コメディ・ライト小説(新)

Re: 《☆人気投票開催中☆》エンジェリカの王女 ( No.128 )
日時: 2017/09/19 14:29
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: sFi8OMZI)

92話「彼女は敵だ」

 悪魔が攻めてきたことを知らせに来てくれたツヴァイと、緊迫した空気が流れる中で話していた。
 直後、カシャァンと甲高い音をたてて部屋の窓ガラスが割れた。もはや原型を留めていないぐらい粉々に。
 突然のことで呆気にとられていると、そこからコウモリに似た小型の悪魔が大量になだれ込んできた。気持ち悪いぐらいの多さ。目視で数えてみたところ五十匹——いや、百匹はいる。
 エリアスは即座に私を庇うように前へ出た。
 聖気をまとった長槍で小型の悪魔たちを一気に追い払う。奇跡的に残った悪魔も、二振り程度で完全に消滅させた。雑魚悪魔相手なら余裕か。
「親衛隊が片づけるのではなかったのか」
 光の速さで悪魔をすべて消滅させたエリアスは、ツヴァイを冷ややかに睨む。
 まるで敵を見るような目。長い睫が威圧感を加える。私が向けられたら失神してしまいそうな、そんな目つきだ。
「まさか……嘘を言ったのではないだろうな。もしそうなら容赦はしない」
 エリアスはツヴァイのことを疑っているらしく、長槍の鋭い尖端をツヴァイへ向ける。数秒で首を落とせそうな位置に尖端が待機する。
 武器を向けられ慌てて「嘘じゃないっす」と否定するツヴァイに、エリアスはねっとりとした疑惑の視線を送る。
 まぁ、ツヴァイが親衛隊が片づけると言った後の襲撃だもの、疑ってしまうのも無理はないわ。エリアスはそもそも最初からツヴァイをあまり信用していないみたいだし。
 私はツヴァイを疑ってはいないけれど、エリアスを制止するほどではない。このまま放っておいても、エリアスは根拠もなくツヴァイを殺めたりはしないはずだ。少しでも戦力がほしいこの状況下なので尚更。
 そんなことを思って様子を見ていると、青ざめたレクシフが走ってきた。かなり全力疾走したのか、呼吸が荒れ肩が上下している。
 親衛隊員でも呼吸が乱れたりするのか、と少し意外だった。
「おー、レクシフ。どうした?」
 ツヴァイは軽く片手を上げ、いつものように挨拶の仕草をする。
「どうしたではありません!親衛隊が……ほぼ壊滅しました」
 ——壊滅?
 エンジェリカ中から選りすぐりの強い天使を集めている親衛隊だ。普通の天使では入隊するのすら不可能に近しいと言われている。その親衛隊がやられたなど何かの間違いではないだろうか。例えば誰かが流した悪質な噂とか。
 とにかく、そんなこと、ありえるわけがない。いくらカルチェレイナでも親衛隊員全員に同時にかかられて勝てるほど強くはないだろう。この世にそんな者がいるとすれば化け物だ。
 だから、私たちはただ愕然とする外なかった。
「……まじかよ」
 やがて沈黙を破りツヴァイが漏らす。さすがの彼もいつものように軽いノリではいられなかったようだ。
「カルチェレイナたちがこちらへ向かってきます」
 ようやく呼吸が整ったレクシフが報告する。
 彼の報告によれば、主力はやはり三人らしい。カルチェレイナと、ヴィッタとルッツ。それは予測の通りである。
 しかしまだ信じられない。あれだけの戦闘力を誇る親衛隊が「ほぼ壊滅」だなんて。

「……え?」

 刹那、何かが一瞬煌めいた。そして大爆発が起こる。近くにいたヴァネッサが覆いかぶさるように私を抱き締める。
 鼓膜を突き破るような轟音、飛び散るあらゆる物の破片。煙の匂いが漂う。
 私が目を開けた時、部屋は半壊していた。
 そして、むこうから歩いてくる影が目に入る。
「キャハッ!こっぱみじーん!」
 一番に聞こえてきたのはヴィッタの甲高い声。一言聞いて彼女だとすぐに分かった。
 エリアスは鋭い表情になり長槍を構える。
「わざわざ来てあげたわよ」
 水色の長い髪、彫刻のように均整のとれた顔立ち、そこに浮かぶ不気味さすら感じさせる笑み。人間離れした容姿の彼女は間違いなくカルチェレイナだった。
「天界に来るのは初めてだったものだから、ルッツがいなければ今日中に着けないところだったわ」
 ……方向音痴なのかな?
 だが今はそんなことを考えているほどの余裕はない。一歩誤ればいつ殺されてもおかしくない状況なのだ。
「エンジェリカの王女……決着をつけましょう。今日あたしは貴女を殺す。その忌々しい力諸共王女を消し去って、四百年に渡る憎しみを晴らす」
 カルチェレイナの唇から溢れる言葉は、もう四百年前のエンジェリカの王女への憎しみではなくなっていた。彼女は今、私を憎む対象としているのだと分かった。
 彼女が持つ、ずっとやり場のなかった憎しみという感情の矛先は、私に向いている。彼女はもう普通の友達だった頃のようには笑ってくれないだろう。
「……さぁ。あたしの復讐の幕開けよ」
 向けられたのは、憎しみに満ちた黄色い瞳。彼女はもう二度と私をアンナとしては見てくれないのね。
 私は心のどこかで無意識にまだ信じようとしていたのかもしれない。「話せば分かってくれるかも」と。
 だが今はもう微塵もそうは思わない。
 彼女は——敵だ。

Re: 《☆人気投票開催中☆》エンジェリカの王女 ( No.129 )
日時: 2017/09/20 01:20
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3EnE6O2j)

93話「役立てる嬉しさ」

 カルチェレイナは口元に怪しい笑みを浮かべたまま片手をそっと掲げた。
 どうやらそれが合図だったらしい。
 ルッツはおどろおどろしい大剣を持ってこちらへ迫ってくる。
 同時に、ヴィッタはその場に立ったまま両手を広げる。すると三体の大型悪魔が地面をメリメリ突き破って出てきた。ジェシカを救出するため魔界へ行った時に見た大きい悪魔と同じ類いのものだ。
 接近してくるルッツの前に立ち塞がるエリアス。
 できればエリアスをルッツと戦わせたくなかった。堕ちて天使じゃなくなっているとしても、同じ血が流れている二人だ。殺しあうなんて辛すぎる。
 槍と剣が交わり、鋭い金属音が宙に響く。
 エリアスとルッツは互角の戦いを繰り広げる。今日は、エリアスの槍の扱いに迷いがない。一切躊躇っていないように見える。
「邪魔すんな!デカブツは引っ込んでやがれっ!」
「口が悪いですよ、ツヴァイ」
 ツヴァイとレクシフはヴィッタ率いる大型悪魔たちと戦っている。大型悪魔たちもなかなか善戦しているが、ツヴァイとレクシフのコンビネーションの前には無力。
 ツヴァイは短剣と肉体で近距離、レクシフは自由自在に動く鞭で遠距離。お互いに弱点をフォローし合いつつ戦っている。
 しかしヴィッタは大型悪魔を次々作り出す。きりがない。
「ルッツ……お前は私が仕留める!」
 エリアスは一歩踏み込み、積極的に攻め込んでいく。いつもと違って今日は彼が攻める側。戦いを有利に運んでいる。
 このままいけば案外勝てるのでは、と思った。
 ——しかし。
 ヴィッタの赤い稲妻がエリアスに当たる。予想外の方向からの攻撃に反応が遅れ、まともに電撃を浴びてしまい、エリアスは顔をしかめる。
「……ぐっ!」
 その隙をルッツは見逃さない。大剣を半ば殴るように豪快に振る。エリアスはすぐに避けようとするが、電撃を浴びた直後の痺れた体では間に合わない。
 大剣で斬られたらさすがのエリアスも無事では済むまい。斬られ所によっては致命傷となることも考えられる。
 ——助けなくちゃ。
 強くそう思った瞬間、急に光景がスローモーションのようになった。
 そうだ。私の力を使えば。
「止まれっ!」
 私は二度心の中で念じてから言葉を発した。
 ルッツの動きが止まる。
 ……成功した。即興なのでダメもとだったが、ルッツの動きは確かに止まっていた。完璧な成功だ。
 エリアスはすぐに後ろへ飛び、ルッツから距離をとる。
「ありがとうございます、王女。おかげで助かりました」
 エリアスの体はまだパチパチ音をたてている。しかしそのぐらいでは弱音を吐かない。彼の表情は余裕すら感じさせるものである。
 ……それにしても何だろう、この達成感は!
 私の持つ力が初めて役立ったような気がして高揚してくる。
「終わりだっ!」
 大剣を手に突っ込んでくるルッツ。
 彼の剣を軽く受け流し、即座に反撃に出る。
「——っ!」
 エリアスの槍がルッツの腕に掠る。今度はルッツが距離をとる番だ。
 二人の距離はまた遠くなる。剣を構え直すルッツの片手首からポタポタと赤いものが垂れていた。
「エリアス、何をしたの?」
「腱を断ちました。あれで片手は使い物になりません」
「どうしてなの?」
「腱を断てばまともに動かせなくなります」
 ふぅん。勉強になったわ。
 片手が使えなくなるということはかなり不利になるはずだ。エリアスが勝てる可能性がようやく出てきた。少しだけだが心が軽くなる。
 ルッツは剣を片手に持ち直しながら、鬼の形相でこちらを睨んでいる。……正しくは、エリアスを。
「キャハッ。だーっさっ!やっぱ元・天使に四魔将なんて務まらないんじゃなーい?キャハハハッ!」
 大型悪魔を次から次へと作り出しているヴィッタが、ルッツに対して挑発するように大きな声を出す。相変わらず甲高い声で笑いながら。
 ルッツはヴィッタを睨む。
「ヤーン、ヴィッタ怖いよぉ。カルチェレイナ様、ルッツが睨んでくるぅ!」
 彼女は淡々と様子を眺めているカルチェレイナへ寄っていき勢いよく抱きつく。カルチェレイナは慣れているらしく、黙ってヴィッタの頭を撫でている。
 こうして見るとヴィッタも普通の女の子だなぁ……って違う!和んでいる場合ではない。
 エリアスは長槍の先に白い聖気を集結させる。光の塊は徐々に膨らんでいく。
 そして、その場で長槍を勢いよく振り下ろした。見るからに威力が凄まじそうな白い衝撃波がルッツへ飛んでいき、見事に命中した。
「そんな技できたの?」
 こんな大技を持っていたとは知らなかった。
「はい。消耗が激しいのであまり使いませんが」
 エリアスは私を見て幸せそうに微笑む。自然体の、柔らかな笑みである。
「もう不覚は取りません。王女を必ずお護りします。常に貴女の傍に」
 ルッツは今の一撃でかなりダメージを受けたようだ。服は所々破れ、肌が見えている。
「キャハッ!やられてやがんのー。雑魚だねぇ!」
 ふざけて挑発するヴィッタにカルチェレイナは「止めなさい」と注意する。その姿はさながら子どもに注意する母親だ。
「ルッツ、一旦引くといいわ。もう一度出直してきなさい」
 カルチェレイナは怒るでもなく落ち着いた態度でルッツに言う。ルッツは大人しく従い、私たちの目の前から消えた。
「さて……」
 水色の長い髪を色っぽく掻き上げながらカルチェレイナは言った。
「そろそろあたしも参戦しようかしらね」

Re: 《☆人気投票開催中☆》エンジェリカの王女 ( No.130 )
日時: 2017/09/20 16:33
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: vnwOaJ75)

94話「王妃の戦い」

「そろそろあたしも参戦しようかしらね」
 艶のある笑みを浮かべて歩き出したカルチェレイナを見て、ヴィッタは驚いた顔で目をパチパチしている。
「カルチェレイナ様!ヴィッタに任せて下さればぁ、あんな奴らはまとめて倒してみせます。キャハッ!」
 ヴィッタは地面から大型悪魔を生み出す。むくむくと湧くようにたくさんの悪魔が現れてくる。
 全身が薄紫の皮膚に覆われていて、白目は血走っていて、ギョロッとした大きな瞳。唇はなく、鋭い歯が丸見えになっている。体からはねっとりとした粘液が垂れている。
 何とも気味の悪い姿だ。
「あたしは王女を殺るわ。ヴィッタはあの二人組を止めておいてちょうだい」
 カルチェレイナはツヴァイとレクシフを指差す。それを見てヴィッタがコクリと頷く。
 それから彼女はこちらへ向かって歩いてくる。エリアスは長槍を構えて前に出た。
「戦える?」
 少し下がり一応聞いてみる。
 彼はさっきの赤い電撃によるダメージもある。雑魚なら倒せるかもしれないが、カルチェレイナを相手にするとなると厳しいかもしれない。
「もちろん。王女に手出しはさせません」
 エリアスは落ち着いた様子で答えた。瑠璃色の瞳には鋭い光が宿っている。
 カルチェレイナは余裕のある笑みを浮かべたまま片手を前に出す。すると水色に輝く蝶が大量に飛んでくる。
 蝶の群れを長槍で消滅させていくエリアス。疲労はあるはずだが動きは衰えていない。まるで舞うように華麗な動きで蝶を薙ぎ払っていく。
「なかなかやるわね。貴方、さすがだわ」
 だがカルチェレイナの表情は余裕に満ちている。負ける気は微塵もないのだろう。
 彼女は王妃になるほどの悪魔だ、一筋縄にはいかないだろう。どんな技を持っているか分からないので油断はできない。
「あたしも頑張るわね」
 水色に輝く蝶がカルチェレイナの体に集まっていき完全に包み込む。しばらくして蝶が散ると、彼女の姿は消えていた。
 エリアスは困惑した顔をして辺りを見回す。私も見回してみるが、彼女の姿はない。

 刹那、エリアスの背後にカルチェレイナが現れる。
「——くっ!」
 カルチェレイナは蹴りを繰り出した。エリアスは反射的に両腕を交差させて防ぐも、かなりの威力だったらしく数メートル後ろへ飛ばされる。
 エリアスですら防げないとは凄まじい威力。私は見ているだけで戦慄する。
 あの蹴りを食らったのが私だったら……かなり危険だ。少なくとも怪我は免れない。
「悪魔は天使より強いのよ。生まれつきパワーが違うわ」
 少しして立ち上がったエリアスに向かってカルチェレイナは針を飛ばす。この前私が受けたのと同じ技だ。
 あれはかなり痛かった。あれを食らえばエリアスでもしばらくは動けない。
「止ま……」
 私は力を発動して止めようとした。
 ——だが間に合わない!

 しかし、針がエリアスに刺さることはなかった。彼は覚悟を決めて身構えていたが、針が刺さることはなく、キョトンとした顔になっている。
 彼の前に紫のシールドができていた。
「お待たせー」
 それはノアの声だった。
 声がした方を向くと、ジェシカに支えられてノアが立っていた。支えられていても少々苦しそうだ。
「ノアさん!ジェシカさん!」
 奇跡だと思った。こんなナイスタイミング、滅多にない。
「王女様、大丈夫っ!?助けにきたよ!」
「お待たせー」
 カルチェレイナは凄まじく冷ややかな瞳で二人を睨む。とても不愉快そうな顔だ。
「余計なことをしてくれるじゃない……」
 エリアスを仕留め損ねたカルチェレイナは機嫌が悪くなっている。
「王女以外に用はないわ!」
 ジェシカとノアに向けて針を飛ばす。ノアはシールドを張る。ジェシカは彼を抱えて私のところへ走ってくる。そしてノアを地面に座らせると、聖気を集めて剣を作り出す。
「あたしが相手になってあげる!カルチェレイナ!」
 ジェシカはまだヴィッタにやられた傷が治りきっていない。一対一で戦ってもカルチェレイナには勝てないだろう。それは本人も分かっているはず。だが、そんなことで逃げる彼女ではない。
 カルチェレイナは振り返りジェシカを嘲笑う。
「貴女、ヴィッタに拷問された娘ね。体の調子はどう?」
「黙れっ!」
 ジェシカは剣を握り締めてカルチェレイナへ飛びかかる。対するカルチェレイナは水色に輝く蝶を大量に出して迎え撃つ。蝶たちはジェシカの剣にまとわりつきカルチェレイナを守る。
「……蝶?」
 ジェシカは剣にまとわりつく蝶を怪訝な顔で見つめる。
 直後、カルチェレイナが指をパチンと鳴らす。すると水色に輝く蝶たちが爆発した。
「うあっ!」
 爆風に煽られしりもちをつくジェシカ。聖気で作られた剣は消滅してしまった。
 にやりと笑ったカルチェレイナは水色の蝶を大量に飛ばしてくる。
「ちょ、何これ……」
 ジェシカは群がる蝶を手で払い除けるが、努力も虚しく体中に止まられる。
「……あ。あぁっ!」
 聖気を吸われ悲鳴を上げる。
 捕まっていた時、私もやられた技だ。あれは失神しそうなぐらい本当に痛かった。
 苦しみもがくジェシカの体からは桃色のもやが出ている。
「ジェシカさん!」
 でもどうすれば助けてあげられるか分からない。術をどう解除するのか知らないので、心苦しいがどうしようもない。
 私は隣に座っているノアに視線を移す。
「どうすれば……」
「うん、僕に任せてー」
 この状況にあってもノアは穏やかな表情だ。さすが、レベルが違う。
 ノアは口元に両手を添えて叫ぶ。
「ジェシカー!終わったら桃缶食べようー!」
 飛び出したのは予想外な発言で、ついつい首を傾げたくなった。

Re: 《☆人気投票開催中☆》エンジェリカの王女 ( No.131 )
日時: 2017/09/21 00:12
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AdHCgzqg)

95話「最善の選択肢」

 傷の治りきらない体で術を受け、聖気を吸い取られ、苦痛に震えているジェシカは、ノアの叫びを聞いて顔を上げる。
「……桃缶……!」
 ジェシカは水色の蝶に止まられて聖気を吸われ続けながらも気合いで立ち上がる。
 そんなに桃缶好きなのね。
 その様子を見てカルチェレイナはわざとらしく驚いたような顔をする。長い爪が目立つ手を、開けた口の前に添える。
「あら、驚いた。あれを食らってまだ立てるのね」
 見下したような笑みを浮かべるカルチェレイナ。それに対してジェシカは強気に言い返す。
「なめないでよね……!」
 これが桃缶への執着か。なかなか凄いものがある。
 彼女は再び剣を作るべく聖気を集めようとするが、蝶に吸収されているせいであまり形にならない。いつもよりかなり遅い。
 カルチェレイナは突如振り返り、かなりたくさんの水色に輝く蝶を飛ばしてくる。
 ……多すぎて気持ち悪っ。
 だがノアのシールドがしっかり防いでいた。蝶たちはびっしりシールドに張り付く。
 うわ、気持ち悪いって。
 カルチェレイナは指をパチンと鳴らす。ジェシカの剣の時と同じく蝶たちは一斉に爆発した。しかしこれぐらいでノアのシールドは破られない。
「ヴァネッサさんー、王女様を任せてもいいかなー?」
 硬直しているヴァネッサにノアが頼む。彼女はその声で意識を取り戻した。
「え、えぇ。分かりました」
 ヴァネッサは私の前に出る。しかし彼女の顔面はいつになくひきつっている。彼女は悪魔が怖いのね。家族を悪魔に殺されたと聞いたし、母のこともあるもの。仕方ないわ。
 ノアはシールドを張り続けている。致命傷に至るかもしれないような傷を負ってからまだ数日しか経っておらず、一人ではまともに立つこともできない状態だ。それなのにシールドはとても強固である。
「ヴァネッサさん違うよー。王女様を連れて逃げてー」
 ノアが言いたかったのはそういうことだったのね。
 そこへエリアスがやって来た。カルチェレイナがジェシカやノアに構っている隙に、ここまで来たらしい。
「王女!一旦退きましょう」
 私は納得して頷いたが、ヴァネッサは心ここにあらずといった感じだ。今のヴァネッサは役に立たないことに気づいたのだろうか、彼は速やかに言う。
「ヴァネッサさん、貴女もです。ここは一度退き、体勢を立て直します。貴女も同行して下さい」
「ヴァネッサ、行こう」
 彼に続けて私も声をかけてみる。しかしヴァネッサは相変わらず心ここにあらずといった感じで、カルチェレイナたちの方を見つめ続けている。
 その姿を目にしたエリアスは半ば呆れたように「無理そうですね」と呟いている。
 これは嫌みではない。確かに、私から見てもヴァネッサは動けそうにない。魂を抜き取られかけてでもいるのか、と思うほどだ。
「どうするの?」
 尋ねてみると、彼は苦々しい笑みを浮かべつつ答える。
「仕方ありませんね。私が運びます」
「大丈夫?」
「はい。女性二人くらいなら問題ありません。では王女、少し失礼します」
 エリアスは片腕で私をひょいと抱き上げた。まるで軽い荷物を持ち上げるかのように。
 それから固まっているヴァネッサを無理矢理背中に乗せる。
「王女、掴まっていて下さいね。今から少し飛びますので」
 そう告げてから、彼は羽を少し広げて低空飛行した。ヴァネッサを背負っているからか若干羽を動かしにくそうだ。それでも速い。
 激しい風を受け髪が乱れる。髪が顔に触れて不快だが、我慢して懸命に彼の体を掴む。離して万が一落ちてしまったら大惨事である。

 エリアスはそのまましばらく飛ぶ。木々に囲まれた森に入ると、私とヴァネッサを下ろした。
「二人はさすがに重いですね」
 彼は苦笑しながら、冗談めかして言う。私からしてみれば冗談を言う余裕があるだけ凄い。
 ヴァネッサはというと、すっかり脱力して座り込んでしまっていた。地面は湿った土だというのに。服の裾が汚れるのを気にする余裕もないようだ。
「ねぇ、エリアス」
 言いながら何げなく腕に触れた瞬間、エリアスは急に顔をしかめた。何事かと驚き、慌てて手を離す。
 何か悪いことしちゃったかな?
 彼の瑠璃色の瞳と目が合う。気まずくなりとても話し出しにくい。
「王女?」
 エリアスは私の態度に違和感を感じたのか、戸惑ったような顔をしている。
「えっと……手、痛いの?もしかして怪我した?」
「怪我というほどではありません。咄嗟に防いだ衝撃が少々残っているだけです」
「それを怪我と言うのよ。ちょっと見せて」
 エリアスの服の袖を捲ってみる。肘と手首の間辺りが、赤みを帯びて腫れていた。
 これは痛いはずだわ。
「腫れているわ。私がこんな状況を作っておいてなんだけど、これ以上無理しちゃ駄目よ」
「心配して下さりありがとうございます。けれど、このくらいでくたばるようでは王女の護衛隊長とは言えません」
 エリアスはそう言って微笑むけれど、私には彼がとても儚いものに見えた。幻影のように、揺らいで消えてしまうような——今日はそんな気がしてならない。
 できればもう戦ってほしくない。彼をこれ以上私の運命に巻き込むのは嫌だ。
 エリアスを護衛隊長に選んだ頃の私は、こんな未来が待っているなど微塵も想像しなかった。遊びの域を出ない、そんな甘く愚かな考えだったわけで。過酷な未来を想像しなかったからこそ、特に親しくもない彼に護衛隊長になってほしいと頼めたのだ。
 あの頃の私がこんな未来を知っていたなら、エリアスを巻き込まずに済んだのに。
「……エリアス。私……もう戦ってほしくない……」
 私へ向けられた憎しみの牙によって彼が傷つく必要はない。私への憎しみなら、私へ向かうのが正しい。
 それなのに、彼はいつも自ら巻き込まれて傷つく。
「私が貴女に相応しくなれないからですか?」
 エリアスは不安げに尋ねてくる。本気でそう思っているような表情だ。
「違うわ、逆よ。私が貴方の主人に相応しくないの」
「そんなことは……!」
 私はずっと自由になりたかった。鳥のように、どこかへ飛んでいってしまいたかった。自由というものに夢をみて、意味もなくやみくもに憧れてきた。
「だからね」
 だからこそ分かる。私はエリアスを縛る鎖でしかないのだと。
 私は彼を縛るものでありたくない。
 ——そのためには、これしか思いつかなかった。

「今この時を以て、貴方を護衛隊長から解任するわ」

 ごめんね。でもこれが今の私に思いつける最善の選択肢なの。

Re: 《☆人気投票開催中☆》エンジェリカの王女 ( No.132 )
日時: 2017/09/21 14:42
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: LLmHEHg2)

96話「別れた道を歩みゆく」

 ——言ってしまった。
 何もかもがこれで終わってしまう。築いてきた関係も、共にすごした記憶も、すべてが崩れさってゆく。
 でも、これでいい。
 これで彼が自由になれるのなら。彼が傷つかずに済むのなら。私は悲しくても辛くても……我慢する。

「なぜです。私には何が不足しているのですか」
 永遠に等しいとも思われるような長い沈黙の後、エリアスは静かに口を開いた。伏せた目元の長い睫が悲しそうな雰囲気を際立たせている。
「私はもう貴方に護られたくないの」
 エリアスが傷つき苦しむところを何度も目にするのは辛い。だから私の精神のためも含めて、この関係は解消した方が良いと判断した。
 動揺しているようで瑠璃色の瞳が揺れている。こんなことを言えば彼を傷つけるかもしれない。でも彼の身が滅ぶ結果に至るよりはいい。
「貴方はもう戦わなくていいわ。どこか遠いところへでも行って、自由に、好きなように生きて。他者の人生に巻き込まれることはないわ」
 他の者のために自分を犠牲にするなんて、そんな無意味で愚かなことはない。
「王女、どうしてそのようなことを仰るのですか?」
 触れようと伸ばした手を私は強く払い除けた。その温かな手に触れられたら——決意が揺るいでしまうような気がするから。だから触れてほしくない。
 今優しくされたら、私はきっとその優しさに甘えてしまう。同じことを繰り返してしまう。それだけは避けなくては。
「……触れないで」
 私はその場から立ち去ることにした。すべてに決着をつけるため、私はもう一度カルチェレイナに会わなくてはならない。
 すると背後から彼が叫んだ。
「どこへ行かれるのです!」
「カルチェレイナのところへ」
「なりません!それは絶対になりません!」
 エリアスは駆け寄ってきて、私の腕を強く掴む。痛いぐらいの力だ。今まで彼が私に対してこんな強い力を加えたことがあっただろうか……。
「貴女を危険に曝すわけにはいきません!」
 彼に純粋な力比べで勝つのは無理だ。彼の手から逃れるには力を使うしかない。
「ごめん。離れろっ!」
 エリアスは数メートル後ろへ吹き飛んだ。しかし上手く着地する。それにしても、彼に対してこの力を使う日が来るなんて思わなかったわ。
 彼はゆっくり立ち上がると、こちらを向いて言う。
「……分かりました。それが王女のお気持ちなのですね」
 彼の中の何かが切り替わったようだった。表情がついさっきまでと大きく変わっている。凛々しい引き締まった表情、彼が戦う時と同じ顔だ。
「私がカルチェレイナを倒します。そして必ず、もう一度貴女を笑顔にする」
 そう言い残してエリアスは去っていった。白い衣装を風に揺らしながら。
 まだぼんやり座り込んでいるヴァネッサに「行ってくるわ」とだけ告げ、私はカルチェレイナのところへ向かった。
 ジェシカとノアは、ツヴァイやレクシフは、大丈夫だろうか。無事だといいけど……。
 なるべくエリアスのことは考えないようにした。

 カルチェレイナのところまで戻るのにはかなりの時間がかかってしまった。でも無事たどり着いた。
 しかし既に遅かった。
「あら王女、帰ってきたのね。ちょうど良かったわ。みんな弱すぎて手応えがなかったもの」
 カルチェレイナの前に立っている者はもういなかった。
 ツヴァイは血を流して倒れ、レクシフはそんな彼を必死に揺さぶっている。ジェシカもノアもかなりボロボロだ。
「さて、二人だけで戦いましょう。エンジェリカの王女」
 カルチェレイナはそう言って怪しい笑みを浮かべる。それを見て寒気がした。
「王女様……何で……」
 身体中傷だらけで地面にへたり込んでいるジェシカが、目をパチパチしながらこっちを向く。愛らしい顔にはいくつもの痛そうな切り傷が刻まれている。
「カルチェレイナ!決着をつけましょう」
 私はカルチェレイナを倒すと決意したのだ。それが彼女を苦しみから解放することにも繋がるのだから。
「ふっ……そうね。貴女が乗り気になってくれて良かったわ。こちらとしても好都合よ」
 カルチェレイナはやる気満々だ。私が彼女に勝てる保証はない。
 けれど私には力がある。言葉を発するだけでそれを現実にする、という便利すぎる力。この力を使えばきっとどうにかなるはず。
 私の願いを叶えるために、私はこの力を使おう。エリアスはもう失ってしまったけれど——。
「……エンジェリカの王女。手加減しないわよ」
 カルチェレイナは片手を掲げる。そこに水色の蝶が集まってくる。
 これだけの敵を蹴散らして、まだこんなに魔気が残っているなんて。さすがは王妃、並の悪魔とはレベルが違う。
 カルチェレイナの姿が消える。エリアスに蹴りを入れた時と同じパターンだ。
 ——後ろ!
 姿を現した彼女が蹴りを繰り出す前にその場を離れる。
 あんな攻撃を受けると一溜まりもない。絶対に避けないと。
 ——次は何をする?
 なんせ私は戦いなんてしたことがない。当たり前だが、そういうことには縁がなかった。だから何をどうすればいいのかが分からない。
 次の瞬間。カルチェレイナは勢いよく地面を蹴り襲いかかってくる。真っ直ぐ、私に目がけて飛んできた。
「……止まれっ!」
 咄嗟に叫んだが間に合わなかった。彼女の回し蹴りが腹に突き刺さる。一瞬の激痛に悲鳴をあげる暇もなく、そのままだいぶ飛ばされて地面に叩きつけられた。
 生まれて初めて体験する激しい痛みに立ち上がれなくなる。それどころか体が動かせず、あまりの辛さに涙が溢れてくる。
 このまま死ぬのではないだろうか。いや、このまま消えてしまった方が楽なのではないだろうか。そんな風に思えてくる。
「王女様っ……!」
 ジェシカの震えた声が耳に入る。カルチェレイナはまた移動し、ジェシカを蹴り上げる。彼女の軽い体はいとも簡単に宙へ浮く。
 地面に倒れたジェシカの背中をカルチェレイナが踏みにじる。特に羽を重点的に。
「見せしめに……殺るつもり?ふん……無理だよ。あたし……生命力には……自信あるんだから……」
 ジェシカは途切れ途切れだが強気な言葉を紡ぐ。その態度を見て私は「カルチェレイナを倒す」と決意したことを思い出す。
 ……そうよ。まだ諦めちゃ駄目だわ。
 大丈夫。まだ終わっていない。

Re: 《☆人気投票開催中☆》エンジェリカの王女 ( No.133 )
日時: 2017/09/22 00:12
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 62e0Birk)

97話「悪夢の終焉」

 一方、その頃エリアスは、森の中でルッツと出会っていた。ルッツは一度退いて再び戦いにやって来たところだった。
 対峙する白と黒は、かつて一番の友であった。生まれも育ちも同じ、通っている血も同じ。それなのにこんな道をたどる外ないとは、運命はあまりに残酷なものである。
「ルッツ……」
「やはりこうなる運命だったんだ。俺たちは」
 黒いルッツは過去を懐かしむように言う。
「あの日エリアスが王妃に出会わなかったなら。二人が親しくならなかったなら。こんな運命、避けられたのかもしれないね」
 エリアスとラヴィーナが出会わなければ、ルッツが悪魔の力を得て堕ちることはなかった。こうして敵対することもなかっただろう。今でも昔のように共に働いていたかもしれない。
 エリアスはかつてルッツが誇れる立派な兄であろうとした。しかし結果的にそれがルッツのすべてを壊してしまったという事実。弟から天使としての生を奪ってしまったこと。それらがエリアスの心に暗い影を落としている。
 アンナの傍にいて、どんなに幸せになっても、その影は消えないだろう。
 そもそも、それ以前に彼は幸せになる道を選べない。大きなチャンスが訪れても、弟への罪悪感で最後の一歩を踏み出せず、結局は足踏み状態になってしまう。
 このままではいけない。それは本人も分かっていて、それでも前へ踏み出せないのだ。
「そういえばエリアス、アンナ王女は?一緒じゃないんだね。彼女はどこへ言ったんだい」
 ルッツは今になってふと気づき、魔気で赤黒い大剣を作りつつ尋ねる。
「……カルチェレイナのところへ」
 ルッツの問いに対し小さな声で答えるエリアス。
 ——後悔していた。
 アンナがカルチェレイナを倒せるはずがない。それなのにアンナを止めなかったことを、エリアスは何よりも悔やんでいた。
 あの時、強制的にでも引き留めるべきだった。それでも無理なら自分が同行するでもいい。とにかく、あそこで別れるべきではなかったのだ。
 今更悔やんだところでもう手遅れだが。
「戦う力もないのにカルチェレイナ様に挑むなんて、死にに行くようなもの。そんなの分かりきっていることだよね。それなのにエリアスは彼女を止めなかったんだ」
 ルッツは片側の口角を持ち上げて笑みを浮かべる。まるで「残酷だね」とでも言うかのように。
 エリアスは歯を食い縛り、悔しさを滲ませながら長槍を構える。
「だが王女を一人にはしない。お前を倒し、カルチェレイナのところへ行く」
「俺を倒せると思っているんだ。随分舐められたものだね」
「覚悟しろ。ルッツ」
 それを合図に、戦いの火蓋は切られた。白い槍と黒い剣が交わり、火花が散る。その二人にはもう、兄弟であった頃の面影はない。

 互角の戦いはずっと続いた。今二人の実力は拮抗している。だから、どちらかの体力が尽きるまで勝ち負けはつかない。
 かつてのルッツならエリアスと互角には戦えなかっただろうが、今は違う。地位を、名誉を、天使であるということさえも。すべてを捨てて魔気という名の『力』を手に入れたルッツは、エリアスと同じように戦えるぐらい強くなった。そのために払った犠牲はあまりに大きすぎたかもしれないが……。
 一方エリアスはというと、戦いながらも寂しい気持ちになっていた。
 アンナの護衛隊長になり早数年。思い返せば彼の隣にはいつも彼女がいた。
 どんな強敵が相手で、どれだけ傷ついても、振り返れば彼女がいる。だからどんなに厳しくとも挫けず戦えた。彼女が後ろにいてくれる。ただそれだけのことが、エリアスにどれだけ勇気を与えてくれたか。
 流されるように生きてきたエリアスの手を取って、彼に新たな道という希望を与えたアンナ——彼女は今、カルチェレイナと戦っているだろう。
 ……早く助けに行きたい。
 それがエリアスの今の思いである。

「そろそろ終わりにしよう、エリアス」
「私も同じ思いだ」
 二人は一度距離をとり、お互いに武器を構える。
 ルッツは黒い魔気を剣に溜めるが、エリアスは槍に聖気を溜めることはしなかった。アンナのいない自分にはルッツを貫けないと分かっていたから。

 そして、運命の時が訪れる。

 エリアスとルッツは互いに武器を握り、勝敗を決する一撃に出た。

 ——結果は予想通りだった。
 ルッツの斬撃により、エリアスは赤く染まった。白い衣装に鮮血はよく映える。アンナがその場にいたならば、絶叫していただろう。
 エリアスの選択は、ある意味正しかったのかもしれない。

「や……やった……、やった!越えた!俺はエリアスを!」
 ルッツは興奮して激しく叫んだ。もしこの場にまったく縁もゆかりもない第三者がいたとしたら、「憐れだ」と思うくらいに喜び叫ぶルッツ。
「どうだエリアス!これで完全に俺の勝ちだ!」
 誇らしげに言い放つルッツに対してエリアスは悲しげな笑みを浮かべる。
「……そうだな。私は肉親を殺して生きられるほど強くなかった」
 向けられた表情に、ルッツの心が初めて揺らぐ。
 憎しみしかないと思っていた心に信じられない記憶が蘇ってくる。
 完璧で誰からも尊敬されるエリアスに憧れていた。遠い昔の、そんな記憶。
「……兄さん、俺は……」
 すると急にルッツの頬を一筋の涙が伝う。その涙は自然と溢れてきたものだった。
「お前の悪夢は私がすべて終わらせる」
 エリアスは自身の持つすべての聖気を一ヵ所に集める。
「だからルッツ。もう眠れ」
 彼は聖気を解き放った。

 ——巻き起こる白い大爆発は、森の木々を吹き飛ばし、近くにいた悪魔を消滅させる。
 隅々まで悪魔になってしまっていたルッツは、その爆発で跡形もなく消えた。

Re: 《☆人気投票開催中☆》エンジェリカの王女 ( No.134 )
日時: 2017/09/22 17:07
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 8topAA5d)

98話「本心に従え」

 森の方からドォンという地響きのような音が聞こえてきた。それと同時に迸る白い光は、私やカルチェレイナがいる王宮近くまで届いた。例えるなら雷が落ちたような感じ。
 カルチェレイナに指示されているのか大人しくしていたヴィッタは、轟音を聞き飛び上がっていた。外見に似合った愛らしい部分を初めて見た気がする。もっとも、「彼女の愛らしい部分を知ってどうする?」という話だが。
 光と音が収まった後、カルチェレイナがニヤリと笑みを浮かべて言う。
「今の爆発、エリアスね」
 私もそんな気はした。
 あれほどの爆発を起こすような聖気を持った天使は多くない。指を折って数えられるくらいだろう。その中で森にいる可能性がある者といえばエリアスだけ。
「貴女に捨てられたショックで衝動的に自殺を試みたんじゃない?」
 カルチェレイナは愉快そうに笑っていた。
「エリアスは自殺なんてしないわ。絶対に」
 私はすぐに言い返すが、正直、本当のところは分からない。
 あの強いエリアスのことだ、そんなことは起こらないと信じたい。だが、絶対に間違いが起こらないとも言いきれない。彼は時折凄く感情的になるから。
 ……でも大丈夫かな。
 もし彼に何かあったら、私が解任したせいかもしれない。私は彼を守るために解任したというのに、それによって彼が傷ついたなら本末転倒だ。
 エリアスのところへ行ってあげたい。こんな、力のない私だけど、一刻も早く彼を助けに行きたいと思った。
「エンジェリカの王女、どこを見ているの?あたしを見なさい。貴女はあたしが——」
「ちょっと待ったぁぁぁっ!」
 カルチェレイナの言葉を珍妙な大声が遮る。数秒後、視界に黒いコウモリのような羽が入った。
「……ライヴァン。貴方、生きていたのね」
 セットされた黄色寄りの金髪、瑞々しい紫の瞳。いつものことながらきまっているドヤ顔。
「行きたまえ!」
 ライヴァンは私に向かって叫んだ。
 もしかして味方してくれるの?悪魔なのに……。
「そうはさせないわよ」
 カルチェレイナが水色に輝く蝶を放ってくる。ライヴァンは黒い塊を次々放ち、私に一斉に迫ってくる数多の蝶を撃ち落とした。
 今までライヴァンのことはただのバカだと思っていたが、今は不思議なくらい頼もしく感じられる。危機的な状況だからか。
「こちらのセリフさ!」
 ライヴァンはS字のようなきめポーズをとりつつ言い放つ。
 ……うわぁ。
 ライヴァンは何を言ってもかっこ悪い。ある意味才能だ。いつか平和になったら、「謎のポーズを止めてみては?」と提案してみようかな。それで少しはましになる気がする。
「雑魚悪魔の分際で……。ヴィッタ!こいつを殺しなさい!」
 非常に不愉快そうな表情を浮かべるカルチェレイナ。一方、久々に指示をもらったヴィッタは、パアッと嬉しそうな顔になる。
「ヤーン!カルチェレイナ様に頼られてるぅ。キャハッ!ヴィッタ、殺りまぁす!」
 ヴィッタは高らかに宣言すると、ライヴァンに向けて赤いリボンを伸ばす。ライヴァンはそれを黒い塊で弾き防いだ。
 刹那、彼のすぐ近くに姿を現すカルチェレイナ。彼女は気づき遅れたライヴァンの腹に強烈な蹴りを加えた。ライヴァンは後ろへ直線を描くように吹っ飛ぶ。
 その様子を見て、思わず悲鳴をあげてしまった。カルチェレイナがあまりに躊躇いなく蹴ったものだから。
「裏切り者は許さないわよ」
 カルチェレイナの黄色い瞳は、裏切り者であるライヴァンへの憎しみに満ちている。
 私はライヴァンを止めようと思った。これ以上誰にも傷ついてほしくないから。
 だが、蹴りを食らった彼は、案外普通に立ち上がる。
「ふふ……分かった。よく分かったよ。カルチェレイナ、麗しい僕に嫉妬しているな!?」
 天使より悪魔の方が強い。それは聞いたことがあるが、実際に見てみて改めて感じた。
 そもそも肉体の耐久力が違う。それに加えてパワーもあるとなると、天使が不利なのも無理はない。
「王女、もたもたせずに行きたまえっ!」
 ライヴァンはバカでイタいが、それでも一応は四魔将にまで上り詰めた男だ。カルチェレイナのことを知っているというのもあり、即座に敗北することはないだろう。
「でも……」
 しかしライヴァンを残してエリアスの方へ行く決心がつかない。迷ってもたもたしている私に彼が言い放つ。
「本心に従えっ!」
 心臓に突き刺さったみたいだった。
 その一言のおかげで覚悟を決めることができた私は、一度ライヴァンを見て大きく頷いた。彼は片手で前髪を掻き上げながら、もう片方の手の親指をグッと立てる。
「この親切な僕に感謝することだ!」
「そうね、行ってくる。ありがとう」
 自分のことを親切だと言いきってしまえるところが凄い。彼らしく、愚かさ丸出しだ。
 最後に一瞬ライヴァンと視線を合わせ、私は森の方へ走り出した。
 爆発のおかげで大体どの辺りかは見当がつく。だが一刻も早く会いに行きたい。そして、冷たい態度をとってしまったことを謝りたい。
 ——お願い、エリアス。どうか無事でいて。

Re: 《☆人気投票開催中☆》エンジェリカの王女 ( No.135 )
日時: 2017/09/23 14:51
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: bOxz4n6K)

99話「生と死の狭間で」

 エリアスは気がつくと見知らぬ場所にいた。ルッツにやられたはずの体には傷一つない。辺りを見回す。空も地面も、すべてが白い。だが足の裏には確かに地面を踏み締める感覚がある。彼は何も分からないまま歩き出した。
 やがて目の前に一本の川が現れた。流れは速めだが深さはそれほどなく、エリアスの膝下くらいだろうか。歩いて渡れないこともない感じだ。水は澄んでいて、川底が目視できる。
 ふと向こう岸に目をやると、一人の女性が立っているのが見えた。
 女性が振り返った時、エリアスは衝撃を受けた。
 その姿がラヴィーナだったから。
 長い月日が立っているとしても、エリアスが彼女を見間違えるはずはない。綺麗な金の髪、燃えるような赤の瞳。すべてが彼女そのものだった。
「王妃……」
 目の前にいる彼女は本物ではない。そう自分に言い聞かせながらも、エリアスは彼女を呼んでいた。半ば無意識に。
 それに対してラヴィーナは、手を口に添えつつ笑う。笑う時、口に手を添えるのは、生前の彼女の癖だった。
「会うのは久しぶりね。アンナは元気にしている?」
「はい。貴女によく似て、とても綺麗な方です」
「それは良かったわ。ところで、貴方はアンナと仲良くしているの?」
 エリアスは言葉を詰まらせた。ラヴィーナの問いに、自信を持って答えられない。
 彼自身は良好な関係を築けていると思っていた。自分がアンナを慕っているのはもちろん、彼女も自分を頼りにしてくれているようだったから。
 だが今はよく分からなくなった。護衛隊長を解任され、離れてしまったエリアスには、もはやアンナの思いなど知りようがない。
「……護衛隊長をさせていただいておりました」
 今はもう護衛隊長ではない。口に出したことでエリアスはそれを改めて感じ、辛くなった。
「アンナを護ってくれていたのね。ありがとう」
「いえ、たいしたことではありません」
 エリアスは嘘をついているようで悪い気がした。
 ラヴィーナは信頼してくれている。しかし現実はというと、彼女の期待に添えている状態ではない。護るどころか危険な目に遭わせたりしてしまった。
 だがそんなことは言えない。
「……不思議だわ」
 ラヴィーナが唐突に呟く。
「王妃?」
「貴方、変わったわね。昔より雰囲気が柔らかくなったわ。きっと良い経験をしたのね」
 ラヴィーナはエリアスを見つめながら、ふふっと控えめな笑みをこぼす。
「そうでしょうか」
 エリアスは彼女の言うことがよく分からず首を傾げる。
 するとラヴィーナは子どものような無邪気に言う。
「好きな天使でもできた?」
 突然のことに戸惑い返答に困るエリアス。「もしかして王女のことだろうか」と思う。それは以前ツヴァイにも言われた。
 ツヴァイに言われた時は、単にからかわれているのだと思っていた。しかし、ラヴィーナがもしそのことを言っているのだとすれば、純粋なからかいだけではないように思えてくる。
「……そう見えますか」
 エリアスは迷いつつ、静かにそう返した。
「良かったわ。エリアス」
 純粋な笑みを浮かべるラヴィーナは、ここまで言うと少し悲しげな表情になる。
「実はね、少し後悔していたの。無関係な貴方に重すぎるものを背負わせたのではないかなって。王女であるアンナを護れだなんて、いくら貴方でも重く感じるのではないかなって」
「そんなことはありません。王女には毎日楽しませていただきました。色々と学ぶことができましたし、有意義でした」
 エリアスはアンナと出会い、数えきれないほど多くのことを知った。
 面白い時に笑うこと、誰かと時間と共有すること。誰かを愛しいと思うこと、そして別れを寂しく感じること——。
 彼女は未熟で不完全でも、エリアスが知らないものを知っていた。エリアスにはなかった、豊かな感情というものを。
「私は王女にいつも励まされ、たくさんの勇気をいただきました。ずっとお護りできるものと思って……いたのですが」
 その続きはエリアスには言えなかった。もし口に出してしまえば、あれほど慕っていたアンナに別れを告げられたという悲しみが、一気に込み上げてきそうな気がしたから。
 そして沈黙が訪れた。
 微かな風にラヴィーナの金の髪が柔らかく揺れる。
 話していたからか、状況に戸惑っていたからか分からないが、今まで気づかなかった川のせせらぎが耳に入ってくる。澄んだ水の流れる音がエリアスの心を癒やすみたいだ。
「……貴方はどうしたいの?」
 ラヴィーナは今までより真剣な顔でエリアスに尋ねる。
 エリアスはすぐには答えられなかった。なんせ彼は自分の道を選ぶのが苦手なのである。
「エリアスはどうしたいの?」
 ラヴィーナは真剣な表情のままもう一度聞く。
「……戻りたいです」
 エリアスは絞り出すような声で答えた。
「王女のところへ戻ってやり直したい……。もう無理かもしれないけれど。でもあの方は、私のただ一つの希望でした」
 するとラヴィーナは笑う。その姿は美しく、それでいて幻影のように儚い。
「そうね。自分の望む道を歩みなさい。ひたすらしたいことをして、愛しい者にしがみつくの。そうすればきっと、幸せになれるわ」
 まばたきして再び目を開けた時、ラヴィーナの姿はもうなかった。ただ、川のせせらぎが聞こえるだけである。

ようやく100話! ( No.136 )
日時: 2017/09/24 08:34
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fQORg6cj)

100話「エリアス」

 ——赤く染まった天使。
 それを見た時、その天使がエリアスであるとすぐに分かった。
 私は大急ぎで駆け寄り、彼のすぐ横に座る。
「エリアス!?エリアス!」
 呼びかけてみても反応は一切ない。
 白い衣装も、白い翼も、目を逸らしたくなるぐらい赤く染まっている。腹部に傷があるらしく、トクトク脈打って血が流れ出ている。このままでは死ぬのも時間の問題だ。
 長い睫のついた目は眠っているかのように閉じられ、顔と唇は青くなっている。
「エリアス、起きて。お願い。ねぇ!エリアス!」
 もう一度呼びかけても反応はなく、私の声は森に虚しく響くだけ。
 途端に目の奥から熱いものが込み上げてくる。私が彼をこんな目に遭わせてしまったという罪の意識。それがあまりに苦しくて、泣きたくなる。
「ごめんなさいエリアス……。こんなことになったのは私のせい……。でもどうかお願い、死なないで……」
 彼の身が滅ばぬようにと思って、辛いながらも突き放した。それなのに結局こうなってしまった。
 私の選択が間違っていた。
 あの時、あのまま森の中に潜んでいたならば。一緒に行動していたならば。こんな風にはならなかったかもしれない。
 彼の存在がどれほど大きなものなのか、私はたった今まで気づけなかった。否、分かっているつもりでいた。けれど本当に分かってはいなかったのだと、今更思い知る。
「嫌だ……死なないで……。話したり、笑ったり、抱き締めたり、してよ……」
 別れが来るのが怖くて、半ば無意識に体が震えた。
 エリアスはピクリとも動かず、ただただ皮膚が青白くなっていくばかり。脱力した彼の肉体からはいつもの神々しい聖気は感じられない。まるで抜け殻のよう。
「……王女」
 突如、エリアスの唇が小さく動いた。驚いて彼の顔を見たが、意識が戻った様子はない。どうやら譫言のようだ。
「エリアス?」
 恐る恐る声をかけてみる。
「……会いたい」
 エリアスは私のかけた声には反応しなかったが、また小さく言葉を漏らす。長い睫には透き通った涙の粒がついていた。
 彼の脱力した手を握る。血色は悪いが体温は感じられる。
「私も会いたいわ……。勝手なこと言ってごめんなさい。本当は、ずっと傍にいてほしい……」
 今まで一度でも、自分の行動を、これほど悔やんだことがあっただろうか。
「お願い……」
 彼がいることが当たり前だった。護ってもらうことを当たり前と思っていた。
 私は自分勝手だったのだ。
 彼の本当の心を知ろうともせず、勝手な考えで彼を突き放した。彼を護るためなどと聞こえのいいことを言っていても、それはただ私自身が傷つくのを恐れていただけ。結局はすべて私のためにした行動だった。

 ——その時。
 エリアスの指が微かに動いた。私の手を握り返すように。
「エリアス?」
 恐る恐る名前を呼んでみる。
 すると、彼は静かに瞼を開けた。
「……王女」
 瑠璃色の瞳が私を捉える。意識が戻ったらしい。目つきは思っていたよりかしっかりしている。
「エリアス!気がついたの!?」
「……なぜここに」
 声はまだ弱々しいが、意志疎通は可能なようだ。
 エリアスが生きている。それがあまりに嬉しくて、溜まっていた涙が一気に溢れ出した。泣いている暇なんてありはしないのに。
「王女……なぜ泣いてらっしゃるのですか」
 彼は指で私の涙を拭う。
「構わなくていいのですよ。私はもう護衛隊長ではありませんから」
 そう言いながら少し切なげに微笑むエリアス。
「死んじゃったかと思った……。私のせいでエリアスが……って思って、それで……」
 私は泣きすぎてまともに話せなかった。涙は洪水のように溢れて止まらず、おかげで彼を普通に見つめることすらままならない。
「ごめんなさい……私、貴方を傷つけて……。許さなくてもいいから死なないでほしいの……。エリアスのいない世界なんて……嫌よ……!」
 必死に言葉を紡ぐ。意味が分からないことを言ってしまっているかもしれないが、今の私にとってはそんなことどうでもよかった。
「簡単に死にはしません」
 エリアスは浅い呼吸をしながらも、しっかりとした口調で答える。口調とは裏腹に表情は柔らかい。
「貴女が望んで下さるのなら、私は必ず生き続けます」
 彼の顔には色が戻ってきていた。
 私は延々と流れ続ける涙を二の腕で拭いつつ、改めて彼の瞳を見つめる。瑠璃色の瞳はとても美しく澄んでいて、私の姿がくっきりと映っている。
「王女、一つだけ申し上げても構いませんか?」
 エリアスは横に寝た体勢のまま、じっと私を見つめた。こんなに真っ直ぐ見つめられては恥ずかしい。私は少し視線を逸らしながら彼の問いに頷く。
「……ようやく気づきました。私は貴女を愛しているのだと。護衛隊長としてではなく、一人の男として私は貴女を好きになっていたのです」
 ——え?
 ちょっと待って、何の話?いきなりすぎてついていけないわ。
「王女、好きです」
 エリアスは、傷つき汚れた顔に、何よりも純粋で綺麗な微笑みを浮かべる。
 こんなストレートに言われるとは予想しなかった。恥ずかしくて気まずくなり、私は少し言葉を詰まらせてしまう。心の整理がすぐにはできなかったのだ。
 ただ、とても嬉しかった。
 彼を失うかもしれないと思った時、私の心に生まれた想い。特別な感情。自覚してもなかなか伝えられないと思っていたけれど、そのチャンスは案外すぐにやって来た。
「ありがとう。嬉しい。あのね、私も気づいたことがあるの」
 今なら言える気がする。
「エリアス。大好きよ」
 もっと早く気づけば良かった。いや、本当は気づいていたのかもしれない。ただその感情から目を逸らしていただけで。
 だから、今ここで誓うわ。
 私は二度とこの温もりを離さない。永遠に——。