コメディ・ライト小説(新)
- Re: エンジェリカの王女《人気投票開催中☆》 ( No.118 )
- 日時: 2017/09/16 18:43
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: vnwOaJ75)
87話「宣戦布告の朝」
翌朝、私はディルク王に呼び出された。場所は教会。前にいったことのある場所なので一人でも行けたのだが、自分も行くからという理由で、エリアスがそこまで連れていってくれた。
そういえばエリアスは昨夜呼ばれていたけど、それと関係する話なのかな?ただ呼び出されただけで何の話かは聞いていない。気になる。
「アンナ、来たか」
教会へ入るとディルク王がそう言って迎えてくれる。
そこには私が思っていたより大勢の天使が集まっていた。親衛隊員、王の側近、その他諸々。しかもみんな深刻な顔をしている。
何かあったのだろうかと不安になるような場の雰囲気だ。
「簡潔に言う。昨夜、カルチェレイナ妃から宣戦布告の手紙が届いた」
ディルク王が述べた。
私は暫し言葉をなくし固まってしまう。耳に入ってきた言葉があまりに信じられないものだったから。
——宣戦布告。
冷たい氷の剣を突きつけられたかのような気分だった。頭が話に追いつかない。
「エンジェリカは戦争になる」
私は夢でもみているのではないか。こんなこと、あるはずがない。たった今聞いた言葉を現実とは思えなかった。いや、正しくは、頭が無意識に理解しないようにしていたのだろう。
戦争が起こればどうなる。多くの罪なき者が命を奪われ、街は破壊されて美しい風景は失われてしまうだろう。
そんなことは許されない。許されてはならない。
「戦争なんて駄目よ!別の解決方法を考えなくちゃ!」
半ば無意識に叫んだ。
予想外に大きな声が出てしまい、周囲に驚いた顔をされる。私は慌てて口を押さえる。
「……あ、ごめんなさい」
また勢いで叫んでしまわないよう気をつけなければ。
「各々先ほどの指示通りに動いてくれ。アンナは少し残ること。ではこれにて解散とする」
ディルク王が告げると、集まっていた者たちはぞろぞろと帰っていく。
どうやら話があるようなので私はその場に残った。エリアスも残ってくれる。彼は私の後ろに立つ。
三人だけになった教会は、先ほどまでとはまったく違う雰囲気だ。とても静かでピンと張り詰めたような空気。自然に緊張してくる。
あんな話の後だから尚更。
「では少し話をしよう。ほんの少しだけだ」
ディルク王がゆっくり身をこちらへ向け、低い声で話し始める。その表情からは疲れていることが見てとれる。
私は前もって一応確認しておく。後から色々と言われればややこしいから。
「エリアスはいてもいい?」
確認の問いに対してディルク王はしっとりと頷く。
エリアスはつきひざまずく。何でも王の前ではそうするものらしい。いつだったか忘れたが以前彼からそんなことを聞いたことがある。
「カルチェレイナ妃はお前の命を狙って戦争を仕掛けてくる。それは分かっているな?」
「えぇ」
私のせいで戦争になるなんて絶対に防がないといけないわ。一番簡単な話、私がカルチェレイナに殺されれば終わりなのだろうけど、それはそれで嫌だし……なかなか難しい。
「戦いの間お前は外へ出るな。敵が来てもひたすら立てこもるように」
「立てこもる?」
私は戸惑い繰り返した。
囮になれとでも言い出すものかと思っていたので少々意外だった。ディルク王が私を危険に曝さない作戦を考えるとは驚きだ。
「その通り。カルチェレイナの部下・四魔将も今や二人。多くの雑魚兵を連れて来たとしても、エンジェリカの勢力を結集すれば十分勝てる」
そんなに上手くいくものなのだろうか……。
そもそもカルチェレイナの戦闘能力は未知だ。ヴィッタとルッツは単体でかなり強い。それに、また新たなメンバーを補充してくる可能性もある。
「話は聞いた!」
突如ライヴァンが姿を現した。どうやら大きな像の陰に隠れていたようだ。
aのような謎のポーズをとった後、ライヴァンはスタスタとこちらへ歩いてくる。
「カルチェレイナの軍についてなら僕に聞きたまえ!」
あまりに急な登場で、さすがのディルク王も困惑した顔になっている。いきなり出現したうえ謎のポーズを見せられたのだから仕方ない。
慣れていないと普通に引くわよね。今ではそんなものと思うようになったが、私も初めはよく返答に困った記憶がある。
「お前は……ライヴァンか」
ディルク王は厳しい表情をしつつ静かに言い放つ。
「そうさ!僕ならカルチェレイナの軍の戦力を知っているのだよ!」
なるほど、と私は納得した。彼の発言が意味不明でないのは珍しい。
ライヴァンは元々四魔将だった。つまりカルチェレイナの軍について知っている。それにカルチェレイナはライヴァンが生きていることを知らないので、情報がばれるとは考えないだろう。
彼に情報を聞くというのもアリかもしれない。
「お人好し王女!麗しい僕に情報を聞きたいと思ったなっ!?」
心を読まれた……。
ディルク王もいるというのに大袈裟にビシッと指を差されると正直ちょっと恥ずかしい。
「……分かった。ライヴァン、少し話を聞かせてくれ」
「ま・か・せ・て!」
ライヴァンは再び謎のポーズをきめる。
「ではアンナ、話はここまでだ。速やかに帰り絶対に部屋から出るな」
ディルク王のその言葉を最後に解散になった。
- Re: エンジェリカの王女《人気投票開催中☆》 ( No.119 )
- 日時: 2017/09/17 13:14
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: nEqByxTs)
88話「良き友を持った」
教会でディルク王との話を終えた後、私とエリアスはノアのところへ寄ることにした。しばらく会いに行けなくなるかもしれないからだ。ディルク王には速やかに部屋へ帰るように言われたが、少しくらいなら大丈夫だろう。魔界から天界まで来るだけでもそこそこ時間がかかるはず。それにエリアスもいる。何かあれば彼が護ってくれるだろうから問題ない。
昨日と同じノアのところへ行くと、彼が寝ているベッドの横にジェシカがいた。私とエリアスが来たことに気づいた彼女は明るい笑みを浮かべ手を振る。
彼女は宣戦布告のことをまだ知らないのだろうか、いつもと何ら変わらない様子だ。もちろんノアもそれと同じでのんびり眠っている。
「王女様っ、おはよう」
活気のある笑顔を向けられても、私はあまり明るい気持ちにはなれなかった。宣戦布告のことがどうしても気になってしまう。
様子がおかしいと気づいたのかジェシカは眉をひそめる。
「あれ?どうかしたの」
その問いに対してエリアスが答える。
「カルチェレイナから宣戦布告だ」
ジェシカの目が大きく開かれる。
「えぇっ!?何それ、急すぎじゃん!」
「今さっきその話を聞いてきた。王女はしばらくここへ来れない」
「そんなぁ……」
ジェシカはシュンとして肩を落とす。
無理もないわね、急にしばらく会えないなんて。私も会いたい、離れるなんて嫌だ。ただ、彼女も同じ気持ちでいることが分かり、それは嬉しかった。
「じゃあノアを起こさなくちゃだね。ノア!起きろ!」
ジェシカはぐっすり眠っているノアの顔をペチペチ叩く。急いでいるからだろうが、いつもより乱暴だ。
「んー……えー……?」
ノアは目を細く開け、寝ぼけた声を漏らす。相変わらず起きるのは苦手なようだ。
「寝言はいいからさっさと起きて」
ジェシカは物凄く冷ややかに言った。少し怖い。しかしノアは動揺しない。それどころか、「鶏肉安売りしてたよー」なんて不思議な寝言を言っている。
「ノアさん、起きられる?」
私は控えめに声をかけてみた。違う天使が声をかけた方が起きやすいかと思って。
すると彼はむにゃむにゃ言いながら手の甲で目をこする。
「……王女様ー?」
どうやら、やっと気がついたらしい。隣にいるジェシカは「起きた!」と感心したように言う。
「ノア、アンタ起きるの遅すぎ」
「えー?ジェシカ可愛いよー」
「キモッ。何言ってんの」
「ジェシカまた照れてるー。でもすぐ照れるところも好みだよー」
「……次言ったらしばくから」
ジェシカとノアはいつも通りのやり取りを繰り広げる。二人らしいといえば二人らしいが、最近若干内容が変わってきたなという印象だ。前は純粋にコンビのようなやり取りだった。それに対しジェシカが堕ちかけた以後は、ノアがジェシカをやたら褒めるようなシーンが増えた。
ますます親しくなったのだから悪い話ではないけれど。
一連のやり取りを終えるとジェシカはノアに事情を説明してくれた。宣戦布告があったこと、それによって私がしばらくここへ来れないかもしれないこと。
「へー、そうなんだー。戦争怖いねー」
話を聞いたノアは微塵も驚いた顔をしなかった。横たわったまま、普段と何も変わらない表情で返した。
「なるべく犠牲は出したくない。私は戦争なんかになってほしくないの。でも良い案が思いつかなくて」
心の内を打ち明けると、ノアは何食わぬ顔で言う。
「じゃあ素早く悪魔を倒すしかないねー」
そんな軽く言われても……という気分になる。
それができれば簡単だ。街を巻き込む規模の戦争になる前に悪魔をすべて倒せば戦争にはならない。だがそんなことは不可能だろう。
「戦力が分からない以上それは難しいと思われる」
エリアスが真面目な表情で口を挟む。もっともな意見だ。
するとそれに対してノアが返す。
「王女様の力を使えば不可能じゃないと思うよー」
空気が一気に凍りつく。
エリアスはノアを「何を言い出すのか」と言うように困惑した顔で見つめる。それと同時にジェシカがごくりと唾を飲み込むのが分かった。
「王女様なら相手の動きを止めたり吹き飛ばしたりできるよねー。直接戦うのは無理でも、サポートとしてなら強力だと思うよー」
ノアから新しい案が出た。
サポートか、それなら確かに私にもできそうね。ただ、それをしようと思ったら、悪魔の前に姿を現さなくてはなるまい。そこには若干不安がつきまとう。逆にみんなの足を引っ張ってしまうのではないだろうかという不安だ。
眉を寄せ真剣な表情のエリアスがノアの発言に言い返す。
「王女を悪魔の前に出すわけにはいかない」
待って待って。当事者の私を置いていかないで。
それに、ここでいくら相談したところで無意味だ。作戦指揮の権限はディルク王にあるのだから。考えるだけ時間の無駄、というやつだと思う。
「まぁ、何でもいいんじゃない?ノアもエリアスも指揮官じゃないんだしさ」
私の思いをジェシカが代弁してくれた。奇跡的なタイミングだ。珍しくエリアスもノアも納得した顔になる。
さすがはジェシカ。それぞれ別の意味で厄介なこの二人を抑えるとはかなりの実力者だ。
そんな彼女は、二人を止めた後すぐに私の方を向き、明るい声で教えてくれる。
「そうそう。朝レクシフに頼んだから、荷物の中で王女様の物っぽいやつ、もう部屋に届いてると思うよ」
「ありがとう!」
王宮を壊してしまったこともあって、私はエンジェリカからあまり何も持っていかなかった。そして、向こうで使っていた中で自分用というのは、タオルや便箋くらいしかなかった。だから地上界にいた時の物といってもたいした量はないだろう。
「王女様のお母さんの日記帳も届いてると思うよ」
「不倫相手との写真とか挟まってないかなー?」
余計なことを言ったノアを、ジェシカは鋭く睨みつける。無言だが思わず黙りそうな威圧感があった。
——そうこうしているうちに結構時間が経過してしまっていた。話すのは楽しいのだが、ディルク王に怒られてもややこしい。だから私は部屋へ帰ることにした。
「絶対遊びにいくからねっ」
別れしな、ジェシカはウインクしながら約束してくれた。ありがたい言葉に、とても温かい気持ちになる。
良い友達がいるっていいなぁ。
今日に始まったことではないが、改めてそれを実感した。
- Re: エンジェリカの王女《人気投票開催中☆》 ( No.120 )
- 日時: 2017/09/17 18:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: lDBcW9py)
89話「嵐の前の静けさ」
私はエリアスと共に部屋へ帰った。ヴァネッサが心配しているかもしれない。あまり心配させるのも気が進まないので、いつもより少し早足で歩く。
歩きながら周囲を見回してみたが、今のところ変化はない。悪魔が攻めてきている感じもない。だが、いつもより緊張した雰囲気だ。
嵐の前の静けさ——というものだろうか。
空はとてもよく晴れていて、太陽の光が降り注いでいる。ふわりとした柔らかな風はひんやりしていて心地よい。光と風が上手く混じりあい、すごしやすい適度な気温になっている。実に快適な日だ。
こんな心地よい日ならエリアスやジェシカなどと一緒に街へ遊びにでも行きたかったな。惜しい気がしてならない。
部屋の前には鴬色の髪をしたレクシフがきっちり直立していた。
「お帰りなさいませ、アンナ王女」
彼は背筋をピンと伸ばし、堅苦しく迎えの言葉を述べる。
そんなに緊張しなくていいのに。別にちょっとしたことで怒りやしないわよ、魔王じゃあるまいし。
「ありがとう。レクシフさんはもしかして荷物を?」
するとレクシフは顔を少し強張らせ、丁重に頭を下げながら「はい」と答えた。
私はどんな天使だと思われているんだろう……。そんなに怖いのだろうか。失礼しちゃうわ、私、普通の女の子よ。
「お荷物ですが、先ほどヴァネッサさんにお渡しさせていただきました」
レクシフがそう言ってきたので礼を言おうとした、その時。
「ご苦労、レクシフ。もう下がって構わん」
エリアスは冷ややかな表情で高圧的に言い放つ。それに対しレクシフは不機嫌そうな顔になり言い返す。
「貴方は無関係です」
エリアスとレクシフの間に火花が散る。急激に険悪な雰囲気になり、私は慌てて口を挟む。
「レクシフ、ありがとう!今から少しお話してきます。また後で!」
私は無理矢理笑顔を作り明るい声を意識する。するとレクシフは「はい」と真面目に応えて扉の横に移動した。
それを目にして私は気づく。
レクシフが見張りをしていてくれるなら、今までその役だったエリアスは私と一緒にいられるのでは!?……いや、ヴァネッサがいるから無理かな。
部屋に入ると中ではヴァネッサが待っていた。
「アンナ王女、遅かったですね。どのような用件でしたか」
彼女も聞いていないのだろうか。いつも通りの淡々とした調子で尋ねてくる。何も知らない相手にいきなり「戦争になるかも」なんて言う勇気は私にはない。
助けを求めるように隣のエリアスを一瞥する。長い睫に彩られた瑠璃色の瞳がこちらをちらりと見返してきた。
そしてエリアスは口を開く。
「魔界の王妃カルチェレイナより宣戦布告がありました」
するとヴァネッサは少し目を開いたが、すぐに普段通りの落ち着いた表情に戻り、小さく呟く。
「……もうこの時が来てしまったのね」
声色は普通だが、何やら様子がおかしい気がする。どことなく暗い表情だ。
「ヴァネッサ、どうかした?」
私が顔を覗き込むと、彼女は静かに言う。
「いえ、何でもありません。ではお茶を淹れて参ります」
ヴァネッサはそそくさと流し台の方へ行ってしまった。
ちなみに、流し台といっても王宮の自室にあった流し台ほど立派なものではない。コンロと小さなシンクがあるだけだ。それでも、あるだけありがたいというもの。
私は取り敢えず椅子に腰かけた。
「エリアスも座って」
彼一人だけ立っていさせるのも嫌なので座るように促す。しかしエリアスは断る。
「いえ、私は……」
「いいから座って!命令よ」
いつものことだけど、おかしなところばかり頑固なんだから。素直に座ればいいのに。
「……はい。分かりました」
命令として言うと、エリアスは大人しく従って椅子に座った。向かい合わせに座るというのは新鮮だ。
しばらくするとヴァネッサが二つのティーカップを運んでくる。カップをテーブルに置くと、ポットから紅茶を注ぐ。綺麗な深みのある茶色だ。
自分の分の紅茶を差し出されたエリアスは首を傾げる。
「なぜ私にも?」
するとヴァネッサは返す。
「ついでだから飲んでいいわ。このくらいの味ならアンナ王女に出せるわよ」
まぁ、既に凄まじく渋いお茶を飲んでしまったけど。
それにしても、なるほどと思った。これも上手く淹れるための練習の一つなのだなと感心した。何でも真似からだものね。
「ヴァネッサ、エリアスになのに随分優しいのね」
冗談のように軽い調子で言ってみると、彼女はほんの少し照れたように視線を逸らす。
ヴァネッサは何だかんだで親切だったりするのよね。そこは彼女の良いところだと思うわ。エリアスに対してっていうのは珍しいけど。
私はティーカップに注がれた紅茶を飲む。温かくて、心が落ち着く自然な香りがする。
向かいに座っているエリアスは、ティーカップを回しつつ紅茶の様子を凝視している。カップを回すたび、中の液体がゆらゆら揺れる。
「……色が綺麗ですね」
紅茶を一生懸命観察していたエリアスが感心したように漏らした。
「ヴァネッサさん。どうすれば透明感が出るのですか」
「この種類は透明になりやすいのよ。飲んでみてちょうだい。それから指導してあげるわ」
エリアスの向上心が感じられる言動をよく思ってなのか、ヴァネッサはいつもより柔らかい表情を浮かべていた。
やはり。エリアスとヴァネッサは前よりも仲良くなっている。気のせいかと思っていたが、今、確信した。お茶の淹れ方を教えたり習ったりしているうちに友情が芽生えたのだろう。
でもこの感じは……一体何?
二人が仲良くなって嬉しいはずなのに、私の心はいまいち晴れない。すっきりどころか、もやもやする。言葉にできないような不思議な感覚だった。
- Re: エンジェリカの王女《人気投票開催中☆》 ( No.121 )
- 日時: 2017/09/18 07:27
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b9FZOMBf)
90話「あの雨の夜」
結局今日もエンジェリカは平和だった。
宣戦布告をしてもすぐに攻めてくるとは限らないということか。いつもと何も変わらない時間がすぎていった。
特に何も起こらないなら外へ遊びに行きたかったな。街で買い物をしたりとか。ずっと部屋にいて、一日を無駄にしてしまった。実に残念なことだわ。
その夜。
あまり動かなかったからかなかなか眠れず、私は届いた荷物の中から母の日記帳を取り出した。
送られてきたあの時はちゃんと読めなかった。だから眠れない夜のうちに読もうと思ったのだ。
母・ラヴィーナのことを知れる。そう思うと何だかウキウキしてくる。日記帳とは記憶を記すもの。つまり、彼女の体験だけではなく、何をどう捉え何にどんな思いを抱いたのか、それが分かる。
とても興味深いことだ。
「それは王妃の日記帳ですか?」
テーブルの上で日記帳を開いた時、エリアスが声をかけてきた。
そういえば見たいって言っていたものね。「一緒に見よう」と声をかけながら彼を手招きする。
すると彼は素早く近づいてきた。王妃の日記帳、余程見たかったのね。
「構わないのですか?」
エリアスは遠慮がちに確認してくる。
いくら死後とはいえ、他人に自分の日記帳を読まれるというのは嫌なものだろう。私だったとしても、あまり良くは思わない。
でもエリアスは私の護衛隊長、大切な天使だ。娘の親しい者に見られるくらいなら、ラヴィーナも許してくれるはず。
「もちろんよ」
私は笑顔で返し、流し台のところにいるヴァネッサへ聞く。
「ヴァネッサも一緒に見る?」
「いいえ。私は結構です」
見事に断られた。
まぁそうよね、想定の範囲内だわ。気にしない気にしない。エリアスと二人で読めてむしろラッキーと捉えましょう。
それから私とエリアスは日記帳を見た。妙に面白くて笑ったり、昔の話を聞いたり、楽しい時間をすごした。
早く寝ろとは言わないでね。
私たちは日記帳の内容をのんびりと読んでいたが、最後のページに記された一行に、暫し言葉を失った。
【助けて。堕ちた天使に殺される】
それ以降は白紙になっていた。
だいぶ時間が経過してから、私は沈黙を破って言う。
「これって、ルッツのこと?」
エリアスは青くなってまだ固まっている。瑠璃色の瞳だけが揺れていた。冷たい汗が彼の青ざめた頬を落ちる。エリアスはいつになくショックを受けている様子だ。
そんな彼の背後からヴァネッサが歩いてくる。
「そうよ、エリアス」
とても冷たい声だった。私も今までに聞いたことがないような、感情のこもらない冷淡な声。
そうか。母が、ラヴィーナがどんな風にこの世を去ったのか……ヴァネッサは知っていたのね。言われてみればおかしな話じゃないわ。侍女が傍にいるのは普通のことだもの。
「あの夜、私はラヴィーナ妃が殺害される一部始終を見てしまったのです」
ヴァネッサが話してくれたことを整理するならこうだ。
ある雨の夜。見知らぬコートを着た天使が、「雨宿りさせてほしい」と言って突然ラヴィーナの部屋を訪ねてきた。私はディルク王の部屋に行っていたらしいが、ヴァネッサはいる時間だったので、ラヴィーナはその天使を部屋へ招き入れた。
その時は数分後に起こる惨劇を予想もしなかった——。
「コートを着た天使がルッツでした。彼は『奪ってやる』と叫んでラヴィーナ妃を剣で一突きしました」
ヴァネッサは「次は自分が殺される」と思い、恐怖のあまり部屋から逃げ出してしまった。らしい。
それで彼女は助かった。
「エリアス、貴方が彼女と親しくなったから悲劇は起きた。だから私は、貴方を信じられなかったのよ」
口調は落ち着いているが、表情は陰っていた。
「でも、私が一番信じられないのはディルク王よ。裏切り者が出たという事実を隠すため、彼はラヴィーナ妃の死を闇に葬ったのだもの」
「……ならなぜ今もエンジェリカにいるのですか」
相当な心理的ダメージを受けているようで項垂れているエリアスが、掠れた声でヴァネッサに尋ねる。
「ラヴィーナ妃にアンナ王女を任されたからよ」
ヴァネッサは静かな声で答えた。
その瞬間、エリアスは項垂れていた頭を持ち上げる。驚いたような表情になっている。
「……そうでした。私はなぜか忘れていましたが……」
対してヴァネッサは怪訝な顔をする。
「私が王女のことを頼まれた時、王妃は侍女にも頼んでいると……ヴァネッサさん、王妃は貴女の名を仰っていました」
「そうよ。私は彼女に一番近い侍女だったもの」
ヴァネッサもエリアスもラヴィーナから私を頼まれていた。立場は違えど二人は母が信頼している相手だったということだ。
私は嬉しかった。
確かにエリアスの弟が母を殺したという事実は辛い。でも、今の私は母が信頼していた二人に傍にいてもらっている。それに気づけたことが何より嬉しい。
「嬉しいわ!お母様の信頼していた二人と一緒にいられて、私はとても幸せ者ね!」
明るく言うと、エリアスとヴァネッサは困惑した表情になる。
こんな時こそ明るくいかなくちゃね!
「……ヴァネッサさん。貴女は今も私を疑っているのですか」
少し顔色を取り戻したエリアスは躊躇い気味に尋ねる。
「いいえ。今はもう疑っていないわ。貴方がアンナ王女を大切に思っていることは分かっているわ」
二人は既にお互いを理解し合っている。様子を見ているだけでそれが分かった。
ちょっとおいていかれている感は否めないけれど……でも嬉しい。ずっと仲良くしてほしかったのだもの。願いが一つ叶ったわ。
