コメディ・ライト小説(新)

Re: エンジェリカの王女《3章開幕》 ( No.112 )
日時: 2017/09/30 19:47
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: UgVNLVY0)

〜第三章 天魔の因縁〜

84話「懐かしいヴァネッサ」

 天界列車が三重坂を出て数十分。あっという間にエンジェリカへ到着した。
 車内販売のクッキーはやはり今日もぶれない美味しさ。何枚かエリアスにあげた以外は全部食べてしまった。
 平らげるつもりはなかったのだけど、つまんでいるうちに、いつの間にかなくなっていたの。まぁ、美味しいから仕方ないわよね。
 駅にはディルク王の帰りを待つ親衛隊員たちが集まっていた。ずらっと一直線に並び、目に見えないカーペットが敷かれているかのような感覚に陥る。
 ディルク王が一番先に列車を降り、それに続いてツヴァイ、そして私とエリアス。最後に少し離れてライヴァンが降車した。
「ディルク王!お帰りなさいませ!」
 親衛隊員全員がぴったり揃えて出迎えの言葉を述べる。いつ練習したのだろう、と首を傾げたくなる。
 エンジェリカの空気はとても懐かしい匂いがする。地上界とはまた異なった温かさだ。
 それから私たちは二台の送迎馬車によって王宮まで送ってもらった。一台目にはディルク王とツヴァイ、二台目には私とエリアスが乗る。ライヴァンは悪魔なので乗せてもらえるはずもなく、ぶつくさ愚痴を漏らしながら自力でついてきていた。
 ライヴァンは情けない悪魔だが、生身で馬車についてこれているのはなかなか凄いと思った。
 ……それにしても、馬車遅い。
 地上界でバスばかり使う生活をしていたので、馬車のスピードが物凄く遅いように感じる。そのうちエンジェリカにもバスを導入してくれないかしらね。

 馬車の進みの遅さにむしゃくしゃしているうちに王宮へ着いた。もっとも、王宮と言っても元のような立派な建物はないが。
 私が壊しちゃったものね。
 しかし私たちがエンジェリカを旅立ったあの日よりかは復興している。簡易の建物が建てられていたり、色々工夫したようだ。そこを多くの天使が忙しそうに行き来している。
「もう復興しつつあるのね」
 私は隣に立っているエリアスへ話しかける。想像以上の復興スピードに驚いたことを誰かに伝えたかったのだ。
 すると彼は私の顔を見つめながら優しく微笑む。瑠璃色の瞳が柔らかく輝いている。
 何か嬉しかったみたいね。
「はい。驚かれましたか?案外速やかに復興しています。王宮再建にはもう少し時間がかかるようですが……数年もかからないでしょう」
 過去の私は大変なことをしてしまったのだな、と申し訳ない気分になる。
 けれど落ち込んでばかりもいられない。これからは私も復興の手助けをしなくては。
 それにカルチェレイナのこともある。彼女が次はいつ私を狙ってくるか分からない。常に警戒しておかないと。
 なかなか忙しくなりそうね。

「アンナ王女!」
 名を呼ばれそちらを向く。
 向こうから駆けてくる女性天使の姿が目に入る。黒いかっちりしたシニヨンですぐに誰か分かった。
 ヴァネッサだ。
 侍女のヴァネッサ。彼女は私の母のような天使。しかしベルンハルトに魔気を注入されて以降は一度も話せていない。
 懐かしい顔に、思わず駆け寄った。
「ヴァネッサ!」
 ギュッと抱き合い、それからすぐに話し始める。
「体はもう大丈夫なの?もう治った?」
 それにしても私、いつもみんなに同じような質問ばかりしている気がする。
 ……うん。まぁみんな負傷しているから、同じような質問ばかりになっていも変な話ではない。逆にそれが普通と言える。
「すべて聞きましたよ。貴女が力を暴発させたこと、罰として地上界へ行っていたこと。……ブローチも壊れたそうですね」
 私の質問には答えないのね、と内心文句を言う。
「目覚めるととんでもない状態になっていて驚きました。王妃の恐れてられたことが現実になってしまった——おや?」
 ヴァネッサの視線が私の胸元に注がれていた。正確には胸元の『銀のブローチ』に。
「そのブローチは何ですか。もしかして地上界で?」
「えぇ、友達にもらったの。綺麗でしょ」
 エリアスの羽だなんて言ったら、また長々と説教されそうだ。本当のことは口が裂けても言えない。
 いや、たまには懐かしい長々とした説教もいいかもしれないな——なんてね。実際始まったら数秒で嫌になる自信がある。
 最初はイライラし、次第に眠くなる。最後は耐えきれず逃げ出そうとして捕まり、更に時間が長くなる。
 それがヴァネッサの説教というものだ。

「ところでエリアス。貴方、お茶は淹れられるようになったのかしら?」
 ヴァネッサの視線がエリアスに移る。私の隣にいる彼は、気まずそうに視線を逸らす。お茶の淹れ方には自信がない、それが容易く見てとれた。
 彼の態度を見たヴァネッサは一度目を細め、それから元に戻して溜め息をつく。
「その様子じゃ、まだ駄目なようね。貴方にはもっと練習が必要だわ」
「それは承知しています」
 エリアスは少し不快そうな顔をしつつも、淡々とした調子で短く答えた。
 彼の淹れたお茶は渋かった。蜂蜜でごまかして美味しくはなったが、ヴァネッサにはそれは言えないだろう。彼女のことだ。そんなことを言えば、「それでは美味しく淹れられているとは言えない」などと、注意するに違いない。
 ヴァネッサはかなり完璧主義だから。
「これからも精進します」
「良い心がけね」
 あれ、何だか親しくなってる?気のせいか二人の距離が縮まったように見えるけど……本当に気のせい?

Re: エンジェリカの王女《3章開幕》 ( No.113 )
日時: 2017/09/15 16:19
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Xr//JkA7)

85話「くまのストラップ」

 私たちはしばらくたわいない話をした。その後ヴァネッサは私たちをノアのところへ案内してくれた。
 簡易的な小屋に入り、しっかり洗われた真っ白なカーテンを開ける。するとそこにはベッドに横たわるノアの姿があった。ふかふかのベッドの上で、目を閉じて心地よさそうに寝息をたてている。
 ずっと苦しんではいないようだ。私は少し安心した。
「ノアさん、起きて下さい。アンナ王女を連れてきました」
 よく眠っているノアに、ヴァネッサが静かな声をかける。しかし起きそうにない。
 そういえばノアは一度寝るとなかなか起きないタイプだったな、と思い出す。よくジェシカに叩き起こされていた。そんなことを思い返すと、とても懐かしくて少し笑ってしまった。
 ヴァネッサはあまりに起きそうにないノアに呆れつつ、ノアの片耳を引っ張る。途端に彼はパチッと目を開けた。
「——痛っ!」
 ノアは耳を引っ張られた痛みで目を覚ましたようだ。驚いてパチパチまばたきしている。若干混乱しているように見受けられる。
「あれー、王女様だー」
 横たわったまま頭だけを動かして私を見る。のんびりした口調は変わっていない。
「ノアさん、大丈夫?……ではなさそうね、まだ動けなさそうだもの」
 表情は普段通りだが体は動いていない。恐らくまだ傷が痛むのだろう。
「平気平気ー気にしないでー。それより王女様無事で良かったー」
 ノアは呑気に笑っている。だが平気と言われても心配だ。
「……私のせいか」
 エリアスは横になっているノアを見下ろしながら申し訳なさそうな顔をする。ノアを心配しているように見える。エリアスもノアを心配したりするのね。ちょっと意外。
 ヴァネッサがベッドの下からパイプ椅子を取り出す。座るように促され、私は腰かけた。
「気にしないでー。それより、隊長は肩治ったのー?」
「今は落ち着いている」
「良かった、安心したよー。魔気絡みの傷はなかなか癒えないから厄か……っ」
 ノアは突然言葉を詰まらせ、顔をしかめる。顔色が悪くなり体が震え出す。まるで極寒の地にいるかのような様子だ。
 それを見ていたエリアスは緊迫した顔つきになる。私も何が起きたか分からず戸惑う。
「医者を呼んできます」
 ヴァネッサは速やかにカーテンの外へ出ていった。
「ノアさん、傷が痛むの?」
 私は彼の手をそっと握る。
 目の前で苦しんでいるのを見ると本当に申し訳ない気分になった。
 私が迂闊に夜道を歩いたりしなければこんなことにはならなかったというのに……いや、考えたらダメだ。無意味なことを考えるのは止めよう。世の中、考えてもどうしようもないことはある。
 その時、ノアの手が握り返してきた。彼は震えながらも懸命に笑みを浮かべようとしていた。心配させないようにだろうか?意図は分からないが、とにかく笑おうとしているようだ。
「……お、王女様ー……僕は平気……だからー……」
 そう言ってはいるが、どう見ても平気だとは思えない状態である。私にもさすがに分かる。もしこの状況で「そっか!平気なんだ!」となる者がいれば、そっちが驚きだ。
「……昨日の晩のねー……卵のお粥……上に乗って……葱が……美味しかったー……」
「話すだけでも消耗する。なるべく話すな」
 ノアが今は関係ないどうでもいい話を途切れ途切れ話すのを、エリアスが制止する。
 それにしても、卵のお粥の上に乗っていた葱が美味しいだなんて不思議。葱って青臭いから、あまり好きじゃないのよね。

 ちょうどそのタイミングで、医者の天使が入ってきた。
 彼の後ろにはヴァネッサもいる。ヴァネッサが呼んできてくれたのだ。さすが、彼女は気が利く。
「大丈夫かい!?少し診るよ」
 私はノアから手を離し、邪魔にならないよう少し離れた。エリアスも同じようにした。
 医者の天使はノアの上半身の服を脱がせた。上体が露になる。腹部には包帯が巻かれているが、そこから黒いもやが湧き出ていた。
 エリアスと同じだ。
 ルッツに突き刺された時、魔気を注入されたというところだろう。初めてではないのですぐに察した。
「ヴァネッサさん、二人ぐらい看護師を呼んできてくれるかな」
「承知しました」
 ヴァネッサは速やかにカーテンの外へ出ていく。まるで看護師であるかのような反応の素早さを目にし、純粋に凄いと尊敬した。
「王女。空気を吸いに、少し外へ出ましょうか」
 エリアスが唐突に提案してくる。
 二人もいると邪魔だということだろうか……。彼の真意は分からないが、私は頷き、外へ出ることにした。
 ここは狭くて圧迫感がある。まるで檻のよう。広いところへ行きたいなと内心思っていたところだ。ちょうどいいタイミングである。

 カーテンの外に出て、それから小屋からも出た。だいぶ日が落ちてきて薄暗くなっている。もうすぐ夜になるからか、行き交う天使の数も心なしか減っている気がした。
「いたいた!王女様っ」
 聞き慣れた声に呼ばれそっちを向く。視界に入ったのはジェシカだった。とても明るい表情で駆け寄ってくる彼女の背後には、山のような荷物を持たされている鴬色の髪のレクシフが立っていた。
「今着いたところ?」
 私は何げなく尋ねる。
 ジェシカとレクシフは荷物を整理してから天界へ来るという話だった。
「うん、そうだよ。あ、そうだ!これね」
 彼女は言いながら自分のズボンのポケットの中を手で探る。
「はいっ、これ。忘れてたよ」
 そう言って差し出したジェシカの手には、くまのストラップ二つが乗っていた。ピンクとブルー。エンジェリカを旅立つ時に買っておいたものだ。
 手紙でエリアスに送ろうと計画していたのに、色々あったせいですっかり忘れてしまっていた。
「それは……!」
 エリアスは驚いた声を出す。そして上着のポケットから取り出した。前に買った方のブルーのくまを。
「これと同じものではありませんか?王女がなぜ」
「実は私……前のやつなくしちゃったのよ。ごめんなさい」
 そう答え苦笑いでごまかした。
 あんなに何度も激しい戦いを繰り広げながら、まだくまのストラップを持っていたとは。予想外で衝撃を受けた。

Re: エンジェリカの王女《3章開幕》 ( No.114 )
日時: 2017/09/16 08:40
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 4xvA3DEa)

86話「ノリが軽すぎる男」

 ジェシカが届けてくれたくまのストラップは、改めて二人で持つことにした。
 エリアスが持つブルーのくまが二匹になり不思議な感じになってしまったが、特にこれといった問題はないはずだ。同じ色のものを二つ持っているという若干不思議な状態になっているだけである。
 エリアスは私がくまをなくしたことを怒らなかった。正直怒られるかもと心配していたので安堵した。何も言われなくて良かった。
 でも、もうなくさないようにしないとね。二度目はなさそう。

 ——その晩。
 簡易的な建物の一室、用意されていた部屋で、私は夜をすごすことになった。王宮の自室よりはずっと狭い部屋だ。それでもベッドやテーブルと椅子など必要最低限の家具はちゃんと置かれている。準備してくれたことに感謝である。
 久々のエンジェリカの夜はとても感慨深い。懐かしさと新鮮さが混ざりあった不思議な感覚。
 先ほどエリアスがディルク王に呼び出されていなくなってしまったのは残念。だが、まぁ仕方ない。何か用があるのだろうから。
「こんばんは!来たっすよ!」
「突然お邪魔します」
 私が部屋でぼんやりしていると、ツヴァイとレクシフがやって来た。
 真面目すぎるレクシフはともかく、ツヴァイの軽いノリはどうも違和感を抱かずにはいられない。こんな軽い天使がどうして親衛隊に入れたのだろう、と疑問に思ってしまう。恐らく戦闘能力が高いからなのだろうが、「こんな軽さでいいの?」という気持ちはある。
 私が気にしすぎなだけだろうか……。
「遊びに来ちゃったっす」
 ツヴァイは安定の軽いノリでそんなことを言う。少々不愉快だ。嫌みの一つでも言ってやりたい気分だが言葉を飲み込む。
 こんなことに動じているようでは一人前じゃないわね。
「こんばんは。何か用ですか」
 私は敢えて笑顔で応えた。好意的に接しておいて損はない。
 するとツヴァイは私の肩に腕を回してくる。それもとても親しげに。
「配属移動してきたっすよ!」
 何のつもりなの……?
 こればかりは頭にきて振り払おうとした瞬間、後ろにいたヴァネッサがツカツカと歩いてきて、ツヴァイの頬にビンタを食らわす。
 ナイス!と内心思った。
「王女の前でしょう。少しはわきまえなさい!」
 ヴァネッサはツヴァイを鋭く叱った。
 レクシフは何度も頭を下げて「すみません」と繰り返し謝罪している。別に彼は悪くないのにね。ちょっと可哀想。
 だが当のツヴァイは飄々としている。
「仲良くなったらダメっすか」
 迂闊な発言がヴァネッサに更なる火をつけた。
「王女は女性ですよ!護衛が気安く触れていい方ではありません!分かっているのですか!?」
 ヴァネッサは凄まじい迫力でツヴァイを叱る。あまりに厳しく言われたものだから、さすがのツヴァイも言葉をなくす。
「分かりましたか!?」
「は、はい……」
 ツヴァイは身を縮めて小さく返事した。
「返事が小さい!」
「はいっ!」
 今夜のヴァネッサはなぜか体育会系である。いつもは淡々としている彼女のことだから余計にしっくりこない。
 ヴァネッサが怒っている間、レクシフは何回もペコペコ頭を下げていた。
「ヴァネッサ、もういいわよ。たまには楽しいのも素敵だわ」
 いきなり触れられた時には戸惑いイラッとしたが、今はもう何も思わない。気にするほどのことではないような気がしてきた。
「そうっすよね!俺、アンナ王女と親しくなりたいっすよ!」
「わきまえなさい!!」
 軽いノリの戻ったツヴァイをヴァネッサがまたビンタする。なかなか痛そうだ。
「さすがに痛いっすよ……」
 意味が分からないし、バカみたいだし、でも何だか楽しい。また新しい知り合いが増えて、もっと賑やかになって。寂しいよりずっと素敵ね。
 いつまでもこんな風にすごせたらいいのにな。
「ヴァネッサさん、ツヴァイが馬鹿でご迷惑おかけしました……」
 生真面目にレクシフは礼儀正しく謝る。
「謝る必要はありません。貴方に非があるわけではないので。けれども、彼にはしっかり言い聞かせておいて下さい」
 ヴァネッサは淡々とした調子で言った。なかなか厳しい。
「もちろんです。では今日は失礼します。おやすみなさい。ツヴァイ、行きますよ!」
「アンナ王女、一緒に」
「コラッ!……すみません。では失礼します」
 レクシフはツヴァイを引きずりながらそそくさと帰っていった。やって来て挨拶して帰る。それだけなのにとても騒がしい時間だった。
 深刻な雰囲気の時間よりは騒がしい方がいいけれど、夜分に大騒ぎはできれば止めてほしい。疲れるから。
 二人が嵐のように去った後、ヴァネッサは大きな溜め息を漏らした。
「まったく……礼儀知らずにも程があります」
 とても不満げな表情をしている。
「個性的な天使よね」
 私はフォローしつつ返した。
「アンナ王女、あの赤い髪には気をつけて下さい。無自覚はたちが悪いです」
 確かにそれはあるかも。
 ツヴァイの場合、一切悪気なく触れてくる。本人が自覚していないということは、注意しても改善はあまり見込めない。
「一応気をつけるわ」
 ヴァネッサでこれだもの、あんなのをエリアスが見たらきっと怒るでしょうね。それはもう、エンジェリカが半分に割れるぐらいに。
「はい。その方が良いと思います。私も見張ってはおきます」
 それにしても——、ヴァネッサって意外と親切なのね。