コメディ・ライト小説(新)

Re: ホロフロノス〜刻限の輪廻〜 ( No.9 )
日時: 2017/03/11 16:49
名前: 珠紀 (ID: KiZFEzWe)


「おい、大丈夫か?」


登校中、優の声で日向子は我にかえる。


「ごめん、ボーッとしてた」

「最近お前変だぞ」


話をしながら、歩く。
そんないささかな光景の中、道の突き当りから、不意に一人の人物が姿を現した。

子供ではないことはすぐに分かった。
男はどう見ても二十代で、背が高い。

そして、何よりも奇妙な格好━━きっちりと着込んだ濃い色のロングコート。肩の両側は金色の房状の装飾があり、頭には服装と同じような金の刺繍のついた黒い帽子をかぶっている。まるで軍人の仮装のようだ。

彼は日向子の方へ向かって歩き目の前で足が止まる。


「……!」


その男は黒の髪を無造作に伸ばしているせいで片目はすっかり隠れてしまっていた。整った面差しと暗い目が片方だけ覗いている。


「日向子」


そして、男は確かに日向子の名前を呼んだ━━低く、悲しい声色で。

そのまま、日向子に向かって手を伸ばそうとする。


「あ……」


日向子は逃げなかった。
いや、驚きのあまり足がその場で凍りついてしまっていた。
立ちすくんでいる彼女の手を、男が掴もうとする。


「おい、何してるんだよ!」


しかし、その言葉と同時に、日向子の眼前に優が立ちはだかった。

彼女を守るために自分の体で壁を作り、男の顔を睨みつけている。


「ユウちゃん……」

「そこをどけ」


男は優に、低くそう告げた。
しかし、彼はその場から動こうとはしない。


「ヒナに何か用ですか」


丁寧な口調だが、優の声はこれまでに日向子が聞いたこともない緊張をはらんでいた。


「お前には関係ない……そこをどけ」

「どかない」


その言葉に男の顔が怒りに歪んだ。


「……何の力も持たない、子供のくせに」


男が何かを呟いたと同時に、背後から別の男の声が聞こえた。
咄嗟に日向子が振り返ると、警備員の制服を着た中年男性がこちらに向かって走って来る。


「!」


男は警備員の声を聞いた途端、日向子に伸ばしかけた手を引っ込め帽子を深くかぶる。

そして、脱兎のごとく道を駆け抜け、あっという間に突き当りへと姿を消した。


「君達!大丈夫か!」


駆けつけた警備員は、二人に向かってそう尋ねた。

咄嗟に頷いた彼女らに怪我がないことを確認し、彼は男を追って突き当りへと姿を消した。

周囲には、騒ぎを聞きつけてどこからともなく人が集まり始めている。
ざわめきの中で優が日向子に聞いた。


「大丈夫か?ヒナ」

「う、うん……私は大丈夫……」


日向子が頷き返すと、優はほっとしたような表情を浮かべる。


「そっか。でもあいつ、ヒナの名前呼んでたよな……あの男の顔、知ってるのか?」

「……」


一瞬迷った。
日向子は全くあの男とは面識がなかった。
しかしなんだか懐かしい感じがしたのだ。

こんな事を言ったところで気が動転していると思われるのがオチだろう。
日向子はそっと首を横に振った。


「知らないよ……」

「そっか。じゃあ行くか」


優はそれだけ言うと、横に並んで歩き始める。
校門に近づくと優は、先に行くからと先に歩いて行ってしまった。

お互いに中学生になったことも考えると、優の行動も理解できる。
自分達はまだ子供なのだけれど、ゆっくりとその状態から抜け出そうと準備を始めているのだ。

日向子はそんなことを思いながら、もう校門をくぐってしまった優の背中を見送り、自分も校門に向かう道路を渡ろうとした。

しかし、車が来ないことを確認した日向子が、道路の真ん中辺りまで歩いたところで、突然右の十字路から黒塗りの車が猛スピードで日向子に向かって走って来た。


「……!」


驚きの余り、体が凍りついて動かない。

ほんの数秒の間に車は日向子の目の前まで迫って来る。


━━轢かれる!


逃げ出すこともできず、日向子は目を閉じた。

次の瞬間、彼女の体を巨大な鉄の塊が衝突した。
ガシャリと身につけていた懐中時計の壊れた音がする。


「ヒナ!!!!!!!!!!!!」


一瞬、優の叫び声が聞こえた気がした。





そして━━















力尽きたように日向子はゆっくり瞳を閉じた。