コメディ・ライト小説(新)
- Re: 《最終章突入》 エンジェリカの王女 ( No.153 )
- 日時: 2017/10/04 19:21
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: UruhQZnK)
112話「告げる時」
話はまとまったので、救護所のエリアスがいるところへ戻る。するとそこにはジェシカの姿があった。
「王女様!お帰りっ」
いつも通りの明るい笑顔で迎えてくれる。一切曇りのないその笑顔は向日葵のように眩しくて、少々目がくらみそうだ。
その後エリアスも「お帰りなさい」と声をかけてくれる。彼が言ったのはたった一言なのに、なぜかドキドキして、返答を詰まらせてしまった。
「ジェシカさん、ノアさんの調子はどう?」
ふと思い尋ねる。ノアはかなり重傷の部類だったので心配だ。
「大丈夫大丈夫!そのうち治るって言われたよっ」
「意識はあるの?」
「うーん、それは微妙かな。寝言みたいなの言ったりはしてたけど」
……安定ね。重傷の時にまで寝言とは、随分な余裕ね。
意識は戻っていないようだが、死に至るほどの深刻なダメージでないのなら、ひとまずは安心である。
その時、一人の看護師がやって来た。どうもジェシカを呼びに来たらしい。彼女に何やら話し、すぐに去っていく。するとジェシカは笑みを浮かべて、ちょっと行ってくるね、とだけ残して向こうへ行ってしまった。
エリアスと私、そしてヴァネッサ。急に三人になると少し気まずい。
「王女、何の用件でしたか?」
「そうだった。実はね……」
——女王になることにしたの。
そんなことをいきなり言えるわけがない。そんなことを言ったらエリアスとの距離が遠くなってしまいそうで……怖い。
私が女王に就任することを伝えれば、彼はきっと喜んでくれるだろう。けれど今まで通りにはいかないかもしれない。
「アンナ王女、なぜ仰らないのですか」
ヴァネッサが追い討ちをかけるように言ってくる。エリアスは心配そうな表情で私を見つめている。
このまま黙っているわけにはいかない。逃げることはできない。
「私、女王に……なるの……」
悪いことではないのに、なぜか胸が痛む。
どうしてこんなに辛いのか、私にはよく分からなかった。けれど、無意識のうちに視界がぼやけて、エリアスの姿がはっきりと見えなくなる。
「……そうでしたか」
彼の指が私の頬に触れる。ゆっくりと流れ落ちる涙の粒を、彼の指が拭った。
「おめでとうございます、王女。貴女ならきっと……国民から愛される立派な女王になられることでしょう」
彼は優しく微笑んだけれど、その声は震えていた。
私がこんなに早く女王になることに驚き動揺しているのか、それとも他の何かがあるのか、それは分からない。ただ一つ分かるのは、彼が平常心を保てていないということだけだ。
「とてもおめでたいことです。ただ……少し寂しくなります」
「エリアス?」
俯いた彼の顔は哀愁を帯びている。長い睫が物悲しさをひときわ際立たせていた。
「貴女はもう大人なのですね。王女。どうか、幸せになって下さい」
「え?何の話?」
エリアスの言葉の意味がさっぱり分からず戸惑う私に、ヴァネッサが声をかけてくる。
「女王になること、すなわち、大人になること。そういう意味で、エンジェリカでは昔からずっと、戴冠式と結婚式を兼ねるのですよ」
……え?ちょ、何て?
突然のことに思わずキョトンとしてしまう。
「この二週間の間に貴女は結婚相手を決めなくてはなりません」
「えっ!?そんな話、聞いていないわ」
「心配せずとも、ディルク王が良き花婿候補を連れてきて下さることでしょう」
ヴァネッサが珍しく微笑む。
……完全に騙された。結婚なんてまだ早い。私にはそんなこと考えられない。こんなことってないわ。どう考えても変よ!
「どうかお幸せに……っ」
エリアスは言いかけて言葉を詰まらせた。
「ねぇエリアス、大丈夫?」
私が手を掴もうとすると、彼はそれを拒否した。こんなことは初めてだ。彼が私を拒むなんて。少しショックだ。
「すみません王女……。どうかお許し下さい。今触れてしまったら、私は貴女をもう……二度と離せなくなってしまいます」
彼は震えながら言葉を紡ぐ。
こんなエリアスを誰が想像しただろうか。あれほど強く勇ましく戦い続けてきた彼が、今は信じられないほどに弱い。私が守ってあげたいと思うくらいに弱々しい。
「私は貴女を愛してしまった。それが間違いなのです。私は貴女を愛するべきではなかった。どうか……この情けない私を、この情けない感情を、一言で消し去って下さい」
エリアスは愚かだ。今初めてそう思った。彼は賢くて優しくて完璧な男性だと思っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。もしも彼が賢いのなら、「消し去って下さい」なんて私に頼むはずがない。
そんなこと、私にできるはずがないのだから。
「ねぇ知ってる?『エンジェリカの秘宝』はね、どんな願いも叶えるの」
いくら地位のある偉い男性だとしても、見ず知らずの相手と結婚するなんてごめんだわ。
「エリアス、貴方の願いを言って」
暫し沈黙が訪れた。
ヴァネッサは腕を組みながら様子を静観している。
一瞬のようにも永遠のようにも感じられるような時間が過ぎ、エリアスはようやく口を開く。
「……私は、ずっと貴女の傍にいたいです」
彼の口から出たそれは、私が待っている言葉でもあった。
「決まりね!」
エリアスは顔を上げて目をパチパチさせる。私の答えが予想外だったのだろうか。戸惑っているように見える。
「貴方は私の傍にいたい。私も貴方の傍にいたい。とても簡単な話だったわね」
「王女、一体どういう意味ですか?」
「結婚するの!そうすればずっと一緒にいられるわ。よし、早速お父様に言ってくる!」
私は飛びきりの笑みを浮かべてから、早速王の間へ行くことにした。善は急げ、ってね。
「待ちなさい!アンナ王女!話がまったく見えませんよ!」
ヴァネッサの怒った声に背を向け、私は迷いなく歩き出す。
明るい未来へと——!
- Re: 《最終章突入》 エンジェリカの王女 ( No.154 )
- 日時: 2017/10/05 17:07
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HBvApUx3)
113話「第一関門」
結局、一瞬にして捕まった。
私の足はヴァネッサから逃げきれるほど速くなかったのだ。こればかりは私の目算が甘かったとしか言い様がない。
「アンナ王女!突然何のつもりですか!」
勝手なことをしたのだから叱責されるのも仕方がない。この際もう逃げるのは諦めて、大人しく叱られることにした。その方が話が早い。
「エリアスと結婚する?馬鹿なことを仰るのは止めて下さい!貴女はこれからエンジェリカの女王になられるのですよ。そのような勝手は断じて認められません!」
「どうしてダメなの?信頼できるかすら分からないような余所者の男より良いじゃない」
エリアスなら信頼できるし、エンジェリカ出身だし。問題は何もないと思うのだが。
「護衛と結婚した女王など前代未聞ですよ!良いですか?貴女はエンジェリカの女王になる身。それに相応しい人生を……」
「ヴァネッサは頭が固いのよ!今までの女王なんて関係ないでしょ!」
色々言われるのが鬱陶しくて、つい口調が荒れてしまう。こんなのはおかしいと分かってはいるのだが、感情的にならずにはいられない。
「エリアスが王女をたぶらかしたなどと言われても構わないのですか?貴女とエリアスの結婚を良く思わない輩は、必ずエリアスを責めますよ」
「分かってる!そんなくらい、痛くも痒くもないわ!」
するとヴァネッサは一度黙った。数秒間を空けて、静かに尋ねてくる。
「アンナ王女、貴女……本気なのですか?」
その表情は真剣そのものだ。じっと見つめられて目を逸らしたくなるが、それではいけないと思い、私は彼女の瞳を見つめ返す。彼女には私の本気度を知ってもらわなくてはならない。
これは冗談ではないのだから。
「ヴァネッサは、私が本気でないと思う?」
逆に聞き返すと、彼女は少ししてから溜め息を漏らす。
「こちらが質問しているのですよ、まったく……。ですが」
彼女はここで一呼吸おき、それから続ける。
「貴女が本気であることは理解しました」
呆れたような笑みを浮かべるヴァネッサ。私の気持ちはどうやら伝わったらしい。
これで第一関門は突破か。
第一関門と言っても、ヴァネッサを説得するのが一番難しいところだ。彼女に認めてもらえれば大抵のことはどうにかなる。それを思えば、この第一関門を突破できるかどうかがすべてを決めると言っても過言ではない。彼女に反対されれば、どう足掻いても上手くいくことはないのだから。
「冗談半分でないというのなら、私は認めます」
「ありがとう、ヴァネッサ!」
あんなに喧嘩ばかりだったエリアスとの結婚を認めてくれるなんて、ヴァネッサもたまには良いところあるじゃない!
……あ。たまには、なんて言ったら怒られるわね。
「ただしお覚悟を。険しい道を行くことになります」
どんな困難だってかかってきなさい!と言い放ちたい気分だ。進み始めた私を止められる者なんて一人もいない。
「それは分かってる。けど、例えどんなに困難な道だとしても、エリアスとなら歩んでいけると思うわ」
それは心の底からの純粋な思いだ。
私たちは今まで、いくつもの高い壁に出会った。時にはすれ違いかけたこともあったけど、最終的にはいつも分かりあえた。だからこの先もきっと、困難は乗り越えてゆける。
彼だって聞かれたなら同じ答えを言うと思うの。
「ではまずはディルク王にその旨を伝えましょう」
ヴァネッサが落ち着いた口調で切り出す。平淡な声色だが冷たさはなく、穏やかな雰囲気だ。
「そうね!私が話したらいいのかな」
「はい。真剣さが伝わるよう、真面目に話して下さい。私もなるべく尽力しますが、メインはあくまでアンナ王女です」
ヴァネッサが一緒に来てくれるなら安心だ。利口な彼女なら上手くフォローしてくれるはず。私一人で話すより、ずっと心強い。
「分かったわ。できるだけ真面目に頑張るわね」
無意識のうちにリラックスしていたのか、私は自然と笑うことができた。ヴァネッサの態度が冷たくなくなったからかもしれない。
後はディルク王に話すのみ。よし、頑張ろう。
この思いをしっかり伝えよう、と私は改めて強く決意した。
それから私はヴァネッサと一緒に王の間へ向かった。
親衛隊員は少し不思議そうな顔をしていたが、特に何も言わずに通してくれる。おかげで速やかにディルク王に会うことができた。今日は幸運だ。
「アンナ、どうした。まだ何か話があるのか?」
ディルク王は落ち着いた重厚感のある声で聞いてくる。威厳のある容姿と声に、少し怯みそうになった。
普通の父と娘ならそんなことにはならないだろうが、私とディルク王は距離のある親子だ。だから私は時々彼の存在感に圧倒される。直接話すのは苦手だ。
だが今は怯んでいる場合ではない。
「お父様、聞きたいことがあるの。戴冠式と結婚式が同時に行われるというのは本当?」
するとディルク王は少し戸惑ったように黙る。十秒ぐらいの沈黙があり、ようやく返してくる。
「……そうだ。それがどうかしたのか?」
「私の結婚相手のことなのだけど」
そう切り出すと、ディルク王は両眉を内へ寄せて怪訝な顔になる。娘がいきなりこんなことを言い出したのだから怪訝な顔になるのも無理はないかもしれない。
「お前が案ずる必要はない。相手はこっちで準備を——」
「エリアスと結婚するわ」
ディルク王の言葉を途中で遮り宣言する。
「……何だと?」
彼の訝しむような視線が刺さり痛いが、今の私はそんなことで怯むほど弱くない。私だっていつまでも父親の言いなりではないのだ。
「私はエリアスを迎えたいの。家族として、ね」