コメディ・ライト小説(新)

Re: エンジェリカの王女 ( No.14 )
日時: 2017/07/24 21:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: R6.ghtp2)

11話「心強い味方」

「それで、今日の予定はどうなってたっけ?」
 私の用事はヴァネッサが管理しているので、彼女に確認すればすべてが分かる。もちろん、自己管理を自分ですべきだというのは分かっているが、何にせよ王女というのは用事が多い。それも細々としたものばかりなので私だけで覚えておくのは至難の業だ。
「はい、確認します。……本日は夕方より建国記念祭挨拶の確認、夜は晩餐会があります」
 ヴァネッサは上着の内側から手帳を取り出し、少し確認してから教えてくれた。
「晩餐会かぁ、久々ね。楽しみだけど挨拶の確認は嫌だわ」
 華やかなドレスをまとうことができる晩餐会はいつも密かな楽しみであるが、大概晩餐会の日に限って気の進まない用が入るという不思議な現象がある。今日もやはりその通り。
「アンナ王女、挨拶の練習は進んでいますか?」
「あー……」
 挨拶の練習は昨晩少ししただけだが、ほぼしていないなんて言えるはずもなく口ごもる。
「なさっていませんね」
 ヴァネッサは即座に返した。態度を見るだけで練習しているか否か分かるのだろう、もう一度問うことはしなかった。
「でも今日の晩餐会、エリアスは出られないわよね。ヴァネッサが一緒に来てくれる?」
 晩餐会の場に侍女が来るのは原則禁止になっているのでいつもはエリアスに来てもらっていたが、囚われてしまっている今は彼に同行してもらうのは不可能だろう。代わりにやむを得ない理由として侍女を連れ込むことが許されるかも。
「いいえ。あの場に侍女は入れませんからそれは不可能です」
「一人ぼっちは嫌!」
 さすがに一人で晩餐会へ行く勇気はない。
「それは存じ上げております。ですから本日は心強い味方を二人呼んでおきました」
「……心強い味方?」
 急に言われてもまったく心当たりがない。なんのこっちゃ、という感じだ。
「えぇ。ジェシカとノアという天使です」
「ふぅん……。そんな名前、聞いたことないわ。親衛隊?」
 心強いと言うということは強いのだろうから、王を護る親衛隊の所属だろうと推測する。しかし、返ってきたのは予想外な答えだった。
「護衛隊所属ですよ。つまりエリアスの部下ということです」
 ヴァネッサは淡々と言うが、私は驚きを隠せなかった。自分の護衛隊のことは分かっているつもり。でもジェシカとノアなんて名前は聞いたことがない。
「私、会ったことないわ」
 いつの間にそんな人たちが護衛隊に加わっていたのやら。
「ええ。それはそうでしょう。二人はしばらく地上界へ行っていましたから」
 秘密にされていたみたいな気がして不満を感じ、頬を膨らまして言う。
「エリアスもそんなこと話してくれなかったわ。一言くらい言ってくれても……」
 するとヴァネッサは手帳をしまいつつ口を動かす。
「言わないでおく必要があったのだと思います」
 言わないでおく必要?どういう意味?と尋ねようと口を開く直前、彼女は更に続けた。
「ディルク王はエリアスをよく思っておられないです。エリアスはいつ何の疑いをかけられてもおかしくないと考えていたのでしょう。もし自分に何かあった時には二人を呼んでくれと頼まれていました」
 エリアスがヴァネッサにそんなことを頼んでいたなんて意外だ。二人はいつもすぐに喧嘩を始めるから仲が悪いのだと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。
「私が二人の存在を知れば、何かの拍子に父に話すかもしれないから、ってこと?」
「恐らくは。とにかく王には隠したかったのでしょう。だからわざわざ二人を地上界へ行かせるまでしたのだと思います」
 エリアスのことだ、きっと私を疑ったりはしない。彼だけはいつだって私の言うことを信じてくれた。その彼が私にも言わないなんてよっぽどである。
「アンナ王女を一人にしないためにと考えたのでしょうね。本当に、あの男はいつも適当で無茶ばかりで!……けれど」
「ヴァネッサ?」
 少し様子が変だ。
「あの徹底した忠誠心だけは、尊敬します」
 何か、もやっとしたものが、胸の奥で生まれる。ヴァネッサが珍しくエリアスを褒めるのを聞き違和感を感じている……のではなさそう。自分の心のことながらよく分からない。
「さて、アンナ王女。そろそろ挨拶の練習をなさってはいかがですか?」
 挨拶の練習は面倒だが仕方ない。練習なしで人前に出るのは恥さらし以外の何物でもないから、私は練習を始めることに決め、昨夜放り出したままの原稿を取りにベッド横のテーブルへ行く。
「ではアンナ王女、早速読んでみせて下さい」
「……え。いきなり?」
 原稿の束を持ってヴァネッサの前に立つ。
「はい。どうぞ」
 ヴァネッサは普段通りクールな表情で頷く。
「……う、うん。分かった」
 ぐちゃぐちゃな順番に並んだ紙を正しい順に並べ替え、一枚目に視線を向ける。

 その頃、大通りを闊歩する二人の天使がいた。
「やー、懐かしいなーっ!あたし、天界に来るのいつ以来だったかなっ?」
「うん。多分三百年ぶりぐらいじゃないかなー」
 先を歩く天使は十代の少女のような姿。その後ろに続く天使は、男性にしてはやや低いめの身長で、まったりした表情が特徴的な青年の姿をしている。
「三百年前だったらエンジェリカないじゃん!ノア、言ってることだいぶおかしいよ」
「うん。それぐらい久しぶりな気がするってことだよー。僕もすっごく久々に来たけど、エンジェリカは全然変わらないね」

Re: エンジェリカの王女 ( No.15 )
日時: 2017/07/25 17:13
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: MMm5P7cR)

12話「謎の黒い女」

 その日の夕方。
 建国記念祭で述べる挨拶の確認、つまり人前での公開練習のようなものが行われた。十分な練習もせず挑んだため不安もあった。しかしいざとなると案外まともに読めたので安心した。 王は自身の職務で来れなかったが、その家臣たちは例年数名来るので、恥ずかしい姿をさらさずに済んで何よりだ。読み終わると拍手が起こり、遠くから様子を見守るヴァネッサは安堵の溜め息をついていた。
 こうして嫌だった挨拶の出来を確認される会は終わり、お待ちかねの晩餐会の準備をするべく一旦自室へ戻った。
「お疲れ様でした。挨拶、なんとかごまかせていました」
 部屋に帰るなりヴァネッサはそんなことを言う。満足してもらえてはいないらしい。いや、当然か。彼女だけは私がまともに練習していなかったことを知っているのだから。
「そうね。じゃあ早速、晩餐会の準備をしましょ」
 挨拶について色々注意されるのは面倒臭いので話題を変えることにした。
「はい。お召し物はどれにいたしましょうか」
 ヴァネッサは部屋のクローゼットを開け、中からドレスを数着出してくる。ミントグリーンにサーモンピンク、それからオレンジ。
「今日はどれがいいと思う?」
 どのドレスも綺麗で選べないので、いつもヴァネッサに決めてもらっている。
「そうですね……これなんていかがでしょう?」
 彼女が提案したのはサーモンピンクのドレスだった。
 ふんわり膨らんだ膝下丈のドレスで、施されている細やかな花の刺繍がとても綺麗。袖が風船のように丸くなっているところも可愛らしい。
「前回は寒色でしたので今回は暖色系がよろしいかと思い選ばせていただきましたが」
「いいわね!それにする」
 可愛いドレスを身にまとい、華やかな装飾品で綺麗に飾る。髪型もいつもとは違うアップヘアでひたすら華やかに。
 身支度を終えて鏡を見る時、いつものことながら不思議な感覚に陥る。でも今日は特別、鏡に映る自分の姿が自分ではない誰かのように感じてるのだ。
「ねぇ、ヴァネッサ。私……変じゃない?」
 高級なアクセサリーがついた首もとも、艶のある淡いピンク色に染まった唇も、どうも私らしくないような気がしてならない。
「変?何がです?」
 ヴァネッサは首を傾げる。
「うぅん……何がって言われたらよく分からないけど……何かおかしな感じがするの。違和感っていうか……」
「気のせいではないですか?」
「そっか、それもそうね。きっと気のせ……え?」
 その刹那、得体の知れない悪寒に襲われた。ひやりとしたものが背中を駆け抜け、考えるより先に鏡の方を見る。
「……ひっ!」
 そこに映ったものを目にした私は青ざめた。
 漆黒の長髪、大人っぽく整った顔に、真紅の唇。いくら化粧をしているといっても明らかに私の顔ではない。それに、その女の顔には見覚えがあった。夢に出てきた見知らぬ黒い女だ。
 鏡に映る謎の女性は片側の口角をゆっくり上げる。私は笑ってなどいないのに。やはり別人か。そう思った瞬間、恐怖で体が動かなくなる。
「…………」
 黙り込む私に疑問を抱いたらしい。ヴァネッサが不思議なものを見るような目つきをして、私の方に視線を向けてきているのを感じる。だがそちらを向けない。
 黒い女は私を見つめたまま微かに口を動かす。何かを言っているようだ。不気味で怖くて、今すぐ逃げたいくらいなのに、なぜか目を逸らせない。炭のような黒い瞳に吸い込まれそう。
「……王女、アンナ王女!」
 ヴァネッサの呼びかけで私はふっと現実に戻った。彼女の方に顔を向ける。
「あっ、ヴァネッサ……」
「どうかしたのですか?アンナ王女。ぼんやりなさっていましたけれど、何か問題でも?」
「い、今、顔が……」
 恐る恐るもう一度鏡を見る。そこには綺麗に化粧された私の顔が映っているだけだった。金髪のアップヘア、首もとには輝く宝石のアクセサリー。黒い女の姿はほんの少しも残っていない。完全に消えている。
「顔?」
 ヴァネッサは鏡に視線を向けて、理解できない、というように呟く。
「き、消えてる……」
 唖然として鏡に映る自分の顔を眺めながら首を捻る。私にはそれ以上のことはできなかった。一体何だったのだろう。
「お疲れなのでは?今晩は早めに就寝なさることを勧めます」
 ヴァネッサはまったく相手にしてくれていないようだ。
「そうね……。そうするわ。きっと疲れていたんだわ」
 私は自分を納得させるように言う。
 そうよ。私は疲れていた。だからありもしない幻が見えた。きっとそう。現実的に考えて鏡にあんなものが映るはずない。
「それよりアンナ王女、そろそろお時間です。会場までご案内します」
「う、うん……」
 なんだかすっきりしないが、このままもたもたしていては晩餐会が始まってしまう。とにかく今は全部忘れて晩餐会を楽しもうと心に決める。
「行こっか、ヴァネッサ」
 わざといつもより大袈裟な笑顔を作る。
「はい。晩餐会、ゆっくりとお楽しみ下さい」
 明るいところへ行って大人数で食事をすれば、きっと胸の奥に微かに残る不安も消える。そう信じて晩餐会の会場を目指すのだった。

Re: エンジェリカの王女 ( No.16 )
日時: 2017/08/15 19:06
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: DT92EPoE)

13話「ジェシカとノア」

 晩餐会は王宮内でも何番目かに広い部屋で行われる。天井からはシャンデリアが吊り下げられ、室内のあちこちに雰囲気を盛り上げるための豪華な飾り付けがされている。長いテーブルには真っ白なレース素材のテーブルクロスを敷き、いかにも高級そうな食事が振る舞われるのだ。
 晩餐会には客として天界の他の国からお偉いさんが来ることも多い。エンジェリカの力を見せつけるよい機会なのだろう。
 ……と、まぁそのようなイベントが晩餐会だが、私は王女なのでほぼ毎回参加しなくてはならない。しかも王女らしい言動をしなくてはならない。それゆえ、晩餐会といっても楽しいばかりではないのだが、それでも美味しい食事を食べられるのは嬉しい。
「もしもーし」
 私が会場のドアの前で待機している時、一人の青年天使が声をかけてきた。薄紫のふわふわとしたショートの髪で右サイドだけが肩の辺りまで伸びているという珍しい髪型。そしておっとりした感じの顔つきだ。
「私に何か用ですか?」
 そう返すと青年はまったりした口調で答える。
「初めまして、僕はノアっていうんだー。もちろん天使だよー。王女様って貴女なのかな?」
 いきなりの問いに戸惑い返答に困っていると、青年天使ノアの背後から背の低い少女が姿を現した。肩に届くか届かないかぐらいの長さの外はねの髪が子どもっぽく愛嬌がある。
「ノア、アンタいきなりすぎでしょ。初対面の相手にいきなりそんなこと聞かれたら普通に引くって」
 少女は勢いよく突っ込む。
「突然ごめん。正直びっくりしたでしょ」
 初対面でこんな馴れ馴れしい話し方というのも珍しいと思うが。しかも名乗らないし。……と内心思いつつ返す。
「いえ、平気です」
「初めまして!あたしはジェシカ。見ての通り天使!よろしくね」
 ジェシカは羽を見せてくれる。私やエリアスなんかよりずっと小さいものだが確かに生えていた。
「あたしたち二人、エリアスから王女様の護衛を任されたの。最強のエリアスに信頼されてるあたしって凄いでしょ!」
 彼女は胸を張り誇らしげな顔で言いきる。
 ちょうどその時、ヴァネッサが話していた、心強い味方を呼んだという話を思い出した。たしかこんな名前を言っていたような。
「連絡くれたのはヴァネッサさんだけどねー」
「アンタは余計なこと言わないで!」
 なんだか明るくて楽しい二人だ。二人の様子を見ているとこっちまで明るい気持ちになってくる。
「王女様、これからよろしく。しばらくは最強のエリアスの部下であるあたしが護ってあげるから!」
「その最強のエリアスさんは地下牢なうなんだけどねー」
「うるさい。そういうこと言わなくていいって。それに地上界でももう終わったような発言すんな」
 ジェシカとノアが私の目の前でそんなやり取りを続けるものだから、理由はよく分からないがおかしくなり、ついつい笑ってしまった。
「ノア!アンタのせいで笑われちゃったじゃん!」
「面白かったんだねー。良かったー」
「いい加減にしてよ!……と、ごめん王女様。ノアはこんなだから普段はちょっと意味分かんないかもしれないけど、一応戦いは強いから安心してよ」
 王女である私に対しても敬語を使わないあたり新鮮だ。傍から見れば失礼かもしれないが、こんな風に話しかけてくれると親しい感じがして自分は案外嫌じゃない。
「分かりました。私はアンナです。よろしくお願いします」
 すると珍しくノアが先に口を開いた。
「王女様が僕たちに丁寧語っていうのは違和感あるね。普通に話すでいいんじゃないかなー」
 確かにヴァネッサやエリアスに丁寧語を使うことはない。しかしそれはある程度の期間近くにいて慣れたからだ。いくら護衛だとしても、今さっき会ったばかりの相手に馴れ馴れしく話すというのは、あまり気が進まない。
「ごめんなさい。私、いきなり友人のように話すのは……。努力しますからゆっくりでも構いませんか?」
 思いつく最善の答えを返すと、私が言い終わるとほぼ同時にジェシカがノアをきつく睨む。
「アンタ、王女様に何て口を利いてるの。生意気にもほどがあるでしょ」
 彼女は可愛らしい容姿に似合わず非常に厳しい。ちなみに、ノアに対してだけ。
「ノアの言うことなんて王女様が気にする必要ないよ。好きなようにすればいいんだから!」
「ありがとうございます。でも早くお二人と親しくなりたいので……なるべく頑張るわ」
 しばらく時間が経過して徐々に馴染んできたからか、ほんの少しだが普通に話すことができた。
「今、丁寧語じゃなかった」
 私の言葉を聞き、ノアは予想外に鋭く反応した。おっとりぼんやりしているように見えるが意外とそうでもないのかもしれない。
「僕は仕えるならそうやって話してほしいなー」
「ノア!圧力かけない!」
「うん。でも嬉しいな。王女様緊張してるみたいだったから、ちょっと心配してたんだ」
 それを聞いて少し驚いた。彼はただ自分の好みで丁寧語を止めるように言っているものと思っていた。しかし実は違う。緊張気味な私が楽に話せるように気を遣ってくれていたのだ。

Re: エンジェリカの王女 ( No.17 )
日時: 2017/07/27 18:41
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XsTmunS8)

14話「晩餐会と嫌な女」

「それじゃ、晩餐会ゆっくり楽しんできてね!美味しいの食べれていいなぁー!」
「一応いるけどねー」
「アンタは黙って。王女様、もし何かあれば声かけてよね!」
 ジェシカとノア、二人は護衛だ。会場内には入れるが食事をとることはしない。二人とも善さそうな天使で良かった、と思いながら私は席についた。
 大抵いつも私の周囲の席は、王妃や上流貴族の妻あるいは娘など、権威のある女性が多い。女は女で集めた方が共通の話題もあって話しやすいだろうという配慮なのだろう。もっとも、こちらからすれば余計なお世話だが。
「あらぁ、王女様。今日も綺麗なドレスを着てらっしゃるわねぇ。膨らんだ袖が子どもみたいで可愛らしいわぁ」
 隣の席の女性が話しかけてきた。彼女は晩餐会の時にはよく見かける女性で確かどこかの王家の親戚だとかなんとか。いつも自慢ばかりしているくだらない女。
 胸の谷間がはっきり見えるぐらい深く開いた鮮やかなピンクのドレス。背中はほぼ丸見え。ギラギラしたスパンコールや宝石のようなもので派手に飾られている。ここまでだともはや豪華などというレベルではない。一言で言うと下品だ。
「今日はいつもの護衛のお兄さんはいらっしゃらないのぉ?」
「はい。エリアスは用事があって来れませんでした」
 いちいち伸ばす語尾が鬱陶しく、私は彼女を好きじゃない。はっきり言うなら、嫌いだ。
「あらぁ、じゃあ今日は一人なのねぇ。可哀想ですわね。寂しくありませんのぉ?」
「まったく寂しくありません。今日は特別な護衛が来てくれていますから」
 屈託のない笑みを浮かべてはっきり答える。少しでも弱みを見せれば、次はそれについて嫌みを言われるから。
 予想通り言いようがなくなった彼女は、面白くなさそうな顔をして他の女性の方を向いた。そしてまた品のない大きい声で喋り始める。
「最近アクセサリーとか買われましたぁ?わたくし、この前天界で一番人気のリゾート地へ行って参りましたのぉ。まぁ数十回くらいは行ったことありますけれどねぇ、おほほっ。ネックレス十本と指輪十個とこの最高級ブローチと……」
 お得意の自慢が始まった。しかも今日は特に酷い。見ているこちらが恥ずかしくなってくるぐらいのくだらなさだ。
「そうなんですか!?えぇーっ、凄い!」
「さすが!王家の一族は違いますね!尊敬します!」
 取り巻きたちのおだてが自慢話を助長する。ここまでくると、もはや腹も立たない。
「貴女は何か新しいアクセサリーとか買われましたぁ?エンジェリカのたった一人の王女様なら、きっといっぱいいっぱい、買い放題でしょうねぇ!」
 話し相手が他へ移ってラッキーと思っていると唐突に絡まれた。すぐにこうやって巻き込んでくるのが面倒臭い。
「私、そういうのあまり興味なくて」
 渋々答えると途端に女性は高笑いした
「おーほっほっほっ!あらあらぁ。エンジェリカも華やかを装っているけれど、案外大変ですのねぇ!王女様すらまともに買い物できないなんてぇ」
 取り巻きたちもくすくすと小さな笑いをこぼす。失礼にもほどがあるが、ここで怒って言い返せばもっと言われるだろう。だから私は作り笑顔を浮かべつつ適当にスルーした。
 しかし、彼女の嫌みはまだ終わらなかった。
「何も答えられないなんてぇ、図星だったのかしらぁ?おほほっ!いくら華やかに晩餐会を開いたところで、王女様がみすぼらしい格好をしていらっしゃるようではねぇ」
 周りの取り巻きたちが気持ち悪いほどぴったりのタイミングで笑いだす。いつもはチクリと不愉快なことを言われる程度なので、今日の嫌がらせは不思議な酷さだ。
 ——言い返してやりたい。
 心の隅でそんな気持ちがちらつく。
 ——痛い目に遭わせて、私に意地悪したことを後悔させてやりたい。
 急にこんな気持ちが湧いてくるなんて私らしくない。薄々気づいてはいたが今日は何かがおかしい。
「……!」
 その時、恐ろしいことに気がついてしまった。隣の席の透明なグラスに、またしてもあの女が映っていたからだ。視線を向けている私の顔でも、隣の鬱陶しい女性の顔でもない。ここへ来る前に自室の鏡に映っていた黒い髪をした謎の女だ。紅く塗られた唇が音もたてずに小さく動く。
「後悔させ……る力……?」
 私は女の唇の動きに合わせて呟いていた。先ほどの動きはまったく分からなかったが、今の唇の動作はわりと容易く読み取れた。
 カシャン!!
 突如乾いた高い音が響き、透明なグラスは粉々に割れる。
「なっ、なななっ……何ですの……?一体……何が……」
 誰も何もしていないのにグラスが急に割れたので、隣の鬱陶しい女性は目を見開いておののく。無理もない。私でも突然そんなことが起これば気味悪く思い震えるだろう。
「……きゃあぁっ!」
 グラスが割れてから一分も経たないうちに続けて女性の座っていた椅子がガタンと倒れた。
「どうなさいました?」
 取り巻きたちが騒いだのもあり、料理を運んでいた使用人が慌てて飛んでくる。
「王女様よぉっ!わたくしが恵まれていることを羨んだ王女様が嫌がらせでこんなことしたのぉ!!」
 使用人が信じられないような顔で私を見る。
「待って!こんなことをしたのは私ではありません!」
 床まで落ちた隣の女はヒステリーに叫ぶ。
「嘘つきぃ!嘘つきよぉっ!王女だからって酷すぎるぅっ!」
 騒ぎを大きくするのが目的なのか、取り巻きたちは同じように甲高く叫びだす。
「私見ました!王女様が突き落としたんです。何を思ってかは知りませんけど、危ないことは許せません!」
「私も見ました!」
 周囲から疑いの視線を向けられ、私はパニックに陥る。いつもならエリアスがスッと出てきて擁護してくれるのだが、今は一人ぼっちで、孤独で……。