コメディ・ライト小説(新)

Re: エンジェリカの王女 ( No.28 )
日時: 2017/08/02 19:51
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: h4V7lSlN)

19話「ブローチを取り戻せ」

「……さま、王女様っ!」
 うっすらと目を開くと瞼の狭い隙間からジェシカの顔が漠然と見えた。今にも泣きそうな顔で必死に呼びかけているようだ。どうやら私は横たわっているようだということは分かったが体が重くて動かない。
「やだ、やだよぉ……!死なないでよ!王女様っ!」
 涙の粒が頬に落ちてきた。恐らく彼女の涙だろう。なぜ彼女がそんなに泣いているのか理解ができない。私は死にそうなんかじゃないのに。
「……ジェシカさん」
 とにかく何か反応をしなくてはと思い言ってみるが予想外に小さい消え入りそうな声しか出ない。それでも黙っているよりかましなはずだ。
「え。王女、様……?」
 その頃になってようやく瞼を開けられるようになった。
「王女様?……王女様っ!」
 ジェシカは目に涙に溜めて物凄い勢いで抱き締めてきて、涙に濡れた頬を私の顔に擦り寄せる。
「死んじゃったかと思ったよぉ……ふぇぇぇん……」
「あ。王女様、気がついたんだねー。良かったよー」
 近くに座っていたノアが急に参加してきた。
「ありがとう。ノアさん、もしかして怪我したの?」
 彼が右足首に包帯を巻いていることに気づき尋ねる。
「え?あ、うん、これねー。ちょっとへましちゃっただけだから気にしないでー」
 ノアは苦笑いしながら安定の呑気な口調で答えた。
「そうだ!ブローチは!?それとヴァネッサは!?」
 突然思い出し胸元に触れる。赤い宝石のブローチはやはりない。ライヴァンに奪われてしまったのか……。
 ジェシカはまだ私の胸に頬を寄せて号泣している。ノアが私の問いに答えるように首を横へ振った。
「赤いブローチだよねー、あれはライヴァンに奪われちゃったな。ごめんね。王女様を護るだけで精一杯だったんだー」
「気にしないで。それで、ヴァネッサは?」
 意識を失う直前にライヴァンがナイフでヴァネッサを斬りつけるところを見た記憶がある。
「応急処置をしてから救護班に任せたよー。軽傷だったから大丈夫だと思うよ」
「そっか……良かった……」
 安堵の溜め息をつきつつも、心の中は複雑だった。ヴァネッサに大事なくて良かったが、ブローチも非常に大切なものだ。ライヴァンなんかに渡すわけにはいかない。今は亡き母からもらった大切なものだから。恐らく彼はブローチをエンジェリカの秘宝であると勘違いし盗っていったのだろう。
「ねぇ、王女様」
 ようやく泣き止んだジェシカが口を開く。
「あのブローチは王女様の大切なものなのよね?あたし、今から取り返してくる」
「そんなのいいわ」
 今のジェシカは無茶をしそうだから気楽に送り出す気分にはなれなかった。何かあってから後悔しても遅いというもの。
「ダメだよ!大切なものなんでしょ。あたし行ってくる!」
「お願い、待って!」
 立ち上がり今にも走り出そうとする彼女の手首を強く掴む。
「ごめんなさい。でも離れたくないの。だから傍にいて」
 しばらくの沈黙の後、ジェシカは明るく笑みを浮かべた。
「そだね」
 分かってくれたようだ。
「ごめん。あたし、つい忘れてた。主人の傍にいるのが護衛の仕事ってエリアスからちゃんと習ったのに!」
 彼女のそういうところは可愛らしいと感じる。完璧じゃないところに愛嬌があるというか。
「ジェシカだけ隊長に厳しく言われてたよねー」
「アンタは黙れ」
 二人の会話は一種の漫才のようで愉快だ。お決まりゆえに面白い。この状況でもクスッと笑いそうになった。
 だがこんなことをしている場合ではない。
「そういえばライヴァンと悪魔たちはもう帰ったのかしら」
 ノアがまた首を横に振った。
「魔気を感じる。この感じだと多分まだ近くにいるねー」
 私はゆっくりと立ち上がり覚悟を決める。大切なブローチを取り返しに行くという覚悟を。
「……王女様、ブローチを取り返しに行くつもりかなー?」
 何も言っていないのにノアはそう言った。
「そうよ。あれは大切なもの。だから取り返す!」
 今は不思議と宣言できた。いつもの私ならはっきりとは言えないだろう。色々な経験を通して、心が少しは強くなっているのかもしれない。
「あたしも一緒に行くよ!」
 ジェシカは勇ましく言う。彼女は姿こそ少女だが立派な武人だ。
「じゃあ僕も行かないわけにはいかないねー」
 続けてノアが立ち上がりこちらへ来る。
「ノア。アンタ、ちゃんと戦えんの?足首痛めてるじゃん」
「いやいや、翼あるしー」
「おかしいって。広さ的にそれは無理でしょ」
「うん、だから取り敢えずは歩くよ。もし無理になったら飛ぶねー」
「頭打たないようにね」
 確かに成人男性の姿の天使が飛び回るには王宮は狭すぎる。だが、襲撃のおかげであちこちが破壊されているため、比較的動きやすいかもしれない。
「ジェシカさん、ノアさん。では、よろしくお願いします」
 赤い宝石のブローチ。あれは母からもらったとても大切なもの。ライヴァンなんかに、悪魔なんかには渡さない!

Re: エンジェリカの王女 ( No.29 )
日時: 2017/08/03 00:52
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KDFj2HVO)

20話「いざ、対面」

「でもどうやってライヴァンを探せば……」
 根本的な問題が残ってしまっている。今私にはライヴァンの魔気が感じられない。
「僕が教えるよ」
 そう言ったのはノアだった。
「貴方にはライヴァンの居場所が分かるの?」
 それに答えたのはジェシカ。
「ノアは気に対する感度が高いの!聖気にも魔気にもね。だからライヴァンの居場所だって簡単に分かっちゃうわ」
「変な意味じゃないよー」
「うるさい。アンタは黙れ」
 二人は相変わらず謎なやり取りを繰り広げているが、今はそんなことをしている場合ではない。一刻も早くライヴァンを追わなければ。
「ノアさんお願い。ライヴァンのところまで案内して!」
 私が頼むとノアは嬉しそうに頬を緩め、
「うんうん、もちろんだよー。僕に任せて」
 と弾んだ声で返す。
「じゃあ一緒に来てねー」
 歩いていくノアの後ろに私とジェシカが続く。彼の感覚を頼りにライヴァンのいる場所まで向かうことになった。

「多分この近くだよー。ライヴァンの魔気を強く感じるねー」
 ノアがそう言ったのは、王宮の真ん中にある広間に着いた時だった。ここは王の間へ直接繋がる一歩手前の場所。つまり、王の間に一番近い大切な場所である。それゆえ普段は王を護る親衛隊の天使たちがいる。しかし今は皆悪魔との戦いに駆り出されているので、広間は不気味なくらいの静けさだ。
 ちょうどその時だった。カッカッと地面を蹴る固い足音が耳に入り、私たち三人は慌てて石像の陰に隠れる。
「エンジェリカの秘宝も手に入れたことだしそろそろ帰還するかな。……いや、それだけでは生温い。僕は王妃の一番になるため王を殺し王女を捕らえる。そのぐらいしなければ……」
 向こうから歩いてきていたのは予想通りライヴァンだった。そんな独り言をブツブツ呟きながら歩いている。
「……やばくない?」
 石像の陰に隠れつつジェシカが小さく呟いた。彼女にしては非常に小さなひそひそ声だ。
「王様を殺すとか、ちょっとまずいよねー……」
 引いたような顔をして言ったのはノアだった。
「ブローチのこと、言うわ。ちゃんと返してもらわなくちゃ」
「でも王女様。今出ていくのは危険じゃない?さっきの独り言聞いた感じ、あいつ、王女様のことも狙ってるみたいじゃん」
 確かにそれはそうかも。でもだからって譲れない。
「あのブローチは大切なものなの。母からもらったのよ。このまま盗られたままにしておくわけにはいかないわ」
「そうかもだけどっ……」
「いいんじゃないかなー?」
 唐突に口を挟んだのはノア。また右サイドの髪を指で触っている。やはり呑気だ。
「僕はいいと思うよー。王女様だって一人の天使だもん、譲れないことはあるよねー」
 しかしながら、なかなか良い発言をするものだ。
「やっぱりあたしは心配だよ。あいつに会って、王女様に何かあったら嫌じゃん」
「そこは僕らがフォローすればいいところだよねー」
「そうかもしれないけど……」
 ジェシカは不満そうに黙る。
 直後、ライヴァンが急にこちらを向いた。石像をじっと凝視している。
 ……ばれた?
 でも彼が私たちの存在に気がついているとすれば、攻撃を仕掛けてくるなりなんなりするはずだ。だがそれはない。
「気のせいか……」
 ライヴァンは首を捻りつつ小さく独り言のように呟く。もしかしたら私たちの気配を微かに感じたのかもしれない。
 私は覚悟を決めてから、ジェシカとノアにお願いする。
「私、行くわ。ライヴァンと話をしてくる。だから攻撃されそうになったら守ってほしいの」
 自分勝手な願いとは分かっているので言いにくかったが、二人は私の頼みを快く引き受けてくれた。
「それは当然じゃん。あたしたち王女様の護衛だし」
「うん。傷一つつけさせない。僕らに任せてよー」
 本当に頼もしいことだ。
 私だってそこまでのバカではない。もちろんライヴァンの前に立つことに恐れがないわけではない。だが一度やると決意したことをやはり止めておくと言うのは嫌だ。
 私はその場で立ち上がった。
「お人好し王女!?」
 ライヴァンは少し目を見開き驚いたように言った。石像の後ろから突然現れるなどという珍妙なことをしたわけだから、この反応も当然といえば当然か。
 また何かされるのでは、という湧き出る不安を抑えて彼の方へ歩み寄っていく。
「わざわざやって来てくれたのかい?これはラッキー!さすがは神に愛された僕っ!!」
 発言の意味が分からないので流して言い放つ。
「私のブローチを返して」
 するとライヴァンは挑発するような顔をした。
「ブローチぃ?そんなもの、この僕は持っていないぞぉ?」
 だが残念なことに、服の隙間から赤い宝石がしっかり見えてしまっている。なんとも滑稽である。
「その隙間から見えている赤い宝石のブローチよ。それは私の大切なものなの。返しなさい」
 ライヴァンはブローチを隠せていると思っていたらしく一瞬戸惑ったがすぐ冷静を装う。
「なっ、見えっ!?……ふ、ふんっ、まぁいい。残念ながらこれはあげられないのだよ」
 偉そうに言っているが、あげられないも何も、そもそも私のものだし。泥棒しておいてよく言えたものだわ。
「あげられない、ですって?」
 するとライヴァンは謎の派手なポーズをきめる。
「エンジェリカの秘宝は王妃にあげるから渡せないということだよ!君は本当に物分かりが悪いなぁっ!」
 ライヴァンだけには言われたくない。正直そう思った。

Re: エンジェリカの王女 ( No.30 )
日時: 2017/08/03 14:42
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: MSa8mdRp)

21話「決意、そして……」

 母との思い出でもある大切なブローチを取り返すべくライヴァンと対峙した私は、不安を抱きながらも勇気を振り絞り平気なように振る舞う。
「そのブローチはエンジェリカの秘宝じゃないわ。そんなただのブローチを王妃に差し出して何をするつもりなの?」
 するとライヴァンは、セットされた前髪を掻き上げるような仕草をし、ぬかりなくかっこつけて答える。
「王妃はエンジェリカの秘宝をとても欲しがっておられた!美しい僕がこれを差し出せば、僕はその褒美として何でも好きなものを頂くことができる!そのうえ、四魔将の中で一番偉くなることができるのだよ!」
 なんというバカげた夢か。それに主君である王妃のためにではなく褒美が目当てとは、もはや目も当てられない。
「けど本物のエンジェリカの秘宝じゃないとばれれば逆に怒られるわよ」
「いや、これは本物だ!」
 ライヴァンは完全に思い込んでいるらしく、ドヤ顔で言い返してくる。
「だからそれは違うって言ってるでしょ。とにかく返して」
 すると彼は腹を立てたのか不満げに眉をひそめる。
「返せ?この麗しい僕によくそんなことが言えたものだな!」
 麗しいとか美しいとかを自分に対していちいちつけるのは止めてほしいものだ。聞いているこちらが恥ずかしくなる。
「だがまぁわざわざ来てくれて助かった!今度こそ貴様を捕まえ王妃に差し出ぁす!」
 ライヴァンは私をビシッと指差し言い放つ。もっとも、独り言を聞いていたので驚くことはなかったが。
「王女、覚悟しろぉ!」
 感情が高ぶったように叫ぶライヴァンがシュールだ。
「かかって来なさいよ」
 背後にある石像の裏側にはジェシカとノアがいる。だから、とても安心感がある。
 ライヴァンが片手を上に掲げると、黒っぽい煙のような魔気が集まっていく。渦のような黒い魔気はやがていくつかの塊へと変化する。そしてそれぞれが輪、例えるならチャクラムのような形になった。
 そしてそれを投げてくる。
(……右、右!そして左!)
 突然頭の中に響く声が指示を出してくる。こんなこと今までには一度もなかったので驚いていたが、なぜか体は自然にその声に従うことができている。気がつけばライヴァンが投げてきたチャクラムのようなものをすべてかわしていた。
……信じられない。
 自分でも今自分が何をしたのかまったく理解できなかった。
「なっ、何だってぇー!?美しい僕の攻撃をかわすだとーっ!?」
 ライヴァンは口と目を大きく見開き、かなり大袈裟に驚く。普通起こりうらないぐらいの派手な反応。だが、ライヴァンの言動は演技がかっていて、いちいち大袈裟なので、平常でこんなものなのだろう。
 しかし派手に驚いていたのも束の間、彼は気を取り直して再び手に魔気を集める。黒っぽい煙のような魔気は徐々に固形となっていく。
「覚悟しろぉっ!」
 ライヴァンは叫びながら、大きく膨張した黒い塊を私に向けて投げた。
 さすがにこれはかわせない。反射的に目を閉じる。
「待たせたねー」
 目を閉じているので姿は見えないが、ノアの声が聞こえた。ようやく助けにきてくれたようである。
 ゆっくり目を開けるとノアが薄い紫色のシールドで黒い塊を防いでいるのが見えた。
「くそっ!仲間が潜んでいやがったか。いくら僕が美麗だからって……卑怯だ!」
 卑怯でなければ生きていけない。以前そう言っていたのは他ならぬ彼自身なのだが。そんな彼が他人の策に卑怯と憤慨するなど、実におかしな話である。
「いやいや、美麗じゃないし。そもそも二回も同じ技使うとかセンスないよねー」
 ノアは余裕の笑みを浮かべつつライヴァンの攻撃を見事に跳ね返す。
「一回見たのは防げるしねー」
 ライヴァンの攻撃は既に見切っているということだろう。
「なら本気を出してやる!覚悟しろ、この呑気男!」
 また新しい珍妙なあだ名が誕生した。今回は結構似合っている気もする。
「本気……かー」
 ノアは少しおかしそうにクスッと笑う。
「魔気は凄くても頭がねー」
 なんとも失礼な発言が出た。図星なだけにライヴァンは怒りそう。
「頭が?頭が何だと?僕は麗しい!それに賢いじゃないか!」
 やっぱり。
 怒り始めるだろうと思ってはいたが実際その通りになると呆れるものだ。ちょっとした挑発にいちいち反応して怒るのは、子どものようで滑稽である。
「いやいや。さすがに賢くはないでしょー」
「なぁっ!?失礼な男だな!ならば、僕のどこが賢くないのか言ってみろ!言えるのか?言えるんだなっ!?」
 するとノアは数秒言葉を止め、それから彼にしては珍しくニヤリと笑って言った。
「そうだね。そういうところかなー」
 つまり、ちょっとやそっとのことでまんまと怒り、周囲が見えなくなるところ?
 ノアが言い終わるとほぼ同時に、バン!という大きな音が鳴り響き、白い服をまとった天使たちが流れ込んでくる。服装で親衛隊の者たちと分かった。
「覚悟してよね!もう逃げ場はない!」
「ジェシカさん!」
 先頭でやって来て一番最初に言ったのはジェシカだった。可愛らしい容姿とは裏腹に厳しい口調。恐らく彼女が親衛隊を呼んできたのだろう。
「ジェシカ、遅かったねー」
「いちいちうるさい!」
「わー。怖い怖い」
 こんな流れになることを誰が予想しただろう。少なくとも私の頭からこの展開は出てこなかった。私は予想外の展開に驚きつつも安堵して少し笑みをこぼしてしまった。

Re: エンジェリカの王女 ( No.31 )
日時: 2017/08/03 23:21
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SEvijNFF)

22話「侵攻の終わり」

 親衛隊は王の直属の護衛部隊だ。だから親衛隊員の天使たちは並大抵の兵士とはランクが違う。戦いを生業とする天使の中でもかなり上の層である。
 いくら四魔将といえども、彼らを一人で蹴散らすのはおおよそ無理とみて問題ないだろう。
「く……。仲間を呼んでくるとは卑怯な。正々堂々と戦わないか!」
 ライヴァンはもっともらしく騒ぐ。卑怯者の中の卑怯者である彼にだけは言われたくないし、そもそもこちらはいきなり侵攻してこられた身だ。
「ライヴァン、貴方言ったわよね。生きていくには卑怯さが必要だって」
 あの時は理解できなかったが今ははっきりと分かる。
「やっと意味が分かったわ」
 私は、青ざめ怯えた小動物のような表情になっている彼に、静かな声でそう告げた。
「王女様。ここからは任せて帰ろっかー」
 ノアが愉快そうに笑みを浮かべる。親衛隊が来てしまえばライヴァンはもうどうしようもない。それを楽しんでいるみたいだった。
「待って。ブローチがまだだわ」
 この騒ぎですっかり忘れていたが、まだブローチを返してもらっていない。
 すると背後からジェシカが声をかけてきた。
「王女様!はいっ!」
 満面の笑みで立っていた彼女の手には赤い宝石のブローチが乗っていた。ライヴァンはブローチをエンジェリカの秘宝であると思い込んでいた。だからか、ブローチには傷一つついていない。大切に扱われていたようである。
「ブローチってこれでしょ?取り返したよ」
「ジェシカさん!一体、いつの間に……」
 私は驚きを隠せなかった。
「まーね。あたし凄いでしょ」
 彼女は誇らしげに胸を張り私の答えを待っている。なんだか本当に子どもみたいで可愛らしい感じだ。
「ジェシカさん、さすがね。ありがとう」
 私がお礼を述べると、彼女は照れたようにはにかみ、上目遣いでこちらを見てくる。
「……ちょっと調子狂うな。そんな素直にありがとう言われちゃったら、おかしな感じがする」
 違和感を抱いているのは私も同じだ。女同士なのになぜか、ジェシカのことを可愛いと思っている自分がいる。大きな瞳で上目遣いなんてされたから、慣れていなくて少しおかしくなっているのかもしれない。

 こうして、私は無事大切なブローチを取り戻し、ライヴァンは親衛隊によって捕らえられた。彼はあれほど騒いでおいて呆気ない終わり方だった。ライヴァンが捕らえられたことで侵攻は終わり、エンジェリカには平和が戻った。
 エンジェリカは再び日常へ戻っていく。
 だが、悪魔との戦いで壊されてしまったものも多くあったため、修理の作業をしなくてはならなくなり、王宮の修理と建国記念祭の準備を同時進行するはめになってしまった。そのせいでますます忙しくなった。
 ジェシカやノアも昼間はお手伝いをしに行ったりしていたのだが、私はやはり手伝うことを許可されない。分かってはいたが「もしかしたら」と微かに期待していただけにがっかりした。準備のお手伝いぐらいさせてもらえてもいいのに。
 変わりばえのしない退屈な暮らし。けれど私はそれを少しだけ幸せと思えるようになった。
 話は変わるが、あれから良いことが二つあった。
 一つ目はヴァネッサが戻ってきたこと。ライヴァンに斬りつけられて怪我をしてしまった彼女は、救護班に預けられていたのだが、日常生活なら問題ないと判断されて戻ってきた。
 いつもお節介な彼女を鬱陶しく思っていたはずなのに、久々に再会すると嬉しくてつい抱き締めてしまった。不思議なものね。
 そしてもう一つ、とても嬉しい出来事が起こった。エリアスが解放されたのだ。なんでも侵攻の時に多くの悪魔を倒すということをしたかららしい。理由はどうあれ、これからまた共にいられるのだという事実が嬉しくて、心が弾んだ。

「エリアス、これからはまた一緒にいられるのね」
 自室の窓から外を眺めながら何げなく話す。
「はい。常に王女の傍らに」
 エリアスは落ち着いた表情でそう言った。
 無理して話さなくても長い沈黙に包まれても温かな気持ちでいられる。二人でいられる時間がこんなに幸せと感じるなんて不思議だ。
「これからジェシカとノアはどうなるの?貴方が復帰するなら護衛の仕事はなくなるでしょ」
「そうですね。どうしましょうか……」
 エリアスは真剣な顔で考え込む。
「私はね、これからもみんなでいたいわ。二人のこともっと知りたいし、それにね、エリアスが二人と一緒にいるところも見てみたいかなって……」
 完全な興味本意だが、きっと楽しくなる気がして仕方ない。いや、逆に楽しくないはずがないだろう。
「では三人で王女をお護りするという方向で構いませんか?」
 私は大きく頷いた。
「それがいいわ。これから、きっと楽しくなるわね!」