コメディ・ライト小説(新)

Re: 《☆人気投票結果発表☆》エンジェリカの王女 ( No.147 )
日時: 2017/10/01 14:12
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 393aRbky)

108話「少なくとも普通ではない」

「エリアスさん、こんな酷い怪我を何度もなさっていると、そのうち後遺症が残りますよ。ほどほどにして下さい」
 看護師の天使がエリアスの腹部の裂傷を布で軽く拭いつつ言う。
 確かに彼は、短期間に何度も大怪我をしているので、看護師から注意を受けるのも無理はない。もっとも、その大怪我の大半が私を護るために負ったものなので、原因は私にある。私がやたらと悪魔に襲われるのが一番の原因だ。
 だが、そんな日々ももう終わるだろう。
 カルチェレイナはこの世から消えた。つまり、私を狙う悪魔は一気に減るはずだ。当然ゼロになるとは言い切れないが、少なくともカルチェレイナの命によって私を狙う者はいなくなる。それでも大きな変化だ。
 ここしばらく、ずっと、いつ誰に襲撃されるか分からないような状況だった。久々にゆったりとした時間をすごしたいものである。
「消毒します。少し染みるかもしれません」
 看護師が消毒液に浸していたガーゼで傷を拭く。エリアスは時々顔をしかめる。歯を食いしばり、痛みを堪えているようだった。彼が痛い思いをするのは可哀想だが、菌が体内に侵入するのを防ぐためだから仕方ない。エリアスもそれはよく分かっているはずだ。
 ヴァネッサと共にエリアスを見守っていると、何やら大きな声が耳に飛び込んでくる。
「オー!王女様お久しぶりデス!」
 金の長い髪が特徴的なラピスだった。今日は前と違ってシンプルなワンピースを着ている。とても動きやすそうな服装である。快活な声と独特な発音ですぐに彼女だと分かった。
 会うのはいつ以来だろうか。確か……建国記念祭の後以来だったかな?はっきり記憶にないが確かそうだったと思う。実際にはあれからそんなに日は経っていない。せいぜい一か月以内。だが、地上界でも色々あったからか、物凄く長い時間が経過しているような感覚だ。
 ラピスから漂う甘い香りが過去の記憶を徐々に呼び覚ます。
 そういえば、あの建国記念祭はベルンハルトの襲撃で潰れてしまったんだったわね……。せっかく開催期間を延ばして一週間にしたのに、惜しかったわ。
「ラピスさんはいつまでここに?」
 ふと気になって尋ねてみる。
 彼女はヴァネッサに呼ばれてどこかからやって来たのだ、いつか帰らねばならない日が来るはず。今いるというだけでも驚きだ。
「いつまでいるかデスカ?ウーン……もうしばらくいますヨ!」
 どうやらあまり何も考えていなかったようだ。聞いても無駄だったかも。けれども、急いで帰らねばならないことはないようなので、少しホッとした。
 私の誕生日パーティーのためにわざわざ来てもらっておきながら、巻き込むだけ巻き込んで礼もなしに帰らせるというのは、どうにも失礼な気がする。少しくらいは何かお返しをしたいものだ。
「ラピス。貴女、宮廷歌手の仕事はいいの?」
「もちろんヨー!大好きなヴァネッサのためなら何でもスルスル!」
 テンションが一気に上がったラピスは、突然ヴァネッサに抱きつく。抱きつかれたヴァネッサは眉を寄せて不愉快そうな表情を浮かべながら、「そういうのはいらないわ」と低い声を出す。ご機嫌ななめな時の声色だ。
 しかしラピスはそんなことは気にしない。ヴァネッサの頬に自分の頬をスリスリしたり、ヴァネッサの黒いシニヨンを触ったり、好き勝手している。
「もう止めてっ!」
 ついにヴァネッサがキレた。彼女の恐ろしい雷が落ちる。
「いい加減にしないとハエたたきで叩き潰すわよ!それが嫌なら、今すぐ離れてちょうだい!今すぐにっ!!」
「ヴァネッサ怖いネ」
「ふざけるんじゃないわよっ!これ以上触れないで!」
 ヴァネッサがここまで怒鳴り散らすのは珍しい。私もよく叱られはするが、ここまで破壊力のある言われ方をすることはほとんどない。ラピスとはそれだけ親しい仲ということか。しかしそれを言うとさらに怒るのは目に見えているので、敢えて言うことはしない。いや、言えるわけがないのである。
 ちょうど傷の処置をしてもらい終えたばかりのエリアスが、うんざり顔でヴァネッサに言い放つ。
「ヴァネッサさん、あまり騒がないで下さい。王女が困ってられます」
「私だって騒ぎたくて騒いでいるわけじゃないわ」
 そりゃそうでしょうね。大人のヴァネッサが騒ぎたくて騒いでいたとしたら、それはドン引きものだわ。あまりに珍しいものだから、天変地異が起こる前触れかと不安になるかもしれない。
「従者が、自身の都合で王女に迷惑をかけるというのは、どうなのでしょうね」
 エリアスの口調にはたっぷりの嫌みが含まれている。
「貴方は本当に、一言余計ね」
「私は間違えていますか」
 ヴァネッサとエリアスは口論のような会話を交わす。二人の視線が火花を散らし、私は入っていけない空気だ。
 しかし、予想外にもヴァネッサが折れた。
「……そうね。間違えてはいないわ」
「そうでしょう」
 一瞬勝ち誇った表情になるエリアス。しかし、これだけで終わるヴァネッサではなかった。
「……誰もが貴方のように正しくあれるわけではないのよ。一切迷いなく、自分の損を考えず、ただひたすらに主人に付き従う。それが理想の従者なのでしょうけど、普通の者には無理だわ」
 ヴァネッサは聡明だ。だからわりとよく痛いところを突く発言をする。
「エリアス、端から見れば貴方は異常よ。いくら主人を護るためとはいえ、自分が傷つき続けるのはおかしいわ」
 話についていけていないラピスは、キョトンとして、エリアスとヴァネッサを交互に見ている。
「私が……異常?」
 怪訝な顔で繰り返すエリアス。その顔にはどこか不安の色が浮かんでいる。
「少なくとも普通ではないわ。どんなに大切と思っていても、どんなに愛していても——結局自分の命が一番なのよ」
 ヴァネッサの表情は哀愁を帯びていた。エリアスもどうやらそのことに気づいた様子だった。

Re: 《☆人気投票結果発表☆》エンジェリカの王女 ( No.148 )
日時: 2017/10/02 15:01
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: idHahGWU)

109話「誰もが秘める弱さ」

 そういえばヴァネッサは悪魔に家族を殺されたんだっけ。前にラピスから聞いたことだ。彼女の表情が曇っているのはそれと関係があるのかもしれない。
 彼女はいつも淡々としていて表情が薄いため心ないように見えるが、実は私をとても心配してくれているし、面倒に思うほどお節介なところもある。やたらと干渉するのは止めてほしいけど、彼女が本当は優しいことを私はよく知っている。
 そんな彼女が家族を守れなかったとしたら……きっと自身の無力を悔やむだろう。
「ヴァネッサ!もしかして、家族のこと考えテタ!?」
 ラピスが急に大声で言った。なかなか鋭いな、と思う。しかしこのタイミングでそれを言うとは、かなり遠慮がない。私だったら気づいても絶対に言えない。
「……止めて」
 ヴァネッサは怒らず静かな声で返した。やはり元気がない。いつもの彼女なら、こういうタイミングの悪い発言に対しては、厳しく対応するはずだ。止めての一言だけで終わるなんてありえない。
 ラピスに目をやると、不思議なものを見たような顔をしていた。どうやら彼女も違和感を感じているらしい。やはり、こんな反応は不自然なのだ。
 そんな曇った表情のヴァネッサに対して、ベッドに座っているエリアスが口を開く。
「ヴァネッサさん、そんなに無理しなくても良いのですよ。誰にだって辛い過去はあるものです」
 ヴァネッサの暗い気持ちが伝播したのか、エリアスの表情もどこか暗かった。
 ——ルッツのことを考えているのだろうか。
 あの森で、エリアスはルッツについて何も話さなかった。だが、カルチェレイナの発言を聞いた私は、エリアスがルッツを倒したのだろうと推測している。あの白い大爆発は二人の戦いの終わりだったのだろう。
 あれから彼は何もなかったかのように振る舞っている。いつも通り優しいし、一見引きずっている感じもしない。しかし、もし本当にエリアスがルッツを倒したのだとしたら、その心の中にはルッツへの複雑な思いが溢れていることだろう。
 私がカルチェレイナ——麗奈と友達に戻りたかったのと同じように、エリアスはルッツと和解することを望んでいた。それが叶わなかったのだから、傷が残っていないはずがないのだ。
 多少方向性は違えど、ヴァネッサも同じなのかもしれない。大切な家族を守れなかったこと。その後悔が、古傷のように痛むのだろうか。
 今まで私はヴァネッサを強い天使だと思っていた。常に冷静で弱みなど一切見せなかったから。けれど……本当はそうではないのかもしれない。不意にそう考えた。
 弱みを見せまいと隠しているとしたら?今までずっと一人で背負ってきたのだとしたら?それはどれほどの重荷だっただろう。
「……ごめんなさい、ヴァネッサ」
 考えているうちに悲しくなってきて自然に謝っていた。
「いきなり何です?」
「私ね、今まで貴女のこと、お節介で面倒臭いって思っていたわ」
「そうでしょうね」
 あれ?バレていたみたい。私、そんな顔をしていたのかな。
「王女らしくって厳しいし、王宮の外へは行かせてくれないし。ヴァネッサのことは正直好きじゃなかった時もあったわ」
「そうでしょうね」
 おぉ、やはりこれもバレている。さすがだ。すべて把握されている。怖い怖い。
「でも気づいたの。私のことを心配してくれていたのね。だから、ありがとう」
 幼い私はやみくもに王宮の外へ憧れていた。外へ行くことに伴う危険には目もくれず、ただひたすらに。
 けれども色々あって私は知った。外の世界は王宮にはない素晴らしい魅力を多く持っているけれど、それと同時に危険もたくさんあるのだと。
 そして、それに気がついた時、ヴァネッサが外に出るなと言っていた訳が分かったの。危険に的確な対処をできない者が考えなしに出歩くのは、リスクが高すぎるのだということが。
「随分急ですね」
 ヴァネッサは大人びた顔にうっすらと笑みを浮かべた。その笑みはどこかぎこちなくて、少し照れているようにも見える。
「ありがとう。今はヴァネッサのこと好きよ」
「止めて下さい。アンナ王女がそんなことを仰ると、天変地異が起こります」
「私そんなにお礼言ってなかったかしら……」
 私のありがとうを天変地異の前触れみたいに言うなんて。失礼しちゃうわ。
 そんなことを言うのは、きっと照れ隠しね。素直にお礼を言われるのが恥ずかしいんだわ。ヴァネッサも可愛らしいところがあるじゃない。
「だからこれからは何でも話して。ヴァネッサは侍女だけど、私の母親代わりでもあるの」
「何でも?それはできません」
「ならそれでいいわ。でも、辛い時には誰かに頼ってもいいのよ」
 この先いつか辛い何かがあった時、彼女に一人で背負い込んでほしくない。だから私はそう言ったのだ。
 それからエリアスへ視線を移す。彼の瑠璃色の瞳は宝石のように美しい。
「エリアスは横になっていなくていいの?」
 折角ベッドを貸してもらえているのだから横になればいいのにと思いつつ言う。するとエリアスは、ふふっと柔らかく微笑んで、穏やかな調子で答える。
「はい、問題ありません。横になっていると何か起きた時に反応が遅れますので」
 ……反応の問題ではないと思うが。
 反応が遅れる遅れない以前に今の彼の体では色々と制限がかかるはずだ。それなのに有事に備えているとは、もはや職業病の域といえる。ある意味凄い、としか言い様がない。
「分かったわ。でもエリアス、横になりたい時は横になっていいのよ」
 エリアスは話が分からないとでも言うように首を傾げる。
「痛い時は痛いって言っていいし、自分の心に素直になってね」
 意識してなるべく笑顔で、語りかけるように言った。これならさすがのエリアスも分かるだろう。
 すると彼は一度静かに目を閉じて、数秒経過してから再び目を開ける。
「ありがとうございます、承知しました。無理は禁物ということですね」
「そうそう」
 何とか伝わったようだ。良かった良かった。

Re: 《3章残りわずか》 エンジェリカの王女 ( No.149 )
日時: 2017/10/03 00:27
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)

110話「美しさの意味」

 ヴァネッサやエリアスと話していると、白い服を着た一人の男性天使がやって来た。襟に親衛隊の紋章がついているのでディルク王の部下だとすぐに判断できた。ミルクティー色の髪は短く切り揃えられていて、全身から真面目な雰囲気が漂っている。
 私に何か用でもあるのだろうか。
「アンナ王女、先程は親衛隊の若い者が失礼しました。本来であれば本人に謝らせるのが筋というものなのでしょうが、少々事情がありまして、今回は自分が代わりに謝罪させていただきます。本当に申し訳ありません」
 真面目な雰囲気の男性天使は深く頭を下げる。「ごめん」の一言だけでいいのに、と内心思う。王女でありながらこんなことを言うとまたヴァネッサに注意されるかもしれないが、私は堅苦しいのが苦手だ。
 丁寧に扱われるのが嫌なのではない。必要以上に敬われるれるのがピンとこないのである。王女だって一人の天使にすぎないのよ。
「頭を上げて下さい。私は気にしてませんから」
 これは完全な嘘ではない。実際、そんなことは忘れていた。
 私が言ってから十秒ほど経過した後、親衛隊員の彼は頭を上げた。
「感謝致します。後日改めて謝らせますので」
 何かよく分からないけれど感謝されてしまったわ。不思議ね。
 ……とその時、ベッドに横たわっていたエリアスが上半身を起こして口を開く。
「今後このようなことがないよう、しっかり言い聞かせておくことだ」
 直前までとは異なり厳しい顔つきをしたエリアスの声は低かった。実はまだ根に持っているのかもしれないと思うくらいだ。親衛隊員の男性天使はエリアスに向けて軽く一礼し、「承知しております」と言った。
 エリアスは私に絡むことにはとても厳しい。この一件も例外ではない。
 そこで親衛隊員は、それでですね、と話題を切り替える。
「実はディルク王から、アンナ王女を呼び出すようにと申し付けられておりましてですね。ご同行願いたいのですが……」
 どうやらこちらが本題のようだ。
「構いませんか?」
 真面目そうな風貌に丁寧な話し方。王に仕える以上、これが親衛隊員の理想的な言動なのだろうが、肩が凝りそうだ。こういうお堅い空気はあまり好きでない。
 そこで、お堅い空気を振り払うべく、私は弾むような口調で返す。
「はい!行きます」
 それと同時に笑顔も忘れない。私が深刻な顔をしていては、ますます堅い空気になってしまうからだ。
 私も同行します、とベッドから下りようとするエリアスをヴァネッサが制止する。動こうとしたのを止められたエリアスは、何か言いたげな顔をしつつもベッドの上へ戻った。
「エリアス、心配しないで。アンナ王女には私が同行するわ」
「構いませんが……何かあった場合はどうするつもりです?」
「まさか。カルチェレイナが消えたのだから、もう何もないわよ」
 確かにヴァネッサの言う通りだ。カルチェレイナがいなくなった今、私を狙う者はいないだろう。
「そもそもエリアス。貴方はその体でアンナ王女を護るつもりでいるの?聖気すらまともに出ていないじゃない」
 ヴァネッサは挑発的な目つきでエリアスを見る。
「もちろん。生きている限り、王女は私がお護りするのです」
 エリアスは微塵の迷いもなく答えた。ヴァネッサを見返す瑠璃色の瞳は、真っ直ぐな嘘のない色をしている。彼が発する言葉に嘘はない。それは端から見ていた私にさえ分かる。
 エリアスはこの戦いで、大切な弟を失い、健康な体も失った。致命傷にはならなかったものの、それに近しい傷を受けている。いつになれば彼の体は元通りになるのか。それすら分からない状態だ。
 それでも、彼の瞳が濁ることはなかった。
「……王女、どうかなさいましたか?」
 唐突にエリアスが尋ねてくる。少し不安げな表情だ。
「えっ。私、変だった?」
 何かおかしかったかと一瞬焦る。それほど親しくない親衛隊員もいるところでおかしな顔をしていたら、さすがにちょっと恥ずかしい。
「いえ。ただ少し……何か考え込んでおられるような表情をなさっていましたので。どうなさったのかなと気になっただけです」
「そっか。心配かけてごめんなさい」
 私は苦笑しながら言った。おかしな顔をしていなかったことが分かり安堵する。
「いえいえ。謝らないで下さい。私は常に貴女の傍に寄り添える者でありたい。ただそれだけですから」
 エリアスはベッドに座った体勢のまま、ふふっ、と柔らかく笑みを浮かべた。
 羽のように軽やかな長い睫、一片の曇りもない宝玉のような瞳。神々しい聖気はなくとも、彼は十分美しかった。
 だが、その美しさは容姿だけのものではない。
 どんな困難にも打ち勝てる強さ。自身が選んだ道を信じ、ひたすらに歩める強さ——それらが滲み出た結果の美しさなのだと、私は思う。
「ありがとう、エリアス。私もこれからは貴方に寄り添うようにするわ」
「もったいないお言葉です」
「当然のことよ。貴方が私に寄り添ってくれるなら、私も貴方に寄り添う。お互い様というやつね」
 そんなたわいない会話を交わし、私たちは笑い合う。
 こんな風に笑いながら穏やかにすごせる時間。それがどれほど幸せなことなのか、今の私になら分かる。
「アンナ王女、お話は済みましたか?そろそろ参りましょう」
「そうね。ヴァネッサ」
 振り返ればここしばらく、本当にいろんなことがあった。その中で失ったものは多いけれど、それ以上のものを手に入れられたと思うから、私は過ぎた日々を後悔してはいない。
「それじゃあエリアス、また後で!行ってくるわね」
 そしてこの先も、ずっと後悔しないだろう。