コメディ・ライト小説(新)
- Re: ハツコイ【コメント募集中( ᐛ )و】 ( No.832 )
- 日時: 2017/11/25 09:21
- 名前: てるてる522 ◆9dE6w2yW3o (ID: VNP3BWQA)
- 参照: http://From iPad@
~夏海サイド~
──滑るような動きで、しなやかでなめらかなメロディが印象的。
本当にこれが私の抱いた悲愴への第一印象だった。
最初の低い音から始まるこの音域は、男の人が歌いやすい音域になっているらしい。
そこから、少し音が上がると今度は女の人が歌いやすい音域へと変化する。
さらに、1番耳に響く滑らかな主題の音以外にも静かに刻まれている音がある。
──その音があることによって、一つのメロディもより深みが高まってたくさんの人の心を揺り動かす曲となるのだ。
私の印象かもしれないけれど、第二楽章は悲愴感からちょっとずつ解放されていくようなそんな印象を受ける。
今の私が悲愴感に包まれているのなら、この曲のように自らを解放させることができるのだろうか。
──主題と共に奏でられていたもう一つのメロディ(内声部)が三連符に変化した。
ベートーヴェンが、ピアニストの時代に作曲されたと言われるこの曲は私にとっての因縁とも呼べる1曲だ。
ふとしたら、昔の嫌な記憶が今でも鮮やかに蘇るのだから……。
*
「うーん……」
出来は今までと比べるとかなり良い。
もう時期この曲を発表するとなるとあと私に足りないものは何だろう。
楽譜をパラパラめくっていると、ページがずれてしまった。
「これ……!」
開いたページは第一楽章だ。
重々しく、という指示から始まるこの曲は細かくたくさんの強弱をつけることで、第二楽章とは打って変わった曲になっている。
私は弾いてみる事にした。
重々しく弾いたと思ったら、一気に音を絞る。
……それを繰り返す。
1つ目の主題がやってくると、一気にテンポが速くなる。
急に雰囲気が変わるところは、弾き方からしっかりと変化させる。
──そうすることから色々楽しめる曲になるのだ。
そしてだんだんと、焦りや追い詰められているようなメロディになる。
ただ速いだけじゃない。 ちゃんとそこにも1つのドラマがあるのだから。
2つ目の主題。
短調で、まだ暗い雰囲気が続いている。
徐々に速まるテンポとともに、ボリュームも増していく。
……とまた、1つ目の主題が始まる前の部分へと戻っていくのだ。
そこから今度は両手がそれぞれ細かい動きを始める。
たくさんテンポが変わって、作り出されるこの曲の深みは、私の言葉なんかじゃ言い表せられないだろう。
第一楽章も第二楽章もそれぞれの良さがある。
今回私が弾くのは、第二楽章だけど第一楽章も弾いてみる事によってそこからベートーヴェンが伝えようとしている悲愴にちょっとでも近づけるような気がするのだ。
【続く】
もう時期、悲愴についての話も終わりになります。
byてるてる522
- Re: ハツコイ【コメント募集中( ᐛ )و】 ( No.833 )
- 日時: 2017/11/28 16:20
- 名前: てるてる522 ◆9dE6w2yW3o (ID: VNP3BWQA)
- 参照: http://From iPad@
~夏海サイド~
「これでよし……っと」
肩より少し下の髪の毛。 髪の毛をとかして、少しだけ編み込みをする。
昔は発表会当日は、それまでに可愛いドレスを買ってもらうのだが今はもう発表会は制服で出る。
──コンクールでは、ドレスを着ることもあるけれど。
『みんなで応援に行きます٩( ᐛ )( ᐖ )۶ (佐野も一緒にね♡)』……美佳からのメッセージを改めて見返す。
こういうさりげない一言とかで、とてつもないパワーを貰えるのだ。
「夏海ー、そろそろだけど準備は大丈夫?」
控え室にいると先生がドアから顔を出して、私にそう言った。
……本音は大丈夫じゃない。 けれど、大丈夫だと思い込ませるしかない。
「なんとか、大丈夫です」
「自信もってね」
私が深く頷くと満足げに先生は、ドアを閉じた。
バサっと持ってきた楽譜を広げる。
とりあえず、私の「悲愴再チャレンジ」は一旦終わりを遂げる。
また時間があれば弾けばいい。 納得のいくまで。
……けれど、もう人前で弾く機会というのはほぼ0に等しい。
ということは、どんな状況だろうとまずは人前で自分自身が納得のいく演奏ができるかどうか。
それが本当に大切だ。
私の大切な、百合や瑞希や美佳。そして雄太。
たくさんの人が自分にはいるんだって思えるそれだけで充分気が楽になる。
発表会は年齢順だから、高3の私は一番最後。
──最後はやっぱり印象に残る。
過去のトラウマにさよなら、と言えるように。
今日までずっと練習を繰り返したのだから、きっときっと大丈夫だ。
心を強く持つ。
もう少しできっと私の出番だ。
それまで私にできることを考えて精一杯やるしかない。
楽譜に目を戻して、私は一つ一つの音符をなぞるようにじっと見つめた。
──……どれくらい時間が経っただろう。
何回楽譜を見返しただろう。
もしかたらほんの数分かもしれない。
ずっとずっと、時間が経っているのかもしれない。
「そろそろ、時間だけど……」
先生が私を呼んだ。
立ち上がって、楽譜をパタンと閉じた私の顔を見て先生はびっくりしたような表情をしたけれど、ドアを出る時にそっと
「今の夏海なら、びっくりするくらいの演奏が弾けるはず」
と先生に囁かれた。
舞台袖に行くと、ちょうど私の前の人が演奏を終えてお辞儀をしているところだった。
──本当の本当に最後の最後まで、私に集中する時間をくれた先生に感謝した。
今までのすべての人への感謝を、この演奏に込める。
──それと共に過去のトラウマにも、別れを告げるのだ……。
舞台袖から一歩踏み出したところから私の演奏は始まる。
ポンと背中を先生に押してもらった。
そこの温もりがほんのりと残っている。
この演奏にすべてをぶつける。
【続く】
新作立てます。(怪しげなフラグが1本立ちましたね笑
byてるてる522