのだ。
 いつ別れようと言われてもいいように、心の準備だけはしていたんだ、あの日から。
 
 でも、これは駄目だ。
 
「──別れません」
「えっ」
 
 そんなことを言うと思っていなかったのか、田中くんの瞳がまん丸に見開かれた。
 私だって、こんなことを言うつもりはなかった。彼を困らせるなんて私にとっては極刑だ。切腹ものである。でも、譲れないものというのが私にもあるのだ。
 
「俺なんかって、言わないでください。田中くんが優しくてかっこよくて誰よりも鈴木くんを大事に思ってること、知ってます」
「え」
「先生に何を言われても、生徒にどんな噂されても、鈴木くんの友達をやめなかった。合唱コンクールで優勝した時、誰よりも嬉しそうな顔をしていた。困ってる人がいたら当たり前のように手を差し出すところだって、本当にかっこいいと思います!」
「ちょ、」
「田中くんのいいところなら私、何十個だって言えます。だから……だから、俺なんかって言わないでください。田中くんを貶めるなんて、いくら田中くんでも許しません……!」
「……渡辺さん」
「私を振るなら、『付き合ってみたけどやっぱ渡辺さんみたいな現実でカプ妄想する腐女子無理だし、俺にはもっと美人でスタイル抜群のお姉さんじゃないと釣り合わないや。ごめんね』くらい言ってください!」
 
 自分で言って精神的ダメージを食らったが、問題ない。ほんの致命傷だ。
 
「いや、そんな酷いことはさすがに言わないけど……」
「た、例え話です! とにかく、ご自分にもっと自信をもってください! 俺なんかっていう田中くんとは、わ、別れませんから! 迷惑でしょう!? じゃあ別れを切り出すところからもう一回始めましょう! はいスタート!」
「待って待って、ちょっと落ち着こう」
 
 田中くんはなんとも言い難い表情をしながら、口を片手で覆ってしまった。どうしたんだろう。台詞の考え中だろうか。
 しばらく私をじっと見たと思えば、そろりと視線を外す。なんだか、田中くんの耳が少し赤いような……?
 
「…………渡辺さんってさ」
「はい!」
「……ほんとに俺のこと好きなんだね」
「はい!…………え?」
 
 てっきり振る台詞が飛び出してくると思っていた私は、またまた間抜けな声を田中くんの美しい耳に届けてしまった。なんてことだ。
 そんな、そんなのって!
 
「い、今更ですか!?」
「ごめんほんとごめん俺もそう思う。でも、なんていうか、今まで俺を好きだって言ってくれた子たちは大体外見だけで近づいてきたから。俺を、俺の中身を好きだって言ってくれる子、初めてで」
「私も田中くんのご尊顔は本当に大好きですよ!?」
「ごそ…………いや、そういうことじゃ……うん、まあいいや。とりあえず……なんというか、俺たちは言葉も時間も足りないみたいだ。渡辺さんが想像より俺を想ってくれていたことも、意外と頑固だってことも、初めて知ったよ」
 
 それはまあ、その通りだ。お付き合いをはじめてまだ数週間、そんな短い時間では田中くんがどれだけ素晴らしい人かを伝えきれるはずもない。
 私が頑固かどうかは、自分ではわからないが。まーちゃんに聞いた方が、きっとすぐに答えてくれるだろう。まーちゃんは人のことをよく見ているから。
 
「だから、話をしよう。好きなこととか、嫌いな食べ物とか、お気に入りの映画とか。少しずつでいいから、話がしたいな」
「……いいんですか?その、私が言えたことではないですが、 田中くんは私に関わってほしくないと」
「あれだけ熱烈な告白うけたらそりゃあ、ね? 心変わりもするさ。でも危ないのは本当だし、出来れば離れてほしいとは思ってるよ。ただ──」
 
 田中くんは少し目を伏せ、薄い笑みを浮かべた。それはどこか嘲笑のようにもみえて、私は思わず眉を寄せた。
 
「俺は結局、逃げてるんだなって。どこまでも自分勝手で臆病で、最低な男だって改めて自覚したんだ」
「そんなこと!」
「聞いて、本当なんだ。渡辺さんだけじゃなくて、色んな人たちからの好意からずっと逃げてきた。好きになってくれた人が、いつか自分を嫌いになる瞬間が見たくなくて、自分から突き放してた。大体みんな離れていくんだよ? 思ってたのと違うとか、構ってくれないとか。渡辺さんも同じで、すぐ飽きると思ってたんだ。だって付き合って数週間なにもしない男だよ? 普通は別れたいと思うし、今までずっとそうだった。でも渡辺さんは違った。文句のひとつも言わないで、挙句こんなに好きだって伝えられてさ」
 
──君と、ちゃんと向き合わなきゃって思ったんだ。
 
 田中くんのその一言が、私の心にすとん、と落ちて溶け込んだ。
 伝えられるだけでよかった。あなたのことを好きで好きでしょうがない人間がいることを、知ってもらえるだけでよかった。でも、心の奥底で諦められない私もいた。初恋で、誰かを好きになれたことが嬉しくて、その瞳の中に私を映してくれたらなんて、考えもした。
 ああ、いま、はじめて彼の目を見た気がする。
 それだけで体温がカッと上がって、心臓が酷く音を立てる。嬉しい、なんてものじゃない。田中くんの声を聞いているだけでも奇跡のようなものなのに、私の想いに向き合ってくれると、言ってくれた。このまま死んだら、きっと幸せだ。
 だって、こんなにも近くにいる。ステージの上にいたあなたが、客席で拍手をしていた私の元へ来てくれた。
 
 こんなに嬉しいことは、きっとない。
 
「──で、どう? 渡辺さん、いいかな」
「……っえ!? は、はい!」
「よかった、じゃあ今度の日曜日に遊園地で」
 
 ……ん? 日曜日?
 
「…………ユウエンチ?」
 
 壊れた機械のように田中くんの言葉を片言で繰り返した私に、田中くんは首をかしげた。
 
「うん。あ、もしかして遊園地嫌いだった?」
「いえそんなことは決して! 大好きです遊園地!」
「ほんと? 楽しみだね」
 
 にっこりとそれはそれは美しい微笑みを浮かべる田中くん。
 あれ? あれあれ? もしかして、私が感激に浸っている間になにかとんでもないことを言われていたのだろうか。田中くんのお言葉を聞き逃すなんて一生の不覚だが、日曜日、遊園地。このふたつの単語が指すものは、つまり、その、世間一般で言うところの、
 
 
 ……デート?
 
 
 鈴木くんの、「お前ら俺いるの忘れてるだろ帰れ今すぐ帰れ」という叫びが、やけに部屋の中で響いた気がした。