コメディ・ライト小説(新)

Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.158 )
日時: 2017/10/06 19:32
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: sThNyEJr)

114話「貴方は愚かよ」

「馬鹿を言うな!」
 突如声を荒らげるディルク王。予想はしていたが、やはり簡単に納得してはくれないらしい。既に用意している結婚相手がいるからか。
 まったく、勝手なことしてくれるじゃない。……と心の中で呟いてやる。だって、そうでしょう?私の結婚相手をディルク王が決めるなんておかしな話だわ。
「エリアスの何がいけないの?」
 間違ったことは言っていないはずだ。
 間違っているのはこちらではない。私に確認もせず話を進めている方である。
「中流貴族風情と結婚した女王など、エンジェリカの歴史上存在しない。それにエリアスは裏切り者の兄だ」
「歴史なんて関係ないわ。弟が裏切り者だというのも、エリアスには関係のないことよ」
 エリアスがルッツを唆したわけじゃあるまいし、ただ兄弟というだけでそんな風に言うのはおかしいと思うの。
「関係は大いにある。お前の母親を殺した男の兄だぞ。王妃を殺害するなどという重罪、兄も同罪だ。許してなるものか」
「ならばなぜ護らなかったのですかっ!!」
 叫んだのは、私の後ろに立っているヴァネッサだった。彼女が王の前でこんな鋭い口調になるのは見たことがない。
 普段はちょっとやそっとで変わることのない彼女の顔だが、今は凄まじい怒りに満ちている。ヴァネッサもこんな顔をするんだ、と正直驚いた。
「貴方は、殺されるかも、というラヴィーナ妃の言葉に耳を貸さなかった!そして彼女が殺害されると、親衛隊から裏切り者を出したという自身の力不足を隠すために、すべてを隠したのでしょう!」
 一介の侍女と一国の王だ、百人いれば百人が王に味方するだろう。権力に天地の差があるのだから当然と言える。
 だが、今の私には、ディルク王を擁護する言葉は見つけられなかった。ヴァネッサの言うことがまっとうであると感じたから。
「貴方はアンナ王女から母親を奪い、寂しい思いをさせたのです!そんな可哀想なアンナ王女を護り続けたエリアスを裏切り者の兄と侮辱するのなら、ディルク王、私は貴方を許せません!」
 その言葉に、私は衝撃を受ける。ヴァネッサはエリアスを嫌いなのだと思っていたからだ。
 二人はいつも喧嘩ばかりしていた。それに、彼女は、エリアスが私と近い距離にいるとすぐに注意してきたし。仲良しとは到底思えないような関係の二人だった。
 だから、エリアスが侮辱されることに対してヴァネッサが怒っているなんて、微塵も予想しなかった。
「……無礼にも程がある。お前ら、その女を牢へ連れていけ」
「止めなさい!」
 私は無意識に叫んでいた。
 ヴァネッサを捕らえようとした親衛隊員が一瞬怯んだように見える。
「……何のつもりだ」
「ヴァネッサは私の侍女よ。いくらお父様でも、無理矢理牢に入れるなんてできないわ」
 王に対してこんなことを言うなんて、私はどうかしている。自分でも首を傾げたくなるくらい異常な行動だ。
 ただ、もしかしたらこれは、ヴァネッサの身を守らねばという使命感に駆られた結果なのかもしれない、と少し思う。半ば無意識にヴァネッサを守ろうとしていたとしたら——きつい口調になるのも分からないではない。
「私はお父様を責める気はないわ。お母様が殺されたのは今さら言っても仕方ないもの」
 ディルク王を責め、彼が後悔したところで、ラヴィーナが生き返るわけではない。過ぎたことを言うのは時間の無駄というものである。
「私はただ、結婚するならエリアスが良いと言っているだけよ。分かってちょうだい」
「何度言わせる気だ。裏切り者の血を王族に混ぜるわけには……」
「お父様、貴方は愚かよ」
 そう言い放つと、辺りの空気が凍りつく。親衛隊員たちの表情が一気に固くなるのが感じられた。
 王に対して「愚か」などと言ったのだから当然の反応かもしれない。ただ、私からすれば今のディルク王は愚かの極みだ。
 エリアスが私に忠誠を誓っていることはディルク王も知っているはずである。彼が命がけで私を護ってくれていたことも知っているはずだ。それなのにエリアスを疑うのだから、ディルク王はおかしいと思う。
「その勝手に決めた結婚相手とは結婚しないわ。とにかく、断ってきておいてちょうだい」
 ——なぜだろう。
 とても不思議なことだが、今日は言葉が流れるように出てくる。躊躇いなんてものは欠片もない。私とは思えないくらい、自分の本心を言える。
 私自身も戸惑っている。今までなら考えられないようなことを言えてしまう自分に内心動揺してはいるのだが、その行動を止めようとは思わなかった。
「……そうか。分かった」
 長い沈黙の後、ディルク王が厚みのある低い声で静かに言った。
「明日エリアスをここへ連れてこい。二人で話し、あやつのアンナへの忠誠心が揺るぎないものかどうか確認する。……これで良かろう?」
 私は黙って頷く。
 重傷のエリアスをあまり動かしたくはないが、すべては私と彼が結ばれるため。ここは多少無理してでも乗っていかねばならない局面だ。
 ヴァネッサも巻き込んでしまっている以上後ろには退けない。いや、もちろん退く気は更々ないが。
「成立だな。明日の正午、あやつを連れてここへ来い」
「えぇ、分かったわ」
 ディルク王はエリアスに何を言うつもりなのだろうか。まるでエリアスを試すというような口振りだった。エリアスに辛い思いをさせるようなことをしなければ良いのだが……。
 しかし、これはチャンスでもある。エリアスの忠誠心を生で目にすれば、さすがのディルク王も認めざるを得ないはずだ。

Re: 《最終章》 エンジェリカの王女 ( No.159 )
日時: 2017/10/07 15:50
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pD6zOaMa)

115話「残された悪魔」

 ヴァネッサと共に王の間を出て、直後、大きな溜め息を漏らしてしまった。ディルク王はもちろん親衛隊員にも聞かせられない。このような、うんざりを吐き出すような溜め息は。
「エンジェリカの王女も色々大変だねぇ。キャハッ!」
 王の間を出てすぐのところにいたのはヴィッタだった。切り揃えられた赤い髪が目立つのですぐに分かる。
 その目もとにはまだ少し涙の跡が残っているが、今は飄々としている。もう泣いてはいないし、泣き出しそうでもない。
「苦労しているようだな!」
 ヴィッタの数歩後ろにいたライヴァンは、先の戦いで僅かに乱れた前髪を手で直している。
 二人とも意外と元気そうだ。
 突然現れた二人の姿に、ヴァネッサの顔は強張る。そしてみるみるうちに血の気が引いていく。彼女は悪魔が苦手なのだ。私は急いで、大丈夫だから、と落ち着かせようと試みる。
 それでもヴァネッサは青ざめて硬直したままなので、一度後ろへ下がらせる。少しでも距離をおいた方が良いだろう。
「本当に。お父様は物分かりよくなさすぎよ!……そういえばライヴァン、貴方はまた旅を再開するの?」
 前に別れた時、彼は天界を旅すると言っていた。
「惜しい!はずれさ!」
 どこまでも大袈裟でかっこ悪い。それがライヴァンという男の本性である。
「建国記念祭の準備をする!麗しい僕が準備すれば、あらゆるイベントが華麗なものへと変貌するのだよ!」
「うっせぇよ!ライヴァン!」
 私が心の中で突っ込みを入れるよりも早くヴィッタが怒鳴った。彼女はライヴァンの自己陶酔的な発言にかなりイラついているようだ。
「そうだ、ヴィッタさん……」
 ライヴァンは無視してヴィッタに言う。すると、彼女は鋭い目つきで「ヴィッタでいいから」と返してきた。さん付けはあまり好きでないようだ。私は静かめに「じゃあ、ヴィッタと呼ぶわね」と返しておく。
 彼女はなかなか気難しそうだな、と内心思う。
「ヴィッタはこれからどうするの?」
 私たちは天使と悪魔だが、今はもう敵ではない。彼女はかなり変わり者。けれど友好的な関係を築くことは可能なはずだ。ライヴァンとだって親しくなれたのだから。
 私は多くの経験を経て気づいた。天使と悪魔は暮らす世界や体の作りが違い、一見まったく別の生物のように思われる。しかしメンタリティは同じなのだ。
 家族や大切な者を愛する心、幸せだった過去に囚われてしまう弱さ——。
 それは天使にも悪魔にも平等に与えられているものである。
「けんこくきねんさい、とやらの準備を手伝えだってよ」
 ヴィッタは口角を下げ、不満げな声色で答えた。
「あのジジイ、ヴィッタの力を準備に役立つとか言いやがる。ふざけんなよ!」
 ジジイというのはディルク王のことだろうか。そう思うと痛快だ。私にはそこまでの勇気はない。
「手伝ってくれるのね。ありがとう」
 私はヴィッタの手を取り、純粋に感謝の気持ちを述べる。すると彼女は少々顔を赤らめてプイッとそっぽを向いてしまう。
 ありがとう、と言われるのは恥ずかしいようだ。やはり可愛らしいところもある。
「アンタのためじゃねぇよ!アンタがカルチェレイナ様の友達だからちょこっと手伝ってやるだけだっての!」
 口調は荒々しいが、言っている内容はとても親切である。アンタのためじゃねぇなどと言うあたり、ヴィッタは素直になれない普通の女の子と何ら変わりない。そんな気がする。
「それでも嬉しいわ。貴女って意外と親切なのね」
 するとヴィッタはますます赤くなる。耳まで真っ赤に染まっている。
 そんな様子でしばらく言葉を詰まらせ、数十秒くらい経過してから伏せ目がちにこちらを見た。
「……何か調子狂うわ」
 それからヴィッタはクルリと後ろ向き、「用事してくるから!」と言いながら歩いていってしまう。その後を追うようにライヴァンも歩き出す。
 ライヴァンとヴィッタの関係は意外と良好なようで安心した。
 悪魔が天界で暮らすとなると色々な面で苦労するはず。何をするにしても、一人より二人の方が良いだろう。
「……なぜあの悪魔を生かしておくのでしょうか」
 二人が去った後、ようやくいつもの調子を取り戻したヴァネッサが、静かに口を開いた。ヴィッタが普通にいることが気に食わないようだ。
「ヴィッタのこと?」
「はい。アンナ王女の戴冠式を控えているというのに、いつ暴れだすか分からない悪魔を放置しておくなど、理解に苦しみます。せめて牢へ入れるくらいしていただきたいものです」
「手伝ってくれるのなら、まぁいいんじゃない?」
「貴女はもう少し警戒心を持つべきです。そうしなくては、また賊に狙われますよ。女王になられるのですから今までよりも危険度は増します。しっかりなさって下さい」
 私は小さな声で、そうね、と返して微笑む。
 ヴァネッサの発言は的を得ていると思った。鬱陶しいと感じなくなっただけ、私も成長したのかもしれない。以前の私なら「余計なお世話よ!」と言い返していたはずだ。
 変われたのは王宮の外を知ったから。多くのものに触れ、見聞きし、楽しいことも恐ろしいこともたくさん経験したから、大きく成長することができたのだろう。
 今も昔のように王宮の中だけで暮らしていたとしたら、私は何も変わっていなかったと思う。
「おや、今日はやけに素直なのですね」
 嫌みと冗談が混ざったような声でヴァネッサが言ってくる。
 一見感じ悪くも思える発言。しかし、このようなことを述べる時、彼女には大抵悪意がない。それを知っている私はヴァネッサを悪く思わない。
 冗談の感覚が普通と少しずれているだけなの。
「ところでアンナ王女、この後はどうなさるおつもりですか?」
 ヴァネッサが元の真面目な調子に戻って尋ねてくる。
「そうね……。お風呂に入って、早く寝たい気分よ」
 私は今の正直な思いを口にする。
 こうして、長い一日が終わっていくのだった。