コメディ・ライト小説(新)
- Re: 《☆人気投票開催中☆》エンジェリカの王女 ( No.143 )
- 日時: 2017/09/29 17:40
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kJLdBB9S)
105話「合流」
気がつけば私は先ほどまでいた場所に座っていた。
確かカルチェレイナの手を握っていたはずなのだが、見回しても彼女の姿は見当たらない。亡骸すら残らなかったようだ。辺りは異様な静けさに包まれている。ヴィッタは泣き崩れ、さすがのライヴァンもこの時ばかりは黙っていた。
一匹の水色に輝く蝶がヒラヒラと宙を舞い、やがて姿を消す。それは魔界の王妃カルチェレイナの終わりを告げているように感じられた。
「麗奈……さようなら」
今はもう消え去った彼女へ、小さく別れを告げる。そして私は切り替えて立ち上がった。
ちょうどその時。
「アンナ王女、ご無事ですか?」
背後から聞こえた平淡な女性の声に気づき振り返る。
「ヴァネッサ!」
そこには、ヴァネッサと、半ば抱き抱えるように支えられているエリアスの姿があった。二人の姿を目にして、緊張が一気に解れる感じがする。
彼女の瞳は生気を取り戻している。そういえば彼女とは森で別れたきり会っていなかったな、と少しだけ考えた。
私はすぐさま二人に駆け寄る。一刻も早く会いたかった。夢みたいだ。
「どうして一緒なの?」
ヴァネッサとエリアスは森の中とはいえ別々の場所にいたはず。それなのに今二人が共にいることを疑問に思い、尋ねてみた。
するとヴァネッサは落ち着いた調子で答える。
「歩いていたところ偶然エリアスと合流できたので、アンナ王女のところへ行こうという話になりまして。時間はかかりましたがここまで参りました」
とても真面目な返答に驚いた。今は再会を喜ぶシーンのはずだが、彼女は相変わらずテンションが低い。いつもと大差ない淡々とした口調に落ち着いた表情。嬉しくないはずはないのだが……不思議だ。喜び方も性格によってそれぞれということなのだろうか。
次にエリアスへ視線を移すと、彼は軽く笑みを浮かべる。
「ご無事でしたか、王女」
彼が伸ばした片手をそっと握ると、氷が溶けるように、指から指へと温もりが伝わる。
戦闘の跡が残る赤い染みだらけの白い衣装は見るからに痛々しい。しかしそれとは対照的に、彼の表情はとても穏やかで、苦痛を決して感じさせない。
そこへライヴァンが乱入してくる。
「ふっ。エリアスはボロボロではないか!」
また余計なことを言う。そんなことを言ったところでエリアスを怒らせるだけだというのに。
「随分やられ……ぶっ!」
やはり予想通りの展開になった。
エリアスの素早い平手打ちがライヴァンの頭に入る。エリアスは怪我で弱っているはずだが、とても痛そうな乾いた音が鳴った。敵に食らわせても十分なくらいの威力だと思われる。
ヴァネッサはエリアスの体を支え続けながらも、呆れたような表情を浮かべている。
「この期に及んでまだ殴るのかっ!?麗しい僕の頭がハゲたらどうしてくれるんだっ!」
脳より髪を心配するとは。今日に限ったことではないが、怒るところがおかしい。
ライヴァンの大袈裟な騒ぎ方を見て、私は無意識に笑みをこぼしてしまった。子どもみたいで、なんだか微笑ましくて。
「聞いているのかっ!?僕の美しい髪がなくなったら、どう責任を取ってくれ……」
「安心しろ。その時には育毛剤を買ってやる」
「脱毛すること前提かっ!」
「対処について尋ねたのはそっちだろう」
「うるさい!うるさいっ!」
くだらないことで熱くなるライヴァンに対して冷ややかな視線を送るエリアス。二人の言い合いには何とも言えないおかしさを感じた。
いい年してこんな言い合い、ちょっと変ね。
——と、その時。
エリアスは不意にフラッとよろけ、転けそうになる。ヴァネッサが素早く反応したから良かったものの、一歩誤れば転けていただろう。そのくらい危なかった。
まだ本調子でないエリアスは下手に動かない方がいいと思う。
「これ以上余計なことをしないで下さい」
ヴァネッサが不快そうな顔つきでライヴァンに言い放つ。短い文章だが、声に得体の知れない威圧感がある。
冷淡な視線を向けられ、ライヴァンは畏縮気味に後ずさった。ヴァネッサに睨まれたのが余程恐ろしかったのだろう。
彼女はライヴァンが後ずさるのを確認すると、視線を再びこちらへと戻す。
「ところでアンナ王女、これからどうなさるおつもりですか?」
カルチェレイナを倒した後どうするのかを考えていなかったことに、ヴァネッサから問われて初めて気がついた。私は「カルチェレイナを倒す」という目標の達成に夢中になり、その先のことは何も考えていなかった。未熟としか言い様がない。
このままではいけない、次にすべきことを明確にしなければ。まずは……何からすればいいのだろう。
「もしかして、考えていなかったのですか?」
ヴァネッサは僅かに調子を強める。さっき後ずさったライヴァンの気持ちが少しだけ分かった気がした。
「まだ終わっていませんよ!すぐにそうやって気を抜かないように!」
思わず背筋を伸ばしてしまうような厳しい忠告を受けた。ヴァネッサはまるで厳しい母親のようだ。
母親が子どもを叱るのは愛ゆえだというが、厳しく叱られる子どもにはそれが理解できないのが世の常である。そして、今の私はその子どもに当てはまる。
正直なところ私は今「そんな厳しく言わなくても」と愚痴をこぼしたくなっているもの。ヴァネッサと私は、完全に母親と子どもの関係ね。
「えっと、とにかく……」
私はヴィッタの方を向く。まずは彼女をどうにかしなくては。
可愛らしい目も丸みを帯びた子どもっぽい頬も、顔全体が真っ赤に染まっているが、そんなことはお構いなしに号泣している。甲高い声で愉快そうに笑い、時折狂気的なところをちらつかせていた、そんなかつての彼女とは別人のようだ。
ヴィッタに作り出された大型悪魔の一体が、クオォォと声を出しながら、彼女の小さな背中を優しく撫でている。それでも彼女の涙は止まることを知らない。
彼女はジェシカを傷つけた敵。だけど、さすがに少し可哀想な気がした。
- Re: 《☆人気投票開催中☆》エンジェリカの王女 ( No.144 )
- 日時: 2017/09/30 18:12
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)
106話「軽くすれば運べるかも」
その頃になってようやく立ち上がったジェシカが、私やエリアスの方へ、重い足取りで近づいてくる。彼女はヴィッタにやられた傷がまだ残っていながらカルチェレイナと戦った。何と勇敢なことか。
私たちを逃がすための時間稼ぎとはいえ、カルチェレイナは本気で来たはずだ。彼女とまともにやりあったのだから、生きているのが不思議という状況である。
ジェシカはエリアスの前まで来ると、とても悔しそうな表情で切り出す。
「エリアス……ごめん。あたし何もできなかった……。しかもノアに負担をかけて悪化させちゃった……ごめんなさい!」
言い終わると深く頭を下げる。暫し沈黙に包まれた。
そういえばノアの声はしばらく聞いていない。彼は元より重傷を負っていた。その状態でカルチェレイナの凄まじい魔気を浴び、長時間聖気のシールドを使い続けたとすれば、彼の体にはかなりの負担がかかっただろう。生命の危機すらちらつくほどの危うい状況だったに違いない。
「致命傷を受けたのか?」
エリアスは落ち着いた様子で尋ねる。頭を下げたままのジェシカは、その体勢のままで首を横に振る。
「いや、致命傷ではないと思う、けど……」
口から出てくる言葉は途切れ途切れだった。文章が細かく区切られているのは彼女の心が不安定だからだろうか。理由は分からないが、彼女が冷静でないことだけは察することができた。
「なら問題ない。では救護班がいるところまで運ばなくてはならないな。しかしどうしたものか……」
エリアスにもジェシカにも男性を運べるような体力は残っていない。二人共ここに至る戦いによって疲弊しきっている。ノアはそれほど背が高くないが、それでも男性であり、脱力しているなら普段よりも重くなっているはずだ。
「私が運ぼうか?」
試しに提案してみる。ゆっくり運ぶぐらいなら、力のない私にでも可能かもしれない。
するとヴァネッサにジロリと見られた。何を言っているんだ、とでも言いたげな目つきである。
「そんなのいいよ。王女様に迷惑はかけられないし。こっちのことはあたしたちで何とかするから、王女様はゆっくり休んで」
私の方を向いたジェシカは急に元気そうな声色で言う。そしてジェシカは傷ついた顔に屈託のない明るい笑みを浮かべた。
向日葵が咲いたような晴れやかな笑顔。彼女の笑顔は、長時間の緊張で疲れきり曇り空のようになってしまった私の心を、一気に明るくしてくれる。それはまるで雨上がりに雲の隙間から射し込む太陽の光みたいだ。
笑顔一つでこれほど心が変わるものだとは思っていなかった。実に不思議なことである。
「でも……」
「いいからいいから!」
ジェシカは威勢よく言って、それから私の手を握る。小さくてとても可愛らしい手だ。
「安心してね。あたしたちはそこらの天使たちよりタフだから大丈夫だよっ」
ジェシカもノアも結構険しい道を歩んできている。王宮で育てられた私なんかよりずっと強いだろう。怪我したことも辛い思いをしたことも、数えきれないくらいあるだろうし。
けれども私は、そんな二人の役に立ちたいと思うのだ。今までたくさん世話になってきたので、そのお返しをしたいというのもある。
「協力させて。私にも何かできることはあるはずよ。例えば……ノアさんを軽くするとか?」
「なるほど。それなら力仕事ではないので安全ですね」
ヴァネッサが珍しく感心したように口を開く。私の提案に彼女がすんなり納得してくれることはあまりないので、今のこの状況は奇跡的といえる。
だが……軽くするなど可能だろうか。
今までもぶっつけ本番で成功したことはあった。だが、初めてのことをする時はいまだに不安が伴うものだ。
「ありがとう、ヴァネッサ。早速試してみるわね」
「はい」
今日はすんなり行きすぎて少し気味が悪い。こんな奇跡もあるのか、と内心興味深く思った。それから私はジェシカの後についていき、ノアが倒れているところへ向かう。
手足をダラリと垂れて地面に横たわっているノアは微かな寝息をたてていた。呼吸していることが分かり安堵する。ラベンダーのような薄紫色の翼も脱力しているのが見てとれた。
頬を指先で軽く突いたり、名前を呼びつつ体を少し揺すったり、色々刺激を与えてみるが反応は返ってこない。どうやら、呼吸はしていても意識は完全に失っているらしい。
「王女様……できるの?」
不安げに私の顔を覗き込むジェシカ。
「分からないけれど、きっと成功させてみせるわ」
私は迷いなくそう答えた。
成功する。そう信じることが一番大切よね。特に私の力は精神状態が大きく作用するタイプの力だもの。成功すると思えば成功しやすくなるし、逆を思えば失敗するでしょうね。
私は横になっているノアの体に触れ、目を閉じて彼に意識を集中する。羽のように軽いものがフワリと浮かぶイメージを頭の中に浮かべ、「軽くなれ」と心で繰り返し呟く。
そしてゆっくり目を開ける。
「終わったわ。ジェシカさん、軽くなったか試してみて」
「オッケー」
ジェシカがノアの体に腕を回す。そして持ち上げ、驚いた表情になった。ノアの体を持ち上げたまま目をパチパチさせている。その様子から、軽くすることに成功したのだと察することができた。
力を使った後特有の体が重だるい感覚に襲われる。だがエリアスやみんなの受けたダメージに比べればこんなもの塵のようなもの。疲労感ぐらいでクヨクヨしている場合ではない。
「これならあたしでも運べるよ!王女様、ありがとう!」
ジェシカが笑顔でお礼を述べてくる。その明るい笑顔を目にすると、力を使って良かった、という気持ちになった。不思議な充実感が心に広がっていく。
「よぉし!じゃあ、あたしはノアを救護班まで運ぶよっ。それからまたここに戻ってくるからっ」
彼女自身の傷は回復していないだろうに、すっかり元気になっている。いつものジェシカという感じだ。
私はノアを持ち上げて飛んでいくジェシカを見送る。そしてヴァネッサやエリアスの元へ帰った。
- Re: 《☆人気投票集計中☆》エンジェリカの王女 ( No.145 )
- 日時: 2017/10/01 01:48
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kEC/cLVA)
107話「アンナ王女もお年頃」
ヴィッタのことは一旦ライヴァンに任せることにした。彼女の号泣が止まり次第ディルク王の元へ連れていき、王の判断で処分を決める。それで意見は一致した。彼女をライヴァンに任せたのは、悪魔同士の方が良いだろうという、ちょっとした配慮である。もっとも、この場にいる天使でまともに動けるのは私だけという状況なので、いずれにせよライヴァンに頼むしかなかったが。
それからレクシフとも相談した。とにかく致命的な傷を負ったツヴァイを運ばねばならない。本調子でないレクシフが肉体派のツヴァイを運ばなくてはならないというのはかなり厳しいので、私が力を使い軽くすることにした。
手順はノアの時と同じで、体に触れて念じるだけ。結果はもちろん成功だった。これでレクシフはツヴァイを運べる。
私は、レクシフが救護班のいる王宮の方角へ飛んでいくのを、静かに見送った。
彼らの存在を忘れていた、などという事実は口が裂けても言えない。そんなことを口から出せば、ヴァネッサからどんなお叱りを受けることか。恐ろしい恐ろしい。
ひとまず用を終えた私は、ヴァネッサやエリアスと共に、王宮の方にある救護所へと帰ることにした。
救護所は結構な数の負傷した天使で賑わっていた。多くが親衛隊員、その他巻き込まれた使用人や一般人がちらほらといった比率だ。
ヴァネッサはエリアスを救護班の天使がいるところまで連れていく。私はその後ろを大人しくついていった。
こんなに負傷者を出したのは私のせいのような部分が大きい。だから、その負傷者たちの間を通るのは、胸が締めつけられる思いがする。
私がいなければこんなことにはならなかったのに——。頭に浮かぶ後悔を私はなるべく振り払うように努めていた。
「あー、アンナ王女さえいなけりゃな」
その言葉を聞くまでは。
声の主は一人の男性天使だった。服装や体つきから若い親衛隊員だと分かる。
その声が発された途端、私へ一気に視線が集まる。多くの者は何も言わない。だが、心は男性天使と同じなようである。共感している表情だ。
私は何も言い返せなかった。私がみんなを巻き込んだ。それは紛れもない事実だから、反論しようがない。ただ黙って我慢するしかないのだと、そう思った。
「今、何と言った」
ヴァネッサに支えられて何とか歩けるような状態のエリアスが、物凄く険しい表情で男性天使に言い放つ。氷のような、刃のような、ゾッとするような目つき。いつも私に微笑みかける時のエリアスと同一人物とは到底理解し得ないような、威圧的で非常に鋭い表情だ。
さきほど口を開いた男性天使もさすがに怖じ気づいている。
言わなくていいから、とヴァネッサがエリアスをたしなめる。しかしそんなことで納得できるエリアスではない。
「王女への失礼な言葉、謝罪してもらわねば許しがたい」
エリアスは男性天使に向けて冷淡な声で言った。すると男性天使は負けじと返す。
「いやいや、本当のこと言っただけだし。実際結構な数の天使が巻き込まれてるもん」
ある意味まっとうな意見かもしれない。辛いけれど、言われても仕方ないことだ。
「王女を護るために傷つくのは、エンジェリカの天使ならば当然のことだ」
「当然じゃない。そう思ってんのはアンタだけだよ」
「何を……っ」
エリアスは急に額を押さえて座り込む。顔が青いので恐らく貧血だろう。
「もう行くわよ。貴方もまともな体でないのだから、普段みたいな振る舞いは止めなさい」
ヴァネッサがエリアスに淡々とした口調で話しかける。エリアスは不満そうな表情をしている。
二人が行った後、私は男性天使に頭を下げてその場を離れた。
とても複雑な気持ちだった。こちらも迷惑をかけてしまったことを気にしてはいるのだから配慮してほしいと思う一方、男性天使の発言は間違いでないとも思う。だから彼を悪いと責める気は毛頭ないが、心ない言葉に傷ついた自分もいる。
今のこの感情は、簡単には整理できないものである。
看護師はエリアスを近くの椅子に座らせ、赤く滲んだ上着のボタンを外し始めた。
彼の肌が露わになると得体の知れない恥ずかしさに襲われ目を逸らす。頬が熱を持つのが感じられる。
色々ありすぎたからだろうか、今日の私は少しおかしい。いつもならこんな感情は微塵も感じないはずなのに。
思えばエリアスが私の前で完全な素肌を曝したことはほぼなかった気がする。彼はどんなに暑い日も長袖を涼しげな顔で着ていた。詰め襟なので首すらほとんど見えないような露出のない服装である。肌が見えるのは顔と手首より先だけ。それが彼の普通だ。
「変なの……」
私は無意識に独り言を呟いていた。
「アンナ王女、なぜエリアスを見つめているのですか?」
ヴァネッサに言われ初めて気がつく。どうやら私はエリアスを凝視していたらしい。
「えっ?あ、いや……」
急なことに言葉を詰まらせていると、ヴァネッサの顔が徐々に強張っていく。まずい、と焦る。これは叱られる時の典型的なパターンだ。
今このタイミングで長い説教が始まるのだけは勘弁してほしい。そんなことになれば取り敢えず今日は終わってしまう。ジェシカや意識が戻っていればノア、ライヴァンなど、話したい相手がたくさんいる。そのためにもここで説教になるのだけは避けたい。
「お願い、怒らないで!頼むから説教は勘弁して!」
両手を前に出して、今にも怒り出しそうなヴァネッサを宥める。説教開始への流れを何とかして変えるために。
するとヴァネッサは腕を組み、はぁ、と溜め息をついた。
「男性に興味を持たれるとは、アンナ王女もお年頃ですね。まったく無関心よりはいいですけど」
男性に興味?彼女が言いたいのは、私がエリアスを好きだということかな。男性だから興味があるわけじゃない。エリアスだから、よ。
結局、ヴァネッサの真意はよく分からなかった。