コメディ・ライト小説(新)
- Re: 狐に嫁入り ( No.33 )
- 日時: 2018/01/29 14:35
- 名前: 一匹羊。 (ID: UJ4pjK4/)
14話
「自分を信じて」
二日前までごく普通の女子高生だった私を信じるんですかわかりません。
舞花の鏡からずるんと長大な弓矢が出てくる。
「破魔矢だよ、アイちゃん」
左様ですか。少し暗い赤に染まった……おそらく結界、の中で、カガリが何やら手を上げた。瞬間、真っ青な壁が私達を覆う。カガリが私に向き合った。耳についていた金色のピアスを外し、私に差し出す。受け取ったそれは微かな熱を持っているようだった。
「これを……どうすればいいの?」
怪訝に思って聞く。呑気にプレゼントなんかしている場合じゃないだろう。しかもお下がり。私ピアスホール開けてないしね。
「それは、誰の中にも眠っている霊力を呼び覚ます媒介になります。手に握り込み、自分を守る壁、要塞、なんでもいいので囲う物を強く想ってください。妖を弾き飛ばすイメージで。そして、強く帰ることを意識してください。この結界は元妖としての僕をイメージして作ったものです。破れるはず」
「! カガリ! 妖怪が! 入ってこようとしてる」
「大丈夫。必ず守りますから、あなたは集中して。自分を信じて」
それだけ言うと、カガリは妖怪達に向かっていった。舞花に私の護衛を託して。
私にそんな力があるのだろうか? 誰にでもだなんてカガリは言ったけど、私にだけ霊力がない可能性だってある。だって、私はほんの数日前まで本当に普通の女子高生だったのだ。妖怪達は目玉に魚の骨がついたようなものや、生首が数個くっついたようなもの、百足に生首がくっついたようなものまで様々で、どれも青い壁越しにギラギラとした目で私をねめつけている。恐ろしい。足が震える。敵わないと、思ってしまう。最後の要塞だった青い壁も少しずつ薄れていく。だめだ。怖い! 助けてほしい、自分一人じゃどうもできない。何で私だけこんな体質なんだろう。こんな体を抱えてこれから先生きていっていつか妖怪に喰われる、そんなことのために生まれて来たのだろうか。
ついに妖怪の一匹が私めがけて一直線に飛んで来た。でも私は、身が竦んで何もできない……。
バシュッ。
私は目を見開いた。妖怪が舞花の破魔矢に当たって四散していく。
「アイちゃん! もし一人で、何も知らなかったら手も足も出ず餌になっちゃってたかもしれないよ? でも今は違うよ! 私も、御狐ちゃんもそばにいるよ! 一人じゃない。だから、頑張ろ?」
そう言うと舞花はまた矢をつがえ、妖怪を射抜いた。
そうだ。一人じゃない。それってなんて心強いんだろう。これから先、一人でいるときに妖怪に襲われる時があるかもしれない。でも、今対処法を覚えておけば負けない。そのためにカガリはこの場を作ったんじゃないか。カガリはずっと私に誠実だった。守ろうとしてくれた。なら、私は自分じゃなくカガリを信じる。
強く、強く願う。私の平穏を、幸せを脅かすばかやろう達はあっちに行ってしまえ!
瞬間。花びらのように現れた金色の壁が私と、近くにいた舞花をすっぽり覆った。え、何これ? 壁は分厚い。
「すごいよアイちゃん、この霊力……! どこに隠してたの?」
私の霊力のせいなのか、こんなキラキラしたモノが出て来たのは。壁は半透明で、悔しげに壁に体当たりしてはじゅうと溶ける妖怪の姿が見えた。そして、目を見開くカガリも。カガリの口が動くがここからでは何を言っているかわからない。あ、え、い、あ、あ、い……?
「帰りなさいだと思うよ、アイちゃん。さあ、願って」
ここから帰れるのだろうか。いや、帰るのだ。あの病室へ。
ぎゅうっと目をつぶって強く白い部屋を想起する。目を開けば、何事もない病室に、蒼馬と修斗、明日美がいた。
驚いたのは、蒼馬が私の顔を見るなり腕を掴んで来たことだ。男子の力は、結構痛いし実際、痛い、と声が出たのだが蒼馬は力を緩めなかった。
「どこも怪我してねえか」
「う、うん。五体満足」
「何言ってんのかわかんねえ」
現文二十五点は言うことが違うぜ。なんて茶化すことも出来ないほどに蒼馬は真剣だった。
「あの狐、絶対許さねえ。素人を、愛をいきなり結界に放り込むなんて。万が一があったら、呪いでももらったら、どうするつもりだったんだ」
「で……でも蒼馬、カガリは私のことを考えて」
「考えてねえっつってんだよ! 畜生……俺に力があれば調伏してやるのに」
甦るのは昨日の修斗の言葉。
『あいつほんとお前が好きだな』
私のためにこんなにも怒ってくれているのだろうか。それともやっぱり悪鬼が許せないから? 私は自惚れてもいいのだろうか。
「随分な言われようですね」
カガリが戻ってきた。狩衣が少しよれているような気がする。コキコキと首を回した。そして蒼馬を睥睨した瞳は、どこか……ぞくりとさせられるほど冷たかった。
「では聞きますが、蒼馬さんはずっと愛さんのそばについて護れますか? 僕は無理です。僕には果たすべき勤めがある。あなたにも家があり、生活があるでしょう。自分の身は自分で守れるのが一番良いのです。妖は狡猾だ。片時も離れず守っているつもりでも一片の隙を突かれる」
蒼馬はぐっと黙り込んだ。重い沈黙が下りる。それを遮ったのは明日美だった。
「それで、御狐ちゃん。めぐむんは自衛の手段を手に入れたの?」
すると、鋭い空気を霧散させたカガリは、はい、と嬉しそうに頷いた。
「僕の神気を吸った耳飾りをお渡ししました。ねっ」
そう言われてずっと握り込んでいた拳を開くと、金色の球形だったピアスはハートの形を模った石に変わっていた。
「ハートですか。高坂さんらしい色に染まりましたね」
その声があまりに柔らかくて、何だか顔を上げられない。私、ハートって柄だろうか……?
「高坂さんの暖かい人柄にぴったりだと思いますよ」
どちらかというと塩対応に定評があるんだけどな。おかしいな。
「私のめぐむんを口説かないでくださーい。口説いていいのはまいぴーだけ」
修斗は疲れてしまったのか寝ていた。その頰を愛おしげに撫でながら明日美が口を尖らす。明日美の長い髪が修斗の頰に影を作っていて、そんな情景をふと羨ましいなと思った。美男美女の二人はいつも寄り添い合っている。
「なに見惚れてるの、めぐむん。私たちのことより今はめぐむんだよ。それで、神気を吸ったピアスにどんな効能があるわけ?」
「えっと……私の中の眠っている霊力を呼び覚ます? みたい」
「霊力を思うように扱える効能もあります。それにしても高坂さんの力は予想以上でしたが……」
「それ、舞花も言ってたよね。そんなにすごいの?」
話しかけられた舞花はほけほけと笑うとすごいよーと返した。
「私なんてはしにもかからないし、そうくんも敵わないんじゃないかな? 場合によっては御狐ちゃんにも勝てるかもよ」
「そうですね、それくらいの強度はありました。僕の力が衰えている上、結界は不得意である以上、高坂さんは僕にも勝てます。恐らく右目の和魂と僕の神気でブーストがかかったのでしょうけど」
神様パワーが案外大したことがないのか、私の結界が凄かったのか。微妙なラインである。舞花が「アイちゃんがすごかったんだよ!」と口を挟んだ。こんな狐擁護しなくていいのよ? ……と、私は唇を湿らせた。
「とにかくこれで……一人で妖怪に相対しちゃった時の備えはできたわけだよね。後は、根本を絶たないと」
ああ、と蒼馬が頷いた。
「右目の封印をより強固にするか、そもそも和魂を取り出して然るべきところに奉納するかだな」
「奉納?」
私は思わずおうむ返しする。それって神様に献上する、という意味であっているのだろうか。明日美が助け舟を出してくれる。
「御狐ちゃんの話によれば、和魂は神様の一部なんでしょう? なら返すべき神様がいるはずだよ」
確かに。私はカガリに助けを求めて視線を送った。何をどうすればいいのかさっぱりわかんない。
「……どちらも僕では手助けになれません。これ以上の封印となると術者を頼るのが筋ですし、和魂を取り出す手段が想像もつかないのです。右目を抉り出して済む話ではなさそうです。それに、どの神に返すべきかも分かりません。すみません。ところで今僕を頼るような視線を向けてくださいましたよね、あれがものすごく多幸感をもたらしてくれたのでもう一度、あだっ」
「幼馴染の俺はしょっちゅう向けられてるぜ、狐」
「舞花、蒼馬。ごめんだけど何かそういうことに詳しい人の心当たりないかな」
「蒼馬さんの拳より高坂さんの無視の方が効きますねえ……」
肩パンされた箇所をさすりながら半べそをかくカガリ。もちろん無視である。頼った二人は私の方を向くと思案顔を見せる。だめ、だろうか?
「お父さんに聞いてみるよ! もしかしたら御神託を受けられるかもしれない」
「お前さえ良ければ……本家を案内できる。ちょっと遠いけどよ」
「うわーん! 持つべきものはファンタジー属性の友達だね!」
舞花に抱きつくとぎゅうと抱きしめ返してくれる。このふくよかわがままボディ、愛おしさしか湧いてこないぜ……!
と、温もりに包まれていたところではたと気付いた。ぷはと舞花から顔を上げてカガリを見る。カガリはふんわりと微笑み両腕を広げた。
「僕ですか、もふもふ具合なら負けません。さあいらっしゃい」
「素直に消えて欲しい。あのさ、度々カガリの力が弱まってるって話するじゃん。あれって何で?」
微笑みはそのまま困ったような苦笑いに変わる。
「気になりますか?」
聞かないでほしいという感情を言外に含んで、彼は首を傾げる。私は舞花から体を離して、カガリの元に駆け寄った。逃がさないという気持ちを込めて、睨みつけるように目を合わせる。
「うん。気になるよ。なんか嫌な予感がするんだ。考えすぎかもしれないけど、今日カガリ、一度も私との結婚を匂わせてない」
そして、決定的なことを言う。
「カガリ、別に私のことが好きなわけじゃないんでしょう?」
カガリは笑みを崩さない。沈黙が重く降りる直前、口を開いた。
「あなたに強く惹かれている。それは、本当なんですよ?」
それは肯定に等しかった。そして、嘘ではないのだろう。
「神嫁は特別な加護で守られ、万一の場合にも強い縁を辿って僕がすぐ駆けつけられます。だから、あなたに求婚しました。……すみません」
「守ろうとしてくれた結果でしょ。私には、カガリが何でそこまで私にしてくれるのかわからないけど。氏子だから? アカルを助けたから?」
素直な気持ちを口にする。が、蒼馬が遮った。
「それで? なんで求婚をやめたんだよ」
カガリは俯いた。この二日間濃厚な時間を共に過ごして、それでも知らない表情があるのだと知った。カガリの長い睫毛が頰に影を落としていた。形のいい唇はきゅうと引き結ばれ、何かを噛みしめているように見えた。すっと顔をあげる。その表情は明るく、にこやかだった。
「僕では高坂さんを守りきれないからです。僕は消えてしまうから」