コメディ・ライト小説(新)
- Re: ホロフロノス〜刻限の輪廻〜 ( No.10 )
- 日時: 2017/03/22 19:33
- 名前: 珠紀 (ID: LkcNOhbf)
━━「眩い光溢れ
楽園の扉は開かれる。
頑なな運命に 奇跡が降り注ぎ
絡みゆく世界は
崩れ落ちてゆく」
━━カチカチカチ…カチ
壊れたはずの懐中時計が動き出す。
雨が降っていた。
淡く、青く、光る雨が。
不思議に思って見上げた先、荒廃した時計台の上にその人は立っていた。
鳴り響く懐中時計の針の音。
心拍数のように途切れまいと時を刻んでいる。
真っ黒なマントと真っ白な髪が風に揺れる。
虚ろな瞳でどこかを見つめている。
涙なのか雨なのか分からない雫が日向子の頬を流れ落ちた。
「……私……
貴方のこと知ってるよ……」
━━ふわふわと夢の世界を漂い、霧散していた意識が次第に一つの場所に集い始める。
それに従い、日向子は己を、ゆっくりと現へと引き戻した。
「…………」
ひくり、とひそかに震えたまぶたをそっと押し上げると、ぼやけた視界がさらなる覚醒へと導く。
随分長い間眠っていたのだろうか、暫く視界は揺らいでいたが、次第にしっかりと像を結んだ。
清潔なシーツに包まれた、ベットに寝かされている日向子の先にあるのは、見たことのない天井だった。
「ここは……どこ……」
自宅の天井ではない。
学校の中にもこんな天井の場所はなかったような気がする。
そもそも、何故自分はこうやって寝かされているのだろうか。
日向子が意識を失う前のことを思い出そうとした時、傍らからどこかで聞いたことのある声がかけられた。
「目、覚めた?」
はっとして声のした方に顔を向けると、そこには一人の青年が、枕元の椅子に腰を下ろして微笑んでいた。
容貌から察するに、十代後半だろうか。
綺麗な白髪に、日向子と同じお日様のバレッタをつけている。
男だというのに、そのあどけない容貌のせいかそのバレッタが似合っていた。
「……あなた、夢の?」
日向子は青年に尋ねる。
すると、青年は人懐っこそうな笑みを浮かべた。
「リッカ」
「リッカ?」
聞いたこともない名前だった。
「ここはね君がついさっきまでいた世界から十年後の世界」
「え……?」
唐突な言葉に、日向子は思わず聞き返した。冗談のような話だった。
これは夢なのかもしれない。不意に日向子はそう思った。
ここのところずっと見ていた、あの奇妙な夢の続き。
しかし、それが逃避でしかないことを、リッカの言葉が無情にも教えてくれる。
「残念だけどこれ、全部現実だよ」
「げん……じつ」
リッカの言葉に、日向子は自分がここで目覚める前の記憶を必死でたぐり寄せる。
確か……学校の校門前で……黒塗りされた車に轢かれた。
それが、日向子の最後の記憶だった。
あの時の衝撃を思い出し身震いする。
「ここが……十年後の世界?」
呟いてみて、そんなことが実際に起こるはずがないと首を振る。
しかし、今自分がいる場所さえ日向子には分からない。
「窓の外を見てごらん」
「窓?」
日向子はリッカに言われるまま、ゆっくりとベッドから下りた。
ひそかに足元がふらついたが、歩けないほどではなさそうだった。
そっと窓に近づき、カーテンを引く。
「あ!」
目の前に広がる光景を見て、日向子は愕然とした。
崩壊し、瓦礫の山化した建造物。
そして草木の類が一切生える地面を、力なく行き交う人々の姿。
絶望を絵に描いたようなその光景は、日向子が幾度なく夢の中で見た世界そのものだった。
背後のリッカに問いただそうとした瞬間、日向子は磨き上げられた窓ガラスに、自分の顔が映っていることに気づいた。
「なに、これ……」
絶望に満ちた窓の向こうの世界を背景に、窓ガラスに映り込んだ自分の姿に一驚した。
腰まで伸びた綺麗な髪に、ほっそりとした長い手足、ふっくらと女性らしさを増した体。
十三歳の自分とは違う、美しく成長した大人の姿をしていた。
目の前の自分は、確かに十年の時間を経たような姿をしている。
こんなの……自分じゃない。
しかし、自分の顔は嫌というほど知っていて、そして窓ガラスに映った姿は、確かにその面影を宿していた。
リッカの言葉が、ぐっと真実味をもって日向子の胸を締め付ける。
どうしたらいいのか分からない。
頭がそれを拒否する。
そこへ、不意にコンコン、と何かを叩くような音が聞こえた。
「あ、来たようだね。じゃあ、僕がここにいたら駄目だから」
「え?」
どうやらそれはノックの音だったらしく、リッカは意味深な言葉を吐いて椅子から立ち上がる。
「ちょっと待って、まだあなたには聞きたいことが……」
日向子の言葉をするりとかわすように、リッカは着ていた黒のマントを翻したかと思うと、その姿は消えていた。
残されたのは日向子と静寂だけだった。