コメディ・ライト小説(新)
- Re: 《完結間近》 エンジェリカの王女 ( No.181 )
- 日時: 2017/10/21 17:01
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: rLG6AwA2)
129話「そして二人は永遠に」
結婚式が始まった。
会場は本日二度目となる王宮近くの教会。今日の活動はほとんどこの場所である。
父親であるディルクと入場するところから式は始まる。今まで父娘のような行動はあまりしてこなかったので若干ぎこちないかもしれない。
教会の入口の扉が開け放たれ、中へ足を踏み入れた瞬間、私は非常に驚いた。教会の中の光景が、戴冠式の時とはまったく異なって見えたから。
まず目についたのはステンドグラス。教会の高い壁を彩る色鮮やかなガラスたちは、外からの太陽光を通して幻想的に輝いている。まるで絵本の中の世界みたい。それと同時に、壁にも目を引かれた。今までそれほど余裕を持って見る機会がなく気づかなかったが、とても凝ったデザインになっている。うねる波のような曲線や不規則的な直線。独特の個性的な柄が細やかに彫られている。
ここへは今まで何度も来たのに、まったく気づいていなかった。不思議なことである。これまでの私は余裕がなくて周囲が見えていなかったという証拠ね……心にしまっておこう。
客席の間を通路を歩くが、ディルクが横にいるうえ二度目なので、意外と緊張しない。一番前の舞台へ上がると、エリアスの登場を待つ。舞台上には穏やかな笑みを浮かべている存在感のない神父がいた。
「続きまして、新郎の入場です」
司会者がアナウンスをする。
姿を現したエリアスは一人で真っ直ぐ歩いてくる。背筋をピンと伸ばし、ほどよい速さで歩く。たった一人で客の間を歩かなくてはならないという緊張しそうな状況だが、エリアスは一切緊張の色を見せない。日頃戦闘で心身共に鍛えているだけあり冷静だ。
エリアスが舞台へ上がってくるのと入れ替わりでディルクは横に寄る。あらかじめ準備されていた椅子に腰かけた。
私とエリアスは隣り合い、存在感のない神父がいる方を向く。
神父はまだ穏やかに微笑んでいるが、それでも言葉にならないくらい地味だ。それはもう、隠密行動に向いているのではと思うくらい。
「新郎。貴方は女王の夫として愛と忠誠を持ち続けることを誓いますか?」
地味な神父の形式的な問いに対して、エリアスは落ち着いた声で「もちろん。誓います」と答える。
私は「愛と忠誠って……」と心の中で一人突っ込みを入れる。愛はともかく、忠誠という言葉選びがなぜか面白く感じた。それは結婚式で誓わせることなのか、と。騎士じゃあるまいし。
「新婦。貴女は新郎を永久に愛し続けると誓いますか?」
私は息を吸って「誓います」と短く答える。心の準備をしっかりしていたため、おかしな声にならずに済んだ。
両者への確認を終えると、神父は相変わらずの穏やかな笑みで言う。
「それでは、キスをどうぞ」
いきなりそんな発言をされ愕然とする。なぜにこんな大勢の前でキスをしなくてはならないのか。
驚き戸惑い硬直していた私に、エリアスが小声で喋りかけてくる。他の天使の耳には届かないであろう、囁くような声だ。
「お嫌なのですか?」
「い、いいえ」
すると彼は右手で私の顎を上げる。
「では失礼します。……ご安心を、一瞬です」
私は少し怖く思いながらも目を閉じる。エリアスならどうにかしてくれるだろうと思ったから、彼に身を任せることにした。
ほんの束の間、唇に何かが触れる感覚があったが、すぐに離れた。触れていたのは本当に僅かな時間だったと思う。それなのに、なんとなく充実した気分になる。初めての経験だ。
再び目を開けると、お祝いムードに包まれていた。花びらを散らす係の天使が、真っ白で小さい花びらを投げている。教会内が真っ白に染まった。
「ご結婚おめでとうございます」
寄ってきたヴァネッサは少し寂しそうに祝福してくれた。
「アンナ、本当にこの日が来たのですね。まだ実感がありません」
花吹雪の中、隣にいるエリアスが静かに口を開く。
瑠璃色の瞳には眩しいくらいの光が宿り、整った顔には穢れのない純粋な笑みが浮かんでいる。かつて彼に付きまとっていた影はもうない。
「私も同じよ。まだよく分からない……でも、これだけは確かなことなの」
「確かなこと?」
彼は興味を持ったように少し目を開いて尋ねてきた。私は頷きながら一度目を閉じ、再び目を開けてエリアスを見つめる。
「私たちは幸せになれるわ」
——それは、たった一つの確かなこと。
この先どんな困難が待ち受けているのか、私たちは知らない。長い時の中で多くの経験をし、変わっていくこともたくさんあるはずだ。
それでも私は、今日この時の気持ちを決して忘れない。
「……本当ですか?」
「もちろんよ!エンジェリカの秘宝はどんな願いも叶えられるのよ。私の言葉を現実にする力は、エリアスも知っているでしょう」
「はい。ですが、そのような形のないことも現実にできるのですか?」
まだ信じきれていない顔のエリアスに、私はいつになく自信を持って「できるわ」と答える。
それを証明する根拠はない。今はそんな気がしているだけですぐに変わる、と笑われるかもしれない。子どもじみているとバカにされても言い返せないようなことを私は言った。
けれど、私は自分の心に従うことが正解だと思っている。
「エリアス、これからは二人でエンジェリカの新しい時代を切り開いていきましょ」
「もちろんです。永久に貴女の傍に」
王宮の外へ行ってみたい。すべてはそんな小さな気持ちから始まった。
いろんな天使や悪魔と知り合えたのも、多くの知識を得られたのも、こうしてエリアスと結ばれることができたのも——すべてのきっかけは、あの日、私が自分の心に従って一歩を踏み出したから。だから、多くの者に支えられながらではあるけれど、ここまで来れたのだ。
「そういえば、ハネムーンという結婚直後の旅行があるそうですよ。どちらへ行かれますか?」
「そうね……あ!三重坂とかはどうかしら!私、地上界のことももっと知りたいのよ」
「良いと思います。この国の発展にも役立ちそうですし」
こんな風にたわいない会話を楽しめる幸せを、私は決して忘れずに生きていく。それが当たり前にならないように。