コメディ・ライト小説(新)

Re: 狐に嫁入り ( No.1 )
日時: 2017/06/30 09:19
名前: 一匹羊。 (ID: 59tDAuIV)

この学校の立地が山奥なのは、何でも理事長の意向らしい。静かな場所で勉学に励むと同時に、自然を愛する豊かな心も育んで欲しいのだ——と、そんなのクソッタレだ。
「立地のせいで10,000倍は自然嫌いになった気がするわー、ホント無理」
「自然光で撮り放題なのはいいことじゃない?」
「いやそれ、普通の学校でも出来るから。寧ろここだと木立のせいで撮影の邪魔……まーい、入ってー」
そう言って手招きすれば、私の友人……舞花は、えーsnow? だなんてにやけながら入ってくる。はいはいsnowsnow。無駄に発言よくかましながら、ぱちり。あ、アプデしたやつ増えてる! そちらもぱちり。
「LINEに送っといて!」
「はいはい、送った送った」
「ねーアイちゃん今日帰りスタバよろー? 勉強会!」
「舞花そういってスマホから手ー離したこと、ありましたっけ」
「うっ」
「別にいいけど。はい、#いつメン最高 で投稿っと…」
察しの通り私は頭が軽い。いいじゃないか別に楽しければ。文明の利器最高。理事長が見ていたら嘆息を落としそうな風景である。流行りには乗っといて損はないし、実際それで滞りなく高校生活を楽しめる。チャラいだのなんだの拘る方が正直面倒臭い。ごめんな理事長。でも理事長がこないだいってた『スマホ20時以降手離し宣言』は流石にないと思うよ……。
「あー! 日誌終わったー! 帰ろ!!」
「お疲れー」
「のんちゃん、お水飲むー?」
「もらうー! もうまいぴーいい子過ぎ〜! ワテが彼女にするわ〜!」
立ち上がるやいなや舞花にぎゅうと抱きついた長身は明日美。チャラけたダンス部だが、これでクラス一位の成績なのだから侮れない。え? 私? 赤点は回避します。補習だるいし。
「お待たせ、まいぴー、めぐむん、修斗!」
舞花を抱き締めたままニコニコ。すると、パズドラをしながら待っていた男子2人が顔を上げた。
「おー、お疲れ」
「おら、俺にはお疲れ言わねぇのかよ」
「勝手に待ってたんじゃん」
「うわむかつく」
修斗は明日美の彼氏。それから修斗の腰巾着というかなんというか、とにかくいつでもくっついている蒼馬という男が私の幼馴染である。
「またすぐに喧嘩する。彼女出来ないぞ」
「勝ち組発言やめて修斗。俺はしばらくそういうのいいから」
「俺がいればいいって……? ごめん、俺には明日美という彼女がっ」
「告ってないのにフラれた。いや前言っただろ、俺はな」
「明日美が好きなの!? このケダモノ! 渡しませんからね!」
夫婦漫才かな? ほらもう、教室鍵閉めちゃうからねと促せば、2人ともどたどたと廊下に出てきた。男子ってアホ。

「犬……?」
「狐でしょ」
「狐だよあれは」
「どう見ても狐」
「狐以外の何だと言うのか」
犬なんじゃない? 総攻撃を食らった舞花は照れて俯いている。うん、可愛い。当の狐はと言えば、苦しげに突っ伏して胸を上下させていた。真白い毛並みが血で汚れてしまっているのが痛ましい。校庭の隅、部活が粗方終わった木陰は暗くて、夜間灯が煌々と辺りを照らしている。木陰に歩み寄った。
「ちょっと、めぐむん。危ないよ」
明日美が私の袖を引く。そのカーディガンを脱いで、適当な木の棒に巻いた。狐の口元でゆらゆらさせてやると勢いよく噛み付かれる。腕だったら死んでたなこれ。
「大丈夫、大丈夫」
囁きながらさっと上着を狐に被せると、狐は一瞬バタバタと暴れてから大人しくなった。すかさず足を束ねるようにして両腕で持つ。大型犬の要領だ。苛々と口を出したのは蒼馬だ。パキンパキンと足元の枝を折りながら、私の腕を掴む。
「感染症とかあるだろ。やめとけよ」
「この状態で一晩置いといたら死んじゃうでしょ。足怪我してるし」
後は校庭脇の水道で大まかに洗ってやって、ポーチにある包帯でぐるぐる巻きにしてやれば応急処置完了だ。下手に薬は使わない、これ豆ね。
「ここから一番近い穴ってどこだと思う?」
穴を皆知っている前提で聞くと、苦笑が帰ってきた。
「案内するよ。てか高坂は手際すごいな」
「この辺に住んでると、野生の動物触ることが多くなってね」
「ああ、蒼馬も家この辺だっけ」
「そーそ。2人揃って地元民」
ど田舎の民を舐めてはいけない。小学校の体育中に猿が入ってくるなんてザラだ。因みに地元の高校を選んだのは愛などではなく、単純に滑り止めである。絶対受かると思ったのに。
「こいつ、しょっちゅう野生の動物に手を出すから冷や冷やすんだよ。猿ならまだしも狐は肉食だぜ? 気性荒いし」
「詳しいねえ、そうくん」
「こいつのせいでな!」
のんびりとした舞花の声も今は逆効果だったらしい。舞花を怯えさせたら殺すぞ。
そんなこんなで小さめの穴に狐を横たえ下山した私たちは、スタバに寄ってから帰宅した。

次の日。私が祠に向かって拝んでいると、明日美がぽんと肩を叩いた。
「珍しいね、めぐむんが神様拝むなんて」
この祠は高校が立つ山一帯の氏神を祀っているらしい。祠とは別に神社もあるとか。行ったことないけど。
「ん、ああおはよ明日美。昨日の狐の健康祈願してた」
「ひゅー、やっさし、惚れたわ。彼女になんない?」
「浮気」
「ノンノン、ふ、た、ま、た」
「浮気じゃん」
「にしてもなんでキタキツネがこんなところにいたんだろうね? ここ近畿だよ?」
「……それは……私も思ってたけど。まあ細かいことは気にしないで」
通常、狐といえば狐色とも呼ばれる黄金色の毛並みを持ったホンドキツネを指す。少なくともこの辺では。だが昨日見た狐は明らかに北海道などに生息するキタキツネだった。不思議なこともあるものだ。

「ファンタジー的、存在だったりして?」
「またまたまさか」