コメディ・ライト小説(新)

Re: 【短編集】この一杯を貴方と。【開店中】 ( No.23 )
日時: 2017/03/12 13:41
名前: てるてる522 ◆9dE6w2yW3o (ID: VNP3BWQA)
参照: http://From iPad@

#8 「誤解」

誤解という言葉がある。人間は言葉を話すうちに、「伝わるはず」と思い込んで所々を端折ってしまうものだと思う──。

そこで生まれるのが誤解。
端折られた言葉を耳にし、聞いてる方も独自の捉え方で受け取ってしまう。


……一体誰が悪いのか。
何もかも全てを端折らずに言う必要はない──となると聞いている方?……いや、そもそも誤解という言葉が悪いのでは……?


人様の話を聞く。──独自の考えや思いを込めずに聞くことが、どれだけ難しいのか。

考え過ぎると話が入ってこない。

……さらっとやってのけるのが「chestnut」で働く唯一の店員である秋乃だ。


彼女の頭の中はどうなっているのか、それは彼女自身にしか分からない。
もしかしたら彼女自身にも分からないのかもしれない。


*

「いらっしゃいませ」
いつもよりも人が多いここ「chestnut」──そんな時でも店員を増やそうとしない圭介に文句一つこぼさず(内心で思っているかは別として)働き続ける秋乃。

無駄な動きが感じられない連携。──にゃあ、と鳴いて眠そうに見つめるこんぶ。

変わらない様子の「chestnut」だ。

降谷と緋音以外の常連客も、そろそろ出来るころかもしれない。
個人経営で営んでいる店だから、そういう客が増えるとすごく嬉しいのだ。

「ではこちらの席へどうぞ」
窓際の席に通された、男性客。1人だ。
軽く頭を下げて、運ばれてきた水と手拭き……さらにメニューを受け取るとボーッと窓の外を見つめていた。

不思議そうな表情を浮かべつつも、秋乃は足を止めることなく他の客のいる方へと圭介がカウンターへ出したものを運んでいった。

「すみません!」
後ろから声がした。ハッと振り返るとさっきの男性客が手を挙げて秋乃の方を見ていた。

「はい!……ご注文お決まりでしょうか?」
サササッと駆けつけて尋ねる。

「この……カプチーノと、えっと──ガトーショコラを」
「はい」
メモを取って圭介の方へ出す。

一目で確認した圭介はすぐに準備に取り掛かる。


気がつけば席は満席に近い状態で、走り回るに近い状態の秋乃。──相当疲労がたまっていると思うが……よほど体力があるのだろうか。

「ほら、もっていけ」
「ありがとう」
圭介がカウンターに出した、カプチーノとガトーショコラを男性客の席へ持っていく秋乃──男性客はまた窓の外を見つめていた。

「お待たせしました」
秋乃の声にハッとして男性客は慌てた様子で座り直した。

「カプチーノとガトーショコラになります。……ガトーショコラはお好みで添えてあるクリームとお召し上がりください」
はい、と男性客は短い返事をした。

よし──と顔を上げると秋乃と男性客の目がバチッと合った。
少しばかりか首を傾げる秋乃に決心したような顔つきで男性客は尋ねた。

「あの……実は、人を探していて。1人の女性客はここには来ませんでしたか?」
「1人の女性客……」
考える素振りをする秋乃だが、正直1人の女性客なんて広すぎて検討もつかない。

「もし差し支えなければ、どういった内容で……?」
「恥ずかしい話ですが、振ってしまった相手なんです。自分が振ったというのにこうして探しているなんて立場が逆転してしまったような気がします」

それを聞いて秋乃は頷いた。

「来ましたよ。……きっとまだ近くにいるんじゃないでしょうか?──あ、ちょっと待ってください」
荷物をまとめて立ち上がろうとする男性客を秋乃は止めた。

「……多分まだ近くにいると思います。女性客の方も貴方を探しているようでしたから」
──女の勘です、と秋乃は微笑んだ。

「そうします。ありがとうございます!……女の勘、信じることにします」
男性客は荷物を戻してカプチーノのカップに手を伸ばした。

「誤解されてしまったんです。……とはいえ、自分ももし逆の立場で同じ言い方だったら誤解すると思います……。誤解をとく前に去られてしまって」
「そうだったんですか。──その誤解がとけるように祈っています」
秋乃は深く頷いて言った。



「今度来ます。ここのカプチーノやガトーショコラが味わえるようになってから」
「はい、いつでもお待ちしております」

会計を済ませて、出口で言った男性客の言葉に秋乃はいつもの調子で言った。

言い方に変化はない。──それでも個人個人に対して秋乃が思っていることは違うと思うのだ。

もちろんそれは秋乃自身にしか分からないことだと思うが──……。



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