コメディ・ライト小説(新)
- Re: 狐に嫁入り ( No.23 )
- 日時: 2017/10/09 15:29
- 名前: 一匹羊。 (ID: UJ4pjK4/)
11話
「真っ先に呼ぶの蒼馬なんだな」
真っ先に気にすることがそれか?
それは泥水に沈むような闇だった。それでいて簡潔的に泥は私を飲み込んだ。頭まで暗闇に浸かって、足元をかけばかくほど沈んでいく。一気に脳味噌まで暗転した気がした。ここはどこ? 学校は? 皆は……? 足が動かない、そもそも感覚がない。恐怖に私は叫ぶ。
「蒼馬ーーーーーーーっ!」
「真っ先に呼ぶの蒼馬なんだな」
落ち着いた低音がどこからか、どこからも聞こえて私は一層混乱する。この声は。
「修斗……?」
呼んだ瞬間、目の前に現れたクラスメイトに私はぎょっとする。どこから湧いて出た。
「ああ、俺だ……とりあえず落ちちゅけよ高坂」
「修斗にも落ち着いてほしい」
人並みに泡を食っているのを必死に取り繕う姿に、何だかこちらが冷静になってくる。修斗って秀才ではあるけれど天才ではないんだよね。どこか凡人から離れられない。
現状、地に足は着いていない。かといって落下している感覚もない。浮遊するような心持ち。全くもって楽しくはないが。
「ねえ修斗、あんた夢の一部とかじゃないよね?」
「残念ながら現実だ。……と思うぞ。それよりここから離れよう、嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感?」
「さっき、蒼馬はお前が特異体質だから妖怪に狙われるって言った。御狐サンはそれを止めようとしてた。止めるには理由があるはずだ。俺の予想が正しければ……あの大蛇の時と同じように、今どこかに取り込まれてるんだ。そして狙われてる」
「またあの大蛇みたいなやつが……!」
あの圧倒感を思い出した。死を鮮明に思ったことも。舞花はいない。蒼馬もいない。カガリだっていない……!
私の不安が伝わったのだろう、修斗は軽く頷いた。
「ああ、だから逃げよう」
「逃げるってどうやって」
「走るんだ!」
そう力強く宣言した瞬間、真っ黒いだけの足元にほの明るく、水色の板が点々と現れた。同時に身体が落ちる感覚。慌てて足を動かそう、とすると感覚のなかった足がすっと動き、しっかりと板を踏みしめた。修斗の手が私の手を攫っていく、ぐんと引っ張られる。
「ねえっ」危うい足元を確認し、私は叫ぶ。「今のどういうこと⁉︎ まさか、あんたまで、ファンタジー属性だって、言うんじゃ、ないでしょうね!」
「そんなのは後にしてくれ! 出口、出口はどこだ……!」
何処までも見渡せる中、闇には変わらず板が点在するだけだ。ぞくん、と頬を駆け抜けた悪寒。
「ないよ、あるわけない! 出口なんて!」
すると修斗は立ち止まって私の顔を強く睨んだ。その目には諦めが浮かんでいるように見える。
「高坂……黙っててくれよ……!」
瞬間、暗闇を染めるように響いたのは女の高笑い。誰かいる、と思った瞬間前方に女性が陣取って……足が女性じゃない! 大蛇の尾が束になっている……! 妖怪だ、見つかってしまった……! 蛇女は私に妖艶に笑いかける。嬉しくないです……!
「やっと出会えたわね。17年待ったわよ、和魂の小娘。今食べてあげるから覚悟なさい。それと、心象結界の弱点を見破ったのは見事だったわ、ボウヤ。これは心象、思えば実現する……でも説明不足だったみたいね?」
和魂、17年、と考えるより先に修斗に向かって話しかけられた言葉が胸を突いた。確かに、修斗がいる、と思えば修斗が現れたし、足が動くだろうと動かせば足が動いた。じゃあ……頭の血がざっと引く。修斗が出口を見付けられなかったのは私のせいだ。
「高坂!」
思考回路の迷宮に迷い込みかけた時、修斗が私の手を強く握り直した。そうだ。悩むのは今じゃない。今はただ——、
「逃がさないよ!」
こいつから、逃げ切ることを!
「高坂! お前、蒼馬は必ず来るって、信じるか⁉︎」
「信じる! 今までだって、いつだって、あいつは来てくれた。今来ないはず、ないんだから!」
「よく言った! 時間を稼げばあいつが来る! 俺も信じる! それまで走るんだ!」
修斗……イマイチ輝けないやつだなんて失礼なこと思っててごめん、って。あとで謝ろう……。
「、危ない!」
ぼうっとしていた刹那に引っ張られて倒れ込めば、先程踏んだ板に蛇の尾が叩きつけられ、粉々になっていた。顔を青くする暇もなく、修斗は私を抱いて転がる。背後の板が次々に割れる気配。そのまま立ち上がろう、と、支えられる背中、暗闇に起き上がる、お礼を言おう、顔を上げた、修斗が勢いよく離れていく……。修斗に尾が当たったのだ! 血が舞う。奇跡的に板の上に落下した修斗の肩の下が真っ赤に染まっていく。
「修斗ッ!」
「まあ逃げ足の速いことねぇ……お腹が空いちゃうじゃない。ボウヤまで食ってしまおうかしら?」
ずるずると蛇女が近付いてくる。考える前に立ちはだかった。私の手を引いた修斗。明日美と肩を並べた修斗。——修斗には、触れさせない。
「あらぁ……? 自分から食べられてくれるのかしら」
思えば、修斗には私を庇う理由はないのだった。あんなにも優しくしてくれるのに、多分理由はないのだろう。そんな人を、こんなところで見捨てるわけにはいかない。そう、私1人で気が済むのなら、持っていけばいい——。
「何してる高坂!」
蛇女に向かって足を踏み出しかけた刹那、喘鳴混じりの悲鳴が届く。振り返れば、血塗れの姿で、修斗は咳き込みながら必死で叫んでいた。
「馬鹿やめろ! ここでお前が食われてみろ! 俺は明日美にも! 蒼馬にも! 一生顔向けできねえよ! 勝手に死に急ぐな!」
ぱちん、と膜が割れるように、身体が傾いで、私は足を出して支えた。
——私、今、死のうとしてた——?
はっとして蛇女を見れば、悔しげに顔をしかめている。私は蛇女を思いっきり睨みつけて、修斗の元に向かった。出血がひどい。早く手当てをしないと大変なことになるかもしれない、と担ぎ上げる。
「高坂——、何して——?」
「決まってるでしょ、逃げるんだよ」
そういうと同時板を蹴った。これでも中学3年間は水泳部だったんだからね! 重い! やっぱ重いよ修斗!
「遅い」
修斗を弾き飛ばした尾が飛んでくるけど、そんなのこっちだって承知の上だ。間一髪で躱しまくる。言い忘れたけど小学6年間はドッジだって得意だった……!
蛇女の術みたいなのだって私が気を強く持てばかかることはない。このまま逃げ切れる!
「言い忘れておったがな、小娘。この心象結界、出口はあるのよ」
え? 私は耳を疑った。同時に攻撃が止まる。何だってこっちに有利になるような情報を? それなら出口は、ある、と考えて探した方がよっぽど速い。
「ただし……異界への出口がな」
異界。それは、もしかして、戻れないやつ、なのだろうか。
絶望に染まった私の顔を、面白そうに蛇女は見下した。
「この結界、成立した以上入り込むことは出来ぬ。もう貴様はどこへも逃げれぬ」
頭が真っ白になった。
そんなのは嫌だ。私は修斗を無事に返さなくちゃならない。舞花を抱き締めたい。明日美に勉強教えてもらうって約束した。蒼馬と今日も下校するんだ。
なのにこんなのってない。皆と2度と会えないなんて、あの日常が戻って来ないなんて、そんなのひどい。ああ、誰か、誰でもいい、私たちを助けて。全力で祈る。祈る、そうだ! 神様!
「カガリ——!」