コメディ・ライト小説(新)

Re: 【短編集】この一杯を貴方と。【開店中】 ( No.15 )
日時: 2017/02/08 22:33
名前: てるてる522 ◆9dE6w2yW3o (ID: VNP3BWQA)
参照: http://From iPad@

#6 「自立」

今日も平和な一日。──秋乃は大きく伸びをした。
「そんなこと、お客様の前でやるんじゃないぞ」
圭介は秋乃にそう念を押す。

「分かってるって。これで何度目だと思ってるのさ」
確か3回目……もうずっとこの調子なのだ。

「静かだね」
「そりゃあお客様がいなかったらそういうもんだ」
「そっか」
「いつ来られても良いようにしとくんだぞ」
はーい、と秋乃は姿勢を戻すと洋服のしわを軽く払って、歩き始める。

──と、扉が開いた。

「いらっしゃいませ」
秋乃はその人の前に出て、席まで案内する。

「あなたは、ここで働いているの?」
「はい。当店は、親子で営業しております」
そのことについてはよく聞かれる。

「なるほど! しっかりしてるんだね」
言葉を聞いてふと、秋乃もう一度その人を見た。

あまり変わらないかと思ったけれど、もしかしたら年上かもしれない。
──秋乃の視線に気づいたのか、その人はふんわりと微笑んで……

「私は結城真冬。少し歩いたところの塾で講師をしています。ちょっとこれから実家に戻るのだけれど、その前に一杯だけ温かいコーヒーが飲みたくなったの。それで、ここに来たのって感じ」

雰囲気からして、自立していてしっかりしている感じだった。

「それでは、ご注文は……」
コーヒーでよろしいですか、と尋ねようとした秋乃の言葉にその女の人──結城さんは、

「他に何かケーキとか、おすすめの物ってあったり──?」
「当店では、モンブランを看板メニューとしています。あとは最近の新作で自分好みに楽しめるスコーンなんかも」
「モンブランに、スコーン……どっちも美味しそうで迷うけれど、今回はスコーンお願いします。また来た時には、看板メニューも食べたいと思います」

やっぱりよく笑う人だ。
……どこか寂しげに。

「私ね、もうここには戻ってこないかもしれない」
まだコーヒーとスコーンが出来るまで時間がある……秋乃は結城さんの近くに立って待っていようとしていた時だった。

そう言われて、思わずそばに行って話を聞き始める──。

「なんだか今出会ったばかりなのに、こんなにも色々話してしまうなんて不思議よね」
どうしてかな、なんて笑う結城さんはやっぱり少し無理していると秋乃は感じた。

「あまり事情は聞きませんが、きっと結城さんがどんなに経って戻ってきても「chestnut」はなくなりません」
秋乃は真っ直ぐを見つめる。

「本当に私は、年下の可愛い店員さんにこんなに気を使わせてしまうなんて、塾講師をしていていつも年下を見ているのに、ダメね」
ありがとう、と結城さんは笑った。



*

「次ここに来る時は、自立して戻ってくるわ」
結城さんはそう言い残して、「chestnut」を出て歩き始めた。

その背中を秋乃は見つめ続けている。


大切な約束を作ったけれど、何が何でも守る──「chestnut」は絶対になくならないから。



**

結城 真冬(ゆうき まふゆ)
自立し切れない塾講師。
いつも笑顔。
ふんわりとした印象。