コメディ・ライト小説(新)

Re: 狐に嫁入り ( No.2 )
日時: 2017/07/10 16:10
名前: 一匹羊。 (ID: UJ4pjK4/)

2話

「結婚してください」
「不審者帰れ」
何故に私は下校中に和服姿の青年に土下座されているのか? 駅で舞花と別れたらこの仕打ち。私が何をしたって言うんだ。答えは永遠の謎である。以上、完。QED。さあ帰ろう。踵を返した私に青年はなんと土下座の体制から縋り付いてきた。
「待ってください! どうか話だけでも‼︎」
「話って結婚話でしょ⁉︎ 有り得ないから帰して! てか脚に触れるな!」
蹴り飛ばそうとしたらひょいと避けられた。今度は拳を出すがまたひょいと避けられる、ひょいひょい、ひょい。
「だあああ! あんた何⁉︎ 武術の達人⁉︎」
「ぴっ……よ、避けちゃってすみません。でも見えるから仕方ないんです」
「見える? 何がよ」
「あなたの行動の先が」
私は黙って携帯を取り出した。
「もしもし、警察ですか?」
「やあああ! 怪しいものではございません〜!」
「怪しいもの以外のなんだってのよ!」
そこで私ははたとおかしなことに気づいた。男は今私の前で土下座していた。つまり私の前にいたということだ。それなのに私はこんなにも目立つ……悔しいが美形の和服姿に気付かなかった。あからさまに妙だ。つまり……、
「畝の隙間に隠れてたってわけ、このド変態!」
「違います〜!」
「ここら辺田んぼで人通り少ないよね。やっぱり通報しよ」
「本当に! 僕の目を見てください……!」
そう言って指された瞳は妙に煌めいていた。だが断る。瞳キラキラのイケメンだろうが不審者は不審者なのだ。
「僕は実は……先日助けて頂いた狐の」
「鶴の恩返しかよ。通報します」
「きいてぇ‼︎‼︎」
「しかも求婚て。罰ゲームじゃん」
「僕の一世一代の告白を……」

「愛! 何されてる⁉︎」
「蒼馬ぁ」
正直ここまで幼馴染が頼りある姿に見えたのは初めてだ。私は必死に手を振った。
「助けて! 不審者なの!」
ところが、幼馴染は慌てない。……それどころか嘆息しやがった。おい、仮にも幼馴染の女子が貞操の危機に陥ってんだぞ。
「僕は不審者じゃありません! 正真正銘先日の狐の」
「愛」
喚き続ける自称狐からぷいと目を背け、蒼馬は不機嫌に言った。
「コレの言ってること事実だ」
「は?」
ドスを効かせた声にも蒼馬は動じない。本当に呆れ返った声で、いつか来るとは思ってたが早かったな、なんて呟いている。
「こいつはマジの狐だ。俺の家が昔陰陽道やってたのは知ってるな?」
「え、まあうん。本家とかあるよね」
「その関係で俺にも妖怪が見える。お前無駄に獣に優しいせいで、しょっちゅう狙われてたんだぜ」
「ええぇ⁉︎」
明石あかし蒼馬。昔は京都で大きく名を上げた陰陽師の家だった、とは小学生の頃に蒼馬自身から聞いたことだったが、まさか私がそんなことになっていたとは。てか妖怪って実在したのか……と疑いかけて首を振る。蒼馬はそんな下らない嘘を付かない。
「そうか、じゃあ君が印を施してたんですね」
自称狐改め狐はゆるりと立ち上がって微笑む。先程まで汚い地べたに這っていたのに、その和服には汚れひとつない。てか印って何? もう無理、話がぶっ飛び過ぎてる。蒼馬はそんな姿を見てどこか悔しげに片頬をあげた。
「誰かさんに破られたけどな」
「それで、通報を止めてくれたということは、僕らの仲人になってくれるんですか」
ウキウキと告げる狐。ポジティブだな……。
「私絶対嫌だから。あなたを助けたのは傷付いた獣をほってほけなかったから。てかあなた私のこと噛んだし。しかもいきなり求婚とかありえない、非常識すぎ。後将来性がない。獣だよ?」
ばしびしと切り捨てると、ついに狐は俯いて震え始めてしまった。言い過ぎた? やばい、妖怪とか言ってたし変なことされたらどうしよう……。
「ファンタスティックです! 僕益々あなたのこと好きになりました!」
「いや聞いてた? あなた私のこと噛んだよね?」
「噛みました。申し訳ない。マーキングだったとでも思ってください」
「私だからよかったけど他にやったら流血沙汰だよ」
「よく言い聞かせておきます」
「いやあなたのことね?」
煌めく瞳が更に潤み始めて、どうやって抜けようこれ、と考えていた瞬間パンパンと蒼馬が手を叩いた。2人振り向くと、蒼馬は半眼で狐を指差した。
「仲人になんざ絶対ならない。通報を止めたのはややこしくなるから。それよか、お前が悪鬼じゃないか確かめる方が俺には大事だ。……勝負しやがれ」
一間。
狐はにっこりと、それはそれは綺麗に笑った。
「いいですよ。僕が勝つから」
「俺が勝ったらお前には消えてもらう」
「熱烈ですね。僕が勝ったら?」
「愛の前に現れるのを許す」
いや勝手に許すなよ。……とは言えなかった。蒼馬は今まで見たことないほど真剣な表情で狐を睨んでいる。だってこんなの、2人で私を取り合ってるみたいで……。
「陰陽道家の生まれとして悪鬼はほっとけねえ」
あっはい、そうですよね。知ってた。
「あはは、かっこいいですね。お名前は?」
「先に名乗るのが筋だろ。まさか愛に名乗ってないとか言わねえよな」
「あっ。愛の魅力に夢中で名乗り忘れてました」
途端、狐は元のぽやっとした雰囲気に戻ると、私の元で三つ指をついた。というか、呼び捨てなのか。
「カガリと言います。苗字はないので婿入りさせてください」
「婿入りさせない。後呼び捨てすんな。高坂サンって呼んで」
「なるほど、蒼馬さんより今は下と……与えられた愛の試験、乗り越えてみせます、高坂さん!」
どこまでポジティブなんだこいつ?
「俺は明石蒼馬。蒼馬でいい」
そう言った瞬間、また空気が変わった。蒼馬は挑むようにカガリを睨んでいる。カガリはおっとりと笑った。
「自信家ですね」
「あんたは随分と慎重派だな」
そう言った蒼馬は一枚の札を取り出した。
「真名じゃねえだろ」
「おまけに物騒な人ですね。呪縛符ですか」
「ああ。本当の名前ならかかってた」
「蒼馬! そんなことまで……⁉︎」
私が知っていたのは蒼馬の家が昔陰陽道をしていた、それだけ。まさか彼にも力があるとは思わなかった。
本当はやめてほしい。カガリは力のある妖怪なのだろう。そんな妖怪と本気で勝負して勝つ力が16の蒼馬にあるとは思えないのだ。でも、蒼馬はやる。こうなったらテコでも動かないから。いつもそうだった……あれ?
いつもってどんな時だっけ?

「じゃあ早い方がいいですね。今日の夜、校庭に来てください。思い出の場所です」
「わかった。……お前が一番力を出せる場所でもあるんだろ、どうせ」
「蒼馬さんの霊力が馴染んだ場所でもあるでしょう? win-winの舞台設定だと思いますけどね」
やめてよって言いたい。妖怪の嫁になるのも嫌だ。でも、結果的に私のせいで幼馴染を……大切な人を失いたくないんだ……。
「愛、そんな顔すんなよ。俺は死なないしこいつを消す」
「悪鬼確定してません? 大丈夫ですよ高坂さん。僕は愛する人の大切な人を殺したりしない」
「校庭には来るなよな。危ねえから」
「ああ後、無理強いもしません。時間かけてくどきます」
だから俺が勝つっつってるだろうが! 蒼馬が叫んだのも聞かずカガリはモミジを残して消えた。季節外れに真っ赤に紅葉したそれを見て、そういえばうちの高校の名前も紅葉高等学校だななんてことを考えた。
いいか、絶対来るなよ。そんな言葉をかけられた後、私は途方に暮れて突っ立っているしか出来ることがなかったのだった。