コメディ・ライト小説(新)

Re: エンジェリカの王女 ( No.106 )
日時: 2017/09/10 20:05
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: BEaTCLec)

78話「扉、開かれる」

 この女は心ゆくまで私をいたぶるつもりだ。
 言葉と表情からそれに気づいた時、私は恐ろしくなって戦慄した。カルチェレイナはまだ私を殺す気はない。家族を奪われた復讐として、私を苦しめるつもりなのだろう。
「……っ、来ないで!」
 私は込み上げてくる恐怖に耐えきれず発散するように叫んだ。近づかないでほしい、本能的にそう思った。彼女は何をしてくるか分からない。
 まるで凶暴な動物のように、瞳が気味悪く輝く。
「一つ言っておくわ。もし貴女が力を使ったら、ルッツが彼の首を切り落とす。いいわね」
 カルチェレイナはエリアスを指差して言った。それとほぼ同時に、ルッツの剣がエリアスの首に密着する。
 あの状態なら一秒もかからずエリアスの首を斬れる。とても危険だ。うっかり力を発動させないよう気をつけなくては。
 しかし当のエリアスはそのような状況にあっても落ち着いていた。
「王女、貴女の身が大切です。私に構わず、必要な時には力をお使い下さい」
 いつもと変わらず、そんなことを言っている。
 本当に危険な状況なのだから、少しは自分の心配もするべきだと思う。
「黙っていなさい」
 カルチェレイナはエリアスに突き刺すような視線を送った。かなりの迫力だがエリアスは怯まず睨み返す。
「敵の命には従わない」
 反抗的な態度をとるエリアスに呆れたからか、カルチェレイナはわざとらしい大きな溜め息を漏らした。
 それから再びこちらへ向き直り、次の瞬間、急に地面へ押し倒してくる。凄まじい腕力で、僅かも動けない。
「なら貴方が一番嫌がることをして見せてあげるわ」
 エリアスを少し見ながら口角を上げる。
 その表情を見て予感した。今から自分が傷つけられるのだということを。
 私を地面に押さえ込んだままカルチェレイナはふうっと息を吐き出す。すると水色に輝く蝶が数匹——いや、十匹以上現れた。そして全部が私の手や肩などに止まる。
 その直後、蝶の止まっている部分に激痛が走る。
「——っ!」
 喉が締まり声が出ない。何とか目を開けると、薄い金色のもやが線のようになって私から出ていっていた。
「どう?あたしの術。なかなか凄いでしょう。蝶が貴女の聖気を吸いとるの」
「止めろ!それは、ダメだ!」
 愉快そうなカルチェレイナの声とエリアスの叫びが、混じって耳に入ってくる。
 聖気を吸いとるって……こんなに痛いもの?縄できつく縛られるような痛みを感じる。
「カルチェレイナ!止めろと言っている!」
「貴方が逆らったからよ」
 痛みで朦朧とする意識の中、二人の会話を聞く。だがそこに口を挟むことはできない。まず口が動かないし、発するべき言葉も見つからない。
 徐々に力が抜けてくる。もうダメかも……と私の心に諦めが生まれかけた、その時。

 突如、分厚い鉄製の扉が外れて倒れた。

「何事っ!?」
 カルチェレイナは顔を引きつらせて叫び、すぐさま立ち上がる。
 彼女だけではない。ヴィッタにルッツ、もちろんエリアスも、目を見開いて信じられない光景を見つめていた。
 その後、部屋に入ってきたのは天使だった。白い服を見にまとった二人の天使、恐らく親衛隊所属の者と思われる。
「アンナ、迎えに来たぞ」
 父であるディルクの声が聞こえて驚き、慌てて上半身を起こす。そこには最初に入ってきた二人の親衛隊所属の天使と、ディルク王が立っていた。
「……どうしてここが分かったのかしらね。まぁいいわ。出番よ!ヴィッタ!ルッツ!」
 カルチェレイナの命令に、二人は歯切れよく返事する。
「「はい!」」
 ディルク王へ向かっていくヴィッタとルッツ。二人の親衛隊員が迎え撃つ。
「王女っ!」
 ルッツの剣から解放されたエリアスはすぐさまこちらへ駆け寄ってくる。聖気で両手の拘束具を破壊する。
 彼の温かい手が私の背中をさする。カルチェレイナの蝶はいつの間にか消え、騒ぎで気づいていないうちに痛みも治まっていた。
 エリアスは半泣きで「大丈夫ですか」と繰り返す。私が思っていたよりもずっと心配していたようだ。
「平気よ。痛いのも治ったし、動けるわ。逃げましょう」
「……はい!」
 するとやっとエリアスの顔に笑みが浮かんだ。
 私たちが立ち上がったことに気がついたカルチェレイナは、咄嗟に魔気の針を飛ばしてくる。何とかかわし、ディルク王のところまで向かう。
「逃がさないわよ!」
「娘は返してもらうぞ。よし、後は頼む」
 ディルク王はその場を親衛隊員に任せると、私の手を引き走り出す。年老いているとは思えない速度だ。私は何度も転けそうになりながら、半ば引きずられるように駆けた。
 カルチェレイナの魔の手から逃れられることに喜ぶ暇はない。必死に走る、走る。
 後ろからエリアスも来ていた。彼は羽を拘束されているせいで飛べない。
「エリアス、羽は!?」
「今はまだ壊せませんが、問題ありません」
 どうやら、手の拘束具よりも羽につけられた拘束具の方が強力なようだ。

 こうして私とエリアスは、魔界を脱出したのだった。
 残してきた二人の親衛隊員が心配だが、彼らはとても強い。きっと無事だろう、と推測する。
 これでカルチェレイナが諦めるとは思えないが、ひとまず彼女から逃れられて安堵する。

 ——麗奈。

 ただ、私の中には小さな思いが残っていた。
 大切な友達だと思っていた麗奈。
 叶うなら……彼女にもう一度会いたい。

Re: エンジェリカの王女 ( No.107 )
日時: 2017/09/11 08:46
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: N7iL3p2q)

79話「突きつけられた言葉」

 魔界を脱出し地上界へ戻った私たちを一番に迎えてくれたのはジェシカだった。
 彼女は随分疲れた顔をしていたが、私たちに気がつくと、 すぐに駆け寄ってきてくれる。
「無事だったのっ!?王女様、酷いことされなかった?」
 そう尋ねる彼女は憂色を漂わせていた。
「えぇ」
 そう答えるとジェシカは安堵の表情を浮かべる。はっきりした目をパチパチまばたかせている。
「良かった……、良かった」
 彼女はとても喜んでくれた。まるで自分のことのように。我ながらいい友人を持ったと思うわ。
 それから私は、ジェシカから何がどうなったのか事の全貌を聞いた。
 まず、帰宅しないノアを心配して、ジェシカは彼を探しにいったらしい。そしてあの道で倒れている彼を発見した。
「かなり重傷だったけど息はあったんだ。ノアが『隊長と王女様が拐われた』なんて言うから、いきなりすぎてびっくりしたよ」
 ジェシカはノアを連れて天界列車に乗り一度天界へ帰ったらしい。そして私たちが拐われたことをディルク王へ伝えに走り、それによってディルク王直々に救出しに行くことになったという。
「ジェシカさんのおかげね、ありがとう。助かったわ」
 本当に。
 みんなが助けに来てくれなかったら、私もエリアスも、もっと酷い目に遭っているところだった。散々いたぶられた挙げ句殺されるという危機を回避することができたのはみんなのおかげだ。
 今は感謝しかない。
「いやいや、あたしはたいしたことしてないよ。ノアから聞かなかったら分かんなかったわけだし、救出作戦で戦ったのは王様と親衛隊だし」
 そこに聞き覚えのある声が乱入してくる。
「おっと!もしや、麗しき僕のことを忘れているね!?」
 自分に麗しきなどとつけるのは知り合いに一人しかいない。
「ライヴァン!ごめん、アンタのこと忘れてた」
「酷いなぁ。まったく、これだから野蛮な天使は……」
「うるさいな!野蛮は余計!野蛮はいらないって!」
 そう、ライヴァンだ。
 だが彼は悪魔。背中にはコウモリのような羽が生えている。
「やぁ、久しぶりだね。お人好し王じ……ぶっ!」
 私に対しうやうやしく手を差し出すライヴァンの頭に、エリアスが強烈なチョップを食らわせた。かなり痛かったらしく、涙目になりながら頭をさするライヴァン。若干可哀想な気もした。
「王女に気安く触れるな、汚らわしい」
 エリアスはなぜか怒っている様子。いや、単にライヴァンを嫌っているだけかもしれない。
「ひっ、酷いなぁ!麗しいこの僕の頭にチョップなど、はげたらどうしてくれるんだい!」
 ライヴァンはライヴァンで気にするところがおかしいわ。髪より脳を気にしなさい、脳を。
 そんなおかしなことになっていてもまだ冷ややかな表情を崩さないエリアスに、ジェシカが説明する。
「ライヴァンは悪くないよ。魔界の案内役をしてくれたんだ。だからそんなに嫌わないで」
 ごもっともな意見である。
 今の私たちは彼にお礼を言わなくてはならない立場だ。
「……そうなのか?」
 エリアスは睨みつつライヴァンに確認する。
「その通りさ!麗しい僕のおかげで君たちは助かった!」
 ライヴァンは調子に乗って謎のポーズをきめる。Dの字のようなポーズだ。彼は今日も安定して痛い。常にこのテンションを保てているのはもはや尊敬の域である。
「……ライヴァン。今回ばかりは感謝しよう。私ではどうしようもなかった」
 エリアスは不服そうな表情をしつつも素直にお礼を述べる。表情と口調のずれが何だか可愛らしくも感じられる。
 一方ライヴァンは少し恥ずかしそうな顔をする。素直に礼を言われるとは予想していなかったのかもしれない。
「アンナ、怪我はないか?」
 親衛隊員と話していたディルク王がこちらへやって来る。
 エリアスの時も思ったけど、やっぱり天使に地上界はあまり似合わないわね。周囲の風景と馴染まなすぎてシュールな感じになってしまっているわ。
「お父様。私は平気よ」
 ディルク王と話していた二人は、どうやら助けに来てくれた時の二人のようだ。記憶が曖昧だが確かこんな顔だった気がする。
 一人は赤い髪をオールバックにしていてやや筋肉質。もう一人は鴬色のおかっぱのような髪型でわりと細め。
 対照的な容姿である。
「お父様、その二人は?」
 何となく気になったので聞いてみる。二人とも見たことのない天使だ。髪色のせいかよく目立つ。
「ツヴァイとレクシフ、我が忠実なる親衛隊の所属だ」
 ディルク王は指差して教えてくれる。どうやら、赤い方がツヴァイ、鴬色の方がレクシフのようだ。
「よろしくお願いします」
 鴬色の髪をしたレクシフは礼儀正しく頭を下げる。品のある雰囲気でやや中性的だ。
「よろしくでっす!」
 ツヴァイと呼ばれた赤い髪の天使が、軽いノリで片手を掲げる。それが彼流の挨拶の仕方なのだろう。
「アンナ、お前の護衛たちはもう護衛任務を果たせない。これからはこの二人を連れていけ」
 私は耳を疑った。いきなり何を言い出すのか。
 ディルク王の言葉に戸惑っていると、隣にいたエリアスが先に口を開く。
「待って下さい、ディルク王。それはどういう意味ですか」
 ジェシカはもちろん、ライヴァンも驚いた顔をしている。いきなりこんな話が出てきたのだから、彼らがどう反応していいものか分からないのも無理はない。
 私だって話についていけていないわ。
「今後、アンナの護衛は、すべてツヴァイとレクシフがする」
 それはつまり——エリアスはくびということ?またまた意味が分からない。
「……なぜです」
 エリアスは納得できないような顔で静かに尋ねた。対してディルク王は淡々と答える。
「お前ではアンナを護れぬ」
 ——それは、何よりも冷ややかな言葉。
 突きつけられた言葉に、エリアスの顔から血の気が引いていく。みるみるうちに顔面蒼白になった彼は、そのまま地面に座り込んでしまった。

Re: エンジェリカの王女 ( No.108 )
日時: 2017/09/11 16:20
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 69bzu.rx)

80話「説得も虚しく」

「お前は護るどころかアンナを危険に曝した。そんな者を護衛と認めるわけにはいかぬ」
 ショックを受けて顔面蒼白になっているエリアスに追い討ちをかけるようにディルク王は冷たく言い放つ。
「違うわ、エリアスは悪くない。私が勝手についていったのよ!分かって」
「何も違わん」
 慌ててエリアスを擁護しようと口を挟むと、ディルク王は淡々とした口調で言い返してくる。
「エリアスがいなければお前は危険な目に遭わずに済んでいた。そうだろう?」
 私は信じられない思いで目の前の父親を見つめた。ずっと私を護ってくれていたエリアスに平気でそんなことを言えるとは、なんと心ない天使か。
 エリアスがいなければ私は一生王宮から出られなかった。ジェシカやノアと知り合うことも、地上界を歩くことも、すべてなかっただろう。今の私があるのはエリアスのおかげ。
 だから私は彼にとても感謝している。
 しかしディルク王はそんなエリアスに対し躊躇なく酷いことを言った。こればかりは許せない。
「お父様!何を言い出すの!エリアスとは関係な——」
「王女」
 ディルク王に反論しようとした私の言葉をエリアスが遮る。
「ディルク王の仰ったことは事実です」
 少し間をあけて続ける。
「私は王女に迷惑をかけてしまいました。それは認めます。ですが!どうか、私にもう一度チャンスを下さい!」
 エリアスの悲痛な叫びがディルク王に届くことはなかった。ディルク王は自身の考えを少しも変えず冷淡に答える。
「いずれにせよお前はもう戦えまい。肩の傷もあるだろう」
「戦えます!私は王女のためならどんなこともします!」
 エリアスはすぐさまそう返す。彼らしい返しだ。
「誰もがいつかは衰えるもの。それ故、お前が悪いとは言わんが、今のお前にアンナは任せられない」
「……っ」
 エリアスは唇を噛みながら悔しそうな表情を浮かべる。その様子は、言うべき言葉を探しているようにも見える。
 そんなエリアスには気をかけず、ディルク王はツヴァイとレクシフに次の指示を出す。自動的に話が進んでいってしまい止められない。
 このままではエリアスと一緒にいられなくなる。それだけはどうにか回避しなくては。こんなくだらないことで彼と別れるなんて絶対に嫌。
「お父様、聞いて。私はエリアスがいいわ」
 血の繋がりがあるとはいえそこまで親しくない父親だ、簡単に私の意見を聞き入れてくれるかは分からない。だが言わないよりはましだろう。
 今言わなければ後悔する。それは確かだ。
「何?父親に逆らうのか?」
 ディルク王は眉を寄せ怪訝な顔をする。
「そうじゃなくて、話を聞いてほしいの。私はエリアスが護衛隊長に相応しいと言える根拠を色々と持っているわ」
 それまで悔しそうに俯いていたエリアスが、顔を上げてこちらに目をやる。
 ディルク王は私の発言に興味を持ったのか「根拠とは?」と尋ねてくる。
 ……勢いで言っただけだ。
 エリアスこそ私の護衛隊長。そう思っているのは事実だ。彼の長所もたくさん知っている。だが根拠と呼べるほど立派なものかは分からない。果たしてディルク王を説得できるような内容であるかは、何とも言えない。
 それでも今更下がれない。
「お父様が知らないエリアスの魅力を私はたくさん知っているのよ」
「ならばお前がわしを説得してみせろ」
 私は頷き、エリアスの良いところを話し始める。
 いつも温かな声をかけてくれること、どんな時も傍にいてくれることや、味方してくれること……。他にもたくさんある。
 いざ口にしてみると、予想よりも多くの良いところが見つかった。普段は改めて長所を探す機会などあまりないの。だから自覚していなかったが、私はエリアスの良いところを結構な数知っていた。
「……そうか」
 私がだいぶ話した時、ディルク王は小さくそう言った。
「お前はエリアスを信頼しているのだな」
「そうよ」
「確かに。それは伝わった」
 私はディルク王が理解してくれたと思って胸を撫で下ろした。
 しかし。
 次の瞬間、赤い髪のツヴァイて鴬色の髪のレクシフが、それぞれ私の腕を掴む。
「だがそれとこれとは話が別だ。ツヴァイ、レクシフ。アンナを速やかにエンジェリカへ連れて帰れ」
 ディルク王の下した命令に、私は唖然とするしかなかった。
「オッケーっす!」
「承知しました。アンナ王女をエンジェリカへ送り届けます」
 ツヴァイとレクシフは各々返事をすると、半ば強制的に私を連れていこうとする。
 あからさまな発言はしないものの、優しさが感じられない。無理矢理である。命令だから仕方ないのかもしれないが。
「待って、離してちょうだい。話はまだ……!」
 抵抗しようと身を捩ると、レクシフに冷たく睨まれる。
「王の命令には誰であろうと逆らえません」
 もはや忠実の域を越えていると思い寒気がした。
 ディルク王の命令に誰も逆らえないのならば、もし彼が「死ね」と言えばどうなる?みんな従って死ななくてはならないということだ。
 そんなことがあって堪るものか。
 苛立った私は、絶望で生気をなくしかけているような顔のエリアスに向けて、叫んだ。
「エリアス!助けて!」
 ツヴァイとレクシフは敵ではないが、邪魔者ではある。私の心と逆のことを強要してくるのだから。
 邪魔者の排除。それは護衛隊長の職務に含まれるはず。
「私の護衛隊長でしょう!?」
 その声に彼は顔を上げた。
 エリアスは私の護衛隊長であることを望んでいて、私は彼に傍にいてほしいと思っている。つまり二人は同じ意見だということ。
 二人の気持ちを阻害することこそ、誰にもできないことだ。私はそう思う。

Re: エンジェリカの王女《まもなく2章終了》 ( No.109 )
日時: 2017/09/12 14:48
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: dSN9v.nR)

81話「真実には向き合えない」

 顔を上げたエリアスの表情はもう暗くなかった。目つきもいつもの彼らしい鋭さを取り戻している。
「……そうでしたね、王女。私は貴女の護衛隊長です」
 開いた手に白く輝く聖気が集まってくる。やがて出現した長い槍を彼は構えた。
 それに対しレクシフが激しく叫ぶ。
「エリアスさん!天使でありながら王に武器を向けるなど、裏切り行為ですよ!」
 ディルク王に忠誠を誓う彼からすればありえない行為なのだろう。それがありありと分かるぐらい取り乱している。
 エリアスは長槍でレクシフに攻撃を仕掛ける。当然首を取りにいくような本気の振りではないが、それでも当たれば十分な威力がありそうだ。槍が長いので攻撃が届く範囲も広い。
 しかし、ギリギリのところで赤い髪のツヴァイが間に入り、エリアスの長槍を弾き返した。
 彼の手には二本の短剣が握られている。持ち手は髪と同じ赤い色。刃は銀色で、雲のように曲線的なラインを描いている。今までに見たことのない珍しい形状の短剣だ。
「ちょっとちょっと。いきなり攻撃は酷いっすよ。何考えてるんですか、エリアスさん」
 ツヴァイは二本の短剣でしっかり槍を受け止めつつ、私を見張っているレクシフに対し「先に行け」と言った。「こいつは俺が相手するから」と、エリアスを悪者みたいに扱う。
 レクシフが体に触れようとした瞬間、私は半ば無意識で「触らないで」と叫んでいた。純粋に触れられたくなかったのだ。いくら仕事だといっても、親しくない相手に触れられるのは、いい気がしないもの。
 しかしその直後、レクシフが物凄い勢いで吹き飛んだ。まるで彼が空き缶のように軽くなってしまったかのようである。私は一瞬何が起きたか掴めなかったが、どうやら力が発動したらしい。「触らないで」と言ったからだと思われる。
 身構えずに吹き飛ばされたレクシフは壁にぶつかった衝撃で立ち上がれそうにない。
 私からレクシフが離れたことに気がついたエリアスは咄嗟に槍を消してこちらへ飛ぶ。しかしツヴァイが素早く足首を掴んでいた。エリアスは引きずり下ろされ、そのまま地面に打ち付けられた。
「エリアスさんはアンナ王女のことしか見ていない。それで俺に勝てると思うとか甘いんっすよ」
 ツヴァイは地面に叩きつけられ立てないエリアスの背中に乗って押さえ込む。
「よく護衛隊長名乗れるっすね。本当はアンナ王女のこと、恋愛として好きなんでしょ?」
「……何を言って」
 エリアスは顔を強張らせる。いきなりそんなことを言われれば意図が分からず警戒するのも無理はない。
「まぁアンナ王女は美人さんだしおかしな話ではないっすけど。やっぱエリアスさんも案外普通の男なんっすね」
「黙れ!」
 ニタリと笑みを向けられたエリアスは暴れて抵抗する。しかしツヴァイは慣れているらしく一切動揺しない。両腕を背中に押し付け、がっちりとエリアスを押さえ込んでいる。
 エリアスが逃れられないとはかなりの力だ。
「叶わない恋は辛いっすよね。気づいてすらもらえない……」
「離せ!」
 ツヴァイの発言を振り払うように叫ぶエリアス。
「いや、それは無理っす。それよりエリアスさん。本当は触ったり愛を囁きあったり、今よりもっと近くにいったりしたいんでしょ?」
「そんなこと……!」
 否定しつつもエリアスは赤面している。もしかして図星なの?私は少しそんな風に思ってしまった。
「王女様っ」
 レクシフがこちらへ来る前にジェシカが来る。その手には剣が握られていた。傷だらけの体だ、剣をとってもまともに戦えないだろう。
「ジェシカさん、戦うつもり?」
 尋ねると彼女は首を左右に振った。
 何か別の作戦があるのだろうか。戦わないにも関わらず剣を構えるということは時間稼ぎかそれとも……。
「見よ!これぞ我が必殺技!」
 突如ライヴァンの騒がしい声が響く。全員の視線が彼に注がれる。
「麗しき僕!」
 謎のポーズと共に大量の魔気が噴出される。レクシフとツヴァイはさすがに怯む。
 その隙にジェシカが私の手を引っ張って、どこかへ連れていくのだった。

 だいぶ走った気がする。どのくらい走り続けたのだろう、呼吸がはぁはぁと乱れる。こんなに走るのは久しぶりだ。
 運動なれしているからか、ジェシカは呼吸が乱れていない。慣れって凄いことね。基本運動不足の私は必死だったわ。途中で何度も転けそうになったし。
「王女様、大丈夫?」
 辺りを見回してみるがディルク王はいない。ツヴァイとレクシフの姿もなかった。
「何とか。でもエリアスはどうなって……」
「ここさ!」
 振り返るとライヴァンが立っていた。その隣にかなり疲れた表情のエリアスもいる。
「体は大丈夫?」
 すぐに駆け寄り確認する。ツヴァイに押さえ込まれた時にどこか痛めていないか心配だ。
 彼は私の質問に頷いたが、いつものような微笑みは浮かべない。
 その時ふとツヴァイの言っていたことを思い出す。
 アンナ王女を恋愛として好き、というあの言葉を気にしているのかもしれない。私はそんなことは気にしないが、真面目な彼のことだ、何か思って悩んでいるしれない。
 彼は触れてほしくないだろうが、いつまでも放置していると余計にややこしい。だから私はストレートに尋ねてみることにした。
「ねぇ、エリアス。ツヴァイが言っていたことは本当?貴方は私を好きなの?」

Re: エンジェリカの王女《まもなく2章終了》 ( No.110 )
日時: 2017/09/13 07:54
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 4V2YWQBF)

82話「新たな護衛」

 張り詰めた冷たい空気が肌を刺すようだ。
 私の問いを最後に、長い沈黙が訪れた。
 いつもなら大抵何でも答えるエリアスだが、今は唇を一文字に結んで黙り込んでしまっている。……少し悪いことを聞いてしまったかもしれない。
「エリアス、どうなの?本当のことを教えて」
 もう一度尋ねてみる。
 答えを待つ時間はとても長く感じられた。数十秒にすぎなかっただろうに。
 私は彼の瑠璃色の瞳を直視した。
「……私は」
 エリアスは伏せ目気味にしながら小さく口を開く。
「私には……分かりません。そんなこと考えてみたことがなかったのです……」
 途切れ途切れ言葉を述べる。
 それが真実なのだろう。彼が嘘を言えるほど器用な天使でないことはよく分かっている。
 そこに見守っていたジェシカが口を挟む。
「あたしにはそう見えるよ」
 真剣な表情だった。
「気づいてないのかもしれないけど、エリアスは王女様のこと好きだと思う。ずっと見てたから分かるよ」
 私はうっかり彼女の存在を忘れていた。エリアスに恋心を抱いていた彼女の前でこんな話をするのはまずかったかな?
「……分かりません。私にはまだ分からない。だから、もう少し考えさせてはいただけないでしょうか」
 エリアスは言いながら深く頭を下げた。そこまでしなくても、と思いつつ返す。
「分かったわ。気にしないで」
 私は、少しでも彼を緊張させないように、笑顔を浮かべる。
「……ありがとうございます。ですが、私が貴女の護衛隊長でありたいということ。これだけは紛れもない事実です」
 そうよね、私もエリアスに護衛隊長でいてほしい。紛れもない事実よ。
 いきなり護衛が他の天使に変わるなんて、そんなのごめんだわ。いくら父の忠実な家来だとしてもエリアスの代わりにはならない。
 一緒に過ごしてきた時間に敵うものはない。
「私、もう一度父に話してみるわ。護衛隊長はエリアスがいいって。父はカッとなると物凄く頑固になるけど、冷静になったら理解してくれる。そういう性格だもの」
 横にいるジェシカはうんうんと頷く。
 それを聞いたエリアスは、初めて表情を緩めた。
「ありがとうございます、王女。とても嬉しいです」
 顔から憂いの色は消え、花が咲いたように明るい表情になっている。彼が少しでも元気を取り戻してくれて良かった。
 もちろんそう簡単にいくとは思えないが——何と言われても諦めない。私の意思はもう確定したのだから。
「これはもしや、『これにて解決!』というやつだね?」
 ライヴァンが急に口を挟んできて、ジェシカは渋いものを食べたような顔をする。
「アンタちょっと空気読みなよ……」
 呆れた調子で言い放つ。
「なっ!この麗しき僕の発言が邪魔だったというのか!?」
 ライヴァンは驚きを隠さず顕わにした。目は大きく開かれ、口も派手に歪む。
 今に始まったことではないが、彼の極めて派手な反応はいつも私を不思議な気持ちにさせる。これが素なのだろうか。だとしたら、かなり愉快な悪魔である。
 それに彼は天使にすっかり馴染んでいる。一緒にいても違和感がないし、むしろ愛嬌があって可愛く思えてくるぐらいだ。
「うん、邪魔。そもそもさ、その麗しき僕とか言うの止めてよ。キモいじゃん」
「なっ、なにぃ!僕に対してキモいとは、もしや嫉妬か!?」
「アンタに嫉妬とかないわー。冗談きついよ、黙って」
 ジェシカとライヴァンはいつの間にか馴染んだらしく、そんなやり取りを続けている。テンションの差がかなり凄い。
 二人の様子を眺めていると何だかおかしくなってきて、私はつい笑みをこぼしてしまった。天使と悪魔がこんなに仲良く喧嘩しているんだもの。珍妙な光景だわ。

 突如、気配を感じ振り返る。
 ザッザッという複数の足音が聞こえ、向こうから歩いてくる姿が見てとれた。ディルク王にツヴァイとレクシフ。三人だ。
 話にだいぶ時間を使っていたせいで追いつかれてしまったらしい。でももう怯まない。心の準備は十分できた。
「アンナ、ここにいたか。逃げるとは驚いたぞ」
 それはまぁ私が考えたわけじゃないけれど。
「ごめんなさいお父様。少し話し合う時間がほしかったの」
「それは別に構わぬ」
 逃げたことに対してはそれほど怒っていないようだ。
「あのね、お父様。私やっぱりエリアスと離れたくないわ。彼は大切なの。信頼しているの。だからこれからもエリアスに護衛隊長であってほしい!」
 私は思いをすべて打ち明けた。伝わらないかもしれない。恐らく分かってもらえないでしょうね。でも、それでも言いたかったの。

 ——しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。

「よかろう」

 一瞬耳を疑った。
 だってあんな頑なに「エリアスを護衛隊長とは認められない」と言っていたのに、急にコロッと認めるなんて何だかおかしいきがする。
 さらにディルク王は続けた。
「だがアンナの護衛が戦力不足なのは事実。この二人も護衛に加えておくといい」
 ディルク王はツヴァイとレクシフを一歩前に出させる。
「アンナ王女、先ほどは失礼しました。これからよろしくお願いします」
「エリアスさんの恋愛運調べとくっすよ!」
 レクシフはともかく、ツヴァイは何を言っているのやら。そもそも挨拶ではないし話がだいぶずれている。
 ……気にしたら負けかな。
「地上界の話を聞かせてほしい。アンナ、速やかにエンジェリカに帰るぞ」
 私はエリアスを傍に寄せてから頷いた。
 そこでジェシカが口を開く。
「王様!あたしたちが住んでた家はどうすればいい?」
 うわぁ、ため口だ。彼女は王に対しても普通にため口で話す。ある意味新鮮だ。
「必要なものだけまとめよ」
 ディルク王も当たり前のように返す。口調とかを気にしないあたり少し変わっているわね。
「分かった!じゃあ早速片付けてくるよっ」
「では自分も同行します」
 名乗り出たのはレクシフ。
「ジェシカさん一人では荷物を運べないと思いますので自分も参ります。アンナ王女、構いませんか?」
 えっ。わ、私なの?
「どうして私に?」
「今後しばらくは貴女が主人ですので。行動には主人の許可が必要です」
 本当に真面目な天使だわ。
「もちろん構わないわ。ジェシカさんをよろしくね」
 私がそう答えると、レクシフは真面目にお辞儀した。

Re: エンジェリカの王女《2章終了!》 ( No.111 )
日時: 2017/09/13 19:43
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6FfG2jNs)

83話「三重坂との別れ」

 ジェシカは必要な荷物をまとめるために一度暮らしていた家へ戻る。鴬色の髪のレクシフもそれに同行することになり、私は二人を見送った。後で合流するというだけのことだが、何だか少し寂しい気もする。
 私は、この前ノアと買ったジェルキャンドルの材料も持ち帰るよう、ジェシカに頼んだ。
 材料は買ったものの色々忙しくてまだ作れていなかったジェルキャンドル。少し落ち着いたら作ってみたいと思うの。カラフルな砂はとても綺麗だったし、あれを使えばきっと素敵なものができるわね。
 そして私はエンジェリカへ帰るため天界列車の乗り場へ向かった。ディルク王とツヴァイ、そしてエリアス。四人で乗り場へ——と思っていたら、ライヴァンもちゃっかりついてきていた。
 ……馴染みすぎ。
 もう悪魔になれないんじゃない?なんて思うぐらい。

 エスカレーター。改札。
 懐かしい思い出が蘇る。
 ジェシカとノアの案内で初めて地上界へ来たあの日、私は生き物だと思ってびっくりした。機械なんて知らなかったから。
「……懐かしいな」
 見るものすべてが新鮮で、驚きに満ちていて、楽しくて仕方なかった。エリアスと別れるのは寂しかったけど、地上界の興味深さに、つい寂しさを忘れていたりしたわね。
「地上界ともお別れなのね」
 正直辛かった。気を緩めたら涙が出そうな気がする。
 エンジェリカで生まれ育った私にもこの街は優しかった。天使でも普通に受け入れてくれたし、私にいろんな経験をさせてくれた。
 そして友達も——。
「……麗奈」
 出会いは些細なことだった。おつかいに行ったら十円足りなくて困っていたら、後ろに並んでいた麗奈がお金を払ってくれて。それから私たちは親しくなった。
 あの日食べたイチゴクレープ、とても美味しかったな。
 ——麗奈。
 もし私がエンジェリカの王女でなかったら、私たちには普通の友達になる道もあったのかもしれない。
 手を取り合って、笑いあって。色々なところへお出かけして。大切な友達になれていたかもしれなかった。
 私がエンジェリカの王女だったから——。
「どうなさいました?」
 エリアスの声で私は現実に引き戻される。気づくと頬が濡れていた。
「王女、なぜ泣いておられるのですか?」
 彼の瑠璃色の瞳が不安そうに見つめてくる。私は慌てて涙を拭った。
 こんなことで泣いていたら何もできない。しっかりしないと。
「……大丈夫。気にしないで」
「ですが王女」
「気にしないで!私は何ともないから!」
 私は無理矢理笑顔を作り明るく言う。こんなことで彼を心配させるのは嫌だから。
「地上界は素敵なところですね。……三重坂。またいつか一緒に来ましょうか」
 天界列車に乗り込む時、エリアスは言いながら柔らかく微笑んだ。長い睫が笑みを際立たせている。
「麗しき僕も一緒さ!」
 たまたま横にいたライヴァンが急に謎のポーズをとる。それを見て、エリアスは冷めた表情になるが、私は面白くて笑ってしまった。
 意味が分からない言動なのに温かい気持ちになる。私は少しおかしいかもしれない。
「自分がエンジェリカの王女でなかったらカルチェレイナと友達でいられたのに。そう思っているね」
 ライヴァンに耳打ちされて、ドキッとした。一瞬心臓が止まったかと思った。
 そうか、彼は心が読めるから……。
「けどそれは違う!君が王女でなかったら、エリアスにもジェシカにもノアにも出会っていなかっただろうね。もちろん麗しい僕と会うこともなかった」
 ——そうだ。
 失ったものばかりではない。私が王女だったから出会えた者たちもいる。
「……貴方の言う通りだわ。私はすべてを失ってきたわけではない」
 ライヴァンに教えられる日が来るなんてね。
「王女、もうすぐ三重坂が見えますよ」
 エリアスが教えてくれる。
「おっと、ここでダジャレか……ぶっ!」
 ライヴァンの頭にエリアスのチョップがきまった。なぜライヴァン相手の時だけチョップなのだろう、謎だ。
「ハゲさせるつもりかぁっ!」
「王女に馴れ馴れしくするな」
「まぁまぁ、エリアス。ひとまず落ち着いて?ねっ」

 天界、地上界、魔界。三つの世界が繋がる街・三重坂。
 そこは賑わいに満ちた、いつまでも暮らしていたいような素敵な街だった。

『天界列車、天界行き。まもなく出発致します』

 車内に響くアナウンス。
 やがて列車が動き出し、地上界から遠ざかっていく。

 私はもう悲しくはない。
 麗奈一人がいなくても、私にはたくさんの大切な者がいると気づいたから。
「カルチェレイナ、もし貴女と戦うことになったとしたら——」
 私が倒す。
 彼女の四百年に渡る憎しみの日々を終わらせる。

 だって私は、彼女の友達だから。