コメディ・ライト小説(新)
- Re: 狐に嫁入り ( No.28 )
- 日時: 2018/01/28 18:22
- 名前: 一匹羊。 (ID: UJ4pjK4/)
13話
「アイちゃん神様だったの?」
ついに神格化される時が私にも来た。
当事者である修斗も話を聞く権利を、明日美が主張したため、お話タイムは病室内に後回しされた。さて真っ白い病室。他の人もいる中で悪目立ちしているのはわかっているので、肩身が狭い。のは私と舞花だけで、他の面子は実に悠々として病室に入った。会釈して回るのは私の仕事である。お前ら『遠慮』の文字どこに忘れてきたの? 看護師さんに借りた椅子を五つ並べる、と、パジャマに身を包んだ修斗が薄く目を開き、「大所帯だな」と苦笑いした。
「修斗!」
「白鳥くん!」
私達は思わずベッドに手を置いて縋り付いた。どこか痛いところはないか、苦しくないか、それから、それから。命懸けで私を守ってくれてありがとう。死の淵から引き戻してくれてありがとう。——私のせいで傷を負わせてごめんなさい。
「はい怪我人に詰め寄らない」
冷静な声で私の襟を引いたのは、明日美である。一人腰掛けた彼女は、スーパーに寄って購入したりんごを取り出した。その皮を、明日美の鞄からすうっと出てきたナイフがスルスルと剥いていく。いや明日美、何でナイフなんて持ってるのあんた? 後林檎の皮剥き上手いね。女子力が高いというか生活力が高いというか、といったところだが、この才女に当てはまるのは前者だろう。
「ダーリン。傷の調子はどう?」
「今は麻酔が効いてるから痛くない。かなり深かったらしいぞ」
「そう。どうして入院を?」
「今日いっぱい化膿するかもしれないから様子見で」
「なるほどなるほど。めぐむんに何か言うことある?」
「えっあっ……ええ? 無事だったんだな、よかった。とか?」
一言一言、的確に。私達が質問責めにしたであろう内容を聞き出していき、とどめの一言は私のためだけのものだった。知らないうちに握りしめていた拳から力が抜ける。ああ、何というか、もう、……敵わない。私は明日美に抱き着いた。腕の中の少女がおっお盛んだなあなんて言う。
「明日美」
「なに」
「すき」
「知ってる」
「あっ修斗も、助けてくれて、最後呼び戻してくれてありがとう。無事生還しました」
「おう高坂、それくらい熱烈でもいいんだぞ」
修斗の股ぐらが平らだったらなあ……性格は割とストライクゾーンなのに。
えへん! おほんげふっ。
カガリのわざとらしい空咳が響いた。と言うより途中から本当に咳してないか? ここに来る前の一幕をようやく思い出した私は、渋々明日美から離れる。カガリの姿勢は一本の糸で吊られたようだ。そのまま人差し指を口元に当てる。口を開けない気がして、でも喉が渇いて、唇を湿らせようとした。出来なかった。
「白鳥くんの病院に向かうかたわら、僕らは話をしていました」
舞花と蒼馬の姿勢が驚くほどに美しい。元妖怪とはいえ神が姿勢を正したのだ、彼らも何か感じるものがあるのかもしれなかった。
「高坂さんが言霊に守られていたという話と、高坂さんが和魂を持つ者だという話。どちらも今までは知らなかった、いえ、知らない方が良かった。でも高坂さんはすでに秘密の一端を握ってしまった。ならばもう全て手の内に曝してしまった方がいい。他の方を巻き込まない為にも、高坂さんは知りたい。最初から全てを……正しいですか?」
ぞくぞくする。この目の前の獣から、逃げ出せないと感じる。私は戦々恐々頷いた。がくがくと壊れたような頷き方になったが、そんなの気にしていられなかった。いつの間にか体まで侭ならなくなっていた。
「すみません。でも、危険なので」
危険?
「僕が氏子たちの間の異変に気付いたのは、今から十五年ほど前のことでした。
ある地区を中心に癒しの力が高まっているのです。ある者は富に恵まれ、ある者は病から解き放たれました。それは明らかな異常です。本来人は病むも窮するも自然のままであるべきなのに、その渦は何も考えず幸を振りまいていたのです。僕はその地区を調べました。最初は、妖怪のいたずらかと思いましたよ。でも、この辺りの妖怪は僕が統括していますから、そんなことはありません。次に疑ったのは神の所業です。奇跡のレベルが群を抜いていたものですから。ところが、探しても探しても僕の他に神はいない。そうして見つけたのは人間の赤子でした。あどけなく笑う、生まれて三年も経たない子から濃密な神気が発せられていたんです。まあ、高坂さんのことなんですけどね」
「私⁉︎」
「アホか。今の流れでどうなりゃお前以外が出てくんだよ」
「アイちゃん神様だったの?」
「今からタイムスリップしてめぐむんに会える確率をどう思う、ダーリン」
「今からだとゼロ。未来の技術に期待するならゼロじゃない」
「あの、お話しないでくださいね。静かに聞きましょう。先生の言うこと聞いてくれると嬉しいです。ああ、教壇に立った経験もありますよ、もちろん。
高坂さんが神様だったわけではありません。高坂さんの片目が見えないのは知っていますよね? ……幼馴染以外の三人さん、愚痴は後で僕が聞きます。そう、見えないんです。何故って、右目に入ってるんですよ。例の、『和魂』がね。和魂とは、神の持つ霊魂の一側面です。それは人に幸を与えたり、奇跡を起こしたり、収穫を与えたりします。それから、神の優しく平和的な面を司っています。それがどうして体内に入ったりしたのか、わかりませんが。その頃、彼女は妖に食われそうになっていました。本来神から剥がれないものなのですが、滴り落ちたそれは妖を呼びます。なので僕は、彼女の右目を代償に、和魂を封じ込めたのです。彼女が妖に目をつけられないように。しかし、蒼馬さん曰く、僕の封印を逃れた者もいたようですね」
「このポンコツ。ハッ……俺の手で始末してやったぜと言いたいところだけどなあ。今の話で確信した。多分大方はこいつ自身が自分で片付けたんだよ」
「ええ、その通りです。高坂さんを狙った妖の一部は蒼馬さんがその力で始末しましたが、大部分は高坂さんの助けた獣達が退治したのでしょう。……道理で、よい加護に恵まれていると思いました。
……言霊とは、言葉の持つ力です。先ほど体感したのでは? 心象結界の中で」
「歩けると思えば歩ける。信じれば現れる……?」
「はい。心の中では暗示的に、口に出せばはっきりと、言葉が形を成します。『封印のこと』『特異体質のこと』どちらも高坂さんが知らないから、封印がより強固に働き、安全でいられたのですね。
さあ、全て、の半分です。どうすれば破られてしまった封印を元に戻せるか、考えなくてはいけません。人を巻き込まない前に、まず自分が無事でいなくてはね」
そして、カガリはいつの間にか汗に濡れていたひたいを拭った。その腕を一振りすると、白い絹の狩衣に覆われる。気付けば窓の向こうに小さい妖がうじゃうじゃしていた。
「荒療治ですが。ではまず、突然妖の結界に巻き込まれた時の身の振り方から覚えましょうか」
荒療治過ぎない?
そして世界が塗り替わる。空が赤く移り変わる。病室の窓が粉々の砕け散る寸前、、カガリがそっと私の耳にかがみこんで‘囁いた。
「あなたを守りたい、その一心なのです。あなたほど清く美しい魂を他に知らない」
それは……褒め言葉だよね? そんなに真正面から異性に褒められたのは初めてで、鼓動が速くなるのを感じた。思えばカガリは赤ん坊の頃から私を見守っててくれていたわけだし、もう少しちゃんとした扱いをしてもいいのかもしれない……。
「嬉しいことを考えてくれているのは後でじっくりお伺いしたいですが、来ますよ! 蒼馬さんは桜木さんと白鳥さんをお護りください、野崎さんはサポートをお願いします」
やっぱりこいつには塩対応でいいかもしれない。